第176話 良く小説とかだと索敵もせず敵に突っ込んで皆殺しとかですが、実際出来ますか?
家に戻ると、アスト達が食事の準備を終え待っていた。非礼を詫びて、食事となる。
大きな出来事の後と言う事で簡素な内容だが、温かいご飯を家族で食べられる事以上の幸せは無いと感じる。
その後はいつも通りのお風呂だ。護衛中はお湯を節約気味だったとの事だ。寒いのに、それは辛いなと思ってしまった。
折角なのでと言う事で、それぞれたっぷりと使ってもらう事にした。
で、自分の番になったのだが、幾らかけ湯をしても寒い。諦めて先に樽に飛び込む。濡れると、無理だ。年末だ、そりゃ寒い……。
屋外の時は我慢出来たが、脳みそが室内と認識している所為か駄目だ。あー。温まる……。
暖房系の魔術を何とかしないと、日本人の身としては凍え死ぬ。炭をイメージして火魔術を使うと固形っぽいのが出るのだが、持続時間はそう長くない。
コペルニクス的転回が必要な気がする。この世界の人間は何を考えて魔術を使っているのか……。うーん。高位の魔術士と話をしてみたい。
そんな事を考えながら、樽を出て、体を洗い、再度お湯を生み樽に戻る。
部屋に戻ると、ベッドの上ではごろごろと本を読んでいる大きな猫みたいな生物がいた。
「リズ、何をしているの?」
「ヒロが貴族様になるよね?私、男爵夫人よね?王国法は覚えておかないと、駄目かなって」
うん。正しいけど、そこまで考えなくてもこっちで全部やるけど……。どちらかと言うと社交の方で頑張って欲しい。
「でも、細かすぎて良く分からないよ」
あれ?何処を読んでいる?あぁ、商法関係か。いらない、その知識はリズにはいらない。
「最低限なら憲法までで大丈夫だよ。それ以降は実務で使うから、リズは今知る必要は無いかな?専門の官僚がそこは把握するから」
「え!?そうなの?全部覚えないといけないと思っていたよ……。覚えていないけど……」
しゅんとした感じで下を向くので、ぽんぽんと頭を撫でておいた。正直、私も実務に必要の無い内容はうろ覚えで、どの辺りに書かれていたかを覚えているだけだ。
一先ずは詳細に関して、必要になった時に見れば良いと思っている。その為にカビアもいる。最低限、税制関係と領地関係、後は領民に対する権利と義務辺りまでは覚えた。
「私も完全に覚えていたりはしないよ。実務を見ないと何が必要か把握するのが無理だから」
苦笑を浮かべ、書籍を閉じる。
「その為に、官僚の皆もいるしね。リズには、リズの向いた事が有るよ。あまり先を見過ぎると、辛くなるよ」
「分かった……」
やる気に水を差すのも悪いと思うが、男爵が何処まで把握しなければならないかによって、覚える内容も変わって来る。
「まぁ、まずは年末年始の事を考えよう。そっちの方が先に来るよ」
そう言うと、リズがほんのり頬を染める。
「うん!!」
やっと機嫌が戻ったか。ほっとしながら、温かい体を抱きしめる。そのまま布団に包まり、眠りについた。流石にこの2日、強行軍過ぎる。
12月27日の夜は平和に過ぎて行った。
12月28日の朝は快晴だった。冬の鮮烈な青空を窓から見上げ、今日も晴れかと思う。
食事と用意を済ませて、ギルドに向かう。仲間達は皆、用意を済ませて集合している。
ギルドで換金をと考え受付に話をしたが、額面の問題が有り、何日かは処理出来ない旨を告げられた。護衛の分でも1人400万を超える。混乱が収まっておらず、対処のしようが無いらしい。
まぁ、身から出た錆か……。ロッサも2か月程度の所持金は有るので問題無いらしい。気温的にはまだ熊の冬眠は始まっていない。冬眠中でも『警戒』の対象にはなる。
狩れる事は狩れる。高騰状態もまだ続いている。ギルドの問題が継続していた事と、景気が回復して消費意欲が湧いて来た事の影響だ。
このまま真冬まで行くと餓死者が出る可能性も有る。動ける時は積極的に動こう。
狼の生態に近ければ、ダイアウルフの出産、子育てもこの時期だ。子連れの相手に会うのは怖い。用心はしておこう。
今回は一泊を想定しての行動で打ち合わせを行った。そのまま馬車に乗り込み、出発する。馬車の積載内容はレイが調整してくれていた。あまりにも気が利き過ぎて申し訳無くなる。
森の入り口で降ろして貰い、行動を開始する。合流ポイントは前と同じ川沿いだ。
何時も通り、森の深い所まで一気に進む。経路上の障害も大分取り除いて来たので、予想を遥かに上回る速度で辿り着く。
ここからは前回西側を新規開拓したが、ひと月の状況変化を確認する為、川側に出て様子を見る事にした。
「はい。まだまだ活発に動いています。大きい物も体重は落ちていないです」
ロッサが川の泥に付いた足跡を確認しながら告げる。まだ、森の恵みは残っているか……。正直、日本でこの時期の森に入る事など無い。
ギルドの資料では、1月半ば辺りまではこの状況の筈だ。そこから気温が下がり、雪が降り始める。そうなると、森の危険も増す……。
冬眠中の熊も、ただ浅い眠りだ。刺激で目を覚ます。その場合の脅威は分からない。間違い無く機嫌は悪そうだ。
ロッサが特定した痕跡に向かい、進む。ロッサとロットが協力し、藪を切り開く。後方は何時も通り、ティアナが見張っている。
そろそろ昼過ぎかと思った辺りで、ロッサがかなり新しい足跡を発見する。昼はこの後かな……。ただ、地図と方角を見る限り、真っ直ぐ奥に向かっているのが嫌だなぁと考える。
しばらく痕跡の方向に追って行くと、ロットが『警戒』の範囲に熊を捉える。周辺の開けた場所を探し陣地構築を始める。陣地の状況を確認し、ロットが釣りに走る。
皆で藪を切り開く。この作業も久々だなと苦笑が漏れる。ある程度の空間が確保出来た辺りでロッサがロットの接近に気付く。続いてティアナも反応する。
ドルが何時ものように悠然と盾の準備を始める。ロッサが後方で待機し、ティアナがドルに方向を指示する。ロットが前方の藪を突き抜け、現れる。が、表情がおかしい……。
「後方10m、来ます」
そう叫び、後方に抜ける。ドルが盾を地面に突き立て、迎撃の準備をする。その瞬間、藪から熊が現れる。
警戒心が強いのかのそっとした感じで藪から出てきたが、即座に判断し盾を引き抜いたドルが正面からシールドバッシュをぶち当てる。出会い頭の衝撃に驚いたのか、困惑に近い鳴き声を上げる。
ドルがそのまま若干後方に下がり、リズ達の行動空間を作る。熊は攻撃を加えたドルを標的と決めたのか、そのままドルに向かって行く。その時点で見えたサイズが3m辺りだ。
「ドル。防御優先で殴れる時だけ殴って」
そう伝えて、私も鼻先に槍を突き出す。ロットの表情の件は、一旦頭から追い出す。熊に集中しなければ大怪我では済まない。
今回の熊は、兎に角警戒心が強い。後ろが近付こうとすると即座に振り向きざまの薙ぎ払いで牽制してくる。その程度の隙では、ドルも殴れずシールドバッシュに終始する。
チャットの風魔術も隙が無い為、皆を巻き込む。熊も苛々した雰囲気が強くなるが、立ち上がってこない。何か、違和感を感じる。あまりに人の行動に慣れている……。
「ドル、圧力に専念。熊の集中を集めて。リズとフィアさんはその隙を狙って」
方針を変えて、兎に角ドルに盾で顔を隠してもらう。横合いから、鼻先に向かって槍を突き出す。『軽業』の補正も合わせて、軽い傷は与えられる。
苛々が頂点に達したのか、熊が立ち上がりドルに大きく斜めに薙ごうとする。その隙を狙っていたリズが関節をハンマーで薙ぐ。綺麗に入り関節部で止まったハンマーの先から鈍い音が鳴る。
熊がバランスを崩し、リズ側に倒れ込む。が、リズもぎりぎり巻き込まれず、下がっていた。体勢が崩れたのを確認したドルが、積極的にメイスを当て始める。
ここからはもう、熊が巻き返す事が出来ない。痛めた足を庇いながら、腕は薙ぐが勢いが乗らない上に、バランスを崩す。
薙ぐ度にドルが盾でがっしり受け止める。そうなると、またバランスを崩す。それを機会にリズとフィアが後脚を執拗に攻める。そのまま逆側の後脚も壊れる。
そうなると咆哮を上げるだけの存在だ。ドルが距離を取りながら、頭を潰しにかかる。何度か振り抜くと悲痛な悲鳴を上げながら、徐々に沈黙していった。
痙攣が収まった熊の死亡を確認する。そこまでして、先程のロットの件に頭が回り出す。
血抜きを行いながら、ロットに先程の件を確認する。
「ロット、飛び込んでくる時、何か有ったの?」
「いえ、釣りに行った先でダイアウルフと不明な気配らしきものを捉えました」
うわぁ……。オークの村落からは結構離れている筈だ。意味が分からない。オークか、それ以外の何かか。オークの可能性が高いかな……。
「対象は動いていた?」
「移動中に端にちらっと入っただけですので、そこまでは」
んー。様子見は必要か……。川までは一旦戻るか……。血抜きが完了したとリズが伝えてくる。
「ロットは気配の詳細を探って欲しい。ある程度確認したらティアナさんの方向に戻ってね。ティアナさんとロッサさんは川までを『警戒』の範囲で中継して欲しい。ロットは気付かれるか相手に明確な動きが有れば即座にロッサさんの方向に逃走して欲しい。それに合わせて、ロッサさん、ティアナさんも川側に逃げてね」
そうお願いし、ロットが先程の道を再度進みだす。我々は川側に真っ直ぐ道を切り開きながら進む。途中でロッサが、そしてティアナが中継に入る。ティアナにこの方向に真っ直ぐと伝え、そのまま川に向かう。
川にロープをつないだ熊を沈める。大きさはやっぱり3m超えるか超えないかだ。しかし、あまりに人の攻撃に慣れていた。ああやって四つん這い状態で牽制を繰り返されると、攻めきれない。
あの熊、間違い無く人間か何かと争った経験が有る筈だ。そうで無ければ、あそこまで我慢強くない……。過去の経験なら良いが、最近の経験となると人間相手では無い。
熊相手に集団戦を仕掛ける知能を持っているか……。オークの危険度を一段階上げておく。
地図を確認しながらティアナの方向へ進み、合流する。そのままロッサに合流する。ロットの方面に移動しようとしたら、ロットがゆっくりめに帰って来る。トラブルではなさそうだ。
こちらからも接近し、合流する。
「ダイアウルフで間違い無いです。対象は2体です。もう1体は不明です」
場所の確認もしており、ただ対象は積極的に動いていないようだ。争っている感じでも無いらしい。んー。この状況ってゲームとかで良く有ったな……。あぁ、テイミング系の能力か……。
ダイアウルフをテイミングして、それを前衛にオークが行動範囲を広げているとしたら?厄介は厄介か。ダイアウルフの戦闘力そのものはそこまで高くない。群れるのが厄介なだけだ。
ただ、オークの実力が分からない状況で、過小評価は出来ない。あぁ、悩んでもしょうがないか。一当てするか。今なら、対象が少ない。
「ダイアウルフ及び正体不明の殲滅の方向で動こう。ダイアウルフはリズとドルで対応。フィアさんはリズのフォローに入って。斥候組は兎に角周囲から近づく対象に注意を。正体不明は私が一当てして確認するよ」
そう言うと、リズが若干難色を示したが、魔術が有ると言う事で、納得はしてくれた。
ロットの先導で、静かに近づいていく。相手側の手札が分からない以上、慎重に進むしかない。それぞれの呼吸音と藪を開けていく音だけが聞こえる。
私の『警戒』範囲にも入ったと言う事は、100m切ったか……。視界が悪すぎて、先は見通せない。そのままじりじりと前進をする。
50m程だろうか、藪を抜けると、大きく木々が開けた空間が先に有った。そこで一旦皆を止める。先の方に狼2匹と人型の生物が見える。ちょっと遠いな。
「ロット、周囲に他の敵影は?」
「有りません」
急襲は無理だが、数の上では有利か。攻めるか……。
「合図と共に、リズ、フィアさん、ドルは走って。フィアさんはドルの到着まで1匹を牽制して。斥候は皆の周囲に散開して後続の確認をお願い。チャットさんはもしもの場合にダイアウルフの牽制をよろしく」
皆の頷く姿を確認する。
手を小さく振り上げ、振り下ろす。と同時に、フィアが飛び出す。続いてリズ、斥候の皆、チャット、ドルの順番だ。
私はホバーで大回りに迂回しながら、人型の生物に近づく。10m前後で一旦止まり『認識』先生で、確認をする。っち、面倒な……。やっぱりオークは危険かも……。
顔は豚顔と言うよりは、鼻が豚っぽくつり上がった人間と言う感じだ。体格は私と同じくらい。
そう思った瞬間、オークが手にした槍を腰元で構えてこちらに走り出す。討伐部位は鼻か。少し様子を見てみるか。ホバーで大回りに槍を避ける。
周囲でも戦闘が始まっている。フィアはダイアウルフの鼻先で剣を大振りし、牽制している。リズは、盾を前面に構え一気に突っ込んで行く。
盾にぶち当たったダイアウルフがキャンに近い悲鳴を上げて後方にはね飛び、頭を振る。そのまま威嚇の鳴き声を上げ始める。
オークが思いの外、鋭い槍捌きで突いて来る。こいつ、面倒な。
フィアが牽制している間に、ドルが到着し、一気に盾で突っ込む。ドスっと重い音が聞こえる。盾の上側を前方に押し出し、下に圧力がかかる形で突っ込んだ。
ダイアウルフ側は逃げる事も出来ずに盾に押しつぶされ、呻くような鳴き声を上げる。それを隙と見たのか、そのまま下がり、メイスで頭を横薙ぎにする。
吹っ飛んで行ったダイアウルフがびくびくと痙攣している。まずは1匹……。
リズも、盾でダイアウルフの噛み付きを防ぎ、下がってハンマーを腹にぶち当てている。ゲボっと言う音が口から出て横倒しになる。そのまま頭にハンマーの一撃。2匹……。
様子見を止めて、相手の喉が爆散するイメージをシミュレーションし、実行する。と、同時にオークの喉が爆散した。そのまま後ろ倒しに倒れる。
<スキル『獲得』より告。スキル『獲得』の条件が履行されました。対象の持つスキル『馴致』0.23。該当スキルを譲渡されました。>
<スキル『獲得』より告。スキル『獲得』の条件が履行されました。対象の持つスキル『槍術』0.12。該当スキルを統合しました。>
そう、『警戒』、『隠身』と一緒に『馴致』と言うスキルを持っていた事。
そして、『槍術』が1.00を超えていた事。
木製の鎧だけじゃない。槍の先を見たが、研ぎは鈍いが鉄製だ。製鉄技術を持っている事。
オーク、やっぱり一筋縄でいかないぞ、これ……。