第153話 ウズラは輸入代理店で買って、焼いてから蒸し焼きにするのが好きです
結局、3人の内1人は水魔術を使える人間が同行する事になった。川に寄ると時間が余計にかかるとの事だ。
盗賊達は損傷はそのままで、ロープで拘束し、馬に縛りつけられていく。ロープに関しては盗賊の持ち物から流用した。
盗賊が保管していた食料と金品に関しては、荷物に背嚢が有ったので背負わせている。村での滞在中の食料と迷惑料として持って行ってもらう。
正直、金品に関しては雀の涙だ。よくこんな状況で盗賊をやっていられるなと思ったが、こう言う状況だから盗賊なのかとも思った。
貴族だろうが獲物を狩らないと、このままだとジリ貧だったのだろうなと感じた。
「では、行ってまいります」
結局、長距離を馬で進むと言う事で、体力の有る男性が中心で構成された。
抵抗や反乱に関しては、気にしていない。肘と膝が動かせないし、ロープも腕と手足で縛っている。大小便は馬が可哀想だが、垂れ流しだ。
馬の誘導にどうしても人手がいるので3人だ。盗賊の世話はしない。水さえきちんと飲んでおけば、死なない。
馬の集団が走り出し、徐々に偽装兵の誘導と追い込みで速度を上げて行く。
取り敢えずは一旦この件は私の手から離れた。
一切の処遇に関しては、ノーウェの手柄にすると言う形でペルスとも話はついている。
本人は何故私が手柄を誇らないのか納得いかない顔をしていたが、この程度で誇れない。
正直、あの程度なら、皆に戦ってもらって訓練代わりにする事も出来た。終わったから言える事だろうが。
しかし、それでもあんなものの為に、誰かが怪我するのは我慢出来なかった。
あの後、仲間、調査団問わず、喝采を浴びた。自分の感情を制御出来なかった結果を褒め称えられる事がどれだけ苦痛か。
顔では喜んでいたが、心の中で泣いた。
ただ、集団に対しての一騎打ちはやはりこの世界でも誉れではあるらしい。
また、指揮個体戦の時のように30人の盗賊を1人で倒した者みたいな煽りで歌われるのはごめんだと思った。
興奮さめやらぬ馬車の中で発車を待っている。御者たちが目的地と時間の調整を行っている。
野営1日と考えていたので距離を稼いで若干不便な土地をと考えていたが、明日まで待つとしたらもう少し手前の便利な開けた場所に変更するそうだ。
御者達の相談が終わったのか、レイが馬車に向かってくる。
「川に程近い、野営地で有名な場所が有ります。本日はそこで休みます」
御者台から馬車の中を覗き込みながら、レイが伝えて来る。
「地理は分かりませんので、任せます。お手数ですが、お願いします」
そう答えると、馬車を発車させる。
スピードに乗って来ると、皆の雰囲気もほっとした物に変わる。
しかし、今回の件はレイがいて助かった。ロットだともっとぎりぎりでの発見だった。
集団を処理した後、道の先を確認したが、数本の丸太が転がされていた。やはり車止めを想定されていた。
あのまま突っ切った場合は、良くて横転、悪ければ大破だ。
ドルがごろごろと転がして道の横に寄せてくれた。切りたてなのか生木の為、薪にも出来ない。なんと迷惑な。
まぁ、思い出してみると問題が少ない対処の仕方だったのだろう。そこだけは間違い無いと思いたい。
出発したと言う事で、仲間達は銘々ゲームで遊び始めた。
ロッサが余ったのか順番待ちだったので、少し話をしようかと呼んでみる。
「今回は助かったよ。だが結果的に死人が出なかったから良いけど、ロッサさんがもしも殺していたらと思うと心配したよ」
そう言うと、ロッサがキョトンとした顔で答える。
「今まで、ゴブリンを何匹も殺してきました。それが人で有っても大差は無いです。今回撃った時も、特に何も感じませんでした」
物凄く普通の顔で、あっけらかんと言われた。
あぁ、私のこの感情は日本の教育や慣習で作られた物なんだって、嫌って程認識した。
頭を撫でてあげると喜んだ顔をしたので、よしよしとしておいた。
「分かったよ。これからもよろしくね」
そう言うと、こくんと頷き、ゲームの輪に戻って行った。
未成年者の方がよっぽどしっかりしているな……。そう思いながら、外に向かって苦笑を浮かべる。リズに見つからないように。
その後は特に問題無く、馬車は進む。
外を覗くと、偶に動物が走っているのを見かけたりする。林と言っても自然が豊かだ。大型の草食動物も生息していた。
これなら、今日の晩はそれほど頑張らなくても獲物は捕れそうだ。
そう思っていると、ゆっくりと馬車が、スピードを緩めて行く。
「昼食の予定地です。先程の件で遅れましたが、大休憩に入ります」
あぁ、言われて見ると、お腹が空いていた。時計では13時を半ばも過ぎた辺りだ。あの騒ぎも都合1時間強程度の話だったのか。
そのままスピードを緩めながら、林の中の開けた場所に沿って馬車が緩やかに止まって行く。
この林の中に何か所か、こう言う手が入った開けた場所が作られている。
ここならば、大きめの馬車でも方向転換が可能だし、馬車同士も簡単に擦れ違える。
これが無い時は、大きな馬車同士だと、下位の片方が林側に突っ込むルールだ。民と貴族なら、民。貴族なら爵位順となる。
同位の場合が面倒臭い。双方の話し合いになるのだが、基本譲らない。譲っても当事者間だけの話なのでどうでも良いのだが、こう言う所は気位が高い。
特に、仲が悪いとか、派閥争いの相手の場合は最悪だ。刃傷は原則禁止なのでそこまで行かないが、部下同士の取っ組み合いの喧嘩になる場合も有る。
正直、下の人間は堪った物じゃ無いだろう。私もどうでも良いと考えている。ただ、後続の馬車には子爵の紋章が描かれているので、この集団は子爵準拠で行動する。
本当ならカビアの仕事なのだが、もし前方から馬車が来た場合はレイに確認してもらう事にした。色々な軍を回っている際に、紛争に巻き込まれる事も有る。
そう言う時に目に見える敵味方、潜在的な敵味方を理解する必要が有る。故に派閥間の確執と有力貴族の紋章、略式紋章は覚えたらしい。
そんな益体も無い事を考えている間に、完全に停車した。レイが車留めを車輪に噛ませて、恒例の馬可愛がりを始める。私も水生み当番だ。
他の皆にもそれぞれ、採取、薪拾いをお願いしている。リズとロッサは狩り担当だ。昼なので重くないのを希望しておいた。
また、ロッサが鹿を持ってぷるぷるしていたら、心臓に悪い。
程無くして、皆がちょいちょいと帰って来る。薪を組み焚火の準備を始める。調査団側で食事も一緒に作ると言って来てくれたが、野営の訓練も有るので断った。
まぁ、保存食料のバランスも有る。あっちは食料の積載が多目なので、狩り、採取は控えめのようだ。
調査団と同じ場所で複数の焚火が点く。鍋吊りの準備は完了している。後は何を狩って来るのかだが……。
そう思っていると、2人が一緒に帰って来た。何か、大量のウズラもどきを抱えている。群れか?群れでもいたのか?と言うか、ウズラって群れたっけ?
血抜きは済んでいるようで、布の上で次々と毟っては捌いて行く。その内、水鳥でも狩って来たら羽枕でも作ろうかしら。
大きな骨は除いてくれている。まな板で細かい骨ごと粗微塵に刻み、すり鉢でミンチにしていく。あぁ、この世界に来た時は石ですり潰したなと少し前の事を思い出し、感慨に耽る。
ミンチ作業を仲間に任せ、大きな骨を熱湯に投入する。粗めに灰汁を掬い、蓋をする。野草は結構色々な種類を採って来てくれた。長いもも見つけたのか掘り出してくれている。
長いもは皮を剥き、小さめのサイコロ状にする。馬車の食料から人参を取り出し、これも小さめのサイコロ状にする。
後は採って来た野草の葉物をざく切りにして行く。香草は香りを確かめて、細かく刻んでいく。
後は出汁なので、様子見と灰汁取りを仲間に任せて、12匹の馬の水を生みに行く。
しかし、この馬達なのだが、賢い。兎に角順番は守るし、言う事を素直に聞く。タブーを破ると後脚キックだが、自業自得だ。
もう、超可愛い。撫でても嬉しそうに顔を摺り寄せてきたりと、人懐っこい。
他の馬が水を一生懸命飲んでいる横で、自分も欲しいなという目をしながらじっとこちらを見ているのを見ると心が痛い。
まぁ、自分が世話をしないのに、可愛い所だけを味わっているようで気が引けるが。
正直、どの御者の人も、マッサージ地獄中だ。水をやり、餌をやり、マッサージをしての繰り返しを延々こなしている。
やっぱりその道のプロには頭が上がらないなと思ってしまった。
そんな感じでやっていると、鍋の方から良い香りがしてきた。調査団側はさっさと食事は終わらせて、休憩中だ。
鍋を開けると、若干白濁したスープが出来ている。ガラを丁寧に取り除く。これにミンチと長いも、人参、香草を混ぜたものを団子にして投入して行く。
中まで火が通る前に強火にして、葉物を投入する。一瞬温度が下がったスープも強火で一気に沸き上がる。葉物に熱が通り、鮮やかな色になった段階で準備完了だ。
残った香草を投入し、香りをあげさせる。味見をして、塩胡椒で最後の調整をする。最後に小麦粉を溶いた物を入れてとろみを付ける。ここで肉団子の芯まで火が通った計算だ。
カップを受け取り、次々と注いで行く。肉団子たっぷりの鳥スープだ。野菜もどっさり具沢山だ。
「予想外の事も有りましたが、何とか無事切り抜けられました。このまま野営地まで行く事を祈りましょう。では、食べましょう」
カップのスープを啜ろうとするが、冷えた唇が火傷する程熱い。ふーふーと冷ましながら少しずつ啜る。
まずは最後に投入した香草の香りが口に広がりウズラの出汁がじわじわと出て来る。それがとろみの中でいつまでも舌の上を踊り続ける。
団子を頬張ると、噛んだ瞬間柔らかく解けて、中の肉汁を口いっぱいに開放する。上顎の皮が火傷して剥けそうに熱いが、美味い。
「これ、村の近くでも歩いてる丸っこいのだよね?え?こんなに美味しいの?マジで?ちょ、これ、今度捕まえる。うわー、悔しいー。今まで見逃してたー」
フィアが叫びながら、スープの肉団子を食べて行く。
「優しいお味やけど、しっかりとお肉の味もすんのやね……。噛んだ瞬間はふわっとしてんのに、その後肉の味わいが広がって驚きました」
チャットが幸せそうな顔で頬張る。
「貴方、本当に仕事何なのよ?普通に料理人やりなさいよ」
憎まれ口のティアナもにこにこと団子を頬張る。
「美味しいです……。あの鳥は、自分でも焼いて食べますが、いつもパサパサして美味しくなかったです……。本当はこんなに美味しいんですね」
ロッサが満面の笑みで頬袋を作りながら、食べている。その頬袋は火傷の危険性が有る気がする。
「男爵様……。いえ、食事の準備などと言うつもりでしたが……。食べてしまっては何も言えません。美味しゅうございます。温こうございます」
レイも何か、しみじみと食べていた。体冷えてるから、余計にとろみが効きそうだ。
リズが珍しく何も言わず肩に頭を乗せてきた。美味しかったのかな?
次々と欠食児にスープを注いでいく。無くなる頃には、皆両手を背後の地面について、空を見上げながらほっと息を吐いていた。
そりゃ、あれだけ肉を入れたんだから、お腹もいっぱいになる。まぁ、自業自得と思うが良い。
そんな感じで、晩秋の林の午後は過ぎて行く。