第100話 昔友人が作ってくれた鹿骨ラーメンはちょっと牛骨ラーメンを思い出しました
それから朝まで『警戒』を厳にしていたが、襲撃は無かった。
朝日が昇るのを見ながら、ほっとすると共に、オークの動向が無性に気になった。
帰り道に、罠の状況をもう一度確認するかと思いながら、下火になっていた焚火に薪を投入し、風を送る。
目が覚めたのか、仲間達が起きて来ては、狼の皮の量に驚いていた。私も一晩で15枚も増えると思っていなかった。
最後に、若干ふらふらしながら、寝不足と言う顔をしたリズが起きて来る。
「おはよう、リズ。昨日はありがとう、ごめんね」
「謝らなくても、大丈夫よ。でも、ちょっと眠たいから、顔洗ってくるね」
少し疲れた顔で微笑みながら、川の方に向かって行く。
食材の残りは有るので、今回はロットが朝食を作るようだ。これでロットは料理が上手い。
子供の時から商家の3男と言う事で何でも自分でこなさなければいけなかったのか、大概の事はそつなくこなす。
一緒にいる時間が長ければ長い程、優秀な人材だなと思う。そりゃ、フィアも食べちゃうわとも思う。
鹿の骨を煮こぼしてから出汁を取り、残りの肉部分と野草、保存食を混ぜて粥状にするようだ。余った山芋は皮ごと焼いてホクホクと楽しませてくれるようだ。
出汁の概念、旨味の意味に関しては、仲間には延々説明をし続けた。
ここに関しては日本人として譲れない。食べ物は甘味、酸味、塩味、苦味だけじゃ無いと何度も何度も語ってしまった。
骨から出汁を取るのであればある程度時間がかかるだろうと言う事で、熊の各種部位と鹿の肉をどう持ち帰るか、検討を開始した。
前回は皆で持てるだけ肉を持ち帰ると言う選択肢だったが、今回は荷車が有る。80kg程度ならいけそうなので、前回よりは色々持ち帰る事が可能だ。
問題は、前回の熊より大きいと言う点だが。
「んー。荷車に乗せても、持つ量は前回とあまり変わらないかも?」
リズが無慈悲に言う。まぁ、量が増えているので仕方が無いけど、初出勤の荷車さんが可哀想だ。
「うちも、色々パーティーやってきましたけど、この発想は無かったですわ」
チャットに細かい話を聞いてみると、この辺りの等級の人間は荷車なんて迂遠な方法を使わないらしい。運搬人、ポーターを固定給で雇って荷物の移送を頼むらしい。
ロットの場合だと、大きな獲物より、数を仕留めるケースが多い為、運搬人を使う事は無かったようだ。
それに、運搬人に戦力は求められないし、守る対象が増えるので、きつい。個人的には荷車君の方が良い。
「確かに、大量の物を持ち帰りはるんやったら、この方がええですわ。荷車なんて、大きゅうする事しか考えへんかったけど、こおゆう考え方もあるんやと感心しましたわ」
基本的に荷車は税収の際や、村の中の重量物の移動に使われる。小さくして、冒険者の荷物を運ぶ感覚には至らないらしい。
日本で台車を活用していた人間としてはそう言う物なのかと逆に感心してしまった。
そんな事を話していると、動物の骨から出る出汁の香りがほのかに香って来た。3時間程度は煮ないと濃い出汁は出ないが風味程度なら1時間も有れば大丈夫だ。
延々灰汁を掬っていたロットも香りに納得したのか、骨を取り出し、具材を投入して行く。
「フィアさんは料理の方はどう?上達した?」
相方の方に進捗を聞いてみる。この子、まずくは無いんだけど野趣溢れると言うか、適当と言うか、料理か?と聞きたくなる物が偶に出る。
「お母さんには教わってるけど……。ロットが作れるなら大丈夫じゃない?」
酷い発言を聞いた……。
「ロットもやっぱり、奥さんの味に期待したりすると思うけど?」
「えー、おくさん!!でも、まじでぇ……。料理って、面倒じゃん。美味しい物は好きだけど」
典型的な、食べるのは好き、作るのは嫌いな子だ……。
料理は一人暮らしが長い所為か、勝手に覚えて発展して行っていた。大概の料理屋さんで食べれば、劣化版なら再現可能だ。料理屋さんの味は材料と作る量で出る味も有る。
「やっぱり、ロットも帰って来て、可愛い奥さんが手料理作って待っててくれたら嬉しいよ?」
「まじかぁ……。お母さん、ちょっと見捨て気味なのよね……。もう一回、真剣に頼んでみる」
ふぅ……。将来の家庭崩壊を一件救った気がする。せめて両者が料理作れないと旦那様側だけでは何時か崩壊しそうだ。ロットは主夫には向いていない。
「チャットさんは料理の方はどう?」
「うちは研究生活で一人の時間が長かったんで、大概は作れますぅ。でも、あんまり凝ったんは無理ですね。長い時間かかるんは研究の時に向かんさかいに」
ふむ。最低限は料理可能と。リズ?家でティーシアに凄い勢いで仕込まれている。本人の考え方もフィア派だ。ティーシアの矯正成功を切に願う。
「そろそろ出来ますよ」
ロットの朝ご飯が完成のようだ。スープも灰汁取りをきちんとした所為か、澄んでいる。香りも獣臭さが香草で打ち消されている。
「じゃあ、目標達成しましたので、一旦村に戻ります。オークの件らしい物も有りますので怪我の無いように慎重に行動しましょう。食べましょう」
スープを口に含んだ瞬間、動物の骨の出汁の、あの感覚が蘇って来た。あぁ、ラーメン食べたい。
鳥ガラや豚骨とか、この世界では料理にあまり使わない。基本的に、ゼラチンや膠の原料として見ている。
「美味しい!!ロット、美味しい!!」
フィアが目を見開いて、ロットに抱き着いている。ロットも嬉しそうだ。だが、それが調教じゃ無いと言いきれない一抹の不安も感じる。
リズもチャットも美味しそうに、スープ粥を食している。
「しっかし、毎回温かい料理が出るパーティーゆうんも珍しいですなぁ。朝なんて、保存食齧って終わりゆうのんばっかりでしたわ」
チャットもこのパーティーの方針には驚いている。ただ、食はモチベーション維持にはとても重要だ。蔑ろには出来ない。
「朝から美味しい物を食べれば、一日頑張ろうって思えるよね?その為と言う事で、慣れてもらえると嬉しいかな」
「ありがたい話なんで、うちも頑張らせて頂きますぅ」
チャットが微笑みながら、食事を進めて行く。
食べ終わり、水魔術で食器を洗浄し、移動の用意を進めて行く。
今回、チャットが増えているが、後衛の人間にそこまで大量の荷物は任せられない。
結局荷車に搭載して、私が背負う量が増えて、大変な感じだ。動けない訳では無いが、咄嗟に捨てるのに苦労はする。
取り敢えず、今回に関しては、ロットの『警戒』に頼ろうと考える。
「じゃあ、出発しようか」
動きが制限される為、迂回しながらの帰還は諦めた。基本的に最短距離を殲滅しながらの行程となる。
昨日の罠も気になるので経路に含めた。状態によってはオークの動きの一端でも分かる。何にせよギルドへの報告は絶対に入れないといけない。
そんな決意をしながら、荷車を必死に引っ張りながら移動を始めた。リーダーって何なんだろう?ちょっとそんな事を思った。