第132話 熊狩りが楽?そんな事は有りません、いつも必死です
そこから1時間程かけて、川まで熊を引きずって来る。
ロープを何重かにかけて、川に沈める。冷える時間を計算すると、この時点で夕方までに帰れる。
もう1匹狩った場合は、内臓の処理をしてから冷やせば短時間で冷やせるか……。
「ロッサさん、痕跡は有る?」
地面を這うように確認しているロッサに声をかけてみる。
「有ります。物凄い数の熊が水場にしています。新しくて大きい物を探しています」
じっと、地面を確認しながらロッサが答える。数分程立った時に、痕跡を消さないように注意しながらロッサが立ち上がる。
「先程の熊より大きめの痕跡です。かなり新しいので、まだ近くにいます」
昼食の時間辺りだが、早めに狩れるのなら狩って、冷やしている間に昼食かな?正直、抜いても文句は出ない。その分夕食を頑張る羽目になるが。
「分かった。先導をお願い出来るかな?」
ロッサがこくんと頷くと、ロットとティアナに痕跡を教えて、先導を始める。
正直、地図を書くのが辛い。進行が速すぎて、追いつけなくなりそうだ。マッパー人材か自動マップ機能が欲しい。まぁ、ゲームじゃ無いから無理だけど。
その後も先程と同様に、次々と痕跡を追っていく。
1時間もしない内に、ロットの『警戒』の範疇に入った。
ここまで来れば流れは同じだ。陣地の調整はロッサが『警戒』しながら必死で行い、万が一の場合の行動範囲を広げてくれる。リズとフィアも一緒に鉈で、藪を切り開いている。
ティアナは陣地と初期地点がずれた為、目印として走ってくれている。
「ティアナさんが帰ってきます」
ロッサの叫びが聞こえる。ドルが念入りに準備を始める。
藪を突き抜け、ティアナが陣地に入る。
「後、100m程でロットさんが戻ってきますわ。方角はあちらですわ」
その声に合わせて、ドルが移動し気合を入れる。
少しの間の後、ロットが藪を突っ切って来る。
「10m有りません。用意を」
そう叫びながら、ドルの横を突っ切って行く。
ドルの集中が高まるのが分かる。足音を聞き、タイミングを合わせる。藪が爆発すると同時に気合一閃、盾を叩き込みながら杭で固定し押し切る。
ズドンと言う車同士がぶつかったような重い音が響く中、ドルが咆哮を上げながら突進の勢いを殺す。でかい……。3mは優に超えている。前の大物並みだ。ロッサ、これ、でかすぎ。
「リズ、フィアさん、補助に入って。チャットさん、機会を見て魔術で体勢を崩す」
叫びながら、私も槍で牽制に入る。前の大物もそうだが、ここまで大きいと兎に角前脚の範囲が厄介だ。
ドルも勢いの止まった熊にメイスで殴ろうとしたが、熊の牽制が先に動き、防戦一方になる。
まずは圧力を殺さないとドルが危ない。そう判断し、鼻先から目元を狙い槍を突き出す。
嫌がる様な素振りを見せつつも、前脚を振り回す頻度がほとんど下がらない。こいつ、場慣れしている。人間とやり合った事が有る個体か?
前脚の範疇を避けつつ、隙を見ては槍を突き出す。ドルもやや下がり目の位置で前脚を弾き返して牽制している。
「撃ちます。下がって」
チャットの言葉を聞いた瞬間、私が大きく後退し、ドルは盾を構え直す。
爆風が熊の下で吹き荒れ、上体が大きく持ち上がる。背中倒しにならないように踏ん張った瞬間、関節にリズのハンマーが叩き込まれる。
咆哮を上げつつも耐え、そのまま上体を地面に戻す。タフだな、こいつ……。
「もう一度!」
チャットが叫び、爆風が再度吹き荒れるが、熊も後脚を庇いながら体全体で風に抵抗する。ふわっと全体が一瞬浮いた後にドシンと落下する。
その瞬間、盾を構えたドルが、メイスを上から斜めに振り下ろす。流石に落ちた時の衝撃で体勢を立て直せない熊がまともに頭に食らう。
ぐらりっと傾いだ瞬間、リズが再度関節にハンマーを叩き込む。同時にフィアも脚裏の腱を狙って横薙ぎに斬撃を与える。
その瞬間悲鳴に近い咆哮が上がり、後脚がだらりとなる。威嚇の声は上げるが、前脚は上体を起こすので必死で攻撃は出来ない。
「ドル、止め」
叫ぶと同時に、ドルが渾身の一撃を真っ直ぐ脳天に叩き込む。グシャっと言う、骨と脳が潰れた音が聞こえ、熊が沈黙する。
ビクッビクッとした細かい痙攣は有るが、頭が潰れている。もう動かない。
「きつかったー。と言うか、怖かったー」
フィアが緊張が解けたのか尻もちをつく。本当に同感だ。熊もこのサイズになると、とんでもない。怪我人がいないのが奇跡だ。
「すみません。2回目がうまぁいきませんでした」
チャットが謝って来るが、熊側の対処が上手かっただけで攻める事じゃ無い。
「大丈夫。さっきのは熊が凄かった。こいつ怖かったよ……」
そう言いながら、チャットを慰める。
バラバラと周囲の警戒に回っていた斥候職が戻って来たので、土台作りを始める。
「すみません。大きいとおもったけど、ここまでとは思いませんでした」
ロッサが泣きそうな顔で訴えて来るが、問題無いと慰めておいた。
「でも、こんな大物でも狩っちゃうんですね……。凄いです……」
天真爛漫に微笑みながら、呟く。本当に小学生っぽいんだよな、この子。
何時ものように血抜きの処理をし、川まで運ぶ。帰りは真っ直ぐなので1時間もかからない。
川に着き、先程の件をリズに相談してみる。
「水に流れるとまずい部分は先に取り出すよ。藁で包んで氷で冷やせば問題無いし。お腹開ければ、さっきの熊と同じくらいで肉は冷えるよ」
そう言うと、テキパキと解体に入る。今の時間から考えると、森を出る時間を考えると夕方でも大分遅めだな。ギルドは開いている時間だが。
「ぎりぎり村に帰れそうだけど、野営か村かどっちが良い?」
聞くと全員村で休むを選択した。まぁ、そうだよね。うん、聞いた私が馬鹿だった。
「じゃあ、お昼の準備をしようか?」
そう言って、全員に作業を割り振る。いつもならリズに狩りを頼むが、今回はロッサがいる。
ロッサに獲物の狩りを頼むと嬉しそうに頷き、走って行った。何狩ってくるつもりなんだろうか。一抹の不安がよぎった。
私はチャットと一緒に薪拾いだ。ちなみにチャットと一緒にいるのが多いのは『警戒』を持っていない後衛を一人に出来ないからだ。他意は無い。
先程の件をまだ気にしているのか、浮かない顔だったので慰めながら薪を拾う。
十分集まる頃には、チャットの顔も穏やかなものに変わっていたので、良かったと思う。
野草採取の皆も続々と戻って来る。さて、ロッサは何を狩って来るのかな?