第115話 何かをしている時に別の用件が重なる事って多くないですか?
お湯を楽しみながら、体を温めていると、ロットが帰って来た。
慌てている訳では無いので、危険は無さそうだ。
「痕跡が見つかりました。十分に追えそうです」
ロットからカップを受け取り、お湯を注ぐ。流石に寒い中走って来た為、唇の色が悪い。
嬉しそうに受け取り、手を温めゆっくりと啜って行く。
「今日中に遭遇出来そうかな?」
「時間的には夕暮れ間際になる可能性は有ります。ただ、暗くなるまでには大丈夫だろうとは見ています」
よし。ロットが飲み終わったのを確認し、皆に出発を告げる。
移動に邪魔になる荷車や車載品はその場に置いて、携帯食を全員のザックに分ける。兎に角速度重視で前に進む。
他の冒険者に、盗まれる心配はほぼ無い。荷物は買った店に行けば誰に売ったかはすぐ分かる。
獲物に関しても、少数のパーティーでは引き上げられない。引き上げられるパーティーがいて解体されても、今高いのは毛皮だ。
ギルドの鑑定職員が毛皮の状態を見ればどうやって倒したかは分かる。パーティーメンバーの得物を確認すれば、おかしいかは特定可能だ。
盗み行為は、この汲々と生きている世界では御法度だ。証拠が明確な場合は、とんでもなく重い処罰が下される。
特に冒険者の盗み行為は冒険者の権利剥奪の上、二度と冒険者にはなれない。戸籍にも記載される。一生他の職業に就く事も難しくなる。
ロットを先頭に、急ぎ該当地点に向かう。予想通りかなり森の奥に入って行っている。
前回来た時は地理感が無かったが、地図を見て、かなり近い奥まで来ているのが分かる。ダイアウルフが心配だ。
ロットに『警戒』でダイアウルフにも気をつけるよう伝え、先を急ぐ。
日は徐々に陰っている。時間を見ても15時を過ぎているので、狩った後に先程の場所に戻った場合は、かなり暗くなっている。
速度が落ちても荷車を引くべきだったかと少し後悔しながら、走る。
ロットとティアナが、該当の熊の痕跡を完全に捉え、追跡を開始する。
「『警戒』範囲に入りました。釣りますので迎撃を頼みます」
夕暮れも迫り、少し慌てているのか、ロットが何時に無い口調で静かに走って行く。
陣地としての場所は付近ですぐに見つかった。今回はティアナの迎えも必要無いだろう。
全員が装備を確認し、迎撃の準備が整う。
程無くして、ティアナの『警戒』範囲に入ったのか、ドルに指示を出し始める。
暫しの後、ティアナから接近の警告が上がりドルが構える。
藪を突き抜け、ロットが走って来るがかなり焦った顔だ。
「すぐ後です」
そう叫んでドルの横を駆け抜けると同時に藪から熊が突進して来る。
大きさは先程に比べて大分小さい。3mは全然無い。2.5m程度だろう。
気合の声と共に、ドルが突進を止める。軽いと見たのかそのまま盾を引き抜き、思いっきりシールドバッシュを加える。
熊が悲鳴を上げ嫌がるように後ろに下がる。そのまま転進して逃げようとするそぶりを見せたので、逆サイドにいたリズが渾身の力で横薙ぎに後脚の関節を叩く。
もう、咆哮なのか、悲鳴なのか分からない鳴き声をあげながら、何もいない空間を前脚で薙ぐ。
ドルが首を横に振り背後に回り込み、ロングメイスを熊の頭に向かって、慈悲なのか思いっきり斜めに薙ぐ。顔面横と頭部に当たり鈍い音が響く。
ビクビクと痙攣し、そのまま動きを止めた。
「まだ若い個体のようだ」
ドルがぼそっと呟く。
その言葉にかぶせる様に、ロットが叫ぶ。
「『警戒』にダイアウルフと思われる反応が有ります。風上です。こちらには気づいていないと思われます」
ここで来るか……。
「何匹くらいいるのかな?」
「現在は、3から4匹程度と思われます。範囲のぎりぎりなので完璧とは言えません」
訓練も有るか……。今後を考えると、少ない内に一回はやり合っておくべきか……。
「熊に関しては、血抜きまでして放置しよう。ロットは引き続きダイアウルフの動向を探って。ティアナさんは周辺の警戒を密にお願い」
斥候職を除く全員で土台を作り、ドルが熊を立て掛ける。
ロットが風下を選び、静かに接近した上で戻って来る。
「4匹です。どうされますか?」
「訓練として一当てしよう。遠吠えで他を呼ぶ個体は私が優先して倒す。他のは頼む」
そう告げて、皆静かに前進を始める。要所要所に目印を刻みながら、藪を静かに切り払っていく。
「周囲にもいません。増えず、4匹のままです。動きも有りません」
ロットが静かに告げて来る。
斥候担当が休んでいるのか?正直狼が何を考えているかなんて、分からない。
「このまま前進。『警戒』で邪魔がいないかは常時確認」
いよいよ低い姿勢で、静かに接近して行く。藪を鉈で落とすのは諦め、そっと手で開いて行く。
こちらの『警戒』範囲にも入った。3匹がその場で待機、1匹がうろうろしている。音を察知したのか?
じりじりと、進んで行き、いよいよ目視出来る位置まで辿り着く。
フィアとリズとチャットに頷く。3人には近い相手から各個撃破を頼んだ。チャットは主に牽制だ。
ドルは急襲には向かないので、そのまま出来る限りの速度で接近し、牽制と撃破を。
斥候の2人は兎に角、邪魔が近付かないかの確認に動いてもらう。2人の報告次第では魔術で殲滅も視野に入れる。
「じゃあ、始めるよ」
静かに呟き、手を上げて、振り下ろす。
その瞬間フィアが一気にトップスピードで走り出す。その後をリズとチャットが追いかける。
ドルも音を気にせず走り始める。
斥候の2人はそれぞれ、別の方向に走り出す。
私もホバーで相手全体が射程内の位置まで一気に移動する。
フィアが10mを切った辺りで、うろついていた個体がこちらに気が付いたのか他の個体に対して鳴き声を上げる。これはまだ大丈夫だ。呼んではいない。
私が所定の位置についたタイミングで、フィアが一番近かったうろついていた個体に、勢いの乗った一撃を加える。ただ、浅かったのかキャンに近い悲鳴を上げながらも後ろに下がる。
他の2匹がフィアに接近しようとするのを、1匹はリズが牽制でハンマーを振るう。相手は咄嗟に後っ跳びで避ける。もう一匹はチャットの風魔術でノックバックされる。
最後の1匹が大きく後退して行こうとしたので、こいつが遠吠え役だと判断した。すかさず風魔術で横合いから喉元を爆散させる。そのまま倒れ込み身動きはしない。まずは一匹。
フィアが相手をした個体は比較的浅いとは言え、斬撃を受けている為、体の自由が利かない。フィアが周囲を回り込みながら斬撃を重ねて行く。あそこは安心。
リズの相手は一気に最接近し、噛み付こうとしたところを脛の鉄の覆いで蹴りつけられ、仰け反って後方に滑って行く。そのままリズの追撃が入ればいける。あそこもいけるだろう。
チャットが牽制していた相手は、ドルが追いつき思いっきり首元を抱きしめて、締め上げ始めていた。鉄の塊相手に腰の入っていない爪の攻撃は効かない。あれはもう終わった。
まずは、フィアが相手をしていた対象の喉元に剣が入り、倒れた。それと同時にゴキっと言う鈍い音と共にドルの相手がくたっと倒れ込む。最後の相手は、リズが接近してハンマーを頭に振り下ろして終わった。
「斥候役、その他接近する対象は!!」
2人に聞こえるよう、声を上げる。
「いません」
「いませんわ」
2人の報告を聞き、即座に判断する。
「ティアナさんは引き続き警戒。私、リズ、フィアさん、ロットで獲物を運ぶ。撤収開始」
1.5mを超える狼だ。前脚を背負い、必死で先程の熊の地点まで戻る。遠吠えは潰せたが、血の臭いで寄ってこられたら敵わない。
なんとか、元の場所まで戻る。
「いやぁ、お疲れさま。皆頑張ってくれました。怪我は無い?」
そう言うと、リズが蹴った際に牙に引っかかったのか、覆いに守られていない部分に傷が出来ていた。急いで神術で治す。破傷風、まだ見た事は無いけど怖い。
神術を使う姿にまたチャットが何か言いたそうだったが、忙しいので無視する。
「良し。取り敢えず上手くいったので、このまま熊を引きずって川まで移動しよう。斥候の2人は血の臭いを撒き散らしているからダイアウルフの気配には要注意でお願い」
皆が頷き、行動に移す。取り敢えず、こいつ重い。人並みの体格が死んでだらんとしているのだ。そりゃ重い。
リズはまだしも、フィアがかなりきつそうだ。
「フィアさんごめん、もうちょっとだけ頑張って」
「いっつも楽してるから、弱音なんて吐けないよ。超重いけどさ」
辛そうながらも苦笑いしている。この子もこの子で色々思う所があるんだろうな。
「楽なんてしてないよ。さっきだって一番に走り込んで狩ってたの見てたよ」
「リーダーのが、先に倒してたじゃん。魔術ずりぃぃ」
そんな感じで話している内に暗い雰囲気は払拭出来た。
先程の熊の場所まで到着し、同じくロープで縛り、川に沈める。
雨の気配も無いので、土の部分まで戻り、本日の陣地と決めた。
ただ、もう辺りはかなり暗くなっている為、リズの狩りは無理との事だ。
ロットをダイアウルフの見張りにつける。
他の皆には野草の採取だけを手分けしてお願いした。
私が薪拾いをしようとすると、チャットが買って出てきた。さっきの件か。
皆が採取に出る中、チャットが問いかけて来る。
「神術まで使えはるなんて、職員も言うて無かったですよ?」
「いやいや。職員に混じって必死で救護班やっていたよ?」
「そう言う話や無いんです。あの精度と治すまでの時間。どんだけの熟練者ですのん……」
何か、諦めたような口調で言われた。
「いやいや。救護班に混じって過剰帰還繰り返して治していたら誰でも上達するって」
「せやかて、あないな綺麗な神術初めて見ましたわ……。また機会が有ったらでええんで、教えて下さいぃ」
チャットには現状神術は生えていない。術式が生えるにはどうしたら良いのか未だに分からない。
「神術使える様になったらね。出来れば私に何か有った時に使える人がいた方が良いから」
「分かりました。その際はよろしくお願い致しますぅ」
その後の話は他愛も無い話が続いた。
十分に一晩分の薪が集まり、陣地に戻る。
採取班も続々と戻って来る。リズが巣を見つけ、卵を回収してくれていた。
流石に肉無しは寂しいなと、焚火に鍋をかけ沸騰寸前のお湯を生み出し、油かすを投入する。
油かすが戻るまでと、リズにダイアウルフをどうするか相談する。
「基本、肉は必要無いかな?内臓も開けてみて特殊な器官が無いか調べる。あれば持ち帰るって形で良いと思うよ?基本依頼票に載っているの毛皮だけだから」
「そうかぁ……。じゃあ、捌く?」
「ご飯出来るまでには捌き終わりたいかな?」
「ティアナさんと一緒に頑張って。後ドルが倒した1匹は綺麗だから冷やしてそのまま持ち帰ろう」
そう頼むとリズがティアナを誘って、解体を始めた。
あぁ……。今日も眠れない予感がする。