第184話 年越しと言えば、あれですね
年末の12月31日の朝は、晴れていた。タロの食事の世話も何とか起きられたので問題は無かった。リズは、まだアルコールが残っているのか眠ったままだ。
キッチンに向かい、ティーシアの手伝いをしながら、タロの様子を聞いてみる。人見知りも無く、きちんと食事もしている良い子との事だ。
アストが起きてきたので、この辺りで鴨が捕れないか聞いてみた。どうも東の森の池周辺に生息しているらしい。肉の大きさで雉をメインで狙っているが鴨も狩れるとの事だ。
アストは今日、明日は休むつもりだったらしい。雨の後でコンディションが悪いのと、子供のいる家はささやかだがお祝い事を年末にするらしい。
元々年末はそこまで大きなお祝いは無い。6月辺りの収穫祭を派手にやるそうだ。まぁ、年末年始なんて冬の頭だ。そこで無暗に消費していたら、春までもたない。
鴨を狩ってくれれば、故郷の料理を作ってみると伝えると興味がわいたのか狩りの準備を始めた。今から出て狩るだけなら、昼過ぎには戻れるらしい。
手早く朝食を済ませて、足早に出て行くのをリズを除き見送る。リズ?まだ寝ている。余程疲れたのだろう。
ティーシアがリビングで作業に入るのを見計らって、さっとお風呂を済ませる。まだ朝ご飯の調理の熱が残っているので暖かい。
部屋に戻り、タロの朝食を済ませる。歯茎の中の硬いのは徐々に増えている。これが突き破って出て来ると、授乳期は終わりだ。普通母狼が乳房の痛みで乳をやらなくなる。
そうなれば、離乳食だ。すり鉢は有るが、薬師ギルドで乳鉢と乳棒を買っておこう。その内薬草をすり潰すケースも有るだろう。
タロを寝かしつけて、寝ているリズにちょっかいを出してみる。頬をつんつんするが、手で払い除けようとするだけだ。両手を押さえて、つんつんし続ける。
徐々に眉根に皺が寄って来て、流石に目を覚ます。
「うー。何だか、寝ざめが悪い気がするよ?」
「もう、皆、朝ご飯食べちゃったよ?」
「えー、そんな時間!!あぅ、頭痛い。ガンガンする」
森の恐怖と疲労を振り払う為か、昨日の晩はかなり飲んでいた。そりゃ二日酔いになる。用意していたカップに冷えた水を生む。
「はい、どうぞ」
渡したカップの水をごっごっと飲み干して行く。
「はぁぁぁ、生き返った。ヒロ、用意良いね?」
「まぁ、昨日沢山飲んでいたのを見たからね。さぁ、朝ご飯食べておいで」
そう言いながら、着替えを手伝い、リビングに向かって押し出す。
リズが食べ終わるまでの間とタロの様子を見るが、特に体温の変化も無い。体重を手で計ってみるが徐々に増えている印象だ。
子犬は生まれて2,3日目辺りでガクッと体重が減るがその辺りで拾ったのだろう。
へにゃっとした顔で眠る姿を見て、元気に育って欲しいなと何かに祈る。
そんな感じで、リズが戻って来たので本日の予定を聞いてみた。特に予定は無いらしい。
「故郷の料理を作るから材料買いに行くけど、一緒に如何?」
「んー。デート?」
「惜しい。買い物だけかな」
「お昼ご飯は?」
「その辺りは奮発しよう」
そう言うと、やったーと言う感じで喜ぶので、一緒に買い物に行く事にした。
まずは、薬師ギルドに向かう。乳鉢と乳棒を買う為だ。
薬師ギルドで一式出してもらったが、結構大きい。大量の薬草を磨り潰す物なのでしょうがないのだろうが、学校の理科室に有った奴の二回りは大きい。
磁器故か、価格も3万と結構高い。基本薬師以外はあまり使わない物だし。まぁ将来子供が生まれた時も使うので、ここで買っておこう。
「それは何する物なの?」
「香辛料や薬草を細かく磨り潰す為の物だよ。タロの離乳食を作るのに使おうかなって」
「離乳食?」
あふ。ティーシア、性教育はしたけど、その先は無しか……。まぁ、下の子がいないからしょうがないかな。
「赤ちゃんがおっぱいを卒業したら、食べ物を磨り潰してあげるんだ。その後は普通の食事に変わるけど」
「へぇぇ……。えと、私の赤ちゃんも?」
「そう。その時の為にも合わせて、先に買っておこうかなって」
そう言うと、えへへと照れたように頬を染める。
「そこまで考えてくれるんだね……」
「そこまで考えておかないと、その時になって慌てるよ?」
「でも、もうちょっと先だよね?」
「先だ、先だと思っていても、すぐに来るよ」
そう言いながら、次の目的地、食堂に向かう。
ここでは、前にガレットを出していた。香りも色も蕎麦だった。若干蕎麦殻が混じった、田舎蕎麦に近い色だった。
「いらっしゃい」
「すみません、食事じゃ無くて、食材を譲って頂きたいんですが」
「ほお?何ですか?」
と言う訳で、ガレットの材料を聞いてみたが、小麦粉と蕎麦粉だった。蕎麦は製粉の時に蕎麦殻が残った物がそのまま挽かれたらしい。まぁ、取り除く方が面倒か。
小麦粉が高いので、東の森で採れた蕎麦を混ぜてかさ増ししているらしい。こちらとしてはありがたいので、小麦2割蕎麦8割で混ぜてもらった。袋で混ぜて、ふるいにかけてもらう。
『認識』先生に聞くと全然違う名前なので何か改変されているかも知れないが、毒性も無いし、香りは蕎麦だ。
「ガレットですと、これじゃ綺麗に固まりませんよ?食感もぼそぼそしますし」
「あぁ、お気になさらず。ちょっと違う物を作りますので」
そう言って、対価を払い、辞去する。圧倒的に小麦より安い。蕎麦好きとしてはありがたい。また機会が有れば譲ってもらおう。
「あれ?何か料理作ってくれるの?」
目がキラキラし始める。
「故郷では年末に食べる風習が有るんだ。それを作ろうかなって」
そう言うと飛び跳ねんばかりに喜び始めた。
「ヒロの故郷の料理!!美味しいよね」
何か思い出したのか、にまにましている。
うーん。醤油も無いので、正直期待されると困るのだが。まぁ、アスト次第かな。
そのまま八百屋で山芋を買う。これが高い。え!?とびっくりする程高い。まぁ、生で食べられるし、美味しいし、見つけにくいのは分かるが……。
まぁ、儲けが結構あるから、買っちゃう。つなぎというより、山芋の香りが好きなので山芋を混ぜる。
後は、薪を大量に購入した。ちょっと長く炊くので、補充用に買っておく。
「んー。想像出来ないよ。何を作るの?」
「内緒」
そんな感じでゆっくり村を回っていると、お昼も近づいて来た。一人ならそこまでかからないが、リズと一緒に色々見ながら、ぶらぶらしていたら良い時間になってしまった。
「食堂はさっき寄ったし、青空亭で食べる?」
「皆、いるかな?」
そう言いながら、青空亭に入る。部屋の鍵の状況を聞くと、皆いるらしい。ロットの部屋をノックする。
「あぁ、リーダー。おはようございます」
ちょっと寝ぼけて頭の痛そうな顔で出てきた。昨日の服装のままだ。装備は流石に外しているが。まだ寝ていたか。フィアもベッドで寝ている。服は着ているのは先にちらっと確認した。
「もう、昼だよ。お昼ご飯でもどう?」
「そうですね。流石にお腹は空きました。是非ご一緒に」
そう言うと、フィアを起こし始めた。何か、超頭痛いーとか誰かさんと同じ事を言っている。
私はドルを、リズには女性陣を起こしてもらう事にした。皆、死屍累々だ。奢りと思って飲み過ぎるからだ。
弱った人間に冷たい水を飲ませて覚醒させていく。
ドル?ぴんぴんしてた。どうも、リズの鎧をこの休みで作り始めるらしい。まずは右のガントレットからだ。右手の防御と重量を上げる目的だ。
「細工の無い武骨な物なら、何とか休み中には出来る。見せる物じゃないから問題は無い」
リズとも話したらしいが、本当に武骨な一式になりそうだ。まぁ、普段使いだから良いのかな?
そんな感じで、食堂に皆で集まる。なんとか皆生き返った。チャットはかなり瀕死だったが、水を大量摂取して蘇った。
「頭いとぉて、死ぬかと思いました」
その程度の二日酔いで死ぬ人間はいない。しかし皆、リズも含め容赦無く飲みやがった。金額はまぁ、笑った。
ティアナが高い酒を黙って注文していたのはちょっと根に持っている。私、味見していない。
昼はハムっぽい物のステーキだった。猪の塩漬け肉の腿部分を燻製にしている。燻製の香りがほのかに香る、逸品だった。付け合わせは茹で野菜だ。
「休みは皆どうするのかな?」
そう聞くと、ロットはフィアとフィアの誕生祝に参加するらしい。
レイには話をしているので元日から、ドル以外の皆で町に出て1泊して帰って来るらしい。ロッサの買い物も有る。
「リーダーはどうするの?」
フィアが聞いてくる。
「折角のまとまった休みだからリズとゆっくりかな。ちょっと仕事も有るし」
前回の森の深部の件で、ちょっとノーウェにお願いをしようかと思っている。
「そうなんだ。じゃあ、僕らは楽しんでくるね」
「おぅ。楽しんでおいで」
そう言いながら、食事を進めていく。
食べ終わったら、それぞれ用事を見つけて席を立って行く。
「そろそろアストさん帰っている頃だろうから、戻ろうか」
アスト宅に戻ると結構な数の鴨が捌かれていた。
「お、多いですね」
「そうか?狩り始めると、興が乗ってな。気付けばこの数だ」
と言う訳で、丁寧に肉が取られたガラとネギ系の香草を寸胴に投入し、熱湯に浸けて炊き始める。
「ティーシアさん、補充の薪です」
「あら、そんなの気にしなくて良いのに」
申し訳無さそうに微笑みながら、在庫の薪に積んでくれる。
灰汁が浮かんでくる間は、細かく取り、落ち着いて来たら、そのまま炊き続ける。鴨出汁の塩スープで攻めよう。ちょっと西洋風な熱蕎麦かな。
部屋に戻ると起きたのか、タロがふんふんと周囲を嗅ぎながら、箱の中をずりずりしてる。
それをリズが見ながら、箱に当たりそうになる度に、方向転換させている。その度に、タロが首を傾げて、また前にずりずり進む。
「ふふ。可愛い」
リズが、ちょっとお母さんの笑顔で笑っている。あぁ、この歳でも女の子ってこんな顔出来るんだなと思ってしまった。
箱に近づくと、匂いに気付いたのか、ひゃんひゃん鳴き出す。
『まま、まま!!』
「あれ?ヒロ。いつ戻って来たの?」
「今だよ。タロはどう?」
「お乳はあげたよ。今は運動中?布は代えておいたよ」
そう言うと、お腹辺りを両手で持ち上げる。タロがじたばたする。
私は受け取り、手の平に包む。すると、安心したのか、すりすりしながら、手の平の形に合わせてくるんと丸くなる。
「結構はっきりと重くなるね。飲む量は変わった?」
「少し増えたのかな?」
「分かった。少なくとも体重が増えているなら安心だよ」
指の先で、顎辺りをくすぐると、ひゃうんひゃうんみたいな鳴き声をあげる。その内疲れたのか、うとうととし始める。
そのままそっと箱に戻し、毛皮を被せておく。
汚れ物をまとめて、外に出る。お湯を生み出し、石鹸で端切れの山を洗う。鼻を近付けると、まだ尿の匂いは残らない。食べる物が変わって体が大きくなってからか。
そのまま濯ぎ、物干しに干して行く。色とりどりの端切れが冬の風に靡き、なんとも言えない風情を感じた。