第172話 クリスマスプレゼントは最悪な物でした
結局夕方までギルド側に動きは無く、アストが戻って来たのを見つけ、急ぎ向かう。
「どうした!?慌てて」
驚き顔のアストの目の前でザザーと滑りながら着地する。急いで顛末を説明すると険しい顔になり、そのまま屋敷に向かう話になった。
結局話し合った結果、一旦子爵に保護してもらう話で満場一致になった。1日馬車だが、それは気にしないらしい。元々定期馬車の環境の方が劣悪だ。
私はリズと一緒に宛がわれた部屋に入り、少し休もうかとベッドに腰を下ろす。
「大変だね。帰って早々」
リズが心配そうに話しかけてくる。
「ごめんね、折角ゆっくり休もうと思っていたのに」
情けない顔で返す。
「ううん。そろそろ年末だから、準備をしようと思っていたよ」
リズがうっすら微笑み、答えを返す。ん?聞き捨てならない台詞が有った。
「年末?」
「うん、後6日で年末だよね。だから急いで帰って来たんだよね?7日後にはもう大丈夫だね」
暦を思い出し、ざっと数えて行く……。あぁ、そろそろ年末だ……。うわぁ、忙し過ぎて気にしていなかった。
そもそもスマホ見てもカレンダーがあまり意味無いから認識していなかった。こっちの暦も良く分からない……。暦のいらない仕事だしな……。
男爵業始めたらそうも言っていられない。農業系は暦との戦いだ。気を付けよう。
「えと、リズ。誕生日って何時かな?」
大事な事を聞いていなかった。痛恨のミスだ。やばい。
「私?10月中旬だよ」
うわぁ、男爵叙爵の話をしていた辺りか……。祝っていない。
「どうしたの?そんなに慌てて」
あれ?怒っていない。
「誕生日、お祝いしていなかったから。ごめんね」
「え?ヒロの故郷はそう言う感じなの?この国は年始毎に年を取るよ」
へ?あぁ、数え年と一緒か!!どうもこの国の戸籍の変更上、年始に一斉に年齢を足すらしい。
ちなみに、0歳換算だ。12月31日に生まれたら、次の日には1歳と言う形になる。
ちなみに暦がほとんど一緒と言う話だが閏年がずれている。今年は閏年じゃ無いらしい。
微妙に違和感が有るが、そこまで厳密な生活はしていないので気にしない。
「え?あれ?今日って12月25日?」
「うん。そう」
クリスマスじゃん。ってこの世界には関係無いか……。イブも馬車の中か。はぁぁ。
「ちなみに、大丈夫って、何が?」
「だから、プロポーズしてくれたんだよね。私、後7日で16歳だよ?」
あ……。良かった!!私、グッジョブ。ファインプレーだ。正直こんな状況でお祝いとか出来ない。良かった、本当に良かった。
って、待て。あ、結婚出来る。そうか、そう言う事か……。リズはそう受け取ったからか……。うん。覚悟しよう。結婚するんだ。そう決めたんだから。
「うん。やっとだね。約束した。幸せにする。リズを守る」
ギルドからの刺客の可能性?そんなの、ぶち殺す。何が何でも、6日以内で片を付ける。馬鹿を殺す形になろうが、ノーウェを扱き使おうが。
殺人への忌避感?リズと天秤にかけられない。天秤にかけるなら、私の心の傷だけだ。そんな物で釣り合いは取れない。
そう思った瞬間、心が軽くなった。盗賊の時からずっと続いていた、重みが霧散した。あぁ、これが本当の覚悟か。
大事な物が本当に目の前に来るまで気付かないなんて、本当に私って愚かだな……。
分かった。巻き込まれるんじゃ無い。私が選んだ、この道だ。何が何でも守り抜く。そして幸せになる。幸せにする。そう決めたからそうする。
「うん。私もヒロを守る。だから、これが終わったら、ね?」
そう言ってリズがそっと目を閉じる。ゆっくりと近付き、口付けを交わし、そっとベッドに倒れ込む。
12月26日の朝。中番を経て、夜明け前に目を覚ます。タイムリミットは後5日。根性入れて、ノーウェを動かす。
馬車に皆乗り込む。荷物は食料をある程度残し、ほとんど降ろした。仲間以外は貨物スペースに直に座ってもらう。
それでも、楽そうだ。我慢強い人達で良かった。本人達は凄い良い環境と感じているようだ。
「それでは、参ります」
レイが宣言し、馬車が動き出す。正直村を出るか、少し経ったら襲撃が有るかと考えたが、それも無い。
レイに『警戒』で確認してもらっているが、それらしい気配も無い……。
考えすぎか?いや、油断はしない。歴史上、油断で死んだ例なんてごまんと有る。
そのまま休憩を挟みつつ、順調に進み、夕方には町に着いた。あるぇ?まぁ、良いや。気を張って疲れただけだ。別に気にしない。
私は領主館前で降ろしてもらい、皆は太陽と大地亭に向かってもらう。あそこなら、部屋数は余裕が有る。
新男爵領の建設ラッシュで人が溢れている。何とか部屋が取れればありがたいが。駄目なら馬車で寝よう。
門衛にノーウェに火急の用が有る旨を伝えてもらう。しばらく待つと、何時もの執事が現れて、即用意をすると言ってくれた。
大分無礼なお願いをしたが、悪印象は無かった。本当にありがたい。
何時もの応接室で待っていると、ノックの音が聞こえる。返答と共に執事が扉を開き、ノーウェが満面の笑顔で入って来る。
「ご無沙汰しております、ノーウェ様。お久しぶりです。お体の調子は如何ですか?」
「確かにご無沙汰だね。健康そのものだよ。しかし、その挨拶も相変わらずだね」
ノーウェが苦笑を浮かべる。
「さて、急ぎと聞いたけどどうしたの?調査報告は軽く受けて、今書類を確認中だけど。その関係かな?」
「いえ、実は」
と言う訳で、昨日の顛末を会話含めて克明に伝える。話を進める度に、ノーウェがニヤついていく。
「やるねぇ、君。本当に王国の官僚団に入る?裁判系も得意かぁ……。本当にそっちに推薦した方がこっちに利益が有りそうな気がしてきたよ」
「いえ。折角領地の視察も終わりましたので。そちらを発展させます」
「まぁねぇ。そっちも楽しみで堪らないよ。うちも凄い数字で潤っている。笑いが止まらない。で、冒険者ギルドの件か。それ、こっちも大分手を焼いてたんだ。父上はもう切る気で動いているよ」
どうも、冒険者ギルドの動きは逐一監視されるレベルで怪しいと言うか、黒扱いらしい。
豚を引き渡して来た時も喉が完全に潰されていたらしい。それを治せる神術士が居なかった為、拘束設備で拘束中との事だ。哀れな。
もう最近は情報の疎通もまともに出来ないし、税も監視している額と全く合わないらしい。職務怠慢と脱税が確定か……。組織として、死んでいるな。
「いやぁ。冒険者上がりの貴族なんていないから。影響を及ぼすのが大変なんだ。ほとんど軍出身か、商家出身だからね。人を率いるか、経営が分からないと領地なんて回せないしね。君くらいじゃ無いかな?冒険者から直接貴族になったのなんて」
笑いながらそう言う。冒険者で貯蓄し、商売をして貴族と言うコースは有ったが、直接は私が久々らしい。その辺りの出自は記録に残らない為、詳しい過去は分からない。
それでも、現在の貴族達の記憶の中では初めてレベルの話らしい。状況的にはノーウェの大英断と言う事でノーウェ株も上がっている。それ程に人気が無いのか男爵業は。
「で、ギルドへの対処だよね?うん。軍は即時展開出来るよ。即応態勢で元々用意していたしね。鳩は各所にリレーで飛ばすから、逐次制圧する流れかな?もう王家内部では決定事項だからね。父上も涎を垂らしているんじゃないかな?聞いたらきっとまた喜ぶよ。孫が良くやったって」
ノーウェが遂に腹を抱えて笑い出す。
あぁ、やっぱり鳩なのか。遠隔地の連絡手段がやっと分かった。
「うちの領地には各所兵は配備済みだよ。この町はこの後すぐに制圧する。そのまま騎兵部隊を抽出して、村は明日制圧する。そこで、君の出番だ」
一気に顔が真剣に変わる。この人も面白い性格をしているが、青い血が流れているんだなと、こう言う時思う。
「今回の制圧の大義名分は君の神明裁判の結果がポイントになるね。まぁ、無くても良いんだけどね。後で形式形式うるさいよね?そんな面倒事は先にさっさと潰そう。折角国中が君の領地のお蔭で沸いている時だ。派手に行こう」
今王国は空前のバブル状態らしい。動く予算の規模が通常の2倍だし、来年度予算も決定が内部で確定したらしい。そう言えば来年度の予算編成の時期もそろそろか……。
もう私の動く隙間は無い。と言うか、予算的にはガバガバらしい。私には関係無い所で凄い額が動いている。ただ、使える予算が増えるなら、今はありがたい。
この後、執事を呼んで軍の出動が命じられた。本当に即応かよって驚いた。夕方のこの時間から制圧か……。忙しい時間帯に迷惑な話だ。
まぁ、確かに、たかがギルドの支部一つだ。制圧して責任者を拘束して代行を置くだけだ。ギルド側が応戦した場合は、間違い無く戦争の開始だ。
その上で、裁判の内容を決めて行く。論争が拡大解釈が可能な内容だった為、大分大規模に適用出来た。
と言うか、この人裁判慣れしている。やはり領主が仲裁に入るケースも多いのだろう。
「まぁ、これでやっと大義名分が出来るよ。どこまで絡んでいるか次第だけど、どちらにしても頂上まで潰すよ。王国側の人間と入れ替える。各国とも内々に話はついている。彼等はちょっとおいたが過ぎた。どこの国も明日は我が身だからね。協力的だよ?はは」
中にはまともな責任者もいたかも知れない。だが、組織の問題が大きすぎる。ここまで来たら、一掃しないと禍根が残る。そんな組織、腹の中で飼いたくない。
「代行には、下から引っ張り上げて、官僚引退者を付ける形になるね。適当な人材がいなければそのまま代行かな。まぁ、王国の人材余りの解消も含めて万々歳だ。君に幾つ借りを作ったっけ?払いきれるかなぁ。それだけが心配かな?」
そう言って、苦笑を浮かべる。後は細かい問題解決に関しての話を進めて行く。それ程時間が経っていないのに、執事が部屋に現れノーウェに耳打ちをする。
「あは。この町は制圧完了だって。抽出は軍務に任せているけど、決裁が必要だ。明日は朝一で動くよ。動く用意は頼むね」
この場で笑えるんだ。この人も根っこの部分で相当狂っている。でもそれが為政者。それが貴族。それが青い血を引く者だ。私もその一員なのだから。
「ではノーウェ様。明日はよろしくお願い致します。どうかご武運を」
「あぁ。裁判は任せたよ。今度はゆっくり話がしたいね。落ち着いたら、是非また来てよ。何時でも歓迎だよ」
笑顔を浮かべ、手を振ってくる。目礼し、辞去する。
はぁ、当初目的は達成出来た。助かったと言うか、あの組織馬鹿じゃないか?良く見てた漫画やゲーム、小説なんかで黒幕って設定は有ったけど、ここまで無能なのは初めてだ。
領主館から宿に戻りながら、考える。油断はしていない。煩わしいが『警戒』は全開だ。怪しい挙動の人間は容赦無く確認してマークする。
宿に戻ると、皆不安そうな顔をしていた。部屋は相部屋が多いが、何とか眠れるだけのスペースは確保出来たらしい。ノーウェとの話を伝えると、皆、安堵の溜息を洩らした。
食事を取り、皆に就寝を促す。明日も早い。
部屋はリズとダブルの部屋だった。正直、早起きと移動と会談でくたくただ。ベッドに転がるように潜り込む。
「お疲れ様。ヒロ、頑張っているよ。よしよし」
温かい何かが頭に触れた気がしたが、記憶が曖昧だ……。もう、疲れた。お休みなさい……。
そうして、12月26日は暮れていった。