第16話 ただいまって、何か温かいよね……
取り敢えず疑問に思った事を『識者』先生に聞く。
「リザティアは『弓術(トルカ村流小型弓)』みたいなスキルでしたが、このゴブリンが『槍術』なのは何故ですか?」
<解。該当の生命体が持つスキルは、厳密には『槍術(北の森ゴブリン流木槍)』0.19となります。>
<構造上の違いの為、そのままの使用は難しい為、流用可能な部分を抽出し適用しております。>
<尚、例を挙げるのであれば、彰浩の世界にもスキル『刀術』としてシンカゲ流やジゲン流と言った派生が存在していました。>
<スキル『刀術』は樹状構造の上位となり各派生の核としての基礎概念となります。その下に各流派が紐づいています。>
あー……。刀を振る基本動作や受け方、返し方みたいな核の部分は共通するものが有り、後は状況に応じて派生していくのか。
と言う事は、仮にスキル『刀術』が上がって行けば、昔の剣豪みたいな動作も出来るのかな。
まぁ、この中世っぽい世界観で刀を見つけるのは難しいだろうし、近距離戦よりせめて中距離戦の方が望ましいかな。
そもそもメタボなおっさんが華麗に刀振り回す姿は想像出来ない。
現実逃避はここまでにし、やってしまった事の後始末を考える。
ゴブリンがどれだけ賢いかは不明だが、斥候役が帰って来なければまず不審に思うだろう。
それを探しに来られて集団と鉢合わせは非常にまずい。
穴を掘るには道具も無い。
2足歩行の生き物を損壊するのはかなり気分が悪いが、討伐部位の鼻を落とし、四肢と首を断ちズタ袋に詰める。
胴体部は流石に入らない為そのまま担ぎ、先程の沼沢地まで戻る。各部位毎に沈め手頃な岩をその上に置き浮き上がるのを防ぐと共に隠蔽を図る。
見ると、ちょろちょろと小さなカニっぽいのやエビっぽいのもいるので、その内綺麗にしてくれるだろう。
後は、森には熊や狼と言った肉食動物もいるので、襲われたとでも思って貰えたら良いかなと。
血に塗れたズタ袋をざっと洗い、絞る。先程の鼻を入れ小さく畳み、ヴァズ草を入れたズタ袋に放り込む。
「あー。革靴がぐちゃぐちゃだな。靴も買わないといけないな」
服に関しては古着を直すのが中心の為借りられたが、靴はある程度高価でサイズの問題が有り借りられなかったので、そのまま履いていた。
ズタ袋からタオル代わりに貰った端切れを取り出し、靴を拭う。
再度、先程の戦いの跡に戻り土を散らし、血痕を隠す。
「取り敢えずここまでやれば、一旦は安心かな。出来れば採取場所として今後も使いたいし」
確か、ゴブリンは1匹2,000ワールだったかな。コンビニ3時間弱の時給で命のやり取りか。命安いな……。
他愛無い事を考えながら、森の入り口に戻る。
もう昼も大分過ぎ、お腹が空いていた。結局後片付けと移動で1時間以上かかっている。
「さて、お昼は何だろう」
ティーシアさんに貰った包みを開ける。
朝のパンにラードと辛子を塗り、塩漬けのキャベツと生ハムを挟んだものだった。
「辛子だよな?セイヨウカラシナが有るのか……。また南の森か?」
生ハムは日本で食べた物より大分塩味が強めだが、疲れた体が塩分を欲しがるのか非常に美味しかった。
「ごちそうさまでした。美味しゅうございました」
ティーシアさんに感謝しながら、とぼとぼと村に向かって歩き始めた。
そろそろ夕暮れに染まる中、冒険者ギルドまで戻ってきた。
受付の女の子に言われた通り、鑑定と書かれたカウンターに向かう。
まだ時間が早いのか、並ぶ事も無く、そのまま鑑定を行ってもらう。
「ヴァズ草とゴブリンですね。確認致します。少々お待ち下さい」
こちらの受付は30代くらいの深茶色の髪の男性だった。
1本1本の形状を確認している。10分弱で鑑定が終わる。
「達成料は。ゴブリン1匹で2,000。ヴァズ草が20束で16,000。合計で18,000ワールです。よろしいですか?」
「はい。お願いします」
「では、カードをお出し下さい」
読み取り機にカードを差し込み、読み取り部分に掲示板に貼られた依頼票を数度翳す。
依頼票自体にも何か情報が埋め込まれているのかな。結構高度なテクノロジーな気がするが。
「登録が完了しました。今回、等級の変更はございません。またゴブリン討伐に関しては9等級ですが現在10等級の為、10等級1回分として処理致します」
流石に、1日のお仕事で上がったりはしないか。
「ヴァズ草に関して枯渇気味でしたので、非常に助かりました」
どうも、北の森の外縁部に関して取り尽くしたのか持ち込みが不安定だったらしい。
傷薬は生き死にに直結する為、薬師ギルドからもかなりせっつかれていたようだ。
森の中まで入り込めば生えているかもしれないが、この等級では危険度が高い為不人気だったらしい。
正直『認識』先生のお蔭でほとんど確認せずさくさく採取できるので、個人的には有難い。
取り敢えず5,000ワール硬貨3枚と1,000ワール硬貨3枚で受け取る。
あぁ、財布用の小袋欲しいな。紙幣が無いなら袋の方が使い易そうだ。
取り敢えず、TODOリストチェック。
[x]採取依頼の確認
[x]採取対象の探索方法の確認
[x]『認識』による採取の効率化を図る。
この辺りは完了と。討伐系のTODOは一旦保留かな。等級が上がらないと効率が悪い。
[ ]採取した実をリザティアに確認する。
[ ]靴を買う。
[ ]財布を買う。
[ ]ズタ袋を買う。
追加はこの辺りかな。
アスト宅に戻る前に雑貨屋に寄るか。
雑貨屋は冒険者ギルドより村の中心に近い場所に建っている。
日用品はほとんど揃っているようだった。
取り敢えず、汚れが酷いズタ袋をそのまま返す訳にもいかないので、新しいズタ袋を探す。
財布は15cm四方の巾着が有ったのでそれにする。根付にイノシシの紋章が刻まれているのが可愛いかった。
ちなみに、借りているチュニカの懐に根付を引っ掛ける部分が有ったので、財布は懐に入れる物なのだろう。
ベルトに吊っても良いが、メタボ腹故お腹の下が見えない為用心が悪い。
お腹もぷよぷよしているし、ベルトも緩めなので落とすのも怖い。
「ズタ袋が3,000で2枚。巾着が2,000。合計で8,000ワールになります」
店員は60代くらいの白髪の男性だった。
1日の収入の半分近くが飛ぶか。しょうがない。
ちなみに靴に関しては、服飾屋で売っているとの事。
手工芸品と考えると、10,000ワール程度では手が出ない確率の方が高いな。
取り敢えず、TODOリストチェック。
[x]財布を買う。
[x]ズタ袋を買う。
さくさく処理していこう。
かなり疲労しているのも有り、さっさとアスト宅に戻る事にする。
「ただいま戻りました」
扉を開け声をかけた瞬間に、離婚後家に帰ってただいまを言う事も無かったなと。
ふと胸が温かくなった。