第127話 悪質な宗教にひっかかる時ってどう言う心境なのでしょう?
「まず確認したいのは、ロッサさんは私に何を望みますか?」
心が冷えて行くのを自覚しながら、確認していく。この子はあれだ。日本でも良くいた。宗教とかに嵌りやすい子だ。
「その素晴らしい、リーダーとしての力で導いて貰いたいです」
ビンゴ。なまじっか一人で成功してしまったが故に、先が見えなくてもがいている子だ。
もう、自分自身が何をしているのか、何を求めているのかも分からなくて、疲れ切った子だ。
「訂正して下さい。私は素晴らしくは無いです。リーダーとしてパーティーを率いましたが、誰も導いてはいないです。あの成功はそれぞれのメンバーが考えて努力して達成した結果です」
思った通り、取り乱した様な顔に変わる。そう、思考の中で素晴らしいと考えている物を否定された場合、困惑する。
典型的な、何かに依存したい人間だ。会社でも良くいた。自分はこれだけ頑張っていますって言うポーズの為に体を壊すまで仕事をする人間が。あの臭いがする。
「いえ。歌でも、職員の話でも、貴方は素晴らしい働きと聞きました。あたしも考えましたが、その通りだと思います」
それは思考停止だ。考えてはいない。自分が信じる部分しか聞こえていないし、認識していない。
ますます心が冷えて行くのが分かる。この子に、力を渡せるか?否だ。一時的に成功はするだろうが、先に待つのは破滅だ。
少なくとも、私が死んだ時点で彼女は生きていけなくなる。そんな責任は背負えないし、背負うつもりも無い。
「歌は歌です。ただの創作です。職員の話でも、私が何をしましたか?一部の作戦を変更してもらっただけです。それはあの場にいた誰でも気づけば出来た事です」
ロッサがますます焦った顔になっていく。否定されるのは辛いと思うが、依存は甘い毒だ。どこかで夢は醒めるべきだ。
「そんな事は無いです。それに指揮個体を一人で倒したのは紛れもなく貴方だと聞きました。それは真実です」
「それがまず間違いです。私は指揮個体と一当てした後、劣勢に気付き、仲間に助けを求めました。その際に仲間が命をかけて守ってくれたから、私は指揮個体を倒す事が出来ました」
ゆっくりと言い聞かすように一言一言を発する。
「仲間は私に導かれて、指揮個体から私を守ったのでは有りません。仲間は仲間の判断で私を守ってくれました。私は今、仲間の判断の、命をかけた判断の上で生きています」
聞いているのかいないのか分からない、何かを嫌がる様な顔をしている。それでも、偶像は君を守ってはくれない。
「ロッサさんが望むものが何か聞いた時に、貴方は言いました。導いて欲しいと。しかし、私は誰かを導く事など出来ないのです」
「そんな事は!!……そんな事は無いです。だって、だって……」
「歌も、職員も、真実なんて知りません。格好の良い、都合の良い、そんな上辺だけを伝えているだけです」
はぁ、心が痛い。誰かを傷つけて喜ぶ趣味は無い……。どこまでも心が冷えて沈んでいくのを感じる。
「もう一度問います。ロッサさん、先程の真実を前提として、貴方は私に何を望みますか?」
返事は無い。呆然とした顔をした彼女がそこにいるだけだ。さて、偶像は砕けた。彼女はどう動くか。
最悪を想定し、シミュレーターを立ち上げる。ギルド内での刃傷は御法度だが、護身と言う事で切り抜けないとな……。それだけの信用は積んでいるつもりだ。
「あたし……あたし、どうすれば良いのでしょう?父さんも母さんも死んで、あたし一人です。あたし、もう、辛いんです」
私は両親が健在なので、本当の孤独は分からない。でも、リズが死んだらどうなるんだろうと考えると、少しだけ彼女の気持ちも分かる。欺瞞かもしれないが。
「貴方がどうすれば良いのか、私は分かりません。私は貴方では無いからです」
そう言った瞬間、冷たい気配を感じる。殺気なんて信じていなかったが、実際は臭いと言うか、鼻の奥の方がジンとする何かを感じるのか……。
「しかし!」
取り敢えず、機先を制して殺気を霧散させる。
「貴方と一緒に、未来を考える事は出来ます。導く事は出来ません。でも一緒に貴方が、貴方自身の未来を考えるんです。仲間として、それを手伝う事は出来ます」
一瞬呆然とした顔に戻る。だが、徐々に顔が歪んでいく。その瞳に涙が浮かび、ほろほろと零れて行くのが見える。
「あた……し……あたしに……また……考える事って……出来ますか?」
「ロッサさん一人じゃ無いよ?私もいるし仲間もいる。皆、一生懸命考えてくれるよ。だから、もう一度考えよう。ロッサさんが幸せに生きる未来って何だろうって」
断る選択肢は無かった。いや、厳密には有るのだが、それを選んだ場合は、彼女は堕ちるだけだ。どこまでも堕ちてどこかで野垂れ死ぬ。
自分に関係した人間が確実にそうなると分かっていて、手を離す事は出来なかった。慈善なんてって笑っていたが、目の前の人間が哀れに死ぬ事を許せなかった。
リズの時もそうだった。こんな人間だったっけと自己嫌悪に襲われながら、表情は微笑みを浮かべる。
「そこは……厳しいんですね……」
「歌で優しいとかって歌っていたかな?私にそんな余裕は無いよ。私はただの冒険者達のリーダーなだけだから」
肩を竦めながら、そう答える。彼女の顔に少しだけ笑顔が戻る。先程までの人形みたいな綺麗な笑顔じゃない。人間の笑顔だ。
「導いて欲しいなんてもう言いません。出来る限りの事をしていきます。貴方のパーティーに入れて下さい。あたし、また考えたいです。自分の未来の事を」
乗り掛かった船だ。最期まで付き合うとしますか。
「ようこそ、私達のパーティーへ。ロッサさんが自分で自分の、私の、仲間の未来を考えてくれるのならば、大歓迎だよ」
「はい。よろしくお願いします」
そこには先程までの何かに焦った、取り繕った、人形みたいな美少女はいなかった。ただの、一人の少女が微笑んでそこにいた。