第102話 オーガニックな生活の方の書籍を読むと、よくこんな面倒な生活をと感心します
もう、夕暮れもかなり深くなっていた為、諸々を急ぎ足で回り、家に帰った。
アストはまだだが、リズとティーシアが夕ご飯を作っていた。
帰宅の挨拶を伝え、納屋の石鹸2号の様子を確認しにいく。
お願いした通り攪拌作業を行ってくれたようだ。一部は鹸化している。精油の投入は攪拌が比較的困難な状況になってからで良いかと考えた。
紙で包んだ石鹸も油が染み出す様子は、現在確認出来ない。これも順調だ。
そんな感じで色々確認していると、アストが帰ってきたようだ。挨拶に出向くと、綺麗なアストになっていた。
話を聞くと、ティーシアの強い勧めで、樽入浴を体験してから、はまったらしい。
「湯に浸かるのも、良い物だな……」
アスト的には手狭だと思ったが、文句が有る様子では無い。
ティーシア的には別の目的も有る気がしてならない。
何か、昨日よりも艶々している。まぁ、大人だし。私の義弟か義妹が出来たら祝福しよう。避妊の加護が現在どうなっているかは知らないが。
「周りの人達に、いきなり綺麗になって、どうしてって聞かれるの。綺麗って、うふふ」
ティーシアは上機嫌だ。井戸端ネットワークには情報が漏洩しているようだが、ティーシアが煙に巻いているようで一安心だ。
大挙されても困る。
入浴に関しては薪の都合上、2日に1回程度のペースで運用して行く事に決めたそうだ。
石鹸のPHがどこまでアルカリ寄りかが正確な測定が出来ない為、頻度が下がるなら丁度良い。
本人たちも、湯で体を清めるよりも、入浴の方がさっぱりするらしく、1日程度なら我慢出来る様だ。
食事を取り、部屋に戻る。少し休んだら、私も入浴しようかなと思っていると、リズが部屋に入って来た。
「ねぇ……。お風呂……お願いしても良い?」
少し、潤んだ瞳で聞いて来る。洗っている際にどこかに触れてスイッチが入ったのかもしれない。
「もう体の洗い方は覚えたんじゃないの?お湯は作るよ?」
「洗ってもらう方が気持ち良い!!」
今日のリズは譲らない。まぁ、今朝はかなり迷惑かけたし、罪滅ぼしだ。
「分かった、分かったよ。お姫様」
「えへへ」
にっこにこに笑いながら、キッチンに向かって駆け出して行く。元気だなぁ。可愛いけど。
樽の様子を見ると、入浴後はきちんとお湯とタワシで洗浄してくれているようだ。硬水の所為か石鹸カスがそれなりに出るが、それも綺麗に流してくれている。
樽に熱湯を入れ、井戸水で薄める。そう言えば、お酢でリンスすると聞いたなと思い出し、キッチンのお酢も拝借する。
匂いの出ない程度の極々少量をお湯に混ぜてシャンプー後に使うんだったっけ。
樽にお湯を満たした途端、リズが服を脱ぎ、かけ湯を始める。頭皮をお湯で念入りにマッサージする感じで、優しく髪と一緒に流して行く。
石鹸をきめ細かく泡立てて、頭を洗っていく。よく流し、お湯で薄めたお酢を全体に馴染ませる。
その間に、体を端切れで洗っていく。体が終わったら、お酢リンスと一緒に洗い流す。減った分で浸かるには丁度良い湯量なので、そのまま樽に入り込んでもらう。
「あぁぁぁぁ……。やっぱり気持ち良い……。寒くなると、余計に恋しい。森で寝ている時も、ずっと恋い焦がれていたよ……」
どこのお風呂好きの女の子のキャラかと思ったが、まぁ、女の子ならそんなものかな。
体が芯まで温まったのを見計らい、乾いた端切れを渡し、後ろを向く。
拭き終ったら、香油で髪の毛のフォローをする。あれ?そこまでキシキシしていない。お酢の効果か?そう思いながら、お湯でのばした香油を髪全体に馴染ませる。
その後は、送風でブローする。リズの制止に従い風を止める。
「あれ!?前回より、髪の毛がサラサラだ。全然違う。何で!?」
「少し、髪の毛に良い物を足してみたけど、そんなに違う?」
「指を通す時に、キシっとした感覚は有ったけど、今回は全然無い。凄い、根元から毛先まで全部サラサラだ」
笑いながら、くるくる回る。その度に髪の毛が広がり、円を描く様に踊る。確かに、前回よりも綺麗に広がっている。
「お母さんにも教えて来る!!」
そう叫ぶと、ピュっと主寝室に駆け出した。まぁ、使うお酢も少量だし家計には響かないかな。
そう思いながら、主寝室から再度聞こえて来る歓声を聞きながら、お湯を捨てて、新しいお湯で満たす。
かけ湯をした段階で、かなり寒さを感じた。急いで、頭と体を洗い、流して行く。
「さて、私も入りますか」
そう呟きながら、お湯に浸かる。やはり日本人としてはお風呂に入れるなら、入れるだけ、入りたい。
ぼけーと樽の縁に顎を乗せて、今後の事を考える。
オークの件は正直、手に余る。生活圏内に接触しないように極力注意しながら、狩りを続けるしかない。
護衛に関しては、経験者の話を聞いて用意をした上で実行すべきだ。その辺りの人員を町で見つけられれば良いが。
冒険者に関しては男爵までに、最低でも7等級までは上げたい。生活基盤を安定させて、信用されるラインがそこだからだ。
男爵になった後に兼業でやるにしても信用の有る無しはそのまま宣伝効果につながる。
7等級と言う現場を知っている領主が求めるからやって来た、と思わせるブランディングも考えられる。
そんな諸々の詳細を考え込んでいると、流石に茹って来た。
樽から出て、中をタワシで洗浄する。
ティーシア達が入るなら、お湯を用意しようかな。そう思い、主寝室の扉を叩く。
バンっと言う勢いで扉が開き、ティーシアが期待に満ちた顔で仁王立ちしていた。しまった、髪か。
「まだ、あれよりも綺麗になるじゃない!!教えなさいよ。お願い」
手を合わせて懇願して来るので、慌てて酢リンスに関して詳細を説明した。その上で、本日入浴するかと聞くとアストの方を振り向き、お互い頷く。
「樽の方にお湯を満たしておきますし、大鍋にも熱湯を満たしておきます。お湯の追加の際は大鍋の熱湯を水で薄めて加えて下さい」
そう言い残し、キッチンに戻り樽に熱めのお湯を、大鍋には沸騰間際のお湯を満たす。
正直、ここまで使っても過剰帰還の気配は無い。お風呂関係が始まってから練習も有るが、地味に習熟度がじりじり上がっている。
風が上がらないだけに、水の順調さがちょっといらっとする。まぁ、チャットにどんな練習をしていたか聞くか。
そう思いながら、主寝室をノックし準備が出来た旨を伝え、部屋に戻る。
そこにはベッドに転がり、髪を触りながら、ニヤニヤする可愛い生き物がいた。
「そろそろ寝るよ?」
「もうちょっとだけ堪能したいなーなんて?」
「駄目。今朝も何回も起こしちゃったんだから。今日はゆっくり寝よう」
そう言うと、ベッドに潜り込む。蝋燭を無詠唱で吹き消すと、部屋は月明かりで青く浮かび上がった。
リズの髪も青い光を反射して、ほのかに、幻想的に輝いていた。
日に日に綺麗になって行くな。おじさんなのか、そう思ってしまった。
明日からは、また遠征だ。頑張ろうと気合を入れ直し、睡眠へと移行した。