第167話 蟹の甲羅焼きとかもう、蟹味噌がまず好きです
お昼ご飯の後は、調査団は村の跡地を確認し、新しい村をどう建設して行くかを確かめるらしい。仲間にはその護衛に着いてもらう。
私は、ホバーで浜の周辺を探索する。少し行けば、岸でも深い場所が有ると聞いている。どの程度か見て、使えるならドックを建設したい。漁船から中型船、大型船と移行出来れば良いのだが。
先程、釣りをしていた岩場を抜けると河口が見えてくる。これが新しい町から続いている川の河口だろう。
そこを飛び越え進んで行くと、崖が見え始める。その手前辺りの海の色が明らかに違う。覗き込むと、水深がいきなり下がっている。
崖からの流水で長年かけて削られたのか?それとも元々こう言う地形だったのか?地質学者では無いので、分からない。ただ、候補地としては問題無いかなとは考える。
戻って、逆サイドの岸も見て行く。延々砂浜が続き、椰子の木並木が平行している。南国に来た感じだ。夏場は泳ぎに来るのも風情が有って良いな。そう思いながら進むとまた岩場が見えてくる。
今度は結構沖の方まで岩場が続いている。港の突端みたいな変な地形だなと歩いて先の方に進んで行く。船虫や小さな蟹は大量にいる。この辺は日本と変わらないなと、安心する。
先に辿り着いたが、何もない。海の底にはそのまま階段状に続いているようだが、何だろうこれはと考えてしまう。
その時、微かな声が聞こえた。何?と周囲を見渡すと波の間から頭が出ている。驚きで心臓が止まるかと思った。幽霊の類は信じないが、こんなん見たら、誰でも驚く。
「ハジメマシテ。コンニチハ」
片言なのだろうか、不明瞭な話し方で、その女の人が声をかけてくる。
「初めまして。こんにちは」
挨拶をされたので、挨拶で返す。すると、物凄い嬉しそうな顔で、突端の先に向かい、そのまま上陸して来る。って、足元が太ももの途中から魚だ。え?人魚なの?人魚も人類?
胸元?そのままだった。哺乳類なのかとちょっと感心した。
「私達の言葉が分かるんですね。陸の言葉は勉強しましたが、どうも難しくて」
そう言いながら、人魚さんは器用に尾びれ部分を畳み、岩場に座り込む。『識者』先生の通訳が勝手に訳しているのだろう。
どうも、肺呼吸も出来るようだ。よく見ると、首辺りから肩にかけてにスリットが見える。鰓呼吸用なのか?
「海の上でも大丈夫ですか?」
「はい。閉じてしまえば、特に問題は有りません。どちらかと言うと、岩場に上がって生活する方が多いです」
事情を聞くと、彼女たちは岸付近で生活している集団らしい。言葉はもっと西の方の漁村で学んだのを種族の中で教え合っているとの事だ。
人類の仲間として迎えられ、村の方では魚と肉や小麦製品などを交換して生活しているそうだ。寒さには強く、暑さには弱いらしい。
岸周りを集団で巡回して、魚を取り、海藻を食べて生活しているそうだ。王国もその存在は認識しており、特に問題は無いと黙認しているようだ。
肩辺りの鰓で呼吸も出来るが主な用途は、塩分の排泄らしい。体の構造として余分な塩分を鰓辺りに蓄えて水の中で呼吸時に出すとの事だ。
「今度この辺りに村を作る事になりました。お隣さんですね。事情は説明しておきます。ご迷惑お掛けしないようにします」
西の方の村でも、小さな漁船で網漁くらいはやっているらしい。この網に引っ掛かると、毎回手作業ではずしちゃうので、漁の邪魔になるらしい。
後、釣りの仕掛けはもう、意味が分かっているらしく近づかないそうだ。
「元々、私達も自由に生活をしていますので、お気になさらず。西の村ですか?そちらで交渉をしていた者もいますので、こちらに回ってもらいます。何か有れば助け合いましょう。一緒に来ている仲間には伝えておきます」
そう、この子達、何か有っても海に逃げれば良いだけで、こちらが何か画策しても利点が無い。それを良く知っているので、気楽だ。
「あ、そう言えば」
昆布の件を思い出した。乾燥に若干時間はかかるが、確か4,5時間で干せた記憶が有る。
「こう言うのを取って来て下さい。大きい方が良いです。お礼に肉類を提供する予定です」
「あぁ、それなら私達も食べています。私一人で十分ですので、そんなにお礼はいりません」
「場所はもう少し東側で野営をしています。明日の昼にでも、そこで声をかけて頂ければすぐ向かいます」
「村の跡地ですね?見た事が有ります。あぁ、足もそこまで柔では無いので、陸でも移動出来ますよ」
そう言われて見ると、足の魚部分が厚い鱗で覆われているのが見えた。滑らかな動きのスケイルメイルみたいだ。あぁ、魚の鱗の感じを想像していたが、もっと丈夫だ、これ。
そうして、初めての種族との邂逅が終わった。人魚か。童話では見たけど、リアルで会うとは……。しかも、生活臭かった。
何と言うか、これから隣人なんだな。幻想もぶち壊しだ。まぁ、仲の良い隣人と海の幸の供給源が手に入ったと喜ぶべきか……。
そんな事を考えながら、野営地に戻り、先程の出会いを説明する。調査団の人は人魚の存在を知っていたらしい。ただ、この辺りまでいるかは知らなかったとの事だ。
前にここを拓いた貴族の文献もいい加減な記載も多く、海に進出しなくても早晩潰れていたような人物だったらしい。別途漁師を考えていたが、海の幸を貰えるなら、交易でも良いかなと思う。
交換するのに、肉の塩漬けを出そうと相談すると、満場一致で可決された。鯛が美味しかったらしい。後在庫が豊富な携帯食も少し渡そうと言う話になった。
村の調査は進んでいる。どうも場所的には問題無いらしい。満潮にはちょっと遠いが、全然余裕で波が上がって来る距離では無い。
ただ、津波の場合はどうしようもないが、どうもこの世界、地震が無いらしい。厳密には火山付近で生活していて噴火前後の揺れを体験した人間はいたが、地震そのものは無いらしい。
プレートの移動に関して、神様側で調整しているのか?とまた疑問が増えた。まぁ、問題が無いなら良いかと思う。
また、津波を食らったなら痕跡が残るが、村の跡地でそのような痕跡は無い。普通に朽ちている。
良い時間になって来たので、村の再建や、塩田の場所は明日に話そうと言う事になった。
皆で夕日に照らされる海を見ていると、大きな影がのそっと波間から現れた。タラバガニによく似たフォルムをしたデカい蟹がゆっくりと、岸に上がって来る。なんじゃありゃ?小学生くらいの高さが有るぞ?
「あぁ、良く見ました。蟹系の魔物ですね。6等級以上の討伐対象です。手を出さない限りは襲って来ません。ただ、あの鋏ですが、鉄製の小手なども容易く切ります。前衛の方には危険です」
レイが説明してくれる。軍で海岸線を移動する際は良く見たらしい。夜行性で夕方辺りから岸に上がって来て海苔や船虫など小型の生き物を食べるらしい。
「身は美味です。私は食べた事は無いですが、輜重隊では良く噂に上がっていました。ただ足が早い為、その場で調理が必要です。まぁ、海ではよく見かける魔物です。討伐証明部位は大きい方の鋏です」
こんな成りして人畜無害なのか……。住人にはきちんと警告しておこう。しかし、美味しいと言っても、あの大きさだ。大味のような気もする……。鋏、持ち帰るのか……。邪魔な気はするが6等級の達成数1は大きい。
皆を下がらせて、私一人相対する。重装相手に本当に風魔術が通用するのか試してみたい。高圧縮の礫をふんどしの隙間から貫通させて爆散させるイメージは実行可能だった。
実行した瞬間、ふんどしが一瞬膨れ上がり、味噌が若干漏れ出した。驚いたのか反射なのか一瞬威嚇のポーズを取り、そのまま前方に倒れ込んだ。
「倒したの?」
リズが聞いて来る。予想では甲羅の中はぐちゃぐちゃのはずなので、死んでいるだろう。槍で突いて、反応を確かめるが、死んでいるようだ。
「大丈夫そう。料理してみようか?」
そう言って、焚火を広くしてもらい、大きな鉄網と鉄板の準備をしてもらう。ドルに岩場まで移動させてもらい、裏返す。ふんどしから剥がすと綺麗に剥がれた。この辺りは普通の蟹と同じ構造か。
味噌はやっぱり、シェイクされている。その中でも食べカスやゴミっぽい物は捨てて行く。空腹状態だったのかほとんどゴミは無い。
ふんどしから、逆サイドに折ってもらうと綺麗に肩が外れた。小指の先を1本貰い少量の熱湯で茹でる。『認識』先生は味噌や食べていた物含めて、毒が無いと言っている。
まぁ、試しだと茹って真っ赤になった小指の先にフォークを突っ込み、身を掻き出す。デカいと普通にフォークが入るなと感心しながら、えいやで口に含む。
タラバガニは食べた事は有るが、そんな話じゃ無い。もっと味の濃い、うま味たっぷりの何かだった。頬張って噛む度に、蟹らしいエキスが口に広がる。美味しい。いや、本当に美味しい。
大味じゃ無いのかとまず驚いた。
大きな身は網で焼き蟹にして、細い脚は甲羅で蟹味噌と一緒に炊こう。
焚火を最大限まで広げ、網と鉄板を用意する。初披露が蟹か。贅沢だな。鉄板には四方に縁が付いているので、エキスが流れ出しても大丈夫だ。
脚に関しては内側にナイフが何とか通ったので、穴を幾つか開けておく。爆発されては敵わない。鋏は無理だ。どこを刺そうとしても固すぎた。迷って、寸胴でボイルとした。
熱した網に、甲羅を乗せ、鉄板に各脚を乗せて行く。鋏は最後だろう。
熱湯と塩を少し呼び水に入れたが蟹身から水分が出て、甲羅の中で味噌と一緒にグツグツと言い出す。甲羅が徐々に火に近い所から赤く変わって行く。そこに細い脚を投入して行く。
鉄板の足は頻繁に裏返しエキスが偏らないようにする。流れたエキスが鉄板に溜まり蒸して行く。
しばらくすると、もう辺り一面が蟹の良い匂いで充満して来る。お腹が鳴ってしょうがない。
十分奥まで火が通ったところで、大丈夫と判断する。
蟹の食べ方は皆にレクチャーした。
「えーと予想外の獲物が手に入りました。流石にこれだけで夕ご飯は十分だと思います。では、食べましょう」
土魔術で素材不明の大きめの深皿を作り、皆に配る。
私は、焼き蟹からまずは攻めてみる。焼かれて脆くなったのか関節を逆に折ると、すんなり折れて身がくっついてずるりと抜ける。奥の方は若干こびりついているが、後だ後。
行儀悪く頭上に上げて、下から頬張るが食べても食べても減らない。しかも美味い。蟹を腹一杯食べてみたいなと思った事は有るがこんな形で叶うとは……。
味噌でグツグツ言っている小指や他の脚先も掬い、食べてみる。蟹の味噌の濃厚な味が移りながらも身のうま味はしっかり主張して来る。日本だと生臭くて嫌う人も多いが生臭さも無い。
鋏のボイルは絶品だった。身も大きいが、締まっていて歯応えも有る。噛めば噛むほどうま味が溢れる。
周りを見ると、誰も何も言わず、無言で食べている。あぁ、蟹って食べる時無言になるなと思ってしまった。フィアは頬張る度に、腕を振り回し美味しさを表現していたが。
身を食べ終わり、味噌が勿体無かったので急遽スイトンを作り、味噌をお湯で増やし、足に残った身を皆で必死に掻き集めて蟹味噌スイトンまで締めで作ってしまった。
蟹味噌スープまで残らず食べた時点で、皆ほっとした顔になった。いや、蟹を食べるのは真剣勝負だ。
「美味しいって言うのは分かるのだけど、何か食事と言う物じゃ無い時間だったわね……。戦い、かしら?」
ティアナが呆然と呟く。皆も苦笑しながら頷いていた。
そんな感じで、食事も終わり、皆お風呂に浸かる。気付いていなかったが潮風でベタベタしていた。
お風呂上り警戒の人間を残し、私は砂浜の手前で海と夜空を眺めていた。蟹のお化けは、出現してもこちらに気付くと逃げて行く。本当に大人しいなあいつ等。
波に揺れる海に、星の輝きが反射し、ゆらゆらと幻想的な風景になっている。何時までも見ていて飽きない。
「どうしたの?ぼーっとして」
リズが声をかけてくる。
「海が綺麗だなって」
リズが横に座る。
「うん。綺麗だね。こんな広い水、初めて見た。ヒロの言っていた事、ちょっと信じていなかったかも。ごめんね」
そう言うと、肩にこてんと頭を乗せて来た。
「リズ。海は綺麗だし夜空は綺麗だけど、もっと綺麗な物が有るよ」
ふと頭を上げてこちらを見てくる。
「ん?何それ?」
「リズかな?海なんかより、夜空の星なんかより、もっともーっと綺麗だ」
そう言いながら、懐で大事に仕舞っておいた端切れを取り出す。町でこそこそ買っておいた。サイズは目測だが、合っている筈だ。
「左手を出してリズ」
闇夜の中でも月と星に照らされ、真っ赤になった顔が、困惑しているのが分かる。
そっと差し出された左手の薬指を取り、金色の指輪を嵌める。少しサイズは緩いが、入らないよりはましだ。
「そんな綺麗で、一緒にいて飽きないリズと、生涯を共に過ごしたい。結婚してくれないか?」
「え、あ、でも婚約の腕輪は……」
「それは、結婚式を挙げる時にまた作り直そう。それまでは仮と言う事で」
そう言った途端、リズの瞳に涙が溢れる。
「ずるい、ずるい。あれでしょ?前にプロポーズのやり直しって言ったからでしょ?ずるい。こんなの、何も言えないじゃない」
指輪は夜空の明かりを受けて、ほんのり輝いている。リズが大事そうに両掌で包み込む。
「ずるくは無いかな?故郷では、海でプロポーズするのは定番だから。狙っていたよ?」
ちょっとずるく微笑みながら、言ってみる。そうすると、もっと間近の横まで寄って来て肩にこてんと頭を乗せる。
「はい。お受けします。きっと幸せになろうね。どんな苦難が有っても二人で乗り越えよう。私がヒロを守る」
「私がリズを守るよ」
そう言うと、どちらからでも無く、顔を近づけて行く。満天の星空の下、海はその輝きを受け、その全てでほのかに輝いている。潮騒だけが二人を包み込む。そんな中、二人が一つに重なった。