第180話 子犬の面倒を見るのは怖いですね、何時踏んでしまうかとビクビクです
冒険者ギルドの建物に戻る前に服飾屋に寄って、端切れと毛皮の余りを大量購入する。端切れは値段が付くが、毛皮は詰め物にも使いにくいので貰えた。
何に使うか?赤ちゃんのお世話には、拭く物が欠かせない。
後は木工屋にも寄って、ミカン箱よりちょっと大きいな箱と薄い小さめのタライを買った。これ、タライと言うより洗面器か?
取り敢えず責任は果たせた安堵感とオーク戦への説明をどうするか悩みながら、てくてくギルドに向かう。
ギルドのエントランスホールでは何か黄色い声が上がっている。見てみると、仲間達の周りを女性の冒険者が囲んでいる。あぁ、タロか。何故女性は子云々に弱いのか。まぁ、生存本能かな……。
「ただいま。いやぁ、何とかなった」
冒険者を掻き分けて、席に座る。ノーウェ相手なので流石に緊張していたのか、座った瞬間ほっと溜息が零れる。
「おかえり。何とかって、何をしたのよ」
ティアナが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「うーん。河岸を変えた方が良いかな」
そう答えて、職員に会議室の用意をお願いする。特に問題無さそうなので、そのまま誘導される。
大部屋に入り、ノーウェとの会談内容に関する顛末を伝える。金額は内緒だ。
後、オーク戦への戦争従事に関しては異論は出なかった。元々ギルドで話が出た時にさらっと伝えていた。その為、逆に安全になったと喜ばれた。
「で、結局幾らになったのかしら?」
ティアナが興味無さそうに聞いてくる。まぁ、金額を誇示していないのだ。少額と誤解しても当然だろう。
「はい、子爵様からの賜り物」
そう言って、豪華な巾着をそっとテーブルに置く。じゃらりっと貨幣の崩れる音がした。
「あら?細かいので下さったの?気を利かせて頂いたのかしら。どうせそのまま入金するからあまり意味が無いのに、申し訳無いわね」
ティアナが誤解したまま、巾着を持ち上げ中身を確認しようとする。ふふふ。驚くが良い。私は驚いた。
「!?……」
巾着の口を開き、中身を確認した瞬間、ティアナが固まった。どうしたどうしたと仲間達も覗き込み、固まる。ロッサは自失気味、フィアはフィーバー状態だが。
「どないな交渉してきはったんですか!?これ、100万ワール金貨やないですか!!」
チャットが取り乱す。
「うーん。なんだろうね?私も驚いたよ。でも、対価だって貰ったよ?」
冷静に答える。しばし騒乱が続いたが、タロがくてんと転がり眠り始めたので静かになった。もう延々ミルクと寝るを繰り返しているようだ。まぁ、生まれたてだ。そんな物だ。
「分けても農家の年収並よ?この人数で1日の稼ぎじゃ無いわね……。私もこの枚数を実際に見たのは初めてよ……」
ティアナが呆然と呟く。
まぁ、下級貴族では、この金額は証文でのやり取りだろう。私も手渡しでこの金額を渡されると思っていなかった。
「遺跡でアーティファクトが出ても、こないな金額にはなりません……。なんや、夢やろか……」
チャットも呆然気味だ。
フィア?リズと一緒に小躍りしている。もう、慣れているからか動じない。
「あ、あの……。私も良いんですか!?え、金貨ですよ?等分で分けるって……。え?え?」
ロッサは混乱している。
埒が明かないので、受付に向かい仲間達に人垣を作って貰って、口座への入金をお願いした。ちなみに、変な用途で散財した場合は承知しない旨はそっと伝えた。
115万ずつで分けて端数はパーティー資金に加えた。
皆、カードに記載された残高を見て、にんまりしている。
ロットの総資産額が450万を超えていた。もう、家の頭金には十分だ。すげぇ、この歳で家を建てられる。
私?無駄遣いと言う名の先行投資が祟って300万ちょっとだ。
明日の予定を確認したが、どうもダイアウルフを狩りたいらしい。厳密には、激しく狩りたいらしい。年末なので大きな収入の後はゆっくりしようと思っていたのに、もう食らいつかんばかりだ。
しょうがないので、明日も狩りが決定した。フィアがレイには伝えてくれるらしいので、頼んでおいた。最近、朝の物資補充もレイが先回りして積載してくれるので、本当に申し訳無い。
家に戻ると、アストは既に帰っていた。ティーシアが夕ご飯の準備をほぼ終えた辺りだった。
帰宅の挨拶をして、テーブルに着く。今日の儲けの話をしていると、流石に絶句された。まぁ、2人で230万だ。家の頭金になるんだから大した金額だ。
リズが税の滞納分に充てるか聞いているが、アストが断っている。まぁ、見通しが明るいので、頼る必要も無いのだろう。
タロの面倒に関しては、私達が留守の間は、申し訳無いがティーシアに見てもらう事になった。
食事が終わり、お風呂の時間だ。
私はタロに羊のミルクを上げているリズを見ていたが、危なっかしい。匙でそっとあげているが、きちんと飲めていない。それに気温で冷えている。このままだと下痢になる。
『おなか、すいた』
少し寂しそうな思いが伝わって来る。
「リズ、ちょっと貸して」
タロを引き取り、ミルクの入った桶をタライに熱湯を生み湯煎する。体温より少し高め程度になったら匙で少し掬い、小指を濡らす程度でタロの口元に持って行く。
匂いを確認したタロが首を伸ばし、夢中で小指に吸い付く。吸啜反射は有るか……。
ミルクが無くなるのに合わせて少しずつ匙で温かいミルクを加えて行く。犬用の哺乳瓶でも有れば楽だが、そんな物開発されていない。
『うまー、うまー』
必死で小指に吸い付いてくる。こんな小さな体なのに、痛い程だ。あぁ、赤ん坊ってこんな感じだな。
しばらく繰り返していると、満足したのか口を放し、転がる。背中をそっと撫でてあげるとけぷっと小さなげっぷをした。うん、これで大丈夫。
『まま、まま』
転がりながら、手に体を擦りつけてくる。そっと両手で包んであげると、安心したのか動かなくなる。
『ねむい、ねむ……』
思考が途切れたと思ったら、寝入っている。買って来た箱に端切れを敷き、毛皮の切れ端で埋める。その中にタロを潜り込ませる。
毛皮は口に入らないように注意して開けておく。小さな毛皮も排除した。間違って飲み込むと、窒息する。
「へぇぇ……。慣れてるね。ヒロ、狼の子供飼った事有るの?」
食事風景を見守っていたリズが感心した顔で聞いてくる。
「そうだね。有るよ。もう大分前に死んじゃったけどね」
子供の頃に柴犬の雌を子犬から育てていた。大学辺りで死んでしまった。老衰だったので大往生だろう。
それから生き物は飼っていない。飼う話は出たが、結局飼わなかった。
ティーシアから声がかかり、お湯を生みに行く。
「うーん。私も、狼飼っている家に聞きに行こうかな?」
リズが思案顔で首を傾げる。まぁ、犬も狼もそう大差は無い。
「飼い方は知っているから、教えるよ」
「えー。飼い方知っているのに、飼わないって言っていたの?」
「死ぬまで面倒を見たからね。もう十分かなって」
長年寄り添った存在が死ぬと言う事実に、あまり生き物の生き死にに近づきたくない思いを持ってしまった。
2人で寝息を立てるタロの様子を見ていると、ティーシアがお風呂を出たらしい。お湯を生みに行く。
リズが入った辺りで、部屋にほのかな異臭がする。毛皮を除けると、かなり柔らかい便が漏れていた。お湯で濡らした端切れでさっとお尻を拭う。
端切れは新しい物と替える。
うーん、軟便は生まれたばかりならしょうがないけど、お腹が冷えての下痢だとちょっとまずい。無駄に体力を消耗する。
お腹を覗くとへその緒がまだ残っている。あぁ、生まれて2、3日も経っていない。この頃なら普通母親が咥えてでも移動させるが、出来ない切迫した状況だったのだろう。
様子を見ていると、リズから声がかかる。はぁ、あまり良くないけど、不衛生なのも問題だ。お風呂で洗って体温回復させるか。
そう思って、そっとタロを手の平で抱き上げた。