第128話 偶にこう言う人いますよね?私も痛い目を見ました
落ち着いた後はきちんと話が出来た。ただ、視野が狭窄した状態だったので突飛な行動だったのだろう。
明日メンバーを紹介して、改めてパーティーに参加するのかを決める話に落ち着いた。
若干の不安感は有るようだが、それはどのパーティーに入る場合でも同じだ。自分で乗り越えないといけないものだ。
明日朝一にギルドのエントランスで待ち合わせの約束をして、分かれる。ロッサが部屋を出た後、貼り付けていた微笑みを崩す。
本当に、怖かった。崇拝とか狂信とか、日本では味わった事の無い感情を向けられた。ひたすら怖かった。
依存気味の子は何度か見た事は有ったけど、ここまで身の危険を感じた事は無かった。いつも距離を置いて、どこか他人と思っていた。
「重い人って良く聞くけど、現実自分に降りかかると、きついなこれは」
久々に独り言が口から零れる。
気持ちを切り替えて、職員を呼びハーティスに来てもらう。
「話は無事に終わりましたか?」
にこやかにハーティスが問いかけて来る。
「ええ。問題は有りません。ただ、問題は有ります」
こちらもにこやかに、返す。
「問題?でしょうか……」
ハーティスが当惑した表情で、問い返してくる。
「私は、パーティーの増員を断ったはずです。ギルドの規約でも、冒険者の自主性の尊重、及び保護は明文化されています。これは明確な規約違反と考えます」
流石に、今回は堪忍袋の緒が切れた。押し売りの尻ぬぐいなんてごめんだ。こちらにはこちらの都合が有る。
冒険者ギルドは利用するものであって、利用されるものでは無い。
そもそもギルド構成員は義務を課される代わりに、就業の自由と報酬を保障されるのが大前提だ。ここ最近のギルドの対応はこれを逸脱し過ぎている。
「それは……。彼女もまた、ギルドの構成員の一人です。その望みを尊重する事もギルドの業務で有ると考えます」
顔を見ると、ハーティスの目の奥には、後悔と憤りが浮かんでいる。これが私に向けられていないのであれば、他に向ける先が有る筈だ。
「私は、少なくともこのギルドに参加してから、真摯に義務の履行を繰り返してきました。命の危険も省みずです。その認識は有りますか?」
「はい。貴方は常に危険の先で結果を残してこられました」
「良かったです。共通認識が有るのなら、まだ話は出来るでしょう。では、今回の件ですが。私はパーティーの許容量を考え、一旦の勧誘打ち切りを希望しました」
ハーティスの顔が微妙に歪む。自覚が有る部分を突かれるのだ。嫌だろうな。でも、私はもっと嫌だった。
「ギルド側は、その計算上に成り立った私の要望を無視して、話を進めています。過去に巻き込まれた物は議論に上げるつもりは無いです。ただ今回は明確な規約違反です」
顔がビジネススマイルで固まって行くのが分かった。あぁ、日本でも良く仕様上のトラブルとかで客先でもこんな話を良くしたなぁ。
「ギルド側はこの規約違反に対して、どの様な補償を考えていますか?」
ハーティスが、若干嫌そうな顔で返答する。あぁ、この人も誰かに言わされているなこれは。あれだ。上司の代わりに生贄になった部下に共通する思いだ。
「結果的に、良い人材を紹介したと。そういう形にはなりませんか?」
「なりません。そもそも紹介の必要が無い事が前提です。私が何時その要望を撤回し、人材の紹介をお願いしましたか?」
「いえ、その様な事実は有りません」
「では、今回の件はギルド側の押し付けです。契約は正しく履行されるが故に、契約として成り立ちます。規約とは冒険者が守るだけの物では有りません。ギルド側の圧力から身を守る物でも有ります」
「はい。その通りです」
「認めましたね?では、この件に関しては正式にワラニカ王国として告発します。少なくとも公爵閣下は動かします。少なくとも言い逃れも、逃亡も許しません。事実をありのままに報告します」
「それは!私の一存ではどうしようも無い話です」
「それはそうでしょう?貴方がどうこう言う話では無いです。私が被害を被ったので、私がギルドにその補償を求めるだけです。後はギルドと国が争えば済む話です」
これ以上、組織の都合なんぞに振り回されてたまるか。権利と義務は表裏一体だ。美味しい部分だけ吸うと言うのなら、苦い目を味わわせてやる。
嘗めるな。契約は何者も侵す事の出来ない神聖な物だ。契約が有るからこそ、命を賭けてでも仕事が出来るのだ。
それを組織が踏みにじると言うのなら、絶対に後悔させる。
「分かりました。私では判断出来ない事案です。ギルド長を呼んで参ります」
憔悴した顔でハーティスが席を立つ。そのまま部屋から出て行く。少し経つと、遠くの方で微かな怒鳴り声が聞こえてくるのが分かった。
ドスドスと言う苛立たしそうな足音が近づいて来て、ノックも無く扉が開け放たれる。
「お前か!?8等級の分際で、我々に難癖をつける輩は!!」
丸々と醜悪に肥えた男が、苛立ちに顔を真っ赤にさせ、立っていた。
あぁ、こいつ、無能だ。ギルドのお題目、等級の意味もまるで理解していない。等級は信用の積み重ねと初めての担当者は言った。まさしくその通りだ。
契約は履行されるから成り立つし、履行する事によって信用が生まれる。偉い、偉くないの話では無い。信用出来るか、出来ないかだ。
「貴方は?」
「お前如きに名乗る名も無い。即刻ギルドから除名する。今後はギルドには近づくな。虫唾が走る」
最低限の礼儀も無い。まさしく、無能だ。
「では仮にギルド長と呼びましょう。除名理由は?」
「こちらの命令不履行だ!戸籍にも明確に書かれる。今後一生まともな職に着けると思うな!!」
あぁ、この人間は今までもこうやって生きてきたんだろうな。組織の庇護が絶対と確信して、強権的に立ち回れると思う。日本でもいたな。会社の地位を自分の地位と勘違いしている人が。
「ほぉ。では、その命令は何でしょうか?また何を以って不履行と言いますか?」
「有能な人間の紹介に対して、難癖を付けてきたのはお前だろうが!冒険者が生きるのに必要な人間を紹介したにも関わらず、難癖を付けて補償を求めるだ?それのどこが命令不履行以外になる」
「そもそも、パーティーが飽和しているので、人員増強に関しては明確に止めています。これは書類上でも残っています。職員の証言も取れます。それを履行しない組織側に責任が有るでしょう?」
激高したのか、赤かった顔はどす黒いと表現しても良い程の色になっている。
「そんな物、幾らでももみ消しは出来る。冒険者ギルドに喧嘩を売った愚か者として、一生悔やんで生きろ!」
あぁ、書類の改竄やもみ消しまでしていたのか、真っ黒だな。叩いたら埃が出るってレベルじゃ無い。良く今までこの地位に残れたな。逆に、感心してしまった。この辺りは神様の埒外なのかな?
まぁ、そんな相手なら容赦もいらないか。改竄される前に決着着けちゃえば、終わる話だ。私は家に帰ってご飯を食べて、リズと寝ると言う大事なミッションが残っている。
ドンっと言う音が部屋に鳴り響く。組んだ両足をそのままテーブルに叩きつけた。
「いい加減にしろよ、この豚。貴族相手に犯罪行為の話を堂々としやがって。お前の首の話じゃ無い。冒険者ギルドそのものの根幹を否定したぞ、豚」
ゆっくりと静かに暴言を吐く。
取り繕うのも飽きた。ここからはきちんと落とし前を付けてもらう。ビジネスは誠意と真心だ。それが無い交渉は暴力と恫喝しか無い不毛な世界だ。あぁ、心が荒む。
「あぁ!?8等級の分際が何を偉そうに。こっちはギルド長だぞ!お前が何を名乗ろうがこのギルドの中では私が上だ!!」
ハーティスが渋面で下を向いているのが見える。あぁ、無能の下ってきついなぁ。分かるよ。でも、勤勉な無能よりまだましだ。こいつは怠惰な豚だ。
今度、名刺代わりに配ろうと、何枚か試作した名刺サイズの薄い木札に紋章と略式紋章、そして私の名前を焼き印で入れた物を懐から取り出す。
机の上に1枚、投げ捨てる。手渡し?礼儀はお互いに尊重し合う間柄だからこそだ。そんな仲じゃない、この醜悪な肉塊とは。
「今度男爵を叙爵したアキヒロだ。寄親はノーウェ子爵様、その寄親はロスティー公爵閣下だ。豚。お前は、国内の管理主体に対して犯罪行為を以って恫喝をした」
私は真摯に信用を集め、それで少しずつ成功した。まさしく、信用と言う権威を権力に変えた訳だ。その権力を行使する事に躊躇は無い。私の責任において成すべき事は成す。
「無能な豚の頭で分かるか?冒険者ギルドが国の管轄外と言っても、税徴収と業務履行に関わる部分だけだ。王国法でも、冒険者ギルドで表に出されている規約上も明文化されている」
お茶も出さないギルドに苛立ってきた。どれだけ水分も無く喋らせるつもりだ。
「つまり冒険者ギルドで犯罪が発生した場合、存在する地の領主の管轄の元、処断が下される。お前がギルドの何様でも関係無い。等しくそのギルド全ての所属員は処断の対象だ。そして、犯罪行為を自白したお前はまさしく、その処断の対象だ。分かったか豚?」
先程も感じた、鼻の奥がジンとする臭い。あぁ、1日で何回これを感じれば良いのかな?
醜悪な肉塊が、腰に手を回し、すらりと短剣を抜く。ギルド建物での刃傷が御法度と言うのは冒険者ギルドが決めた規約だ。それすら守る気が無いのか。話す価値も無いな。
「お前が死ねば、もみ消しは可能だ。8等級程度の能力で生きて帰れると思うな!!」
遺憾ながら先程の面談からシミュレーターは立ち上げっぱなしだ。彼の腕と足の腱辺りだけを爆散するイメージは明確に浮かんでいる。
「それが答えか、豚?」
「うるさいわ。死ねぇぇぇ!!」
思ったより、俊敏な動きで切りかかって来る。でも短剣で切りかかるって意味が分からない。腰溜めに突進してくる方がまだ分かる。
爆散するイメージを実行する。過たずイメージの通り、醜悪な肉塊の手足が小さく破裂し、そのまま床に転がる。
言葉にならない叫び声を上げながら、痛みに悶える。
「ハーティス」
あぁ、声が固いのが分かる。人間相手に攻性魔術を行使したのは初めてだ。醜悪な肉塊と言っても人は人だ。凄い、気持ち悪い……。
「はい」
ハーティスが短く答える。
「今件を直ちに子爵様に報告。一切の沙汰を子爵様に預ける事。また期間は子爵様が定めるまでだが、君がギルド内の全職員を掌握。一切の犯罪行為の証拠を監査で洗い出せ」
「はい!!」
「膿を一気に出す。この豚は拘束。最低限の神術以上の治療行為は認めない。拘束設備に叩き込んでおけ。その上で、問う。今件に関しての私の補償はどうなる?」
「新しいギルド長が着任次第、協議に入ります。出来る限りの補償を考えます。男爵様」
「よろしい。ではこの冒険者ギルドに関しては非常事態宣言の発令と共に現場にいる私の権限で一旦今件は保証する。日常業務は委細実行せよ。大いに働き、信用を取り戻せ。これからが大事だ。死ぬ気で励め」
一度失った信用を取り戻すのは至難だ。それでも冒険者ギルドはこの世界のセーフティネットだ。潰れてもらっては困る。
「急ぎ動きます」
そう短く答えると、ハーティスが足早に部屋を出て怒鳴り声で職員達に指示を出し始める。あの人の怒鳴り声とか初めて聞いたな。
正直、苦悶する肉塊と一緒にいるのは嫌だったので、そのまま部屋を出て、階段を降りる。
受付は平常通りだが、奥の方は動揺している。まぁ、次のギルド長が来れば落ち着くだろう。それまでは大変だろうが。
そんな風景を見ながら、あぁ、報告に来ただけだったのに大変だったなと、場違いな思いを心の中で愚痴った。