第99話 とろろ鍋は好きです
ジタバタしていると、リズとフィアが助けてくれた。
「何やってるのよ?熊なんて前にも倒したじゃん」
フィアが軽い口調で言ってくる。
「いやいや。前のは小さい。今回のはかなり、大きいよ?」
「関係無いじゃん。同じ熊、熊」
まぁ、気負わないのは良いかなと諦める。
リズが血抜きが終わった旨を伝えに来る。
5人がかりで、必死に引きずりながら川に向かう。前の熊なんて小物だった。これは重い。
何とか紐で縛り、川に沈める。この巨体なら、冷えるのにも時間がかかるだろう。
周辺を見たが、開けているので、見通しも良い。今日は解体まで済ませて、ここを野営地にして、明日村に戻ろう。この時間からの移動は危険すぎる。
その旨を皆に伝え、了承してもらう。時間的にも夕暮れには早いが、テントの設営等慣れない部分も有る。丁度良い時間だろう。
皆で周辺を探索して、守りやすく、テントの設営しやすい平地を探して行く。
程無くして、川から遠くない場所に開けた場所を見つけ、ここをキャンプ地とした。
テントの設営なんて、子供の時以来なので大丈夫かなと思ったが、ロットが先導してテキパキと進めて行く。
並びで2張りの三角形のテントが並んだのを見た時は、年齢を忘れてワクワクしてしまった。
ただ、解体した熊を一晩守ると言う事は、狼達の襲撃を警戒し続けないといけないと言う事だ。遊び気分ではいられない。
食事の準備の為、明るい内に周辺探索と食料品の採取を皆にお願いする。
リズは、猟に、ロットは『警戒』を続けながら、薪探しだ。
私も薪探しに協力する。将来的にはランタンとかも欲しいなぁ、でも荷物になるかな等どうでも良い事を考えながら、探して行く。
日も暮れだし、世界がほのかに赤く染まってくる頃に、皆が続々と帰って来た。
驚いたのは、リズが鹿を狩っていた事だった。本人はドヤ顔だが、背負っている姿を見た瞬間、本当に驚いた。
血抜きは済ませてあるので、冷えるまで熊と同じく川の中だ。夕食までに冷えるかどうかと言うところだろうか。
野草組も色々採って来てくれた。特に嬉しいのはチャットが山芋を掘って来てくれた事だろう。久々の大物に心が躍る。
「良く見つけられたね?」
「後衛やと、色々出来んと役立たず言われるんです。そしたら、何時の間にか色々覚えとりました」
にこやかにそう言うが、色々な苦労が有ったんだろうなとは思う。今日も熊戦の最後の方は過剰帰還が出るか出ないかの状態で、かなり苦しそうな顔もしていた。
山芋は皮を剥いて細かく砕いてスープに入れよう。寒くなって来たので、トロトロのスープは温まるだろうし。
香草類もかなりの種類を採って来てくれた。フィアが得意そうな顔をしているが、ほとんどチャットの戦果な気もする。
薪の用意や鍋吊りの用意をしていると、リズが鹿を捌き始めた。すじ関係は出汁と割り切り煮溢してこぼして灰汁を取り、香草と一緒にスープでじっくりと煮込む。
枝肉はそのまま持って帰れそうな量が有るので、腹の身周りを串焼きとスープに使う事にする。
個人的にはジビエとして良く食べていたが、どんと並べられると、やっぱりリズが猟師なんだなとは思う。
人数も増えたし荷車も有るので、鍋は新調して大きめのダッチオーブン風の物にした。蓋の重さが頼もしい。焼き物にも使えるので重宝している。
すじ肉が柔らかくなってきたのを確認し、香りが飛びやすい香草と山芋を入れて行く。かき混ぜると、とろっとしたシチューみたいになっている。
日本にいる頃も、とろろ鍋は良く作ったなと思いつつ、味を確かめ調整を加える。
カップに取り分ける際に、薄めに切って串焼きにした鹿肉を乗せて、渡して行く。
「今日は目標としていた熊が狩れました。皆の力のお蔭です。明日からも頑張りましょう。では、食べましょう」
もう、辺りはすっかり真っ暗だ。
焚火に照らされた周囲に、スープの湯気がふんわり立ち上る。口に含んだ瞬間、火傷をしそうな熱さを感じるが、飲み込んで行くうちに胃の辺りから体がぽかぽかして来る。
気付いていなかったが、どうも体が大分冷えていたようだ。もう冬も近いな、そんな印象を受けた。
「熱々、でもうまうま」
フィアはいつも通りはしゃいでいる。リズとロットもニコニコしながら食べている。
「うわぁ……。ほんまに美味しいですわぁ……。料理お得意なんですねぇ」
昼は簡単な料理だったが、夕ご飯は気合を入れてみた。チャットも気に入ってくれたようでなによりだ。
鹿肉の串焼きも好評で、皆パクパク食べて行く。私も脂の少ない噛みごたえの有る肉を噛む度に出て来る肉汁を楽しみながら、談笑を続けて行った。
夕ご飯も終わり、明日以降含めてのミーティングを始める。
「熊は狩れたけど、血の臭いで狼が夜間に襲ってくる可能性が高い。今日は『警戒』を持った人間で見張りをするよ。明日は朝から村に向かう。質問は?」
皆、特に質問も無い様なので、前番のリズがその場から離れる。
先程引き上げた熊の処理をしながら、番をするつもりらしい。手伝いを申し出たが、大丈夫と断られた。おじさん、寂しい。
「皆さん、『警戒』お持ちなんですねぇ。こないに贅沢なパーティー初めてですわ」
チャットが驚いていた。必要に駆られて覚えたスキルだが、世間一般では斥候職や遊撃職、一部の猟師の能力として認識されているようだ。
まぁ、有るに越した事は無いスキルなので、チャットも機会が有れば覚えてもらおう。
そう考えながら、毛布を敷いたテントにチャットと一緒に入る。中は温かく感じた。風を遮るだけでここまで体感温度が変わるとは思わなかった。
折角なので、明日からは買ったマントも羽織ろうと思いながら、チャットと雑談をして、すぐに寝た。
中番のロットのタイミングだろうか、各テントに警告が伝えられた。狼の群れがかなり接近しているようだ。まぁ、血の臭いを漂わせているのだから仕方無いだろう。
他の人間を働かすのも悪いので、ここは私が魔術で処理する事にした。ダイアウルフの時と違い、群れの規模も10匹に満たない。
近づいて、焚火の灯りに照らされ始めた対象から順に静かに狩って行く。狼側は状況が把握出来ないのか、逐次投入を繰り返している。
途中で戻って再度来られるのも面倒なので、ホバーで一気に狼の後方に移動しながらレティクルを貼り付け、一気に狩る。
基本は皮しか利用用途が無い為どうしようかなと思っていたら、リズが態々起きて来て、捌き始めた。
「寝たばかりじゃないの?大丈夫?」
「明日、村に戻ったら村で休養出来るなら、大丈夫。こんな事も偶には有るし」
微笑みで肯定の返答を言いながら、素早い動きで皮を剥いでいく。数は8枚。そのまま紐で縛り熊の皮の上に乗せて行く。
川でさっと返り血の処理をして、そのまま欠伸をしながら、テントに戻る。
そのまま夜も更け、朝に近くなってきた後番の私のタイミングで、再度狼の気配を『警戒』の範囲に収めた。
動きを追っていたが、遠吠えが終わっても、今回の群れは先程よりも少ない。
先手必勝と、物陰を経由しながら、見える対象を撃ち殺して行く。結局7匹で打ち止めだった。リズを起こして再度、処理を依頼する。
怒ってはいないが、朦朧とはしていた。ただ、皮の処理で鑑定の際の価値が一気に変わる。リズ並みの腕で捌ける人間がいないのが痛い。
自分で覚えるかと考えていると、作業が終わったのか、リズが川に向かう。
「ごめんね何度も」
「それは良いの。それよりもまた、自分が何でもしなくちゃって、顔してたよ?私が怒った事、もう忘れたの?」
そう言い残すと、そのままテントにふらふらと戻って行った。
反省したした言っても、実践が伴わなければ口だけか。若干の苦笑を浮かべながら、今後の皮の処理に関して考え始めた。
何気なく、ふと空を見上げると、木々の合間からほのかに月明かりが見えていた。