第123話 気付いてしまった不都合な真実
ノーウェに連れられ、領主館の裏庭に向かう。そこには、幌馬車が有った。
幌の素材はテントと同じく、蝋引きされた帆布のような生地だった。色は生成りとなっている。
「元々は新型の荷馬車として開発していたけど、男爵叙爵の話が有ったから。そのまま乗車環境を整えたよ」
全長は車体部分で6m程、幅は1.5m程だ。板バネのサスペンションが搭載されている。車輪も太くて大きい。
幌を開けると、中には折りたためる簡易のベンチが左右の壁に付いていた。男性でも座る幅は50㎝程度だ。
左右合わせて10人ならかなり余裕をもって座れる。12人でも普通に着席は可能だろう。
前方は荷物を積載するスペースになっており、3m程が若干窪んでいた。ここにも座席を置けば最終的な乗車人数はもっと増える。
御者席が前方に一段高く独立しており、2名掛けの席が付いていた。後方には荷台が取り付けられており、馬用の飼い葉や水を積載出来るようになっている。
乗り込む際は、荷台を上げて隙間を作れるので、そこから引き出し階段を降ろして乗り込む。
飼料等も予算内で、既に村の方に食料輸送と合わせて移送してくれているようだ。また、使わない時はカビアの住む家に厩舎が有るのでそこで保管しておけば良い。
「試行上道を走らせるなら、4頭引きで雨天状態での最大積載は2トン弱かな。それ以上は道が悪くて走行が困難だった」
2トンかぁ。装備含めて平均70kgで換算しても、14人で980kg。1トンは荷物用に使える計算だ。熊3匹分か……。
「元々、領地内を移動する為に、予算内で馬車2台は含まれていたよ。決まってから作るのも時間がかかるだろうから。試作品の流用で悪いけど、こちらで用意したよ」
「では、これを使って視察を行えと仰るんですか?」
馬車を操れる人間なんてパーティーにいない。
「あぁ、御者の心配かな?それもちゃんと声をかけているよ。レイ」
執事の背後の気配が薄い人物に、ノーウェが声をかける。
「初めまして、男爵様。レイと申します」
50代位に見える男性だった。『認識』で確認すると、態々ノーウェが用意した理由が分かった。『警戒』も『隠身』も3を超えている。特化した斥候スタイルだった。
「元は斥候団に所属しておりましたが、歳の為引退を考えておりましたところ、子爵様にお声がけ頂きました」
ほのかに微笑を浮かべ、言葉を続ける。
「馬車及び馬に関しては軍に所属している際、一式学んでおります。また引退したとは言え、最低限の護身は可能です。是非御身のお傍に」
最低限も何も、トップエリートだったんじゃないかな、この人。良いのかなこんな人材を御者として使っても……。
「引退後は教官か衛兵でもと考えていたみたいだから。それだったら若い子と混じって冒険も悪くないよって誘ってみたら、反応が良かったからだよ」
ノーウェが気楽に言うが、思ったよりレイはお茶目なのか?まぁ、自分の身を自分で守れるなら、森までの行き帰りをお願いする事も出来る。
調査に関しても何が起こるかは分からない。ありがたい配慮だ。
給与及び必要経費に関しては一旦は予算から出るとの事だ。給与が幾らぐらいか聞いてみたが思った以上に安かった。
軍の教官職も年金みたいな物だから、そこまで高くは無いらしいが……。それでも安い。
うわぁ、勿体無い人材だ。冒険者として現役復帰とかしてくれないかな……。いやいや、レイの人生だ。
「是非お願いします。馬車の操作は誰も出来ませんので」
「承知致しました。後1点だけご注意を」
「何でしょうか?」
「都度1頭に鞍を乗せます。停車中、万が一の際は馬を切り離し逃がします。その際の先導に使います」
「分かりました。その辺りはお任せします」
そう言うとレイが深々と頭を下げて、執事の元に戻る。
「じゃあ、今日中に決めないといけない事はこれで全部かな?」
ノーウェが顎に手を当てて、空を見上げながら聞いて来る。
「そうですね。格別の配慮を頂きましたので、調査までは一気に可能です。調査完了に合わせて、計画修正で実行でしょう。商工業者に関しては並行で問題無いですし」
「そうだね。じゃあ、有意義な一日だったよ。馬車に関してはレイに宿屋に向かわせるよう伝えるよ。そのまま同じ宿屋に宿泊するし、基本的に行動を共にすると思ってもらったら良いよ」
必要経費ってその辺りも含めてなのか。ますます美味しい人材だな、レイ。
握手を交わし裏庭からそのまま執事に連れられ辞去する。
さて、夕方にはまだ早い。
取り敢えず、宿屋に戻ってメンバーの状況を確認しようと宿に戻る。
部屋をノックしてみたが、誰も戻っていない。チャットの矯正と言っていたから、宿以外のどこかでやっているのかもしれない。
宿の店員に理容室を聞いてみると、ちょっと歩くが有るそうだ。地図を書いてもらい、向かってみる。
コームと鋏の看板が有ったので、ここだとすぐに分かった。流石にサインポールは立っていない。あれの意味を考えると無いのが普通か。
中に入ると、日本で良く見る理容室とあまり大差は無い。金属に錫をメッキして磨いたと思われる大きい鏡の前に椅子が置かれている。
来店の挨拶と共に、椅子に誘導される。髪形に関しては今のバランスを崩さずに短くして欲しいと頼む。
道具はかなり日本の理容はさみに近い、細長い鋏とコームだった。流石にすきばさみは無いようだ。
大きな布を首から巻かれ、コームで長さを確認しながら縦にサクサクと切って行く。テクニックに関しても日本と大きく差は無い。
これなら大丈夫かなと意識を鏡に映る自分の顔に向ける。これまで鏡を見なかったから気づいていなかったが、顔が若干だがほっそりしている。
あれ?でもお腹周りは変わらないと思い、理由を考える。
ぼーっと落ちて来る髪の毛を見ながら考えていて、ある仮説に達した。摂取カロリー量と消費カロリー量だ。
最近、粗食気味かなと思い食事をしているが、日本であればおかずの半分以上は魚だ。主食も米だ。
それに、野営中に使っている携帯食、あいつが原因の可能性が高い。欧米人スタイルのムキムキな人間が、携帯食で1食を補うのだ。
そもそも私にはオーバーカロリーなのだろう。その上、それを材料に料理にしている。
リズとチャットとティアナは元々少食だ。フィアとロットは食べてもそれ以上に動く。ドルは筋肉の塊で幾ら食べても太らないらしい。
うわー、幾ら歩いてもお腹が凹まない理由が分かった。と言うか、これは、あれだ。お相撲さん養成用の食事と同じ理論だ。
道理で、お腹の内側の筋肉が固くなっていると思った。しかも、メンバーが増えて司令塔の役割が中心になり槍も振れていない。
やばい、このままだと本当にお相撲さんスタイルだ。
そう気づき、顔を青くしていると、店員が完了を告げる。後ろ側も鏡を合わせてもらい確認したが、問題無い。普通に髪を切ってもらえた。
これなら外国で髪切る時の方が冒険だ。タイで切ってもらった時は、いきなりバリカンで丸刈りにされかけた。
代金を渡し店を出てから、気づいてしまった事実にどう向き合うべきか悩み始めた。