S1 道行きの親切心
[旅立ちの浜辺]から島と島の間を縫うように延びた一本の海岸線。その海岸線の先に旅人達が目指す離島がある。ティムネイル諸島に属するこの名も無い島の通称はイルカ島。その名の通り、まるで水面で躍るイルカの背のように反った形状が由来である。緑に溢れたこの島は、温暖な気候が乗じて鳥獣達の楽園であり、獰猛なモンスターは存在せず、低レベルなモンスターしか存在しない事から狩りの基本を学ぶには最適であった。そして、旅人がこの島を目指すにはもう一つ大きな理由がある。
全長二百メートルにも満たないこの小さな島の南部には、緑に囲まれた小さな村がある。おそらくは冒険者達が始めに訪れる事になるであろう[エルム]の村である。冒険者達はここで、この世界のルールを知り、世界へ旅立って行く事になる。
[旅立ちの浜辺>]からエルツがここ[エルム]の村へ到達するまで、そう時間はかからなかった。実質、[旅立ちの浜辺]から向う陸路はこの離島へ到達するための一本の海岸線しか存在しない。その事実に気づいてから不安交じりの旅の行き先は確信へと変わった。日の傾き具合からして、時間にして一時間位だとエルツは踏んでいた。
真白な砂浜はいつの間にか砂利へとその姿を変えていた。海が近いせいか、頭上にはカモメの亜種のように見える真っ白な翼に黒の斑点を持った鳥々が飛び交い、囀りを上げていた。
「見たことない鳥だ・・・なんていう鳥なんだろ。あれもモンスターの一種なんだろうか」
そんな鳥々を仰ぎながら島の海岸についたエルツを迎え入れたのは反り立つように迫る十メートル程の崖だった。絶壁とまでは言わずとも、その剥き出しのうねった地脈は圧倒的な自然の力によって生まれた一つの芸術である。そしてその崖にぽっかりと口を開けた洞窟。島の中心部に向かって伸びたその洞窟は明らかに人為的な手の加わった通路であった。
「大自然に中に加わった明らかな人為的な力・・・か。もうすぐ人に会えそうだ」
砂利の敷かれたその通路を、側壁に取り付けられた淡いランプの光に導かれながら洞窟を歩く。
薄暗闇の中でエルツはこの先に広がる世界のことを想像していた。
夢に見たVRの世界での人との交流、そして彼は少し不安にも思うのだ。
初めて言葉を交わす生物は、人なんだろうか、と。
そして、洞窟を抜けた冒険者は決まってこう言うのだ。
開けた視界の眩さに手を翳す。
「着いた……村だ」
今エルツの視界はのどかな村の景色に包まれていた。
花と木々に包まれた、まさに自然と一体化したその村には、藁でできた円錐型の大小無数のテントが点在していた。そんな中でも一際目を引いたのが、視界奥に映った一際大きな藁葺きの小屋だった。
エルツにとっては全てが新鮮だった。こんな美しい自然に囲まれる事は現実では無い。アスファルトとコンクリートに固められた世界では味わう事の出来ない至高の喜びが今ここにある。ただ純粋に感動に浸っていたエルツの姿は滑稽に映ったのだろうか。村から洞窟の外へと向う通行人の青年が、そんなエルツに微笑を携えて近づいてきた。
「君、初心者かい」
唐突に掛けられた言葉に戸惑いを隠せない、そんなエルツの様子を微笑えましくその冒険者は見守っていた。
「え、ああ、はい。今日ログインしたばかりで。まずは情報集めようと思ってここへ来たんですけど、どこへ行ったらいいのかもわからなくて」
「そっかそっか」
冒険者はかつての自分の姿をエルツに重ねるように、懐かしむような面持ちで頷いた。
「情報を集めたいなら、まずはギルドで初心者講習受けるといいよ。ギルドはさ。ほら、奥にあの大きな建物見えるだろ? あれがギルドだよ」
「へぇ、あの建物がギルドなんですか。ご丁寧にどうも」
その建物はついさっきエルツも視界に捉えていた。この村では一番大きい藁葺き屋根の小屋。
「それじゃ、頑張ってね」
「助かりました。ありがとうございます」
親切なその青年は名も名乗らずに去って行った。別に気取っているわけでも何でもない。それはMMORPGではごく一般的に見られる人の優しさが見える一幕だった。