第130話 夜に作業を始めると、そのまま朝までコースが多いです
リズが寝入った頃にアラームのバイブを感じて目を覚ます。
そっとベッドから出て机に向かう。百科事典からクロスボウを検索し、その構造を確認して設計に起こしていく。
基本的には単純な構造で構わない。弓の外側部分と弦の素材に関しては、ネスに任せるしかない。
イチイやニレ等の近縁種は存在を確認している。地球でも高反発の素材として弓の一部に使われるが、この世界の素材がどうかは実物次第だ。
取り敢えず、女性の脚の筋肉で梃子を使ってハンドルを下げられるだけの張力の限界を出して貰おう。
矢に関しては鋳造で考える。矢羽もだ。プラスチックは存在しないし、羽では品質にばらつきが出る。
重心がやや後に重くなるがやや曲射気味に距離によって調整してもらおう。弓を今まで使っていたのだ。調整は得意だろう。
将来を考えてブレッドヘッドの設計も合わせて併記しておく。この辺は鋳造の型次第なので、任せよう。
引き金に関しては、ロック機構を取り付けるか、迷った。使う時に引くのは難儀だが、引きっぱなしも問題だ。
通常は引かない運用で済ますか……。
弓を引くハンドルに関しては、取り外しをどうするか、最後まで迷った。正直邪魔なのでばらしたいのだが、部品点数が増えるとメンテナンス個所も増える。
悩みに悩んで、取り外す構造にする。携帯性を重視して、使うまでは隠し持って貰おう。ネスに開発を任せてメンテナンスはドルに任せる。
ネスが黙っている限りは外に漏洩する事は無いし、ドルは少なくとも信用は出来る。メンテナンスだけで実物を作れる程は甘くない。似た物は作れるだろうが。
最終的には、ストック部分を地面に置いて、本体を腕で固定して、ハンドルを脚で踏み、弓を引く構造にする。これが人間の構造で弓を引かせる限界だろう。
巻き上げ式も設計は出来るが、部品点数が増えて開発に時間がかかる。
ハンドルの固定部分等も付けて行くと、結構ゴテゴテしたデザインになった。簡易照準も取り付けられる。これを基準に距離によって命中場所を把握してもらおう。
『眼力』のお蔭でスコープがいらないのはありがたい。
鉄がベースなので、結構な重さになったと思う。膝撃ちか伏せ撃ちにしないと保持出来ない気がする。
悩んでみたが、基本は一撃の為の武器だ。コンセプトとしては間違っていない。
しかし、馬もそうだったので、この世界の素材が混ざると、混ぜるな危険な物が出来そうで怖い。どうしよう、とんでもない物が出来たら。
色々悩みながら設計図を書き上げたのは、3時近かった。早く寝ないと、明日に差し支える。
ベッドに潜り込み、そのままぐっすり眠り込んだ。
朝、どうも寝過ごしたらしくリズの柔らかい攻撃を食らい続けた。目を覚ますと柔らかい物に顔が埋まっていた。
「おはよう、リズ。息がしにくい」
「おはよう、ヒロ。起きないのが悪いよ」
まぁ、その通りだなと思いつつ、ベッドからもぞもぞと出る。空気がかなり冷たくなっている。吐く息が白くなるほどでは無い。
アスト達と談笑しながら、朝食を楽しむ。ティーシアに再度石鹸3号の事を頼むと苦笑いされた。
用意を済ませ、冒険者ギルド前へ向かう。皆いつも通り集まっている。
朝の挨拶を済ませ、ロッサに関して簡単に説明し、ギルドのエントランスに向かう。
ギルド内は受付業務も落ち着いており、昨夜の異変は感じられない。今回の件、ハーティスが有能過ぎたのが問題じゃ無いのかと邪推し始める。
エントランスには、そわそわしながらきょろきょろしている、ロッサがいた。
「おはよう、ロッサさん」
声をかけると、パッと明るい表情を浮かべて、てとてとと駆けて来る。うん。どう見ても、小学生だ。
「おはようございます。皆さん。あたし、ロッサです」
こてんと頭を下げて、ロッサが挨拶をする。一々動作が小学生っぽい。昨日の人形みたいな姿とは大違いだ。
エントランスの一番大きなテーブルが空いていた為、そこに皆で座り、自己紹介と、メンバー参加への是非を議論し始める。
ソロでの活動を気にしないかなと心配していたが、そもそもリズやフィアもそうだったと思うと問題無いかと思う。
実際に出来る事を明確に、はきはきと話す姿を見ていると、きちんと昨日話をして良かったと、何か父親的気分になる。
女性陣は特に問題無しのようだ。ロットも大丈夫。ドルだけが何か、ぼーっとした顔をしている。
「ドルはどう考えるの?」
「ん?あ、あぁ。特に異論は無い」
聞いていなかったのか、生返事だ。何時も若干悲壮感漂う感じなのに、何か様子がおかしい。
「ドル、体調でも悪いのかな?」
「いや。それは無い。大丈夫だ」
うーん。何時ものドルだ。何だろう。まぁ、本人が大丈夫と言うなら、信用するか。調子だけは確認する事にしよう。
結論としては、満場一致でロッサのメンバー入りが決まった。まぁ元々寄せ集め集団なので、明確な反対なんて出そうにないが。
斥候職が増えるのが、やはり純粋にありがたい。儲けが減っても、警戒範囲が広がる事はそのまま生存に直結する。
斥候職の重要性は口を酸っぱくしながら皆に言っているので、今はきちんと理解してくれている。
取り敢えず、パーティ資金を解放して、10万ずつを徴収し、後は分配した。ロッサもそこそこは貯金しているようで問題は無かった。
どうせ馬車の移動だと言う事で、職員にお茶を頼み、少し懇親を深める事にした。
「リズさん、綺麗ですね……」
ロッサがぼぅっと夢を見るような目でリズを見る。
「リズで良いよ」
リズが褒められたのを喜んだのか、機嫌の良い口調で気楽に答える。
「髪、触っても良いですか?」
少しの風でも敏感に反応してサラサラ流れる髪に興味を抱いたのか、ロッサがやや上気した顔で聞いて来る。
「良いよ」
やはり気楽に答えるリズ。
「うわぁ……。一本一本流れる……。何これ……」
「それ、気になるよね?リーダー教えてくれないしー。リズも教えてくれないしー。超悔しい?」
フィアが恨みの籠った声で呟くと、リズとロッサを除く女性陣が頷く。
「めっちゃ気になってますんよ?でも教えてくれへんので……」
チャットも恨み節だ。
「町でも中々髪が綺麗な子はいないわね。どうしても痛むもの。リズだけって所が怪しいわよね?」
ティアナも貴族の娘としての矜持が有るのか、手入れはきちんとしているが、どうしても痛むものは痛む。
個人的に、自分の婚約者が褒められるのを聞いているのは嬉しい。自分の知識で綺麗になったのだから、尚更だ。
「えへへ」
リズがはにかんだように笑うが、真実は教えない。
そんなワイワイした時間を暫し過ごし、席を立つ。
受付前を通る際に、奥でハーティスが指示を出している姿が見えた。こちらに気づいたのか目礼をして来るので、軽く手を振って返す。
まぁ、大変だけど頑張って欲しい。
ギルドから、子爵持ちの家に向かうと、既に馬車を道の手前まで出してレイが待っていた。
「おはようございます。アキヒロ様、皆様」
レイが挨拶をする。ロッサだけが様?と呟きながら首を傾げている。
皆が馬車に乗り込む中、ロッサがオロオロとしだす。
「どうしたの?」
「え、あたしも乗って良いんですか?と言うか、この馬車何ですか?紋章入っていますよ?貴族様の馬車じゃないんですか?」
「あぁ、言ってなかったかな。私、男爵になったんだ」
「え!?」
びしりっと固まるロッサ。じわじわと涙目になりながら、最敬礼を取り出しそうな雰囲気を感じたので肩を掴み留める。
「と、言っても成り立て男爵だから気にしないで。ただのリーダーとして接してくれれば良いから」
うるうると泣きそうな顔をしながら、いじめる?と聞きそうな雰囲気を出す。あぁ、扱い辛い。見た目の所為で甘い対応を取りそうになるのを抑える。
「さぁ、乗り込んで。北の森に出発しよう」
そう言いながら、ロッサを馬車に押し込む。その間、レイが何をしていたかと言うと、荷車を解体して馬車に搭載してくれていた。
どうも解体の方法は規格が統一されているらしく、あっと言う間にばらばらにしていた。輜重部隊の補助の際に叩き込まれたらしい。
しかも馬車の本体の底の部分に蓋が有ったのだが、開けると、トランクスペースになっていた。馬車の車輪や車軸の予備や整備機材が搭載されていた。
そこに、ばらした荷車を固定しながら、搭載して行く。
「開発の際に従来の荷馬車より、走る距離と積載量が大幅に伸びましたので。故障対策の機材を積み、さらに距離を稼ぐ設計となっております」
レイが簡単に説明してくれる。全然気にしていなかったが、この馬車、何か色々オプションが付いている気がする。
馬車に乗り込み、周りを見渡す。良い馬車に初めて乗ったのか、ロッサが興奮してうずうずしているのが分かった。
微笑ましいなと思いながら、レイに出発の指示を出す。
緩やかに走り出した馬車は、一路北の森に向かう。