第188話 実情を聞いてみると、あぁそんな物かと思う事件とか有りますよね
冒険者ギルドの建物に入り、受付でパーティーメンバーの年始の動向を伝える。
その間に気付いたのか、ハーティスがやって来る。来るな、面倒くさい。
「男爵様、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
良くない。けど、しょうがないか……。
そのまま、捕まった宇宙人の気持ちで誘導される。
会議室に入るとヴァタニスも居た。両者共に濃い隈が見える。うわぁ、嫌だ。何も聞きたくない。ノーウェに任せたい。
取り敢えず、鳩でのリレーで返信が有ったらしい。まずは冒険者ギルドワラニカ王国総長は逮捕されたらしい。冒険者ギルド総長に関しては、各国と調整しながら現在追い込み中だ。
で、ざっとした自供が出たらしいのだが、これがしょぼい。正直、人間ってこんなもんだよなを地で行っている。
そもそもの始まりは、書類の決裁ミスで少額の金額が宙に浮いたらしい。それを出来心で懐に入れた。これが始まりだ。後は、少しずつ規模を拡大し、着服金額を増やしていった。
それに伴い、業務の質が落ちた。そんな些末事に汲々していたら、まともに仕事も出来ない。それに合わせて現場側のフォローも悪くなっていく。そうなると、現場の失敗も増える。
現場の失敗が増えると、王国そのものに悪い噂が立ち始める。それに伴う貨幣価値の差を利用して、近隣国の商人と結託して儲けを出し始めた。そこまで行くともう、転がり落ちるしかない。
実情を探り出した商人は総長への恐喝を始め、総長側は言われるままに金を出していたらしい。総長としては、もうこの状況に疲れ、ただただ解放を求めていたとの事だ。
救いは、この人、裏帳簿をきちんと記していた。誰に裏金を渡したのかは、そこから芋蔓で引ける。帳簿がまともならテルフェメテシアの神明裁判が有れば、確実にお縄だ。
聞いている限りではかなりの大店も関与しているそうだ。一気に信用問題だ。
それを聞いた瞬間、死ぬ程脱力した。どうでも良い。人間なんてそんな物だ。誰か支えてやれなかったのか?虚しい。この行いの所為で、どれだけの人間がどれ程の損害を出したか。
本人は捕まって満足だろうが、これからの人間は全てを引っ被った上で、仕事を続けなければならない。はぁぁ、やっぱり聞くんじゃ無かった。
豚と馬鹿もこの総長の息がかかった人事だったらしい。豚に関しては当初は比較的まともだったらしいが、上部の腐敗を嗅ぎつけ、まぁ、堕落して行ったそうだ。
環境が人を殺す事は日本でもよく有った。これも他山の石だな。馬鹿?あれは徹頭徹尾馬鹿だ。詐欺の余罪どころの話じゃ無かったらしい。縛り首で済まないレベルだ。
で、護衛達成の報酬と、オークションの支払いに関してだが、現在各国の冒険者ギルドと調整し、無利息、無担保で資金援助を調整するらしい。そうしないとギルド業務が立ち行かない。
王国も最近のバブルと人余りの消極的改善のお蔭で一息つき、融資も可能と言う話になっている。それが動き出した段階で支払いをしてくれるそうだ。何時と言うのは明示出来ないが、ひと月程度で調整中との事だ。
本当に、このギルドは祟る。うちの領地に来る際は監査を絶対に常駐させる。帳簿から日報まで全部洗いざらい確認させる。
全く信用の欠片も無い。いつ腹の中で暴れるかも分からない。それでもセーフティネットだ。飼わなければならない。
にこやかに聞いているが腹の中は煮えくり返っている。仲間に払うべき物も払えない状況が、どれだけ惨めか。全く理解していない。リーダーのリーダー足る所以はパーティー経営をきちんと管理出来る事だ。
それを阻害するこいつらに一片の同情も感じない。さっさと払う物を払えとしか思えない。私が引き金を引いた?いつかどこかで暴発していた話だ。早いか遅いかだけだ。
後は世間話をしていたが、全く興味が湧かず聞き流した。ただただ、虚しい。初詣で味わった幸せな世界の欠片は霧散してしまった。あぁ、こっちを先にすれば良かった。
ある程度の話が済んだタイミングで辞去した。時計を見ると、結構な時間が経っていた。うわぁ、元旦の大切な時間だ。返せと言いたい。まぁ、あの二人はある種被害者なので、何も言えないが。
てくてくと鍛冶屋に向かう。
「調子は如何ですか?」
「おう?気色悪ぇな。問題ねぇよ。なんだそりゃ」
「まぁ、挨拶みたいな物でしょうか」
「まぁ良いが。どぉした?」
「年も明けたので、顔でも見て挨拶をと。今年もよろしくお願いします」
「はぁ、酔狂なこった。おう、よろしく」
苦笑でネスが答える。どうも奥ではドルが作業をしているらしい。邪魔するのも悪いので、店舗の方で話す。
「あぁ、これなんですが、見てもらえますか?」
預かった試作の杭を渡す。
「おぅ。……って酷ぇな。大分鏃の部分が傷んでんな……」
そう、テストで目標を粉砕し続けて、大分傷んだ。的は木の切株などを鋸で厚めに切って作っていたが、流石に何度も貫通と言うか粉砕していると、鏃が傷んできた。
「強度テストも兼ねて試験をしていましたから。10cm厚の木の板なら簡単に粉砕貫通しますね」
「そりゃ、こんだけのデカさだ。勢いが有りゃあ刺さらねぇし、貫通どころか、的が割れるわ……。つか、ガクガクじゃ無えか。これ、木の的だけじゃ無えだろ?」
鏃の先を弄りながら、呟く。最終的に曲面の鉄板も貫通するのはテストをした。板金鎧も間違い無くぶち抜けると見ている。
「ご名答です。板金鎧以上の厚さでも抜きました。性能は十分ですね。鏃を尖らせなくても、勢いで抜けます。鈍い方が、逆に当たった時のダメージは大きいですね」
「そりゃ、お前さんだけだろ……。どうする?量産するか?」
「んー。鏃の重さで飛ばしていますが、これだけ傷むと距離を出すと流石に歪みます。羽は付けたくないです。そうですね、新しいのに変えたいです。物が出来たら、古いのは鋳潰しましょう」
考えたが、これ以上の改造は必要無い。これは中距離用の術式耐性相手の武器だ。長距離は正直、現状で眼中に無い。精密射撃は無理だが、50m程度なら勢いで真っ直ぐ飛ばせる。
「おう。んじゃ、作っとく。型は有るから、最後の削りだけだ。そう時間はかからねえ」
「助かります」
そう言うと、世間話に移った。あぁ、クロスボウの件はドルにも内緒だ。機材は見えないし、意味が無いように置いているらしい。
まぁ、こっちでは新年と言っても実感は無い。年齢加算だけだ。6月辺りの収穫祭が一番大きな行事だ。まだまだ半年は先だ。
「そう言えば、銀細工っていけましたか?」
「あぁ?あー、あぁ。そこまで凝った物じゃ無きゃいけるが。どうした?」
「いや、仲間が成人なので、お祝いでも贈ろうかと」
その場でちょちょいと、少し大きめのバレッタで、蔦と花に兎の可愛い意匠をデザインする。裏側のバネの部分も描いておく。運用のポンチ絵まで描いて、渡す。
髪の毛が細いので、櫛形より、挟む形にした。髪の量は有るので、癖も付かないし、良いだろう。
「こんなのですが、いけますか?」
「あぁ、髪留めか。うん、この構造なら有るぞ。しかし、デザインが細けえな……。2日は、くれ。材質はどうする?」
「銀で良いです。あ、蔦を緑の石で、花は薄い色の石で、兎の目は赤い石でお願いしたいですが」
「あー。研磨もこっちで出来るな。このサイズなら屑石だ。雑貨屋が在庫持ってる」
図面とにらめっこで、ネスが話す。
「屑でも石が入る。ちと高いが7万だな。細工が細かい。俺が2日拘束されちまう」
「はい。それで結構です。あまり無理はなさらず」
「はっ。それこそ気にすんな。余裕はきちんと見てるっての。んじゃ、作るわ」
「お願いします」
7万をその場で払って、辞去した。
最後と子爵の屋敷に向かったが、どうも入れ違いで冒険者ギルドに赴いたようだ。
あぁ、かりかりしているのが目に見える。明日にしよう、明日に。
時間も夕方前と、良い時間にはなった。このまま家に帰って、タロと戯れて、家を出たら間に合う。
そう思いながら、良く晴れて日差しの有る新年と言うには優しい寒さの中で家路を急いだ。