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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第一部 乱始変局篇
20/61

Epilogue

 西暦248年――

「元気な赤子だなぁ。やはり、我が子を愛せるというのは良い。」

 大帯彦は八坂入姫(やさかいりひめ)と彼女が抱いている赤子を見てほほ笑んだ。

「ここ最近、子供たちとはゆっくり過ごせなかったからなぁ。」

「ここ最近、ではなく、ずっとではありませんか?ねぇ、貴方もお父さんに会いたかったわよね。」

 八坂入姫が息子をあやしながら大帯彦に突っ込む。

「それは私が大王である以上、仕方がないことだ。――まぁ、その代償は大きすぎたがな。」

 大帯彦の脳裏に、大碓と小碓の顔が浮かぶ。

 もうあの二人は遠くに行ってしまった。大碓に至っては、二度と会うことは出来ないのだ。


 小碓によるクマソタケル兄弟暗殺事件は、見事な「政治的解決」で幕を閉じた。

 あの後、筑紫では伊声耆(いせき)掖邪狗(えきやこ)を中心とする旧甕依姫(みかよりめ)政権のメンバーがまだ13歳、当時は倍数年暦なので実際には数えで7歳の与止姫(よとひめ)を新しい筑紫の大王にした。

 いくら霊力の強い巫女であると言っても7歳の女の子に政治が出来るはずもなく、実態が甕依姫派によるクーデターであることは明白だった。

 新政権はクマソタケル兄弟の兄の方である前大王・川上建が狗奴国と通じて悪政を行っていたとの宣伝を行った。

 魏もそれを承認し、張政は川上建については無視していたのに与止姫に対しては直接挨拶に伺った。


「復た卑弥呼の宗女、壹与、年十三なるを立てて王と為し、國中遂に定まる。政等、檄を以て壹与を告喩す。」(『魏志』「倭人伝」)


 小碓、改め「大和建(やまとたける)」については筑紫の大王を暗殺したということで反逆罪に問われたものの、川上建の悪政の結果であることが考慮されて刑罰は出雲への身柄装置で済んだ。

 一方、大和に対しては大帯彦の後宮に迦具漏姫(かぐろひめ)を迎える話は破棄しない代わりに、筑紫が倭国を代表する王権であることを正式に認めることを要求した。

 大帯彦もそれを受け入れて迦具漏姫を後宮に入れたのだ。

 さらに、大帯彦のかなり歳の差の離れた妹である両道入姫は本人の希望により大和建とともに出雲に行った。

 こういった様々な出来事が起きたため対処に追われた大帯彦はここしばらくとても慌ただしかったのだ。


「まぁ、それが私の宿命だな。」

「え?」

「いや、何があっても私が大王に選ばれた以上、神の導きだと思ってな。ところで、我が子を抱かせてくれないか?」

「あら、いいですよ?珍しいですね。」

「私だって自分の子供を可愛がってやりたいという想いぐらいあるよ。」

 そう言って大帯彦は自分の息子を抱いた。

「おお、私が抱くと泣かないなぁ。嬉しいぞ。」

「寝ているからですよ。」

「まだ数カ月の我が子を始めて抱くのは感激――」

「数か月間も我が子を抱いたことのない父親ですもんね。」

「しかし、寝顔は可愛いな。」

「起こさないようにゆっくり可愛がってくださいね。」

「わかった、わかった。」

「ところで、この子供の名前は何にします?」

「なんだ、まだ決めていなかったのか。子供の名前を決めるのは母親の役目だろ?」

「確かに我が国の慣習ではそうなっていますが、別に父親が決めてはいけないという決まりもありませんし、ご希望のお名前があればそれをつけさせていただこうと。」

「そうだな――若帯彦(わかたらしひこ)、はどうだ?」




 播磨と讃岐の戦いは播磨の勝利に終わった。倭国の盟主であった筑紫の親狗奴国派の政権が崩壊したことを受けて、吉備の鬼奴国と播磨の巴利国を始めとする瀬戸内地方の諸国が連合を組んで讃岐の狗奴国を攻撃したのである。

「すべて計画通りに行っているようだな。」

 天界で波限建(なぎさたけ)鵜草葺不合(うがやふきあえず)は猿田彦に声をかけた。

「まだまだ計画は始まったばかりですけどね。」

 そう言って猿田彦は笑った。

「私がしたのはせいぜい、大和建の運をよくしたことぐらいでしょうか?それにしても大和建とは、良い響きですね。」

「問題は、今回の件で結果的に小碓も父親に見捨てられたことだな。大碓みたいに父親の愛情を疑うようになれなければよいのだが・・・・。」

「それは大和建自身が乗り越えるべき課題でしょう。」

「ところで、若帯彦なる子供が誕生したようだが。」

「ええ、大帯彦は彼を跡継ぎにするつもりですね。」

「猿田彦よ、お前はそれで別に構わないと?」

「誰が大和の大王になろうが天界の計画には逆らえませんよ。まぁ、個人的には大和建に次の大王になってほしかったですが、人界はしがらみが多いのでして。」

「それはお前の希望というよりも、五十鈴姫の希望だな。」

「全く、波限建様は私と五十鈴姫のことは何でもご存知ですね。五十鈴姫と連絡を取り合っているのですか?」

「まさか。わざわざ人界で仕事のある五十鈴姫の分霊を召喚する必要はない。ただ、私は――」

 そう言うと波限建の体は一瞬で消え――

「――五十鈴姫の荒魂(あらみたま)なのよ?知っていて当然でしょ?」

――そこには、一人の少女が立っていた。

「ええええええええええええええええええええええええ!?」

「あれ?気付かなかったの?」

「だけど、俺とデートしたのは貴女じゃないですよね?」

「もちろん。貴方とデートしたのは今人間界にいる五十鈴姫の和魂(にぎみたま)の潜在意識を分けた分霊よ。安心して。」

「だけど、荒魂と和魂というのも、一種の分霊ですよね?」

「それを言い出すと、私は瀬織津姫(せおりつひめ)の分霊ということになるわね。この体も瀬織津姫の姿なのよ。久しぶりにこの格好のなったわ。うふふ。」

「せ、瀬織津姫!?」

 猿田彦の体は震えだす。

「貴女は瀬織津姫だったのか――。」

「そうよ、業の自壊を引き起こすのが私の役目。貴方の言う『計画』を実現するためには、瀬織津姫の力が必要なの。」














〔第一部「乱始変局篇」 完〕

これで第一部は終わります。第二部もよろしくお願いします。

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