第162話 知り合いのプライベートなんて知りたくないと思うのは私だけでしょうか
5日目の朝は少し寝不足だった。前番の時に微かに聞こえる嬌声に、色々モヤモヤしてしまい寝つきが悪かったのが原因だと思う。テントに入れば絶対に聞こえないのに……。
何と言うか、知っている人間の嬌声とか聞くのは苦痛だ。劣情を催すとかでは無い。純粋に気まずい。次の日どんな顔して会えば良いのか考えてしまう。あぁ、コミュ障がここでも出て来る。
ロットが何時に無くさっぱりした顔をしているし、フィアは……何時も通りだ。まぁ、そんな物か。考えるだけ無駄だと、頭を切り替える。
「さて、お昼までには現地到着予定だよ。もう少し頑張ろう」
朝ご飯の最後に皆に気合を入れ、馬車に乗り込む。動き出すと何時も通りプレイルーム化するのだが、最近様子がちょっと変わった。
ロットとドルがチェスに嵌った。元々両者思考ゲームは好きなようで、ティアナとチャットがやっているのを横で見て、ルールを覚えたようだ。
戦術がどうこうと、盤が空いていない時は延々話している。
私は土魔術の練習として、駒を見ながら、石を成形出来ないか試行錯誤中だ。昔見た大理石で白の駒を、御影石で黒の駒を作ろうと画策している。
始めの頃は、イメージが甘く、似ても似つかない物が出来上がっていた。頭の中でCAD図面をしっかり引いてから作り始めると精度も上がって来た。
ただ、一から何かは作れないなとも思う。造形の才能は私には無い。世の中の3Dモデリングをやっている人は全て尊敬の対象だ。あんなに複雑な物作れない。
盤に関しては、一枚板を大理石と御影石で接合した形で作るのはすぐに出来た。ただ、見た目は大理石で、御影石なのだが、別々に作ったら重さも触り心地も同じだ。割った時の割れ方もそっくりだ。
これが本当に目的の石の組成なのかは分からない。町に行った時にでも石屋に聞いてみるかと思う。
そんな感じで話をしているとレイから声がかけられた。
「そろそろ町の範囲に入ります」
ワクワクして外を見るが、全くの草原だ。何もない。先の方に丘一部が微かに見える。確かに設計では、一旦最終南北4km東西4kmで作った。何も無い草原だと、ここまで広いか……。
南側から中央通りの予定地を北に抜けて、領主館予定地の目前に辿り着く。丘稜と言っていたが、台地になだらかな坂が続く。台地の上では、建物の基礎が作られていた。
「こちらが領主館の予定地です」
レイがそう言うと馬車を止める。馬車から降り、台地の上まで荷物を運ぶのに作られたスロープを昇って行く。高低差は3m弱と聞いていたが、平地の3mはかなり見晴らしが良い。
町の設計の際に色々悩んだ。馬車が交通の中心となり今後の拡張を考えるなら、区画をアタッチしやすい、平安京をベースにした。
この世界、馬車のすれ違いは左なので、左側車線で設計が出来る。左折、左折で元の場所に戻るのなら、格子型の方が楽だ。
馬車中心の曲線型の都市も設計した。中央へのアクセスは円形都市の方が都合が良い。だが、拡張性を考えると格子型になってしまった。
ちなみに左側車線の理由を聞いたが、人が左側を歩くからだそうだ。何故左側を歩くかと言うと、咄嗟の際に剣を振るうからだ。この世界も右利きが圧倒的に多い。
大通りは、40m幅で東西南北の中心に通す。馬車の規格上どこまで頑張っても5m幅は超えない。3車線で計算している。区画毎の道路の幅は20m規格だ。
将来的に馬車、荷車混在の社会になった場合の交通渋滞は避けたいので、道路は余裕を見た。ただ、実際に見ると、がらんとした感じだ。うーん、ちょっと先を見過ぎたか?
だが交通渋滞問題は発展したら、必ず出て来る。建物が建った後にはもう対応出来ない。先を見越すしかない。
領主館の周りは、星型の幅の有る壁で囲む。五稜郭の見た目に近い。先の方は少数で大軍に当たれるし、中央はどこからも十字砲火が可能だ。
弓矢だけでは無く、クロスボウまで考えれば、より防衛はしやすい。
方形の壁も考えたが、一か所崩れると、立て直しが難しい。また、攻城兵器の場合正面から突進を受けなければならない。星型なら斜めの突進なので勢いをつけにくい。
魔術対策も含め色々考えたが、この世界なら、ここまでの防衛で十分だろうと考える。
主要設備は将来の中心地に建設予定だ。領主館まで大通りから歩いて30分程かかる。きっと初期はなぜこんなに遠いのかと聞かれそうだ。乗合馬車を計画しておこう。
交差点に関しては、信号が置けない。馬車の走り方に関しても別途法律を定めないといけないか……。もしくは人力で対応するか。新しい雇用先として考えるか。
区画割は、杭が打たれている。主要設備に関してはそれぞれの敷地がもう縄で囲われている。その中に資材が運び込まれている。
うーん……。最初はかなり不便かも知れない。詰まってくれば利点が出るが、将来を考えると譲れない。
設計図面を片手に現場を見ながら皆にも話を聞いて行くが、やはり不評だ。通常、領主館は中央に置くらしい。ただ、実際に領主館に行く事が有るかと問うと皆、首を傾げる。
基本的に、領主館に用が有るのは、官僚相手に話をする場合程度だ。町の人間が行くとすれば商工会議所なのだ。なので態々北端中央に領主館を置いた。
将来的に町の人間の最終防衛拠点になるからだ。南側には騎士団や警察業務の建物を設置する。何かが有ればそこで食い止めて、その間に領主館に避難する流れだ。
まぁ、取り敢えずは領主館は無視して、中央の主要設備から、円状に町が広がって行く様に調整をしよう。町の人間の大部分はそれで満足する。
ケース毎に仲間と話し、一つ一つ問題を潰して行く。計画の根本は変えず、町の法として運用する内容は増えた。そこまでしてやっと納得いってもらえた。
後は実際に馬車に乗り、道路を走って行く。左折、右折、急な停車などケースを考えて走ってもらう。やはり飛び出しの対応は必要か……。
馬車は前方を確認するまでかなりのラグが発生する。馬が過ぎなければ、御者は確認出来ないからだ。交差点は速度を落とし、鐘のような物で音を鳴らしてから出るようにするか。
その辺りの法案を頭の中でまとめていく。町に関しては、一旦は整理が付いたので、畑の予定地を見に行く。
何箇所か荷物で持ってきた鍬で掘ってみるが50cm程が柔らかい土で、その下に砂利の層が有る。km単位で離れて試してみたがどこも同じだ。不自然過ぎる。これ絶対に神様の手が入っている。
砂利の層の下は粘土層だった。その下はまた柔らかな土の層が続いている。何と言うか、植物を育てろと言わんばかりの土地だ。凄い気持ち悪い。違和感でいっぱいになった。
もう、神様の贈り物と諦めて、畑の視察は終える。正直、馬鍬で耕せば、すぐにでも畑として運用可能だ。粘土層が有るので、水田化も容易だろう。
後は探知を使って温泉の泉脈を探す。馬車で町の周辺を大きく回ってもらったが、町の外壁から、北西に2km程行った所に反応を見つけた。馬車で送り迎えはすぐに可能だろう。
最も地上に近づいている場所に杭を打つ。調査団と協議し、歓楽街の配置を決めて行く。コンクリートもどきで水路を作り蓋で暗渠にして、引いて来る。一旦貯水槽で温度を下げて歓楽街側に流す経路も決める。
町の北西側は町の機能をアタッチせず歓楽街として独立させよう。
そんな事をしている間に、すっかり夕方も遅くなってきた。そろそろ今日は店じまいだ。明日は徒歩で回ってみて、町と歓楽街の問題点の洗い出しだろう。
調査団と集まり、陣地を作る。
食事とお風呂を終えて、テントに潜り込む。
正直、この土地は異常だ。どこの土地もそうなら、何を考えて神様は態々こんな土地にしたんだ?あまりにもイージーモード過ぎる。あぁ、悩んで眠れない。
そうやって寝返りを打ちながら夜は更けていった。5日目の夜はそんな感じで過ぎていく。