第119話 兎の皮がするっと剥けたのを見た時は感動しました
朝ご飯の際に、昨日少し話はしたが、改めて町に何泊かする旨をアスト達に伝える。
「無理はするな。もう一人じゃ無いのだから」
ぼそっとアストが呟いたのが印象的だった。大事にされているなと思った。
ティーシアも大分慣れてきたのか、一時期の大忙しと言う雰囲気は無くなっていた。石鹸の件も何時も通り対応してくれるとの事だ。
特に問題も無いので、用意を済ませギルド前に向かう。
時間は早めだったが、皆揃っている。荷物の最終確認をして、馬車乗り場に向かう。
流石に人数が増えたので邪魔かと思ったが、今日は良く往復している商人が1人だったので、問題無く全員が乗車出来た。
皆はそれぞれ談笑しているので、商人と話をする。
秋撒きの小麦は順調のようで、今年の税収はかなり余裕が出そうだ。何よりこんな東の果てでも新男爵領の話題が伝わっている事に驚いた。
商人のネットワークは侮れない。建設系の入札も順調に消化され、建築資材が高騰気味との事だ。特に子爵領は通り道になるので特需で湧き上がっている。
商人は地場で食料品を中心に取り扱っているそうだが、食料の仕入れ値も上がっている。
全体的に金が回るのは経済活性の側面で見れば望ましいが、庶民がしわ寄せを食うのは嫌だなとは感じた。
今回は村への販売が目的で、町に仕入れに戻るようだ。どうも、今度子供が結婚する為、色々と用意が必要だとお道化て嘆いていたが、幸せそうだった。
こんな日常を皆が暮らせる町を作りたいなと思った。
道程は順調そのもので、途中休憩を挟み、まだ若干日が高い内に野営地に着いた。
リズに狩りをお願いし、他のメンバーには野草の採取をお願いした。どうせ、この人数だ。量が取れたら全員分作ろうと考えた。
薪は御者と商人にもお願いし、私は奥側に踏み込んで探す。万が一を考えて2人に関しては『警戒』の範疇には収めている。
まぁ、人通りの多い道なので、危険は無いだろう。そんな感じで一晩分の薪は集まった。
薪を選別し、組んでいく。鍋の用意を済ませ、2人には採って来た量によっては、分けるので食事を待つように伝える。採取を頼んだ皆が続々と戻って来る。
採って来てもらった野草を野菜と香草に選別していると、リズがキジ科っぽい鳥を3羽と珍しく兎を3羽狩って来てくれた。
「あれ?兎って珍しいね」
「森だと藪に隠れて撃ち難いよ。この辺りなら草むらから追い込む程度だから」
そう言うと、生み出した水を使い、凄い勢いで捌いて行く。兎の皮が面白いように綺麗に剥けるのは印象的だった。
兎かぁ。丸々としているし大きい。そう言えば、食料品の商人だったなと。在庫の赤ワインと酢を確認すると、自分用の少量なら有るらしい。
売って欲しいと伝えると奢ってもらうんだから材料は出すと言って聞かない。商人からフライパンを借りる。
取り敢えず、鳥は明日の朝ご飯かな。肉は紙で綺麗に包んで藁と氷で覆い端切れを巻く。そのまま深く穴を掘り、石で周囲を固め土に埋めておく。
良く洗った鳥と兎の骨を熱湯に投入し、焚火にかける。
出汁が出るまでは時間がかかる為、焚火を囲んで談笑を続ける。流石に何が有るか分からないので、旅の最中にアルコールを摂取する事は無い。
偶に旅の最中野営の際に、焚火を囲みながら酒を飲み交わしどんちゃん騒ぎをするシーンをゲームとか漫画で見るが、どんだけ見張りと対処要員がいるんだと思ってしまう。
御者は片道毎に2日休みで交代しているらしい。野営が有るので結構過酷な仕事だ。結構老けているなと思っていたが、同い年くらいで驚いた。
過酷な環境は老けさせるのかと思ってしまった。商人の地場も結構西の方も範疇で、色々面白い話も聞けた。
王都の話なども有ったので、その内行かないといけないと思い真剣に聞き入ってしまった。
28歳と言っていたし、奉公期間を合わせると、15年商売に携わっているらしい。現在は独立しているとの事だ。
そんな話を灰汁取りをしながら聞いていたが、良い感じで出汁の香りが立ち込め始める。折角なので、鳥のモツと兎の内臓の使える部分を総動員してモツのごった煮だ。
香りの強い香草とモツを投入し、偶に蓋を開け灰汁取りを続ける。談笑を続けながら、しばらく待つ。
ダッチオーブンなので大まかな灰汁取りが終われば後は圧力に任せて柔らかくなるのを待つ。圧力鍋程では無いが、調理時間の短縮にはなる。
そろそろ匂いに我慢できなくなったのか、フィアがそわそわし始める。
蓋を開けて、匙でモツの硬さを確認する。野菜を入れて一煮たち。並行して別の焚火を作り、フライパンでは兎を適当な大きさに切り、焼いている。
脂が乗っているので焼いていると言うより、揚げている感覚に近い。両面側面を一気に焼き上げて、火から離しじっくり焼き上げて行く。
野菜の色が鮮やかになった所で、残りの香草を入れて香りを立たせる。塩と胡椒で味を調える。兎にも火を入れ過ぎない程度でフライパンから木皿に移す。
残った油と肉汁に赤ワインと酢を加えて、アルコールを飛ばし、火に近づけ一気に煮立たせて煮詰める。程々に水分が飛んだところで塩胡椒。
木皿に回しかけて完成となった。
「では、本日もお疲れ様でした。折角の出会いです。お二方にも一緒に食事をと言う事で。食べましょう」
スープを口に含む。鳥系と獣系の出汁にモツの臭みと香草の香りが複雑に絡み合い、大人な味になっている。携帯食にも合う。
兎も固くなりすぎず、筋肉質だが柔らかい肉を噛みちぎった瞬間、肉汁と獣の臭いが口の中に広がる。臭みとソースが良い感じにマッチし、これも美味い。
個人的には兎は日本で熟成した物しか食べた事が無いが新鮮な物も良いなと思った。
「兎うまー!!何、これ、このかけたの。美味しい。訳分かんない。リーダー何かずるい、絶対ずるい!!」
フィアが意味の分からない言語で絶賛している。
チャットは目を見開いた後は、無心で頬張っている。
「冒険者なんてせずに、普通に店を開かれては如何かしら?」
ティアナが皮肉交じりに言うが、にこにこしながら頬張っていては説得力が無い。ドルとロットも無心で食べている。
リズは、ソースの味に気づいたのか、こちらを見て微笑んでいる。こちらも微笑み返す。
「あの数の調味料だけで、この味ですか……。驚きました」
商人も御者も驚いた顔で食べてくれる。
そんな感じで、鍋も空になり、借りていたフライパンも含めて、水魔術で後片付けを済ませる。商人はかなり恐縮していたが、ついでなので気にしない。
テントは張っているので、それぞれ見張りの順番を決めて、就寝となる。2人にはこちらが見張りをする旨を伝えて、馬車で寝てもらう。
私は外でマントに包まり毛布を被り眠る。ふと空を見上げると、どこまでも満天の星空が見える。人工の光が無い夜空はどこまでも星の海だ。何度見ても感動する。
心の中の何かが震えるのを感じながら、眠りにつく。明日は町に着く。いよいよ男爵業も本格的に始まるなと考えていたら、眠りに落ちていた。