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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第二章:安城発展記【天文九年(1540年)~天文十三年(1544年)】
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上和田城


忠政さんの葬儀が終わり、田んぼの稲穂が黄色く色づいて来た頃、俺は矢作川を渡り、上和田に居た。


「わざわざありがとうございます」


この上和田を治めるのは、上和田城主、松平忠倫。俺に降った元三河武士の一人だ。

俺より一回り年上のこのオジサンは三河松平家一門でありながら、上和田城を元々の城主の大久保さんから奪って俺に降った人だ。

腹黒いというか、強かというか。


で、その忠倫が何故俺にお礼を言っているかというと、それは俺が矢作川にかかる橋を建造し始めたからだ。

その橋は矢作川西岸は姫城、そして東岸は上和田城に続く街道に繋がっている。


この時代、橋なんて街中や村の間を流れるような川でも無ければかかっていない。

街道があまり整備されていないのと同じで、敵の侵攻が容易になってしまうからだ。


だからこの時代の徒歩で渡れないような大きな川は、渡し舟や自前の船を使って渡る事になる。

軍事行動を行う場合、前者は数が少なく、後者はコストがかかる。


川を挟んだ両岸がどちらも自国の領土だったとしても、どちらかが支配されてしまった場合、もう片方を守り易くするために、橋をかけていない場合が多い。


俺が橋をかけたのは、付近の領民の慰撫という側面もあった。俺に降った信孝や忠倫へのわかりやすい飴でもある。

更に、他に降った者達も、これを見れば自分達の判断は間違ってなかったと思うだろうし、まだ降っていない者達も、自分達もあの恩恵に預かりたい、と思うかもしれない。


ついでに言うと俺は橋がかかっているからって、敵の進撃が容易になるなんて思ってない。

確かに橋を渡るまで敵の侵攻に気付かなければそうだろうけど、そうならないように俺は三河のあちこちに孤児や歩き巫女(偽物)を配置しているんだ。


敵の接近に気付く事ができれば、あとは簡単。

敵が橋を渡り始めた頃に爆破してしまえばいいんだ。


橋が焼き落とされる事例は幾つかあるけど、敵軍が渡っている途中の橋が爆破されたというのは聞かない。

つまり相手は全く想定せずにのこのこと橋へと近づいてしまう訳だ。


くっくっく、これは絶対引っかかるぞ。


しかも一発ネタって訳じゃない。

一度俺が橋を爆破する事を知らしめれば、今後俺と戦う相手は橋の爆破を警戒して、容易に渡るような事はなくなる。

それでも相手は橋を渡るだろう。


俺が何かのミスをして、無傷で橋を渡れるんじゃないかと期待してな。


「上和田城周辺への防衛陣地の構築も行っていただきましたしな。いや、五郎三郎殿には頭が上がりませんな」


はっはっは、と豪快に笑う忠倫。出会ったばかりの頃はあんまりわからなかったけど、この人結構お調子者だよな。


「上和田城の防衛は我々にとっても重要な案件ですので、そのくらいは当然ですよ」


そして俺も笑顔で応じる。

忠倫には話していないが、上和田城にはある役割を担ってもらうつもりだ。


俺は上和田城を囮に、松平家を釣り出そうとしていた。

それも一度だけじゃない。何度も、何度もだ。


敵が攻めて来ても、決して打ってでずに、防御施設に拠って戦い、相手の戦力を削ぐ。

逃げるならば追わない。

これを繰り返せば、松平家の国力はあっという間に最底辺まで落ちるだろう。


それでも俺は松平家を潰さない。


何故なら、松平家がある限り、今川家と直接戦う事がないからだ。

今川家が松平家を支援する、あるいは援軍として現れる事はあるだろう。

けど、今川単独で弾正忠家を攻めるような事は、松平家が存在していれば起こり得ない。

そして、松平家の援軍である以上、今川家の投入戦力は、松平家を大きく上回る事はない。


それは松平家側から、乗っ取りを警戒されるからだ。

そこは戦国乱世。同盟を組もうと、服属しようと、相手を完全に信用する事は有り得ないんだ。

更に、松平家の援軍として出陣する事で、敗北する事が許される。

今川が単独で織田家と戦い敗北すれば、周辺が騒がしくなるだろう。

でも松平の援軍として負けるのならば許される。

だって松平家が不甲斐ないんだから。


松平家を消耗させ、今川家を釣り出す。

そして、決して今川家を本気にさせずにその戦力を削る。


勿論、上和田城が墜ちない事が大前提だけど、松平家という、まともな連携の期待できない足枷をつけられた状態の今川家なら、なんとかなるんじゃないかと思っている。

勿論、俺の予想が外れて、今川が初手から全力で来る可能性もゼロではないけどさ。


ただ、この作戦、というか戦略の成功確率はかなり高いと思っている。

というのも、今川は北条、武田という強大な国と接している。綱渡りのような外交でこれらを抑えているんだ。

当然、西三河へ全力を投入すれば、彼らが黙っていない。


また、何度も上和田城攻略を失敗し、戦力摩耗すれば、やはり武田、北条が動き出すだろうから、それに対抗するため、暫く動けなくなるだろう。

ひょっとしたら、三国同盟が締結されないかもしれない。

そうなれば桶狭間も無くなるから、後はゆっくり信長に尾張、美濃を統一して貰えばいい。


問題は、三国同盟が締結されないだけならまだしも、武田の駿河侵攻が早まる可能性がある事なんだよな。

まぁ、時期によっては北条がそれは抑えてくれるか。

上杉謙信が関東に進出する時期と被るとマズイけどな。


「殿……」


忠倫と橋の建設を眺めながら談笑していると、一人の少女が俺に話しかけて来た。

三河地方に放っている歩き巫女の一人だ。


「構わん、話せ」


歩き巫女は忠倫をちらちら見ていたので、俺は構わず先を促す。


「は、はい。岡崎城にて出陣の兆しが見られました」


「ほう」


「へぇ」


その報告に、忠倫が唇の端を吊り上げ、俺は目を細めた。


「陣触れが出されたようで、村人が徴収されております。米の買い占め、稲の早刈りも行われているようです」


「確定だな」


「ですな」


「目的地は?」


「それは、まだ……」


「わかった。続けて情報収集を頼む」


そう言って俺は懐から財布を取り出し、銭を幾つか渡す。


「まともに考えるなら、矢作川東岸に唯一存在しているこの上和田城か、安城北方で離れている、将監殿の上野城でしょうか?」


「でしょうね。とは言え、上野城が目的なら渡河の用意が必要ですから、その情報を得てからでも間に合うでしょう。安祥城の兵力はこちらに回します」


「よろしくお願いします」


さて、早速かかってくれたな。

敵の数はどのくらいだろうか?

一応、こちらで計算した、岡崎城の限界動員数は四千だ。

しかしこれは、領内の村から無理矢理掻き集めた場合の話で、文字通りの限界だ。

勝ってもその後暫くは軍事行動を行えなくなるし、負けたらお家存亡の危機に立たされる事になるだろう。

仮に上和田城が落とされても、俺が無事なら尾張から兵を借りて簡単に取り戻せる筈だ。

岡崎城を攻められる時か、安祥城を目的にしない限りは動員するべきではない数だ。


領民の負担を気にせず集められる本来的な意味での最大数は、限界数の半分の二千といったところだろう。

早刈りを行ったと言っても、兵糧の負担を考えれば、更に半分の千人が妥当だろうか。


「まぁ、なんとかなるな」


伝令を安祥城へ走らせながら、俺は状況が俺の思惑通りに進んでいる事に満足していた。


という訳で次回は上和田城での防衛戦です。

上和田城が信広の思惑通りの働きをするのかどうか。

その試金石となる戦となるでしょう。

きっとどこかで今川の間者も見ていると思います。

ちなみに岡崎城の限界動員数はきちんとした計算の上で出した数字ではありませんのであしからず。

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