第116話 料理は創意工夫だと思います
周囲に香ばしいような肉の香りがほのかに漂い出す。そろそろ油かすが戻ったかな。
鍋を覗いてみると、乾燥した油かすが、ぷよぷよな塊になっていた。含まれていた油分が焚火に照らされほのかにキラキラしていた。
採って来てもらった野草を確認し、葉物野菜と香草に分けて行く。葉物野菜をぶつ切りにして、香草は細かく刻んでいく。
リズの様子を見ると、ティアナと色々確認しながら、腑分けをしているようだ。それが終わった辺りで仕上げるか。
周りを見ると、フィアとロットとチャットの3人が談笑中。ドルは各員の装備の点検と補修をしてくれている。
ドルに関しては、本当に色々と助かっている。本人の性格も有るんだろうが、元店主と言うのも有って気が付くし、整備の腕も一級だ。
今回はフィアが結構無茶して一撃目を入れた為、まともに骨に阻まれた。
切った時の音で、刃毀れが出来ているのを気付いたらしく、陣地に入った瞬間フィアから片手剣を奪い取り、研ぎと修繕を始めてくれた。
「かなり剣身にガタは来ているな。まだ使えるが、そろそろ次のを準備して慣らした方が後は楽だろう」
そう言いながら、ピカピカに砥いだ剣を返す姿はザ・職人と言う感じで格好良かった。
フィアも頑張っているから、貯金も凄い額になっている。そろそろ新しい剣を打ってもらっても良いと思うんだが。
「フィア、剣新しくしないの?」
「んー。皆鈍器じゃん?獲物綺麗に狩るなら、鈍器の方が良いかなとも思って来た」
「いやいや、今はそうだけど、失血死を狙わないと勝てない相手とか出て来るよ?」
「リーダーの魔術で何とかしちゃうじゃん」
「私がいる前提は駄目。過剰帰還も有るし、私の槍もへっぽこなんだから」
「んー。剣かぁ。独学だとそろそろ駄目なのかなぁ」
「あのね?ダイアウルフって6等級だよ?1人で6等級倒せる人間がそんな事言ってたら、怒られちゃうよ?」
「そうかなぁ……。そうだよね……。ドルさんに打ってもらおうかな」
「今日もリズが蹴り倒してたよね?鎧全体の補強も含めて、相談してみたら?」
「うん。そうする」
そう言うとロットの方を振り向き、ロットも微笑みながら強く頷く。
フィアがドルの方に向かって、歩いて行く。
実は黙っていたが、今日のトップスピードからの斬撃があまりに速かったので、『認識』で見てみたのだが、『敏捷』が生えていた。
8等級があれだけ揃った指揮個体戦でも誰も持っていないスキルだ。『敏捷』って何?
<解。スキル『敏捷』の能力は脚力及び武器を振るう際の腕や腰の筋力を魔力で覆い引き上げるものです。>
<スキル『剛力』との違いは、特定の動作の際に『剛力』より高い補正を与えます。>
<また、骨へのアブソーブや魔力経路に関しても『剛力』と同様です。>
ありがとう。『識者』先生。
そう、独学で一生懸命に生きて、学んできたフィアだから、生まれた可能性。彼女は、天性の剣士としてようやく花開こうとしている。
得物に傷を付けるのが問題なら、致命的な個所に回り込んで一撃を加える事も出来るだろう。
誰よりも生きたい、誰よりも早く運命を切り開きたい。そう望んだ彼女が、努力の末に得た可能性。それは伸ばして行くべきだと私は思った。
リズが解体が終わったようで、こちらに向かって来た。
「構造はほとんど同じだった。これはティアナとも同意見」
ティアナが頷く。
「ただ、脳の下の方に、こんな器官が有る。これは狼には無い」
袋状の臓器が手の平に乗っている。受け取ると、中にころっと石みたいな物が入っている。焚火の火に翳し中を覗くとスライムの核みたいな物が見えた。
穴を広げ取り出そうとするが、固定されていて出てこない。血管や組織が癒着しており穴から袋をひっくり返してみる。
見た目もスライムの核にそっくりだ。チャットを呼び、ちょっと聞いてみる。
「これは……。初めて見ましたがスライムの核と同種の結晶ですねぇ。精製前やけど、ちょっと魔力を流してみますね」
手を翳し魔素から魔力に変換された物が、石もどきに流れて行くが、そこで留まっている。
「スライムの核やとここまで魔力を貯められまへん。こん大きさでこれだけの魔力貯蓄量。これ、魔道具の小型化の画期的な物になるんやもしれません」
思った以上に重要なアイテムだった。詳しく聞くと脳から下がって首元辺りに付いていたらしい。これもギルドに報告だな。
ちなみに、ドルが首を折った個体は綺麗だったので傷もつけずそのまま川に沈めている。研究用に使われるだろう。
熊の解体は明日朝からと言う事になった。
重要な事が分かった所で夕ご飯にしよう。
出汁が出た所に、葉野菜を投入ししんなりするまで待つ。美しく発色しながらしんなりしたら、香草を入れ華やかな香りを広げる。
ゆっくりとかき混ぜながら、卵を投入しふんわりと広げる。最後に携帯食を入れて粥状にする。後は塩加減を見て出来上がり。
「さて、皆、ご飯出来たよ」
叫んだ瞬間、皆わらわらと寄って来た。それぞれのカップに分けて行く。
「本日は目標通り、熊も2匹狩れました。また6等級の獲物4匹と言う大金星もおまけです。皆さん、良く頑張ってくれました。ありがとう。じゃあ、食べましょう」
スープを含んだ瞬間、香草の複雑な香りが鼻を抜ける、その後から来る油かすの肉の香り。一口食べると葉野菜はシャキシャキ感が残っているのに味が染み美味しい。
油かすも適度にアクセントになり、くにゅくにゅと口の中で魅惑的に踊る。
「うわーくにゅくにゅ入ってる。これ好きー」
フィアが大喜びだ。ロットも、リズも慣れているとは言え美味しいのだろう。にこにこしている。
「干し肉ともちゃいますよねぇ……。芳醇な味がするのに塩からぁも無い……。何や、肉も採れへんかったのにえらい贅沢な夕ご飯やなぁ……」
チャットが呆然としている。あれ?チャットが入ってから油かす出すのは初めてかな?最近リズの獲物に頼りきりだったしな。
「何ですの、これは……。野草の粥ですわよね?どれだけ豊潤で濃厚な美味しさ……。肉のような物もこの食感……。魅惑的ですわ……」
ティアナが手放しで褒めている。ドルも激しく頷いている。
食事の後は談笑タイムだ。今回は熊2匹だが、その他は狩っていない。ダイアウルフの買取次第で報酬が決まる。
「どうなんだろう高いのかな?」
フィアがもう大金が入る前提でわくわくしている。
「どないでっしゃろ、実際に買取したと言う話を聞いた事が無いんですわ」
チャットも買取の正式な額は分からないようだ。
話は尽きないが、そろそろ就寝の時間だ。
狼が襲ってくる可能性は高いが、寝れる時は寝よう。本日はティアナが前番で次がフィアだ。
テントの外でマントに包まり、毛布を巻き込む。まだ、我慢できない程寒くは無い。ほのかに温もりが毛布に広がって行くにつれ、眠気も襲って来た。
なるべく激しい戦いになりませんように。そう願いながら、ゆっくりと眠りについた。