12.剣のヤマトタケル-3
「一所懸命に祈っているわね。」
大和建は、その声を聴いてやっと後ろに叔母の大和姫が立っていることに気付いた。
大和姫が来ていることに気付かないほど、一心不乱に天照大御神に対して祈りを奉げていたのである。
「全ての生命の本質は天照大御神と一体である――昔、そう叔母さんに教えていただいたのを思い出したので。」
ところは、伊勢の神宮。
今から東国へ遠征に行こうとしている大和建は、戦いの前に伊勢の地を訪れたのだ。
「そうね。それさえわかっていれば苦労しないわね。だけど、やっぱり貴方もまだまだ悩んでいるようね。」
「私には父の心が判らないのです。」
「どういうこと?」
「西の国からようやく帰ることが出来たのに、やっと久しぶりに父上にお会いすると、次の瞬間、東の国の征伐を命じられます。これまで戦を好まなかった父がなぜ突然、と考えると私を遠ざけるのが目的なのだと、思ってしまいます。」
「そうなの。」
「というか、もしかしたら父は私の死ぬことを願っているのでしょうか?大和の国で私を休ませようとさせないのを見ると、はるか東国で私が没するのを望んでいるようにも思えます。」
「大和建、貴方は愛されている。まず、それを信じなさい。」
「はい。しかし・・・。」
「そうね、信じられない気持ちもわかる。だけど、そんなお父さんでもその本質は神様と一体なんだから。まず、両親が神と一体であることを信じて。」
「そうですね・・・。」
「私はね、昔、神様の声を聴いたことがあるの。」
「え?」
「神様は『光を常に求めて、私の手をしっかりと握りなさい』と言われた。だから私は『貴方は一体、どこの誰なのですか?神様なのですか?』と訊いたの。」
「はい。」
「ここから先は秘密を守れる?」
「え?」
「もう、貴方も60歳ですもんね。貴方にしか言わない秘密、守ってもらいますよ?」
そう言うと大和姫は真剣な顔になった。
「神様は『私は天照大御神である。同時に五十鈴姫であり、そして、同時にお前でもある。』と言われた。『お前だけでない、全ての命は天照大御神様と一体である。私が唯一、特別なところがあるとすれば大和の国を築いた魂であることだ。』とね。大和の国の初代大王である磐余彦の妃が五十鈴姫。その生まれ変わりが私なのです。」
「・・・・そうだったのですか。」
「五十鈴姫と磐余彦は本来同じ魂です。だから、私はこの大和の国を築いた魂であり、前世では大王家の創始者となり、今世ではこの伊勢の神宮の創始者となった。」
「それは、神様に告げられた?」
「そう。唯一絶対の神は自分の内にのみある。それを自覚した時、私は自分の過去世の記憶を思い出すとともに、自分のすべきことに気付いた。それが、伊勢で天照大御神様を祀ること。」
「――そういうことだったのですか。」
「私にとっての、唯一絶対の神は天照大御神様。無論、それはあくまで私にとって、だけど。」
「え?唯一絶対ということは、天照大御神様以外の神様はいないんじゃないですか?」
「この世界に絶対はないわよ。」
「はぁ。」
「わかったような判らなかったような顔をしているわね。まぁ、いずれわかることよ。」
「そうなんですか?」
「神様は絶対だけど、この世界は絶対ではない。だから、この世界に顕われる神様は、本当の意味での神様ではないわけ。わかる?」
「すみません、わかりません。」
「うふふ、正直ね。貴方はお兄さんに何って言われたのだっけ?」
「父上、ですか?」
「ええ。確か東国の悪い神様を征伐すべし、という意味のことを言われたはず。」
「そうでしたね・・・・。」
「そんな神様でも地元の民からは崇敬を集めているわけ。一体、この世の神様がどういうものか、今回の遠征で判るはず。そうそう、貴方に特別に良いものを与えましょう。」
「何でしょうか?」
「こちらに来てください。」
そういうと大和姫は大和建を奥の建物へと案内した。
「この伊勢神宮にはご神体が二つあります。一つは鏡、もう一つは剣です。」
そう言いながら大和建を奥の建物の中で招き入れる。
「ここに私や五百野王以外の人間を入れるのは、貴方が初めてです。」
「恐縮です。」
「それだけ貴方に私が期待しているからです。」
「すみません。」
「謝ることはありません。貴方は私の甥の中でもひときわ異彩を放っていましたから。」
そう言いながら、大和姫は伊勢神宮の神体である鏡と剣を見せた。
「この鏡は地球上のあらゆる生命を活かす働きの根源である太陽を表し、天照大御神様の愛の象徴です。そして、この剣は天叢雲剣と言います。相手の邪念を斬ると同時に自分の心の中の迷いをも斬る、神剣です。」
「そうなのですか・・・・。」
「天叢雲剣が貴方に使いこなせるかはわかりません。しかし、今回の大帯彦の命令は神々に闘いも挑むも同然のこと。貴方には絶対に必要なものです。」
そういうと大和姫は天叢雲剣を手に取って大和建に渡した。
「大丈夫、貴方ならきっとできます。」
「ありがとうございます。」
「次に私が貴方と会うのは天界でのこととなるでしょう。頑張ってください。」