第174話 正直裁判なんてTVで見た程度です
夕焼けに赤く染まる中、鈍い輝きの重装に包まれた集団が一つの建物を包囲する。
30人程が、建物からやや離れた場所でほとんど等間隔に配置されている。ほとんどと言ったのは、入り口及び裏口には複数が配置されている為だ。
10人が窓からの逃走などの即応の為、軽装で待機。10人が予備として、建物の前後5名ずつ配置されている。
完璧な包囲網だ。逃げ様が無い。
指揮官がギルド側に投降の呼びかけを行っている。
職員は一切の抵抗をせず建物から出て来る事。一旦は捕縛されるが、責任者の拘束が完了次第解かれる事。魔術士は魔術の予兆が確認され次第敵対行為とみなし殺害されるので注意する事などだ。
少し経つと、受付嬢達が、そして職員達が両手を上げて無抵抗にゆっくりと歩きながら、出て来る。出てきた順に、捕縛されて後方に搬送されていく。
最後にハーティスが出て来て捕縛される。話を聞いてみると、残っているギルド関係者はギルド長だけらしい。
そもそもあの馬鹿は事務方上がりだ。戦闘能力も無いのに籠城してどうするつもりなんだ?
30人の範囲が狭まり、10人程の集団を別に作る。これが突入班となるらしい。静かに突入班が侵入して行く。抵抗らしき音はドアの破壊音程度だろうか?
しばしの時の後、正面入り口から、伝令役が走って来て報告をする。ディルチを捕縛したとの事だ。
護衛の兵士に囲まれながらノーウェと共に、ギルドの階段を上る。一番広い会議室のドアが開かれると、捕縛された状態でジタバタと暴れるディルチが見えた。
「幾ら王国の貴族と言えど、越権行為ですぞ!!警告も無く武力で制圧など、上から正式に抗議させてもらいます」
今更な話を叫んでいる。越権行為でも無いし、上ももう無くなるんだけどなと白けてきた。
ノーウェが前に進み、しゃがみ込む。
「うん。見るからに馬鹿な顔だね。君、状況分かってる?国家反逆罪が適用された組織だよ?何の遠慮が必要かな?各国も足並みを揃えている。もうおしまいだよ。良かったね」
そう言うと、私とヘレーシアに手招きする。ヘレーシアを手で止めて、私だけが前に出る。
ノーウェがきょとんとした顔でこちらを向く。
テルフェメテシア様、ご降臨頂くのは可能でしょうか?
『はい。この規模の裁判では、裁定役を介するより降りた方が後々良いでしょう。元々裁判が始まればそのつもりでしたのでお気になさらず。では』
祈祷の内容を聞き、部屋の奥側の空間に向かって武器を置き跪き、最敬礼をする。周囲は怪訝な顔で、こちらを見ている。
次の瞬間、荘厳な音楽とも音の奔流とも言えない美しい音色と共に、爆発的な光がその空間から部屋全体を満たす。
徐々に光が収まってくるに従い、その姿がはっきりとし始める。緩やかなドレスを身に纏い、右手に天秤、左手に定規を持った美しい女性の姿だ。
その背後からは尚、幻想的な輝きが後光のように差している。テルフェメテシア様、エフェクト強すぎ。派手です。
後、『識者』先生は黙ったままだ。こちらに干渉しようとしていないから無視なのかな?まぁ、ブロックされたら困るから良いけど。
「我はテルフェメテシア。真理を司る者なり。此度の裁定の為、降臨した。汝らが求める裁定の開催を宣言する」
凛とした声音で、テルフェメテシアが宣言をする。それを聞いたヘレーシアが青い顔で最敬礼をする。声は聞いているから、本人と分かったんだろう。
それを見た周囲も最敬礼を始める。ノーウェも流石に驚いたのかびっくり顔を一瞬した後、真面目な顔で最敬礼をする。
「汝らよ、立て。これより、裁定を執行する。原告アキヒロ、被告ディルチ。双方の論点を述べよ。真偽を裁定する」
状況が分かっていないディルチが呆然としている。周囲も降臨なんてそうそう無いのか、呆然気味だ。徐々に把握して立ち上がり始める。
まず前提として今回のオークションの内容とディルチとの確執の経緯を皆に説明した。
その上で問う。
「ディルチはオークションの対価の一部を着服しましたか?」
「真」
テルフェメテシアが明瞭に答える。
この時点でディルチの横領の事実が確定した。
「そのオークションの対価は冒険者ギルドが行った、王国への不正な税金着服の補填として使われますか?」
「真」
この質問は、着服の確認と脱税の確認をしていた為、拡大解釈で行けるとノーウェに言われた。
これが真なので布石になる。
「冒険者ギルドはワラニカ王国への税金を脱税していますか?」
「真」
これで、ギルドと言う組織が王国に対して脱税している事実が確定した。
「ディルチのオークションの対価着服に当たり、冒険者ギルド総長の指示が有りますか?」
「偽」
上役の範疇は明確に定めていない。上から順に確認出来る。まずは冒険者ギルドの最高責任者の指示では無い。
「ディルチのオークションの対価着服に当たり、冒険者ギルドワラニカ王国総長の指示が有りますか?」
「真」
王国内のトップの指示が確定した。これでこいつの直属の上司の管理不行き届きで立件は可能だ。直属の上司は冒険者ギルド総長なので、まとめて首を切れる。
これで、ディルチの横領、冒険者ギルドの脱税、冒険者ギルドワラニカ王国総長の横領行為の指示、冒険者ギルド総長の管理不行き届きは確定した。
ここまでで十分組織は潰せる。紛うことなく、国家反逆罪だ。
「私からは以上です」
私はそっと引き下がる。ディルチが前に転がされる。
「これは何かの陰謀です。王国の越権行為です。何かの間違いです!!」
「……」
ディルチが喚いているが、論点じゃ無いのでテルフェメテシアは何も答えない。
「これでは、私が詐欺をした犯罪者じゃないですか」
「真」
あ、馬鹿が自爆した。止せば良いのに、取り繕おうとするから墓穴を掘る。まぁ、オークションの対価の件で嘘をついていたから、間違い無く詐欺なんだけど。これ、論点に無かったけど、あれか。部屋を出て行く時に何か喚き散らしていた時の中で言ってたのか?
あーあ。横領に詐欺が余罪で付いた。
そのままディルチが青い顔で項垂れる。
部屋が静寂で包まれる。
「論点は出尽くしたか?」
誰も何も答えない。
「では、以上で裁定を終える」
そう言った瞬間、また部屋中が光に包まれる。目を開けた時にはテルフェメテシアの姿は無かった。
横でぱたっと言う音が聞こえたので振り向くとヘレーシアが腰を抜かしていた。
「上出来、上出来。手間が省けたよ。と言うか、君、そんな特技有るとかずるいよね。何でも有りだね。頼もしいよ」
ノーウェが私の肩を叩きながら爆笑している。
ふと気づくと手元に正体不明の羊皮紙が握らされていた。中を見ると、先程の裁定内容が記されている。
これが各立件の際の法的根拠、証拠として効力を発揮する。神の御言葉だ。読み取り機で真偽の確認も出来るらしい。
はぁ。これで一旦片は付いたかな?命を狙われる心配は無くなった。
窓から差し込む夕日を見ながら、安堵の溜息を吐く。これで再び日常が戻って来る。