第126話 幼女って需要あるのでしょうか?
ちなみに、町から村までは大体100km程度と地図を見て考えている。定期馬車の速度が平均で7km程度だ。
この道程は、朝一に出ると、1日目が、7時出発の12時休憩、14時出発の17時野営開始となる。
2日目も7時出発の12時休憩、14時出発の16時前後に町へ到着なので、そこまでぶれは無いだろう。馬の調子や天気によっても変わるので、2日目の昼過ぎに到着する事も有る。
で、この世界の馬だが、地球の馬とかなり違う。
瞬間的な速度は地球のサラブレッド等とは比べ物にならない程遅い。早馬を見たが、競馬場のあのスピードから見たら、え!?と思う程遅い。
その早馬でさえも、足の速い馬種をかけ合わせて作られた血統だ。遺伝の明確な概念がこの世界に有るかは知らないが、子供に特徴が引き継がれるのは体感的に分かっている。
そんなこの世界の馬だが、継続的な速度と馬力、スタミナは地球の馬に比べて高いと思われる。ばんえい競馬も見た事が有るが、ああ言うがっしりした体格の馬だ。脚も太いし体も大きい。
地球の馬のキャンターが馬にもよるが大体時速20km程度だ。この馬達は、馬車を引いている為か、時速15,6km前後のスピードだろうと目測と合わせて感じた。
速度は地球の馬より、遅い感じなのだが馬車を引いて、キャンターで2時間程度走っても全然疲れた感じでは無い。今は1回目の休憩と言う事で、空樽に水を生み、飲ませてあげている。
馬が水を飲む姿は何とも愛嬌が有って可愛い。和む。大人しい性格の子ばかりなのか、樽1つでもきちんと順番を待っている。健気だ。
日本で生活していては馬に触れる事は無いので詳しくは分からないが、ここまで積載してこの速度を維持して大丈夫なのだから、スタミナも持続力も純粋に凄いとは思う。
「30分程度休めば、大丈夫です」
レイが水を飲んだ馬に飼い葉を与え、様子を確認し、報告してくる。
えぇぇ、そんなに休憩時間短くて大丈夫なの?
「次の休憩の際は昼食ですので、2時間程度は休ませます。順調に行けば、もう一度休憩を挟み暗くなる前には村に到着します」
地球の馬では、1日50kmも移動すれば十分だろう。何、この世界の馬。ましな道とは言え、1日馬車引いて100km移動出来るの?凄い……。意味が分からない。
ただ、その分食事量は多い。体重500kg程度の普通の馬だと、胃が小さいのも有り、1回の食事量は限られる。1日トータルで10kg程度だろうか。
この世界の馬は胃が大きく、食事量も多い。1日20kg近く食べる。どれだけ牧草地が必要なんだろう……。ただ、運動させないと、食事量を制限しないと太るらしい。
ノーウェが馬を農耕用に勧めない理由が実物を見て分かった。食い過ぎだ、君達。ただ、新領地を聞くと、延々草原地帯のようなので、早々は餌が尽きる事は無いかなとは思う。
将来的に騎馬隊を編成しようと思っていたが、地球の半分以下の規模で考えていないと、間違い無く破綻する。
そんな感じで、水を何度か補給して、馬が満足したのを確認し、出発する。
皆にとっては初めての経験なのでそのまま受け止めているが、地球の知識が有ると、この馬の異常さに驚愕してしまう。そりゃ、この馬が有れば物流、気にしないわ。
2トンの積載でどこまで行けるかは分からないが、同じ速度を保てるのなら、十分物流の基盤として成り立つ。地球の馬と比べ物にならない。コストパフォーマンスが良すぎる。
地球の馬の弱点は、積載のかなりが馬の食料と水に占められる。遠出すればする程、割合は大きくなる。
この世界の馬は、スタミナが有る。その為、食べる量が多くても、長距離を運搬出来る。中継点を上手く作れば、地球の馬と比べ物にならない速度と積載で運搬が可能だ。
東との貿易だけど、ちょっと本気で考えようかな。そう思わせるこの世界の馬のポテンシャルだった。
そのまま次の休憩となる。リズに狩りを頼み、いつも通り昼食の準備をする。レイの分も合わせて作る。
そのレイだが、馬に、飼い葉と飼料、水をやり、延々マッサージを繰り返している。解放しては、次の馬を、解放しては、次の馬と。何周かしたところで昼食が出来たようなのでレイを誘う。
「長距離移動の際は手入れが重要です。ある程度の休憩が取れるのであれば解してやり、コミュニケーションを取って機嫌を良くしてやるのも大切です」
食事をしながら、御者の話を聞いていたが、物凄い過酷な仕事だった。乗馬クラブの馬程度の物しか知らなかったが、その裏では馬を働かすのには、多大な労力がかかっていた。
しかも、蹄鉄の調整や出産の処置までマスターしているらしい。輜重部隊の補助の際に学んだらしいが、この人本当に勿体無い人だ。引退するなよって思ってしまった。
食事が終わると、レイは馬を周囲へ自由に歩かせながら、またひたすらマッサージ地獄に没頭していた。御者すげぇ……。楽そうな仕事って思ってごめんなさい。
ちなみに、馬と呼んでいるが『認識』先生は全然違う名前で呼んでいるので馬では無い。見た目も習性もそっくりなので、面倒なので馬と呼ぶ。
休憩時間が終わり、再度乗り込み村に向かう。予定通り、間に休憩を挟み、村に着いたのがまだ日がぎりぎり残っている程度だった。予想以上に早く着いた。最後は飛ばし気味だったが。
町の入り口で馬車から降りる。レイはこの後も延々馬のお世話タイムのようだ。本当に頭が下がる。有能で勤勉で、根気強いって、どれだけ傑物なんだ、この人。
レイの言う通りなら、調査団の編成に3日と言う事は、そこから移動に2日かかると見て、本日分を差し引き、4日後だ。1泊で狩りに行き後は完全休養としよう。
メンバーには日程を伝えて、明日はいつも通り集合と言う事で解散した。私?冒険者ギルドに帰還の挨拶をする必要がある。
サスペンションが有っても座りっぱなしはきついので、クッションは開発したいなと自分の馬車に乗って初めて感じた贅沢を実行するかしないかを考えている内にギルドに着いた。
見知った受付嬢が空いていたので、活動報告と、明日の予定を伝える。用事は済んだと家に戻ろうとすると、かなり必死な顔で引き止められた。
どうも、メンバーに入りたい人間が宿で待っているらしい。これ以上の追加は断ったと告げるが、どうしても会って欲しいの一点張りだ。
最終的にはハーティスが出て来て、説明が始まった。職員が宿に走って行く姿が見えたので呼びに行ったのだろう。なんだこれ?面倒な予感しかしない。
「これがあの子の資料です」
会議室に入ると、ハーティスが書類を出してきたので読んで行く。名前はロッサ、性別は女性、歳は……14?未成年じゃん。
「未成年ですよね?この子」
「ギルドの活動に特に年齢は問いません。遂行出来るかどうかですから。ただ、一般的に未成年は9等級以上は断る場合が多いです」
確かに規約を読んだ時に年齢制限には触れていなかった。しかし、大人としてはかなりモヤモヤする。
経歴がすさまじい。10歳から14歳までは延々10等級の仕事を完遂している。
14歳になってすぐから今までは9等級、特にゴブリン討伐が中心で、これも完遂だ。しかも、この子ずっとソロだ。
先日この村に到着して、ギルドの監査と一緒に8等級昇格の為に、北の森の狼狩りに行ったようだ。
今の北の森で狼狩りとか危ない事この上ないのだが、夜間にソロで5匹狩った時点で昇格確定したようだ。
元々は王都より東側方面で活動していたようだが、徐々に東に移動してきている。
一気にこの村に移動して来たのは、指揮個体戦が終わってちょっと経った位だ。嫌な予感が加速する。
「この子ずっと一人でやってますよね?何故またパーティーに入ろうなんて言い始めたんですか?」
「元々、パーティーには入るつもりだったようです。しかし、適当なパーティーが無い為、一人で活動していたようです。実力は有りますし、信用も高いです」
「人間的に問題でも有るんですか?」
全く他意の無い顔でハーティスが答える。
「いえ。至って普通の良い子です。ただ実力が飛びぬけている為周りが置いて行かれる側面は有ります。それでも周囲に合わせようとする分別も有ります」
「何故、私達のパーティーなんですか?」
そこで少し困った顔をする。
「楽師の歌を聞いて、興味を持ったそうです。指揮個体戦の詳細説明を求められましたので、開示しました。それからは募集は断られていると言っても、貴方にお会いしたいの一点張りです」
何それ、怖い。どれだけ指揮個体戦が祟るのか。と言うか、何それ。ヤンデレとかそう言うの想像しちゃうぞ?やばい、非常に怖い。
そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえる。やばい逃げ遅れた。
ハーティスが許可を返すと、扉を開く。
そこには、小学生としか思えない、少女が立っていた。
身長だけ見ると、8歳か9歳程度か?小学生の中学年くらいだ。顔は大人びて見えるが、14歳には見えない。
銀色の髪に深紅の瞳、肌は抜けるように白い。背は小さいのに胸がかなり有るのに違和感を感じる。
しかも、凄い美少女だ。何と言うか北欧美少女ってテロップをつけて、グラビアになりそうな美少女だ。
こちらを見た瞬間、その美少女の顔が花開く様に綻ぶ。
バっと手に持った弓を手前に投げ捨てて、膝を着き、両手を上げて、顔を下げる。
「初めまして。ロッサと申します。アキヒロ様のお噂をお聞きしまして、是非お会いしたく思いここまで来ました」
ぎゃー。土下座なんて、日本でもやった事もやられた事も無い。こっちに来てノーウェに同じ事したけど、困惑しただろうな。ごめん、ノーウェ。
つか、最敬礼、土下座なんて、日常でやられたら、暴力だ。やった事を物凄い後悔した。
「えーと、取り敢えず話も出来ないから、立ってくれるかな?」
「いえ、このままで結構です。パーティーへの参加を許してもらうまでは立ち上がりません」
ぎゃー。やっぱり暴力じゃん、これ。
「話が出来ないなら、参加するしないも決められないよ?まずは立ち上がってもらえないかな?」
「いえ。あたし程度、恐れ多いです。このまま話を進めて下さい」
折角短くした髪の間から、冷や汗が流れて来るのが分かった。怖い。この子、怖い。
「リーダーの指示に従えないメンバーは必要無いよ?私は貴方と話がしたい。だから立ってとお願いしたよ?」
そう言うと、渋々立ち上がった。表情はにこやかなままだ。
そのまま席を進め、座ってもらう。ハーティスには、この場に留まってもらいたかったが、気を利かせて出て行った。畜生め。
「初めまして、アキヒロです。ロッサさん、現在パーティーメンバーは求めていません。これはどう言う事でしょうか?」
聞くと、この子ターシャと言う種族で、元々は東の国やもっと東の方で多い種族らしい。
ターシャは草原で生活している狩猟民族で、馬や羊を繁殖させながら遊牧生活を送っている。昔のモンゴルの遊牧民の人々みたいなイメージか?
種族的に、この姿で成人のようだ。ほとんど姿が変わらず老化して行くとの事で、死ぬまで働けるのが特徴らしい。寿命は人間と変わらない。
姿形は典型的なターシャって感じで、東の方にはこんな美男子、美少女がわらわらいるらしい。日本だったら、ショタコン、ロリコンの巣窟になりそうだな、東方は。
この種族、兎に角走る事と馬に乗る事、弓を撃つ事に特化している。目も非常に良いらしい。しかもサイズが小さいので見つかりにくい。
ロッサに関しては、東からワラニカ王国に移民してきた一族の末裔との事だ。末裔と言ってもまだ3代程度だ。
どうも繁殖場の権利争いで追われた一派がワラニカ王国に移動して来たようだ。馬の食べる量と生存圏を考えると、有り得る話だなとも思う。
両親は珍しく定住を希望し、ある村に受け入れてもらったとの事だ。
ただ、辛い開墾の日々で両親が体を壊し、ロッサは10歳から冒険者として活動し、家族の生活を支えていたようだ。
その両親も14歳になった年に相次いで亡くなったとの事だ。それからは自分の生活の為、冒険者業を続けていた。
そんな中、他の冒険者に比べて、自分の能力が浮いていると気づいたようだ。
そもそも種族特性としての弓を特化して使って来た為、一人で何でもこなせてしまうので余計に周りから浮いてしまう。
「そんな時です。アキヒロ様のお話をお聞きしたのは」
そう、周りから浮いていたこの子は、指揮個体戦の時の作戦能力、指示能力に憧れ、この人の下ならと思い込んでしまったようだ。
この村に着き、詳細を聞いてその思いが強まってしまった。と言うか、ここの職員に指揮個体戦の詳細を開示しないように圧力かけられないかな。正直、迷惑になってきた。
コミュ障的には分からんでもないのだが……。何と言うか、この子有能は有能なのだ。
『警戒』はティアナ以上、『隠身』はロット以上、『弓術』はリズ以上、しかも『眼力』って言う聞いた事の無いスキルも持っている。『眼力』って何だ?
<解。スキル『眼力』の能力は眼球の集光能力、感覚能力を魔力で引き上げるものです。>
<脳内の処理に関しては、魔力を使い処理領域を拡張しています。>
<また、脳への処理上のアブソーブや魔力経路に関しても『剛力』と同様です。>
『識者』先生、ありがとう。
暗い所でも良く見えるし、遠くも近くも良く見えると。暗視、遠近を見分ける部分は魔力が補助して脳で処理していると言う感じなのかな。
家族の生活を、自分の生活を守る為に必死で弓に生きたこの子が得てもおかしくないスキルでは有るな……。
この子の特性は、スナイパーだな……。後衛職より離れた場所からの必殺だ。でも弓だと限界がある。リズの時もそれが理由で前衛に立ってもらった。
だが、状況がここまで進むと、方法は有る。厳密にはリズの時にも有ったのだが、あまりにも危険なので考えるのを諦めた。
クロスボウの開発。
正直、この世界に来て奇跡が有ると言うなら、このクロスボウが開発されていない事だと考える。それ位、この武器はヤバい。
火薬と銃に関しては、特に問題視はしていない。弱点が多すぎる為、運用に至るまで長い年月が必要となるからだ。材料や天候など克服しないといけない事が多すぎる。
だが、クロスボウは違う。材料に関しては、そこまで考慮しなくて良い。正直既存の弓の延長で弩が開発されたのだから。
女性とは言え、ずっと弓を握っていた子だ。そもそも梃子の原理でレバーを引きセッティングする形状も有る。
そして何より恐ろしいのが、女子供だろうがクロスボウを適正距離で撃てば、板金鎧を着た相手でも致命傷を与えられる。
しかも習熟が兎に角容易だ。弓を握っていた子ならすぐに覚える。
それに矢に関しても、もう運用出来るだけの儲けが出る事を証明してしまっている。
この世界では、銃なんかよりよっぽど質が悪い。
過去人質が取れなくなるからなんて馬鹿な理由で利用を制限されたのには訳が有る。
こいつは人を殺し過ぎる。
この子をメンバーに加えて本気で運用するなら、覚悟がいる。本気で無いなら、斥候職として運用するが。この子はきっと分かっちゃうだろうな。
はぁぁ……。どうしよう、パーティーに加えるか、加えないか。どちらにしても重い選択過ぎる。