第133話 美味しい鹿料理は本当に美味しいです
『警戒』の範囲にロッサが入ったので、振り向いてみると、鹿が二足歩行でずりずり移動していた。一瞬何事!?と思ったが、下の方を見るとロッサがいた。
ぎゃー。あの体格で鹿は無いわー。そう思いながら、補助に走る。
「ロッサさん、大丈夫?」
近付くと、既に血抜きも内臓の処理も終わっていた。そうでなければ、この体格で鹿は持ち上がらない。
「大丈夫です。でも、ちょっと重いです」
紅潮した顔で伝えて来る。必死じゃん!慌てて支えて、仲間を呼ぶ。
また、立派な鹿だ。あの短時間でよく仕留める……。
ロッサが大きな布を敷き、凄い勢いで捌いて行く。肝臓などの内臓はズタ袋に入れて持って帰って来ている。中身を確認している間に皮が面白いように剥がされて行く。
これ、お昼ご飯で食べきるの無理だ……。枝肉は持ち帰って売ろう。枝肉に関しては端切れに包んでもらい、荷車に載せる。温度と湿度を考えればこのままでも大丈夫か。
腹部分を骨を避けて、切り分けてもらう。元々この辺りは柔らかだし、焼き方を間違えなければ鹿は柔らかく食べられる。
偶に日本のジビエ料理の店で硬いか臭い鹿を出されるが、あれはその店が間違っている。
硬いのは焼き方が、臭いのは熟成や保存の仕方が間違っている。新鮮な鹿は臭いも無いし、柔らかく食べられる。
住肉胞子虫等、寄生虫に関しては十分な熱を加えると死滅するので、その辺りは焼き方だ。
生食?怖くて出来ない。『認識』先生もそこまで詳しく教えてくれない。
沸騰間際の熱湯を鍋に生み、採って来てもらった葉野菜を塩で茹でる。付け合わせを先に作ってしまう。
鍋から上げて、小樽に冷水を生み、さらして発色した所で軽く絞り綺麗な端切れで水を切っておく。
鍋に鹿の脂を多めに投入し、低い温度で溶かして行く。綺麗に溶けて澄んだ油になったところで炎に近づけ強火にする。
切り分けて下味を付けた肉を投入し、一気に表面を焼き固める。程よく火が通ったら、返しながら全体にざっと火を通して行く。
全体に火が満遍なく通った段階で、蓋をして炎から遠ざける。弱火と蒸気で蒸し焼きにする。
鍋を偶に大きく揺すり、全体に均等に火が通るようにする。
並行して、フライパンに鹿の脂と赤ワインと町で買ったワインビネガーと蜂蜜を投入する。
別にフランベをする必要も無い。煮詰める間に勝手にアルコールは飛んで行く。
焦げ付かないように混ぜながら、強火で煮詰めて行く。徐々にとろっとした、蒲焼のたれみたいな液体になる。
鍋の肉の焼ける音を確認し、火の通りを予想する。良し。蓋を開けた瞬間蒸気と共に香辛料と肉の焼ける暴力的な香りが立ち上る。
最後に水分を軽く飛ばす為に、全体をかき混ぜながら強火でさっと炙る。この強火分も焼き加減の計算の内だ。
煮詰めていたソースに香草を投入し、香りを引き出す。そのまま強火でざっざっと混ぜ、たれもどきのソースにする。
並行して皆のカップに熱湯とワイン、甘い香りの香辛料と蜂蜜を投入する。流石に寒いので、酩酊しない程度に香りづけと体を温める為だ。
焼きあがった鹿肉を木皿に盛り、とろっとろのソースを上からかける。
「では新しい仲間が狩った獲物です。本日の目標もこんな短時間で達成しました。お疲れ様でした。では、食べましょう」
そう言って、鹿を口に入れる。噛んだ瞬間、柔らかい感触と共に肉汁が溢れる。臭みの無い甘く香ばしい香りで口がいっぱいになる。あぁ、美味しい……。
皆は、押し黙って肉を食べている。どこの世界も美味しい物を食べると、無口になるなぁとは思う。
「何これ!?鹿だよね?甘い、美味い、でも表現出来ない。なんだろう。でも、美味しい!!」
フィアが叫びながら、リズと手を叩き合って喜んでいる。
「はぁ……。こないに柔らかいのに、きちんと火は通っているんですね……。しかも複雑な香りやのに、全然嫌な感じがしない……。ただ、美味しいです……」
チャットが放心したように呟く。
「リーダー。貴方、仕事間違えて無いかしら?」
ティアナもそう言いながら、満面の笑みで肉を頬張っている。
男性陣はもう、何も言わず、延々食べている。まぁ、男の子だ。肉は好きだろう。
みるみる内に無くなっていくのを見ると、肉が足りなさそうなので、肝臓等内臓を切り分け、順に焼いて行き、最後にソースのフライパンで和える。
木皿に追加した途端、ドルの目が光った。あぁ、内臓好きだったな。
薄い赤ワインと香辛料の香りがするお湯を啜りながら、この後を考える。
目標は達成したが、獲物が冷えるまでは時間が必要だ。何班かに分けて、スライムでも狩るか……。
そう思いながら、騒がしい仲間達を見ると、自然と笑みが湧き上がって来るのを感じた。