第118話 個人的にあの垂れたのは好きです、和みます
まだ、夕暮れには時間が有ったので、ネスに武器の整備をお願いしに行った。
どうも他のメンバーは先に来て、ドルと一緒にわいわいとやっていたらしい。
整備が終わり談笑していたが、我慢しきれない顔でネスに鍛冶場へ引っ張っていかれる。
「どうでぇ。試作品だ」
そこには、手押しポンプの実物が転がっていた。昔、田舎で見たあの手押しポンプそのままの姿だった。
「遂に……ここまで来ましたか」
「おうよ。弁の部分の材料にゃ苦労したが、一旦は安い革で代用だ。その内青銅で開閉する機構を別で開発させらぁ」
「試験は?」
「この村の井戸の限界が7mだ。その井戸で試した。呼び水入れりゃあ問題無く上がって来た。成功だ」
誇らしげな顔で、断言する。設計と圧の仕様上、8から10m程度が上限だが、試作品で7mをクリア出来たか。
技術者の神髄に敬意を表したい。これで水汲みは重労働では無くなる。心の奥が熱くなった。
パイプ部分に関しても青銅管が1mと2m単位で作られている。径を見ても真円に近い。径の直径を調整して圧とのバランスを見ると言う。
正直、この世界の工作精度を嘗めていた。深く恥じ入る。
「量産の目途は?」
「部品毎の型取りは済んでる。規格も統一させた。子爵様の指示次第で実行可能だ」
流石、職人だ。その辺りはそつが無い。
「これで、村の人の重労働が一つ無くなりますね……井戸への子供の落下やゴミの掃除も……」
「あぁ。これでちったぁ母ちゃんに楽させてやれらぁ。ありがとな」
「私が頼んだ立場です。お礼を言われる事は無いですが」
「母ちゃんを楽にしてくれる道具って聞いて張り切った。実物見りゃあ、嘘じゃねえって確信した。お前さんの言う事は真実だった。だから、その思いに感謝だ」
深々と頭を下げてくれるが、肩を必死に抑えて元に戻す。
「開発したのはネスです。功績が有るなら、せめて2人で半分ずつです」
「そっかぁ……そっかぁ……ありがとな、ヒロ」
「これからです。ポンプの量産もそうですし、新男爵領に移ればこんな生活ばかりですよ?休む暇なんて無いですから」
「母ちゃんにも話した。良い機会だってんで、動くのは決定だ。こんな仕事、鍛冶屋冥利に尽きる。これからも頼まぁ」
その後も談笑は尽きる事無く続いて行った。これからの男爵領をどう豊かにしたいか。その為には何をしなければならないか。
中々こんな話が出来る人間はいない。本当にありがたい縁だと思った。
日も落ち、辺りが暗くなってきたので、辞去して家に戻る。
家ではアストも帰り、料理の支度もほぼ終わっていた。
「ただいま帰りました」
帰宅の挨拶にも慣れてきたなと、この世界で生きている実感が湧いて来た。
今日も獲物が良かったのか、アストは上機嫌だ。秋口の今の内に狩れるだけ狩りたいのが猟師の思いだが、上手くいっているので心境としては楽だろう。
食事も、日に日に徐々にだが豪華になっている。余裕が余裕を生む。良い傾向だ。
ティーシアに話を聞くと、油かすに関しては逆に売値を上げて欲しいと言う嘆願が村人から上がっているらしい。よっぽど無理して作っていると思われているようだ。
獣脂蝋燭に関しても規模が小さい為、雑貨ギルドからの干渉は無い。後は石鹸の本格普及まで行ければ、猟師の生活は当初程辛い物では無くなる。
忙しくなるであろうお義姉さんには悪いが、生活の心配は無くなるだろう。
食事の後は石鹸2号の様子を確認しに行く。鹸化と乾燥は順調だ。町から戻る頃には2号も完成に近いだろう。
その後はお風呂の用意をして、順に入って行った。
ぼーっと樽に浸かりこの数日を思い出す。色々忙しかったし、自分の小ささを改めて痛感もした。それでも、この世界でリズと生きると決めたのだから、頑張らないと。
頬を両手で張り、気合を入れ直す。まずは、ノーウェとの話し合いだ。上総掘りの利権もカードとして1枚は確保出来る。新領地が栄えるかは初動に頼る部分も大きい。
兎に角、私は出来る事を淡々とこなして行くべきだ。背伸びはしない。信じるべきは信じる。今後を想定しながら、尽きない悩みを噛み殺して行った。
樽から出て、洗浄し、井戸から水を汲んで補充する。
部屋に戻ると、リズがぽてんとうつ伏せで、何か昔の垂れたキャラクターみたいに弛緩している。
「眠いの?」
「んー。ヒロ待ってたけど、眠い……」
「眠いのなら、寝たら良いのに」
「いーや。顔見たいし、話したい」
「そっかぁ」
その後は啄む様にキスを繰り返しながら、少し話をしている内に、リズが力尽き寝入った。
布団をかけて、私も潜り込む。
さぁ、明日から町だ。ノーウェとの話し合いをどうするかだな。