第109話 信じるべき時に信じないと手痛い目を見る事は無いですか?
朝日と共に目覚めると、リズはもうベッドからいなかった。朝食の準備を手伝っているらしい。
リビングに入り、朝の挨拶と共に、今日の予定を報告する。
「いよいよ始まるのか……」
アストが少し思案する様に呟く。
「相手側の条件次第の部分も有ります。あまりに酷い条件の場合は蹴る事も視野には入れています。その場合でも、リズは一生守ります」
そう言うと、アストが苦笑を浮かべる。
「すまんな。私が言い過ぎた部分も有るだろうが……。そこまで気負うな。お前達の人生だ」
重い物を吐き出すように呟く。
「いえ。もう腹は括りました。それが私の願いです」
親としての気持ちは痛い程分かる。それが故に譲れない部分も有る。リズは私が嫁に貰うと決めたのだ。私の責任で守る。
「ありがとう……。その気持ちで十分だ」
アストがほのかに笑みを浮かべ椅子に座る。
朝ご飯は和気藹々とした雰囲気となった。最近の現金収入の部分も有るのか、家族全体に余裕が出始めている。良い兆候だなと思う。
ティーシアが片づけを始めるのに合わせ、食器を運ぶ。
リズは、皆と合流する支度を始めている。私は子爵の使いを待たせる訳にはいかないので、冒険者ギルドに先に向かった。
ギルドの建物に入り、受付嬢に用向きを伝えると、執事はまだ到着していないようだった。良かった。間に合った。
そのまま、一番豪華な会議室に通される。ここには入った事は無い。初めての部屋だった。
暫し待つと、ノックの音が聞こえる。応答を返すと、執事が到着したとの事なので、そのまま部屋に通してもらう。
ノックの後、見覚えのある顔が現れた。この人、執事長じゃん……。全権委任って言ってたが、直属の部下が来る事態なのか。ちょっと冷や汗が出た。
「おはようございます。アキヒロ様」
「おはようございます。様は結構です」
「いえ。もう御身は男爵として叙爵なされました。身分に相応しい対応をお心がけ下さい」
そう言うと深々と頭を下げてきた。やばい、上司の直属の部下に頭を下げられるとか怖い……。
「分かりました。ただ、子爵様は私の寄親。寄親と言えば本当の親と同じ。そのような方のお使いとの事です。ここはお互いに譲りましょう」
「承知致しました。アキヒロ様」
様付けは変わらんのかぁ……。叫びそうになった。
「お座り下さい」
そう告げると、素直に席に着いてくれた。そのタイミングを計っていたのか職員がお茶を運んでくる。
2人でお茶を楽しみながら、しばし近況についてなど歓談する。
どうもロスティーもノーウェもかなりアクティブに動いているようだ。こっちが状況を見誤っているのか?少し、疑念が湧いた。
「今回の用向き、新男爵領の件ですが如何でしょうか?」
話題が途切れた所で、本題に入る。回答次第では色々考えなければならない。
「はい。頂きました内容に関しては、官僚団とも議論致しましたが満場一致で承認されました。全ての案件が滞りなく通ります」
あれぇ?考えすぎたか?と言うか、甘すぎないか?かなり無茶を言った記憶が有る。それを通すのか?
疑念が顔に出たのか、執事が言葉を重ねる。
「公爵閣下よりも、我が孫として扱えとのお言葉を賜りました。子爵様も同じく我が子として扱えと仰っております。その上での今回の対応となります」
あぁ、こっちの読みが甘かった。向こう、本気だわ……。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかし予算の件が有ったかと思いますが?」
「そちらも万事抜かり無く。公爵閣下の檄により開明派を除く上級貴族の3割の賛同は得ております。少なくとも、規定内の予算確保は決定済みとなります」
ここでカップを上げ、お茶を含む。
「上乗せ分に関しても、今年度に使用されない新規開墾費用から当初予定分は補填されます。また来年度の予算編成としても動きは始まっております。最終的には当初想定額での予算で2倍は固いと予測されております」
あー。大きな町1個と海側の村1個、そこの間の街道建設、後はこの村と大きな町との街道建設は予算として通ったと。うわぁ、予想外。どんだけ利権を見ているんだ?
上級貴族と言う事は公爵、侯爵、伯爵辺りまでか?でもこれって、寄親の筈だから、寄子合わせたらとんでもない割合になる。
しかも、その上に大きな町1個と小さな村1個と街道分の予算が来年度に乗ると。使いきれるか。予想もしてなかったわ。
「それは……。非常にありがたい話ですが、規模が大きい為、困惑を感じます」
「来年度の予算に関しましては、町、村等の建設が必須条件では無いです。既存の町及び村の拡充政策に利用するも良し、そこはアキヒロ様のお考え次第となります」
フリーハンドかよ!国家予算だろ!?ロスティーを持ち上げたつもりは有ったが、こんな条件が返って来ると思わなかった。やばい、向こうはマジだ……。結果出さないと。
「それは……。例えば東側との貿易も将来的に見ておりますが、その辺りも前倒しせよとの意向でしょうか?」
「それもご自由にと。公爵閣下が仰られるには、前回の夢の様な話を実現せよ、我が孫なら出来るだろう、との事です」
確かに前回の会談後の談笑で色々言ったけど、それを含めて対応しろと……。塩とか言っている場合じゃないな。来年は色々総動員しないと。
「分かりました。来年度分に関しては心して対応します。ちなみに町の建設計画に関しては如何ですか?」
「はい。そちらも予算が確定致しましたので、万事滞り無く。設計上、壁の建設に関しては完成まで半年強を見ておりますが、領主館及びその他居住区画等の建物に関しては3か月で完成の予定です」
無茶苦茶速い。予想より全然早い。
「3か月となりますと、かなり無理をしていると感じますが」
「領地が新たに拓かれるのは久々となります。王都では既に建設ギルド側の入札も始まっております。言い方は少々汚いですが、とりっぱぐれの無い案件です。どの案件も引く手数多となっております。全て並行となりますので、この期間で収まる予定です」
あぁ、内需拡大政策に使われるのか。まぁ、元々男爵セットの予算は毎年塩漬け状態だった。それが大々的に動くんだから国としてもハッピーだろうな。
まぁ、王国としてはフィーバータイムの始まりと言う事で。私は3か月で一旦結果を出さないと駄目と……。少なくとも一人前の7等級まで上がりたいが、今の調子だとぎりぎりだな……。
来年度予算に関しては、少し検討しよう。前の話だと、貿易の話題も出した。その時は積極的な賛成を貰った。向こうの国としても乗り気と見た。
一旦、東側の国との街道作りと宿場町の建設計画を立てよう。このままだと消化しきれない。向こうもこっちと同じで汲々言っている。貿易が始まればお互いハッピーにはなれる。
少なくとも地図を見ている限りは来年度中に道はつなげられる。縮尺が合ってればだが。はぁ、現地調査も必要か……。子爵の諜報部隊を借りよう。使える物は親でも使おう。
「分かりました。今後の予定の詳細に関しては何か有りますか?」
「基本的には当初計画通り進めます。問題が有る場合は都度こちらから赴きます」
「その辺りはよしなに。では、今後ともよろしくお願いします」
「畏まりました。また用向きの際はお気軽にお声がけ下さい。子爵様も待ち望んでおられます」
「連絡手段に関してはどうしましょう?」
「家臣団より政務役の執事を1名急ぎ向かわせております。そちらに仰って頂ければ万事取り計らいます」
また、大層な……。宿暮らしか?この村は子爵領だし、どこかに空き家でも有るのか?ご近所付き合いが無さ過ぎて分からない。
「分かりました。ではまたの機会に」
「今後ともよろしくお願い致します」
執事は深々と頭を下げ、そのまま部屋を出て行った。
少し経ちそのままドサっと、無意識にソファーに座り込む。
あー、見誤った。人間を信じ切れなかった。政治家なんてって侮っていた。最悪の事態を想定?格好悪い。
ロスティーは本気だし、ノーウェも本気だ。嫁も仲間も貴族連中も巻き込むんだ。腹括ろう。まずは3か月までに結果を出す。
改めて決心し、ソファーから立ち上がる。
この優しくも残酷な世界の中で自分の守りたい人を守れるように、どうするべきか考える。