第155話 湯けむり旅情編~フィアの場合
風のほとんど無い夜だ。体を洗っている間に、冷える事も無いだろう。
樽を石板の上に設置する。大体水平は取れている。後は、石板が割れないか心配だが、まぁ、割れても怪我をする訳じゃ無い。びっくりはするだろうけど。
「うわー。お風呂?外で?」
リズが、弾んだ様子で聞いて来る。
「故郷では、露天風呂って呼んでいるよ。夜空と川のせせらぎを聞きながら浸かるのも気持ち良さそうじゃない?」
「うん!!皆、入るの!?」
「そのつもり。リズがティーシアさんの時みたいに手伝ってあげて欲しいけど大丈夫?」
正直、あの人数のフォローは大変かと思う。手が荒れないと良いけど。
「んー。その辺りは適当に教える。大丈夫」
ふんすと言う顔で答える。まぁ、近くでフォロー出来る状態で有れば良いか。
そんなやり取りをしていると、皆が何なのかと不思議そうに集まって来た。
「樽なんて囲って、何かしら、これ?」
ティアナが首を傾げる。
「お風呂って言って、そうだね、リズの綺麗の秘密かな?」
そう答えた瞬間、女性陣の表情が明らかに変わる。目が輝いて、表情がややにやけ気味になる。あ、ロッサは純粋にへーって顔をしている。和む。
「教えてええんですか?」
チャットが飢えた狼を忍ばせながら、冷静な口調で聞いて来る。
「教えるのは全然大丈夫なんだけど、村に戻るとちょっと出来ないかも」
そう答えると、若干落胆の顔が広がる。でも次の瞬間には蘇る。そう女性は一瞬でも今より綺麗なら幸せなのだ。
「リズだけずるいと思っていたから、超嬉しいかも?早く教えて」
フィアが、待ちきれないと言った様子で迫って来る。
「使い方の説明はリズに任せるよ。私は何か有った時の為に付近で待機しておくよ」
そう告げて、適温よりちょっと熱めのお湯を、樽に注ぐ。
「あれ?リズ香油は?」
「皆、自分用のを買って持っているよ」
そう聞いた女性陣が馬車に走って行く。ロッサだけはぽつんとキョロキョロしている。その内、段々涙目になっていく。
「あ、あの……。香油が無いと駄目ですか?私、持っていないです」
まぁ、元々香水替わりだしな。持っていなくても不思議は無いか。
「リズ、香油の予備は有る?」
「元々3か月を想定って聞いてたから有るよ。ロッサ、私の使おう」
そう聞いたロッサが、安心した顔に変わる。
「ありがとうございます。リズさん」
何か、ひしっと言う感じで抱き合っている。もう、百合百合しいな。大好物だよ、こん畜生。
そうこう言う内に、何か野獣とか飢狼とかそう言う雰囲気を纏った女性陣が集結する。
ちなみに、女性同士で裸を見る、見られる事に抵抗が有るかと言うと、無いらしい。稼業が稼業なので、必要なら問題無いとの事だ。
異性の場合は?と聞くとケースバイケースのようだ。必要が有る場合は気にしない。医療行為等どうしても必要な時は有るからだ。
「んじゃ、始めはフィアからかな。リズお願い。酢リンスの分量大丈夫?」
元気に大丈夫って返事が来た。
ちなみに、異性の髪に触れるのは地球、日本程嫌がられない。婚約者側も特に気にしない。たまたま肌に触れたっていうレベルでも同様だ。
その辺り、日常的に接触が多い文化だからかなと思う。
取り敢えず、音の聞こえる距離辺りで待機しておく。
持ち回りで、風呂待ちの人間が、ランタンで照らしている。ただ、この星空だとランタン無しの方が明るい気がする。一か所は明るいのだが、他が真っ暗に感じる。
かけ湯なのか、ざっぱんざっぱん、結構かけている。
「熱い、超熱い、リズ、ちょ、待って、息、息辛い、こらーリズ!!」
あー調子に乗っちゃったか……。まぁ、沈黙したから、洗浄モードかな……。
「頭、超キシキシしてるけど、本当に大丈夫?」
何か心配そうな声が聞こえる。その後の水音。
「何か、酸っぱい匂いが……ってそれ塗るの!?ちょ、ま、臭い、酸っぱい匂いが……」
あ、リンスまで来た。
「ひゃっ……ちょ、リズ、ちょっと待って……当たってる、ちょっと、リズ、いや……」
体洗い始めたっぽいけど、何しているんだ?流しては洗いを繰り返している。流石に1回じゃ無理か……。
「うひゃー。なにこれ、超気持ち良いじゃん……。ずりぃ、リズ。いつもこんな事してるの?」
あぁ、浸かったか。それ以降何かぼそぼそと言っているようだ。そう思っていると、樽から出る音が聞こえた。
しばらくすると、暗い中でも分るほど上気した顔でフィアがこちらに向かってくる。
「髪の手入れをリーダーにしてもらえって言われた。よろしく」
香油を入れた小瓶を手渡してくる。
「分かった。じゃあ、後振り向いてくれるかな」
そう言うと素直に後ろを振り向く。お湯を生み出し香油を少量手に取り、混ぜ合わせて髪に馴染ませていく。
「あは、くすぐったい。でも超気持ち良い……」
蕩けるような声で、小さく呟く。
「じゃあ、乾かすね」
そう告げて、風を送る。髪の毛全体に風が行くように注意しながら進めて行く。髪の毛がさらさらと細かく靡き始めたところで止める。
「はい、終了。どう、変わった?」
髪の毛を弄りながら、凄くニマニマ顔で、フィアが答える。
「体は何か、剥けたって感じ?髪はもう……これ何?サラサラしてるし、指から零れる。本当に私の髪なのかな、これ」
触る度に、呆然とした顔に変わって来る。
「ロットに見せてくる!!」
そう言うと、焚火の方に走って行く。元気な事だ。リズの方に向かう。
「大丈夫そう?」
「説明だけだから、大丈夫。次々進めないと、寝るの遅くなっちゃうよ?」
そう言うので、樽のお湯を捨て、新しく補充し直す。次はチャットか。そう思いながら、近くでウキウキと待機しているチャットを呼ぶ。