第101話 良い職人さんと話をしていると時を忘れます
大きく出っ張った木の根っこに引っかかる度に皆で後ろから押して貰いながら、先に進む。
メタボ体形故、汗はかきやすい。周囲はもう肌寒いくらいなのに、私は汗だくだ。
ロットは周囲への『警戒』に集中してもらう必要が有る。リズもフィアも荷物が満載で恒常的には押して貰えない。リズに至ってはトータルで私の荷物よりも重い。
チャットは、背嚢に乗せた肉の塊を必死で運んでいる。あれに手伝えと言うのはあまりにも心苦しい。
結局、私が荷車を引っ張り続けるしか無い。
必死で引っ張りながら、昨日の罠の付近まで到着する。轍を無暗に残さないように荷車は置いておく。
ただ、目印として木々に色々と刻んでいるので、分かる者が見たら人間の痕跡だとばれるだろう。
完全な隠蔽は無理だ。取り敢えずは、出来る限り隠す程度の考えで止めておく。
罠は昨日の状態のままだった。『認識』先生も3日前の罠と言っている。仕掛けて3日も放置するのはおかしい。
これが相手の常識なのか、人間の痕跡を発見して避けたのかが分からない。
ロットに足跡の確認をしてもらうが、特徴的な痕跡は見つからないとの事だ。
靴などを履いて普通に歩けば、靴跡が残る。体重の重くない生き物が、裸足で注意して歩いていた場合は足跡を見つけるのは困難だ。
一旦は、オークの事は考えない事にした。疑心暗鬼になるだけだ。注意はするが、集中し過ぎないようにする。
ロットには申し訳無いが、『警戒』で正体不明の気配を感知する事に関してはそのまま続けて欲しい旨、伝えた。
その後は、特に大きな問題は無く、途中の避け得ない獲物を狩りつつ村へ進んで行く。魔素が薄くなるにつれ、見知った景色もちらちらと視界に入って来る。
もう、入り口の付近だ。ここまで出てくれば、奥で生活している対象が影響を及ぼす事はほぼ無い。
あんまり考えすぎると、それ自体がフラグになりそうだなと思いながら、森の入り口を目指す。流石に疲れて来て、思考が飛ぶ。
今回は熊の収入によるけど、スライムの核も結構な数が手に入った。狼の毛皮も相場が上がっている。人数は増えたが、割っても今までの収入に近い額になりそうだ。
そんな事を考えながら、森を抜ける。ふむ、フラグの回収も無しか……。オークの動向が気持ち悪い。
そのまま、ましな道を必死に荷車を引きながら、村に戻る。戦闘の数も通常に比べればかなり少なかった為、昼過ぎには村に到着した。
皆には鑑定をお願いし、冒険者ギルドの職員に今回の顛末を説明する。
すると、職員側が森のかなり詳細な地図を出してきたので、こちらが記載している簡易の地図と照らし合わせ、罠の場所を示した。
手製の地図に関しては、方位磁石と木々の刻み方と合わせてかなり正確な物になっている。
昔のマッピング機能の無い3Dダンジョンゲームでマップを書いていたイメージで記載している。
結局罠に関しては、職員側も正体不明と言う事で気にしていた。
冒険者ギルドとしても、オークはゴブリンより知能が有ると言うのは分かっているが、具体的にどの程度知能が有るかは分かっていないようだ。
集落等で粗末な家を築き、集団生活を送っており、実力者を王に据える原始的な縦社会と言う所までは分かっているが、そこまでだ。
集落を発見しても、冒険者側が狩り、破壊してしまう為、情報を得る事が出来ないようだ。ギルドの斥候も集落周辺を調査するにも危険な為、長期間の調査が出来ない。
結局は相手の実力が未知数のまま、人間側の高い実力者が処理してしまっている構造だ。我々の様な8等級の前半が当たった時にどうなるかは全くの不明だ。
冒険者側も、罠や奸計を使われたならば報告しそうだが、どうもそんなケースが今まで無かったか、見つけそこなったかで報告されていない。
ギルド側も、罠が有ると言う事実を確認し、真実であれば、移動してきたオークの状況を斥候を使って調査するとの回答までは得られた。
気持ち悪い物を抱えたままで、別れを告げ鑑定の窓口の皆の所に戻る。
「熊らない……熊ります……熊る……熊るとき……熊れば……熊れ……」
フィアが夢見る乙女の表情で天を見ながら、何か新しい熊の活用形を呟いている。動詞じゃ無いと前に言った気もする。しかも五段活用か。
話を皆に聞いてみると熊の鑑定額が半端じゃ無い額になったようだ。可食部位は全て持って帰ったし、薬師ギルドに卸す部位も丁寧に処理し全て持って帰った。
前回は高い部位を厳選して持ち帰った。今回は、肉の量だけ見ても大幅に増量だ。正直、8等級の対象としては破格の達成料となった。
しかも狼も5匹を群れの単位とするので、3単位の8等級の達成となる。これもそこそこの金額となった。その他のスライムの核等は前回と変わらない。
結局人が増えたのに、前回の稼ぎを大幅に更新してしまった。そりゃ、フィアが夢見るわと思った。
達成料に関しては、パーティー資金を含めて割っても一人頭10万ワールを超えた。農家の年収の10%を1日で稼いだんだから、そりゃ喜ぶわ。
達成数も、9等級分はチャットに回してカンストさせた。8等級の達成数が4入るので、リズ、フィア、チャットを8等級に残りを私が貰った。これでパーティーメンバー全員が8等級だ。名実ともに8等級パーティーと堂々と名乗れる。
ちなみにチャットが入った際に、パーティー資金は一旦分割し、全員から10万ワールずつを徴収した。チャットには不利だが、この形式は良く有る話なので、すぐに納得してくれた。
ただ、その徴収分を一回の、それも1日の狩りでチャラに出来るとは思わなかった。熊すげぇ。でも、怖えぇ。
取り敢えず、明日もまた森に入って熊を追うと言う事で本日は解散となった。時間が早い為、皆はこのまま訓練に向かうようだ。
ちなみに、ロットとチャットは同じ宿らしい。青空亭は優良顧客を捕まえる宿だなと思った。
あまりパーティーメンバーの嬌声を聞くのもどうなんだろうと思ったが、防音は思ったより良いらしい。
壁が厚い。ますます良い宿認定をしてあげたくなった。まぁ、部屋も離れているらしいが。
私は、牽制の際に、熊に持って行かれた槍の状況が気になって鍛冶屋に向かった。巻皮が破れ、中の樫材に傷が入っていたのだ。
ネスに何時ものように挨拶をして、槍を渡す。
「あー。こりゃ駄目だ。穂先からの芯が通っていない場所だし、構造に罅が入っている。使えん事も無いが、今度は折れるぞ」
聞いて、やっぱりかと思った。熊の膂力だ。延ばし切った瞬間を持って行かれそうになったのだから覚悟はしていた。当たった瞬間、メギっと言う嫌な感触も感じた。
「柄の部分は取り換えでしょうか?」
「こんな真ん中に罅が入ったら、変えんとどうしようもないな。ただ石突の件も有る。ちっと時間を貰うぞ?」
交換と何時もの改造を依頼する。料金を受け取らないと言うが、流石に額が大きいので無理に聞き出し受け取ってもらう。
その後は談笑となった。
「まだ公表されていませんが、手押しポンプの利権は子爵様に移る事になりました」
「特許を気にしとったのに、またいきなりだな。まぁ、あれを個人でどうこうするのは無理が有るか」
「最終的には公爵様がバックについて、インフラとして浸透させて行くでしょう」
「そうしてもらえるなら、儂らはありがたいがな。研究は子爵様の方で引き継ぐだろうしな。こっちは物が使えりゃ、それで良い」
さっぱりとしたものだと感心した。自分の開発している物が利権として利用されても、最低限の利益が出れば割り切れるとは。
色々とお願いした事の結果と良い、この人は信用出来るなと思った。
「話は変わりますが、今回男爵を叙爵する事になりました」
「おぉ。話はちっと聞いとる。男爵様たぁ、出世だな」
「で、もしよろしければ、男爵領、新しい村が出来たら一緒に来てくれませんか?」
まぁ、スカウトしたい人材ではある。鍛冶ギルドの上ともパイプが有り、研究者ともやり合える。有為な人材だ。是非と言っても良い。
「ふーむ……。母ちゃんの都合も有る……」
うーん、駄目か……。
「だがな、お前さんの発想は面白い。儂もまだまだ面白い事がしたいんでな。母ちゃんの説得は任せとけ」
この世界の住人は皆、面白い事に貪欲だ。でも、生活に汲々だからこそ、自分に素直に生きているんだなと眩しく思った。
「では?」
「恥ずかしい事言わせんな。ついていってやるよ。どうせギルドから、研究者も連れて行けって言われるのがオチだ」
揃って笑ってしまう。そうだ、どうせそうなる。それなら、ネスに任せる方が楽だし面白そうだ。
「詳細はまだ決まっていませんが、決まり次第お伝えします」
「おぅ。しっかし、その話し方だけはどうにかせんと、示しがつかんぞ?」
「尊敬出来る人間には、それなりの態度で接するのが私の流儀です。それに、もう、慣れましたし」
また、お互いに笑い合う。後はポンプの進捗状況や今後の男爵領での開発に関する話等をした。
正直、先を見て、技術で前に進もうとしている職人と話すのは純粋に楽しい。時を忘れ話し込む。
気付くと、空は茜色に染まっていた。
邪魔をし過ぎた。謝意を告げ席を立つ。
良い出会いと、これからの付き合いについて、心の中で何かに対して感謝を告げた。