第129話 本心で相談出来る人間がいるのは幸せだと思います
まだ外は暗くなったところだ。話している間は、長いと思っていたが、過ぎた時間はそれほどでもなかったらしい。
まぁ、嫌な事をしている時は時間が過ぎるのが遅い物だと思いながら、鍛冶屋に向かう。
「ネス、まだ大丈夫ですか?」
「おぅ?そろそろ畳むぞ」
良かった、まだ居た。
「ちょっと頼みが有るのと、約束して欲しい事が1件有ります」
「約束たぁ、珍しいな。まぁ、座れや」
小さな丸椅子に腰かける。喉の渇きを思い出したが、まぁ良い。茶を出せとも言えない。
「これですけど、作るのにどの位かかります?」
新兵器として、考えていた設計図を差し出す。
「あぁ?あー。今の型を流用すりゃあ、そこまで時間はかからん。2日も有れば試作は出来るぞ?」
「そうですか。あぁ設計図通り鋳造で結構です。じゃあ、それはそれで」
唾を飲み込み喉を湿らせる。
「これから設計は起こしますが、そいつに関して、口外は厳禁でお願いしたいんです」
ネスが眉を顰めながら答える。
「そいつは物騒な話だな?どう言うこった?」
正直巻き込むのは忍びないが、領地に行っても一蓮托生だ。守る対象としてネスも含む。もう家族として思う事にした。
「今考えている武器が有りますが、これが危険です。弓で重装を抜けます」
ネスが案の定、目を丸くした後、疑うような顔をしてくる。
「それは大言だぁな。本気か?」
「生まれ故郷では、実際に人を殺し過ぎるので、法律で使うのを禁止された経緯も有ります」
「そいつが本当ならすげぇ話だが……。何故口外出来ねぇ?」
「習熟に1週間です。女子供が使っても威力が変わりません。しかも材料の調達も簡単、作るのも簡単です」
少し考え込んだネスが、絞り出すように声を出す。
「要は、その作り易い、安い武器を使やぁ、誰でも歴戦の騎士様を弓の射程で殺せると言うのか?」
「その場合は射程はもう少し短いです。50mです、板金鎧を抜くなら」
言った途端、ネスが右手を顔にやり、首を上げた。
「がぁぁ、50mはでけぇ。重装でどんだけ走れる?そんなんを安い武器で一方的に殺せるっつうんだろ?」
「はい。なので、少なくとも王国内に流行らせる事は出来ません」
「そりゃそうだろう……。そうか、そう言う事か」
ネスが首を戻し、こちらの目を射抜く。
「お前さん、こいつが人同士の争いに使われるって思ってやがるな?」
「ご名答です。人間過ぎた武器を持てば、欲にかられます」
ネスが緊張して上げていた肩を下し、溜息を吐く。
「神様はいれど、世には出せねぇな。どの程度隠せば良い?」
「一族郎党。王に命ぜられても。拷問を受けて死んでも、でしょうか」
「重てぇな……」
ネスが黙り込む。そりゃそうだ。私でも尻込むだろう。
重い沈黙が辺りを包む。
長く、短い時間が経った。
「設計図、持って来い。話はそれからだ」
力無く、吐き出すようにネスが告げる。ごめん、重い物を背負わせる。
「分かりました。その際はお願いします」
「っけ。どうせ一生ついて行くんだ。どっかでこんな話も有っただろうさ」
「そうですね」
男2人、苦笑で見つめ合う。あぁ、良かった。この人は一生を共にしてくれるんだ。本当に嬉しい。
後はポンプの件など細かい話を談笑し、辞去した。
さて、仕込みはこの程度かな。
急いで家に戻る。大分遅くなったが、態々皆、食事を待っていてくれた。
帰宅が遅れた事を詫びながら、食卓に着く。
町での話などを語りながら、温かい雰囲気で食事を楽しむ。
樽に湯を生み、そのまま納屋に向かう。
石鹸2号はもう、乾燥もほぼ完了していた。刺さっている匙もほとんど動かない。
んー。タイミングずれたな……。もう少し緩い時じゃないと香油を混ぜられないな……。
細かく刻んで湯煎して混ぜる手は有るが、ちょっと面倒臭い。
しょうがない。3号を仕込んで、4号で試すか。
きっぱり諦めて、今回の2号は型に嵌めて、成型していく。今回はお風呂用の大きめの方も多めに作った。
樫材は、ティーシアに頼んで補充してもらっているので、それを灰にする。
薪から火を移している最中に、アストの入浴が終わったらしい。お湯の補充にキッチンに向かう。
戻ってきたらかなり熾っていたので、そのまま風を送り火を強めて行く。
白い灰になってきたら、崩しながら奥まで均等に強火で焼いて行く。
ティーシアから声がかかったので、再度お湯を補充に向かう。
戻って来て、最後の方を一気に灰に変えていく。
そのまま、割合を合わせた水に加え、攪拌する。
後は、沈殿を待って、上澄みか……。
そのまま待っていると、リズが樽を使い終わったのを報告して来た。
どうせ待つだけなので、そのまま用意して樽風呂に浸かる。
今日一日濃かったなぁと振り返りながら、馬車の疲れと、ギルドでの疲れを癒す。
樽風呂の処理と水の補充を行い、納屋に戻ると綺麗に沈殿しているので、計って溶かした油と混ぜながら攪拌して行く。
3号君、頑張れよーと声をかけながら、攪拌していく。
様子を見てもう良いかと、主寝室に向かい、ティーシアに新しく作った石鹸の件と、3号の世話に件を頼む。
部屋に戻ると、ちょっと拗ねたリズがベッドでころんころんしていた。
「どうしたの?」
「んー?家に帰って来たけど、ヒロ成分が足りない?」
意味が分からない。帰って来たのが遅いのがいけなかったのか?
「遅くなってごめんね。新しい仲間を紹介されたりしていたから」
ロッサの話をリズに伝える。ターシャに関してはリズも知らないそうだ。取り敢えず容姿や年齢、経歴等伝えて行く。
「また女の子なんだ……」
「いや。私じゃないよ?ギルドの紹介だよ?」
そこはかとなく、ほの暗い影が顔を覆っていた。リズも女なんだなぁ……。
「そこは良いとして、明日から参加するの?」
「一回紹介して、皆で見定めてからかな」
そんな話をしながら、二人でベッドに入る。正直、魔術の行使に慣れたのか、訓練に慣れたのか、話していた最中も勝手に窓の外で風と水を運用し続けていた。
もう冬らしい風が窓を叩く。こっちに来た時は秋だったけど、季節が巡るのか。そう思いながら、眠りについた。