第156話 湯けむり旅情編~チャット、ティアナ、ロッサ、リズの場合
「リズ、かけ湯、かけ過ぎじゃ無いかな?フィア溺れそうになっていなかった?」
「えー?ヒロもいつもあんな感じだよ?」
そうなのか……。まぁ、自分でやっている事は自分では分からないものだし。まぁ、良いや。
「じゃあ、次はチャットだね」
「はい」
チャットがキラキラした目で元気良く返事をする。
樽にお湯を満たし、ロットに周辺状況を確認してもらっているので、報告をもらう。
危険そうな生物は皆無、不明な気配も無いらしい。何か接近した場合は即座に連絡に走ってくれる。
良かったと思い、所定の位置に戻ると、チャットの悲鳴が聞こえた。
「熱い、熱いぃぃ。あかん、あかんってー」
あぁ、かけ湯か。温度もうちょっと下げようかな……。でも湯冷めしそうなのが問題だ。
「うわぁ、目が、目が痛い、ちょ、リズ、痛いやん、ちょ、待ちぃてぇ」
あぁ、洗髪中に目に石鹸が入ったか。目を瞑るようには指示しているけど興味に負けたな?自業自得な気もする。
「それ、お酢やんねぇ?え、それ、頭に塗んのん?え、ちょ、大丈夫なん?」
リンス入りました。
「あー。気持ちええわぁ……。もこもこやね……」
体、洗い始めたのかな?何度か、繰り返しかけ湯の音が聞こえる。
暫し経ち、かけ湯の音と浸かる音が微かに聞こえる。
「あぁぁぁ……。声が勝手に出るわぁ。なんや、こないにええもん、毎日つこうてるとか、ずるいわぁ……」
何か、妙に艶っぽい声が聞こえる。
「え?もう出なあかんの?そんな殺生なぁ……。もうちょっと、もうちょっとだけ、ね?ええやん」
そんな声と共に、樽から出る音が聞こえる。流石に長湯されると、後が支える。
チャットが若干覚束ない足取りでこちらに向かってくる。
「髪はリーダーに任せる言うてました。お願い出来ますやろか」
そう言って、振り向く。香油を預かり、優しく延ばしていく。
「あぁ、気持ちええわぁ……。優しゅう触られるのもええもんやねぇ」
やや色っぽい声をあげながら、なされるがままになっている。
「はい。乾燥終了。どうかな」
チャットが髪に手を入れ、指通りを確かめる。房を掴んで、はらはらと落ちるのを見続ける。
「これ、ほんまに私の髪やんねぇ……。こないに変わるやなんて……。ありがとうございますぅリーダー」
「体温が一時的に上がっているから、温かい場所で落ち着くまではゆっくりしていて」
「分かりました」
満面の笑顔でそう答えると、チャットがテントに向かう。まぁ、毛布被っていれば湯冷めは無いかな。
樽にお湯を補充し、ティアナを呼ぶ。澄ました顔をしているが、瞳は興味と欲望で鋭い。
また、所定の位置にてくてく戻る。暫し経つと、水音が聞こえる。
「あ、熱い……。これ浴場より、熱いわね……」
町の浴場のサウナは、乾式サウナだ。入っても暑さが感覚と実際の温度とでずれる。お湯を被る習慣なんて無いから新鮮だろう。
「髪の毛を弄られるのは初めてね……。へぇ、こうやって洗うのね。あ、他人に触られると、痒いって分かるわね。うん、そこ、お願い」
浴場のサービスは体までだ。髪の手入れは最後に植物油、厳密にはオリーブ油を延ばして熱い布で包み蒸すらしい。それから乾かし、髪形を整えるサービスとの事だ。
「ふぅん……。お酢を使うのね……。これがサラサラの秘密なの?面白いわね」
食べ物を美容に使う事は、町、特に貴族では良く有る話のようだ。驚きはしているが、納得もしているらしい。その辺りティアナは順応が早い。
「垢すりは体験したけど、ムクロジの泡みたいな物で洗うのね……。でも、もっともこもこしているかしら?あ、そこ、気持ち良い……」
何度かかけ湯の音が聞こえてくる。その後に樽に浸かる音が聞こえる
「あぁ、浴場だと、温まるのに、耐えると言う感覚だったわね。これは、もう、悦楽だわ……」
そんな事を言いながら、浸かっている。暫し経つと、水音が聞こえた。
「髪の方は、リーダー担当なのね。お願い出来るかしら」
そう言いながら小瓶を渡してくる。装飾が入った綺麗な小瓶だ。良い物を使っているなぁ。
そう思いながら、香りの豊かな香油を濡れた髪に延ばしていく。
「貴方、本当に何が適職なのかしら。何でもそつなくこなすし、分からない人ね」
風を送り、髪を乾かしていると、ぼそっと呟かれた。
何時もの憎まれ口だが、口元は笑みでひくひくしている。
「はい。乾いたよ。どう?」
髪の通り具合、毛先の感触を確かめて、にんまりする。
「浴場で髪の手入れはしてもらうけど、全然違うわね……。こんな簡単な事でここまで変わるなんて、思っていなかったわ。ここ最近、驚きばかりね」
そう言うと、綻ぶように笑みを浮かべる。
「手入れしてくれて、ありがとう」
「体温が一時的に上がっているから、温かい場所で落ち着くまではゆっくりしていて欲しいかな。後で男性陣の時に周囲の警戒をお願いするから、その時は毛布とマントを羽織ってね」
「分かったわ」
そう言うと、ティアナもテントに向かう。フィアとチャットも結構な音量でキャッキャ言っていたが、ティアナが戻ると、凄い音声だ。余程気に入ったらしい。
そう思いながら、樽のお湯を入れ替える。女性陣、最後はロッサか。
「ロッサさん、緊張している?」
「すみません、初めての事なので、ちょっと怖いです」
緊張でカチカチになっているロッサの頭を軽くぽんぽんと叩く。
「食べられる訳でも無いし、怪我する話でも無いから。気楽にね」
「はい」
微笑みながらそう答えると、衝立の向こうに消えて行く。
所定の位置に立ってしばらくすると、水音が聞こえ始めた。
「リズさん、ちょっと、熱い、熱いです……。ひゃー」
何か、悲鳴が聞こえる。あ、止んだ。
「あー。頭もなんですね……。うん、あ、気持ち良い……。嬉しいです……」
そう言いながら、何回か水音が聞こえる。
「え?お酢ですよね、それ。そんな物、頭に塗るんですか?あ、はい。大丈夫です。耐えます」
うーん、お酢はやはり抵抗感が有るか……。
「あ、ちょ、くすぐったいです、あ、そこは駄目、ちょ、リズさん、ひゃー」
体を洗われ始めたのだろう……。あぁ、最後はやっぱり悲鳴なのか。そう思いながら、何度か水音が聞こえる。
「あぁぁぁ……。何でしょう、声が出ちゃいます……。でも、こんな感じ初めてです。温かい……」
浸かったのかな?なんか、蕩けそうな声をあげている。
暫し経って、樽から出る音が聞こえる
「あ、はい。髪はリーダーなんですね。分かりました」
そう言いながら、こちらに向かってくる。
「リーダー、お手数ですが、髪の方をお願い出来ますか」
「うん、喜んで」
そう言いながら、リズの香りがする香油を何時ものようにお湯で延ばし、髪の毛全体に延ばしていく。
「あ、こんな優しい感じ、初めてです……」
そんな事を聞きながら、髪の毛を乾かして行く。
しかし、この子。本当に髪の毛が細い。触れたら壊れそうなんて表現が有るが、本当に触れたら無くなりそうだ。
「はい。終了」
風魔術を止める。
ロッサが自分の髪の感触を確認し、驚きの表情を浮かべ、華やかに微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、リーダー。よく分からないですけど、いっぱいお手数かけてもらいました。ありがとうございます」
ぴょこんと頭を下げる。
「体温が一時的に上がっているから、温かい場所で落ち着くまではゆっくりしていて欲しいね」
そう言うとふんふんと頷き、テントに向かって行く。テントは歓声に包まれた。あの髪は、凄い。触って分かった。
衝立に向かい、リズに声をかける。
「ご苦労様。大変だったね。手は大丈夫?」
「うん、大変だった。手、ふやけてるよ。まぁ、私で最後だから良いけど」
そう言いながら、服を脱ぎだす。急いで樽のお湯を入れ替えて、ランタン係に徹する。見ないよ?見ないって言ったら見ない。『警戒』で周囲の確認を怠らない。
暫し水音が聞こえていたが、浸かったのか、ふぃぃぃみたいな溜息みたいな声が聞こえる。
「ヒロ」
「ん?」
「家と全然違うね……。もっと贅沢な……全然違う物だね」
「そっかぁ。良かったね、こんな体験が出来て」
「そうだね。良かった。ヒロと一緒だから、ここまで来れたね。ヒロに感謝だね」
そう言いながら、二人で笑い合った。樽から出て、衣擦れの音が止む。何時ものように髪の毛を乾かしてあげる。
「さ、家じゃないから湯冷めしないように、温かい恰好でいてね。毛布に包まるくらいで丁度良いよ」
「分かった。男性陣分は頑張ってね」
そう言うと、テントに向かう。どうも、色々問い質されている雰囲気だ。まぁ、今まで秘密にしていたのだ。その程度はしょうがない。
さて、次は男性陣か。頑張ろう。