8.小碓と伊勢のおばさん-3
「小碓、よく来てくれたね。」
大和姫はまだ幼い自分の甥っ子にねぎらいの言葉をかけた。
大帯彦の妹である彼女は実際には20代後半なのだが、まだ10代半ばと言っても通用する風貌である。
その服装も少女たちが着る服と同じ服を着ている。歳の差のある姉弟が珍しくない当時だと、目の前にいる小碓とは「叔母と甥」というよりも「姉と弟」の関係に見える。
ところは伊勢。
大和から伊勢までは遠い。距離が長いというよりも、深い山道を通らければいけないという意味で、古代人にとっては遠い地だ。
まだ幼い小碓――当時の二倍暦では16歳だが、実年齢は数えの8歳である――にとっては、伊勢までの道のりは険しかったはずだ。
「貴方も色々な思いをしたと思うけど、決して父親を恨んではいかんよ。貴方のお父さんは、あんたのことをちゃんと愛してるんやからね。」
「うん・・・・。」
「まぁ、取り上げはゆっくり休んで。伊勢の地の海産物でごちそうするから。」
自分の実の兄、それも同母兄を殺したことに対する罪悪感は、如何に幼い小碓でも感じている。彼が罪悪感に苦しんでいることぐらい、大和姫にはよく分かる。
「太田、なるべく新鮮な海鮮物を取り寄せてきて。」
「はっ、承知しました!」
大和姫が隣に控えてる男に命令する。太田、と呼ばれた男は直ちに走って行った。
本当は小碓をごちそうで迎えたかった大和姫だが、彼がいつ伊勢に着くかわからない。大人だと予定通りに到着するかもしれないが、子供の足だと何日かかるのか不透明だ。そこで、彼が着いてから太田に取り寄せるよう指示することにしたのだ。
「いい?私は、貴方に大きな期待をかけているから。貴方は悪いことをしたかもしれないけど、決して悪い人間ではないの。神様は全ての人間の罪を赦してくださるからね?」
「・・・・うん。」
「貴方のお兄さんも、その本質は悪い人ではなかった。小碓もそう。今の小碓の仕事はね、お兄さんを赦すことなんだよ。それは中々難しいことだから、ゆっくりやればいいんだけどね。」
「・・・・わかった。」
小碓が頷くと、大和姫は小碓を抱きしめた。
「見て?五十鈴川って、綺麗でしょ?」
大和姫は伊勢神宮の境内を流れる五十鈴川の方を指す。
「うん。」
「辛いことがあれば、この川ですべてを流すのよ?わかった?」
「わかった。」
当時はまだ伊勢神宮も小さな祠にすぎなかったが、五十鈴川はこの地が聖地であることを証明するかのように、清らかな水と雰囲気を湛えながら堂々と流れていた。