第103話 初対面であまり笑顔で迫ってこられると、逆に引きます
翌朝、人の気配を感じて、目が覚める。横を見ると、リズが嬉しそうに髪を触っていた。
朝日に輝くアッシュゴールドの髪が、金の糸のように、何度もサラサラと手の隙間を落ちて行く。
いつまでも見ていたいような、美しい状況だった。
「かなり早いね。そんなに髪が気になる?」
「うん。こんなの初めてだから。ワクワクが止まらない」
髪は女の命と言うけど、この世界でもそれは変わらないんだなと思った。
そのまま、朝食を終え、何時もの集合場所へ向かう。
3人共、既に待っていて何かを話している。状況を確認し、体調不良者もいないので、予定通り森の奥側への熊狩りに向かう方針で決まった。
保存食の補充などを手分けして行う。荷車に関しては、昨日木工屋にて点検してもらって特に問題は無いとの事だった。あの程度の積載までは大丈夫と。
その間に、冒険者ギルドでオークの続報が無いか確認したが、まだ情報は無いようだ。
程無くして、皆が準備を終えて再度集まって来る。出発だ。
森への道から、森の入り口に抜ける。基本的には先日の罠の確認を行った後は熊を探す為に奥側へ進んで行く形になる。
目的地までの進路上の敵に関しては、積極的に狩って行く。野営が決まっているのであれば、そこまで時間を気にする事は無い。
そんな中、初めて他の冒険者のパーティーと遭遇した。相手は男性2人と女性1人のパーティーだった。
即座にお互いに声をかけあい、人間で有り敵では無いと伝えあった。森も広いのでほぼ他の人間と会う事なんて無い。
「おはようございます。調子はどうですか?」
取り敢えず、表情はあまり出さず、真摯に挨拶を行う。日本と違ってこう言う場所で笑顔を浮かべて接すると快楽殺人者や盗賊と間違われるらしい。
「おはよう。丁寧にどうも。奥からの戻りの最中だ。いやぁ、疲れた」
リーダーなのか男性の片割れが声をかけて来る。
「奥ですか、最近オークが入り込んでいるようですが、被害は大丈夫でしたか?」
「うぉ。そんな話になってるのかよ。もう4日は潜っていたんでその辺りは知らんな。奥と言ってもそこまで奥では無いしな」
そう言うと、戦利品の詰まった荷物を振る。背嚢やズタ袋の状況を見ても、食料品は残っておらず戦利品に置き換わっている。違和感は無いので特に気にする必要は無いか……。
「私達はこれからです。お疲れ様でした。また、機会が有れば村で話でもお聞かせ下さい。一杯奢ります」
「おぅ。機会が有ればな。怪我しないよう、気をつけてな」
別れた後ロットにそっと、先程のパーティーが後を追ってこないか確認してもらった。
しばらく進んだ後、ロットから先程のパーティーがそのまま村の方向に進んで『警戒』から外れた旨が伝えられた。
日本では無いし、牧歌的な世界でも無い。守るべき時は守らないといけない。注意は怠れないのだ。
大分、この世界に染まってしまったなと思いつつ苦笑を浮かべる。リズに気付かれない程度に気を付けてだが。
その後は特に大きな問題は無く、例の罠の地点まで辿り着いた。罠はそのままで日数だけが経過していた。獲物がかかった形跡も無い。
この時点で、一旦は罠の主を考えから排除する事にした。見回りをして罠をかけ直したので有れば日数がリセットされる。
罠を把握しきれない程度の知能の持ち主か、罠をしかけたオークが何らかの事情で動けないか、何らかの方法でこちらを感知し放置したか。
どれかだろうと当たりはつける。感知されている場合は厄介だが、積極的に接触してこないのであれば、当面問題は無い。
そのまま森の奥に向かい、前回熊を倒した場所までの道を辿る。
昔からゲームのRPGでマップを埋める趣味は無かった。最短で目的地を探す主義だった。
ただ、途中の宝箱を拾えずに、ゲーム終盤になってから悔しい思いをする事は有ったが。
最短を進んで行ったお蔭で、一旦の目的地に辿り着いた時点で昼を少し過ぎた程度だった。今日は行動範囲を広げられそうだ。
皆で、手分けして、昼ご飯の準備をして行く。昼ご飯をチャットが作っている最中に、気になっていた事を聞く。
「風の魔術の訓練って、どうやっているのかな?」
「んー。学校で教えられたんは、強くて規模の大きい風を過剰帰還間際まで使い続けるゆう話ですぅ」
「規模?具体的にはどんな事をイメージしているのかな?」
「夏の終わりに、大きな風が吹く時が有りますやん?ああゆう、木々をも薙ぎ倒すようなんをイメージしてますぅ」
あー、そうか。圧縮元の規模と速度ばかり訓練していたけど、こちらの人間がそんな訓練する訳が無い。
台風の時の様な圧倒的な風をイメージして魔術を行使している。訓練もそっちに変えよう。本番で使う時だけ、自分の流儀にすれば良い。
「ありがとう。助かったよ。学校に行っていないと色々と不便で困るよ」
「うちとしては、風魔術で浮いてはったりと、驚く事の方が多いんですけど。どないな先生に師事しはったんかは知りませんけどぉ」
「んー。魔法学校初等中退の男性?良い性格はしているよ」
そう答えると、チャットが困惑と怪訝の中間みたいな顔をするので笑ってしまった。
まぁ、無理も無い。魔術の運用が特殊なのは日本の知識の所為だ。
何かはぐらかされたかと思ったのか、恨みがましい目で見られるので、言い訳と本人は紹介しておいた。
そんな感じで、昼食の準備を終え、食事をする。現状で新しい熊の痕跡は無い。日本のヒグマのテリトリーが大体300平方kmだった筈なので結構広い。
ただ、始めに倒した熊と今回倒した熊のテリトリーを考えると、大分重なっている。
地球の熊と違って、テリトリーが狭いのか同種に寛容なのか。分からないが、それが事実なら狩る方としては助かる。正直50kmも60kmも歩き回りたくはない。
森の奥側に行けば魔素が濃くなる。この現象が動物に何らかの影響を与えている可能性は有る。
ただ、奥への侵入は比例して危険度も上がるので、決して深追いはせずじりじりと進んで、危険を察知したら、即座に判断する。
ミスは命に直結するので責任は重大だ。その事は肝に銘じる。
昼ご飯の後の休憩中に、今後の行動方針を決めて行く。危険でも奥側に入り込む方向で決まった。ギルドの斥候達はもっと奥まで侵入している。
戦闘を避けているとは言え、人跡未踏の地と言う訳では無いと言うのが皆の言い分だった。そこに異を唱えるつもりは無い。
「では。今まで以上に危険になるよ。怪我には勿論、仲間の周囲にも気を配ってね。じゃあ、出発」
そう言って、さらに奥に入り込んで行く。敵の傾向としてはゴブリンの分布はあまり変わらない。グリーンモンキーはばったり姿を消した。モノコーンラビットもだ。
その分スライムがうようよと発見出来るようになった。正直、フィアの目がお金マークになる程のうようよっぷりだ。魔素が濃くなるにつれ、比例して増えるようだ。
狼はほとんど日中見る事は無い。夜中も血の臭いを漂わせなければ、近づいても来ない。ダイアウルフの影響と指揮個体の影響だろうとは考える。
毛皮の相場を考えると出て来て欲しいと思う反面、リズの手を煩わすのもどうかなと思う気持ちも有る。
問題はダイアウルフだ。前回の遭遇はまだまだ先だが、テリトリーの範囲が分からないので怖い事は怖い。
人数と魔術の習熟の影響も有るので、各個撃破は可能だろうが30匹以上も出てこられては後がきつい。
時計を見るとそろそろ良い時間になってきている。
「一旦後退して、野営用の陣地を探そう」
無理はしない。命を大事に。本日の狩りはここまでかなと判断した。