婚姻
天文12年1月下旬。
安祥城の評定の間にて、俺は床の間に一畳分の畳を敷いてその上に座っていた。
普段から服装には気を使っているが、今回は礼服に身を纏い、烏帽子を被っている。
理由は俺の隣に座っている人物。
刈谷城城主水野忠政が娘、於大。
白無垢を身に纏い、頬を赤らめて俯く姿は清楚で可憐だ。
という訳で俺、織田信広、本日結婚します。
忠政さんは普通に娘の側室入りを受け入れた。
そうしないと独立城主を続けるのは難しいと判断したんだろう。
弾正忠家を見限る場合、頼りになるのは松平か今川だけど、どっちも直近の戦で弾正忠家に負けてるからね。
ついでに忠政さんは安祥城に度々来るのだけど、その度に城や周囲の防衛施設に驚いているし、領内の発展速度にも驚いている。
敵に回すのは避けたい、と思ってくれたようだ。
ちなみにこの時代、当主の結婚でもなければ、所謂結婚式のようなものは行われないらしい。
嫡流でない男子の婚姻。しかも側室となれば、相手の家と誓書を交わしてそれで終わりだ。
俺が婚姻の儀式をやると言った時の、忠政さんの喜びようと、古居の困惑具合と言ったらもう、ね……。
流石に年末年始に行うのはあれだったので、年明けまでずれこんでしまったけれど、お陰でそれなりの準備が整った。
さて、俺の花嫁となる於大さん。
年は俺より三つ下の15歳。
……13歳で嫁いで子供産んだんだ。流石戦国時代。子供が産めればもう大人っすか。
その事実に気付いて若干へこむものの、実際に於大を見て俺のテンションは激上がりになった。
まぁ、普通に可愛い。
この時代の美人の基準は、瓜実顔、切れ長の目、小さな口、色白、な訳だけど。
面長で目は細いけれど、どちらかと言えば鼻は低く、やや丸い。口は小さいけれど下唇が少し大きいかな。
色は若干浅黒い。まぁ、これは刈谷城の立地から考えると仕方ないのか。
でも俺、日焼け跡とか結構好きなんだよね。
竹千代は(家康の方)は日焼けした女性とか、庶民的な女性を好んだって言われてるから、意外と気が合うのかもしれない。
それとも、これからの歴史で俺と関わってそっちの嗜好に寄るのか?
腰はくびれていてお尻は大きな安産型。正直、15歳、つまり中学生か高校生くらいな訳だけど、そうとは思えないくらい色っぽい。
元人妻フィルターでもかかってんのかな? 平均身長が前世より低いこの時代は当然体格だって貧相な訳だから、直接的な性的魅力は前世の同年代の方がある筈だよね。
やはり内側から滲み出るのか。
胸は大きい。
ちなみに、胸は小さい方が良い、というのは江戸時代以降の価値観だ。
この時代? 人によりけりみたいだよ。
ようは胸の大きさはあまり重視されてなかったみたい。
体型で言えばお尻の大きさと柳腰は重要だったみたいね。
でもこの時代、美人の基準は外見よりも内面だったみたいだ。
「明るい女性は良いですな」
「活発な女子が好きです」
「気の強い女を屈服させるのが武士の誉」
一人闇の深そうな奴が居るけど、古居、四椋、公円に聞いたらそんな答えが返って来た。
大和撫子って言葉があるけど、この時代は明るく活発で気の強い女性が魅力的だったみたい。
そういう意味では、落ち着いた雰囲気で清楚な感じのする於大は美人の条件から微妙に外れているんだろう。
四椋なんて、祝辞を述べつつも、「うらやむ程の姫じゃないな」って態度隠して無かったもんな。
お前今度の合戦最前線な。
式に列席しているのは俺の家臣と忠政さんだけなので、そこまで多くない。
常備兵として作事衆が家臣には居るけど、基本一般兵卒なのでこういう場には呼ばれない。
呼ぼうと思ったけど古居にやんわりと注意された。
実は忠政さん(つまり花嫁の親族)を呼ぶのもあまり常識的とは言えないのだけど、まぁ、普段から安祥城に遊びに来る人だからな。
現に、嫡男で水野家の政務の大部分を既に担っている於大の兄、水野信元は刈谷城で留守番している。
「今宵はこのような目出度い席に呼んでいただき、誠に嬉しい限りですな」
「いやこちらこそ、水野殿とこのように懇意にできる事は喜ばしい事です」
厳かな雰囲気はどこへやら。評定の間では既に宴会の様相を呈し始めていた。
古居と忠政さんが酒の盃を片手に楽しそうに歓談している。
「ふふ、皆さん楽しそうですね」
か細く儚げな声を、自身も楽しそうに弾ませて於大が話しかけて来た。
「そうだな。今宵の主役は我らの筈なのだがな」
俺は苦笑しながら返す。
あー、緊張するー。前世で結婚の経験があったかどうかは記憶にないけど、この分じゃ未婚のまま死んでるな。
となると結構若い? それとも生涯独身だった?
どっちも嫌だなー。良かった、今世で結婚できて。
「出戻りの不束な娘ですが、どうかよろしくお願いしますね」
「そのように自分を卑下するでない。側室とは言え、儂の大事な妻となるのだ。大切にするとも」
ところで俺は今からドン引きするような事を言う。
多分、いや絶対ドン引きする。
引いた後は怖がらずに戻って来て欲しい。
さて、準備は良いか?
覚悟はできたか?
言うぞ?
いくぞ?
於大は子供を産んだばかり。つまり母乳が……!!!
……
…………
……………………
俺達はそっと、評定の間を抜け出した。
後は若い二人に任せて、って立場が逆だな。
ともかく、これ以上酒宴に付き合ってはいられない。主役不在でも十分盛り上がっているようだし大丈夫だろう。
抜け出してどこへ行くかと言えば、勿論俺の寝所だ。
結婚式の夜にやる事なんて一つに決まってる。
ザ・初夜!
着物を脱がすと、襦袢に透ける肌がほんのりと色づいていて艶めかしい。
ゆらゆらと揺れる灯篭の火に照らされた室内は、アジアンテイストで雰囲気ばっちりだ。
強く抱き寄せ、口づけをする。
「ん……、ふぅ、何故、口を吸われたのです?」
唇を離すと於大がそんな事を聞いて来た。
嫌がっている訳じゃない。純粋にわからないようだ。
あれ? 経験者だよね。むしろ経産婦だよね。
え? 処女受胎? 家康ってキ〇ストなの? 確かに神君とは言われるけどさ。
「あまりこういう事は聞きたくないが、岡崎殿とはどのように?」
「私が裸で寝転び、股を広げると、女陰になにやら粘り気のある液体を塗り付け、その後に魔羅を挿入されました」
ローションみたいなものかな? つまり愛撫も前戯も無し、と。
マジでただの子作りかよ。
愛情なんて欠片も無かったのね。流石政略結婚だ。肉欲もあったかどうか怪しいな、そのやり方じゃ。
むしろ、それで勃つんだから、男ってしょうがないよな。
「成る程、ただ子種を注ぐだけならそれでもよかろう。女子は男を受け入れるようにできておるとは言え、何の準備も無くては互いに痛いだけよ。そのための準備が必要なのだ」
「準備……でございますか?」
「うむ。岡崎殿はそれをその液体とやらで代用したのであろう。ただの水ではすぐに乾いてしまうが、粘度の高い液体であれば滑りが良くなるでな」
「そう言えば、自ら慰める時のように、体が熱くなりましたね」
ローション+媚薬だった。松平家秘伝の媚薬かな?
そういや、家康は自分で薬を調合する程の健康マニアだったって話だけど、そういうのが載った秘伝書でも伝わってたのかもしれない。
家康もうちの親爺に負けず劣らずの性豪だったらしいけど、そんな薬を使ってたのかもしれないな。
あと、今於大は重要な事を言ったぞ。
へー、自分でする時、あるんだ……。
「儂にはそのような薬の持ち合わせが無い故、それなりの準備が必要という訳だ。口吸いもその一つじゃな」
「抱擁もでしょうか?」
それすらしなかったのかよ!
「その通りよ。こうして肌を重ねる事で互いに気分を高める事ができるのだ」
「申し訳ありません。子供を産んでいながら、こうした行為に無知で……」
「なに、こうしたものは秘する事だからな。経験が無ければ仕様があるまい。其方を子供を産むためだけの道具としてしか見ておらなんだ岡崎殿が悪いわ」
仮に、於大が広忠を愛していたとしても、既に離縁して俺の下に来たんだ。
情を移して貰わないと困る。
前の男を悪く言わないのは確かに優しいかもしれないが、果たしてそれは男として正しいのか?
はらはらと、於大は涙を流し始めた。
「どうした? やはり岡崎殿に心が……」
「いえ、違うのです」
両手で顔を覆い、首を横に振る。
「岡崎城では、子作りの時以外部屋から出る事もできませんでしたし、子を成してからは、顔も見せてくれませんでしたので……」
嬉しいのです、と於大は呟いた。
「私とて武家の娘。政略結婚がどのようなものかは理解しております。しかしそれでも、私も一人の女」
両手を降ろし、こちらを見た。
吸い込まれそうな黒い瞳に、俺が映っている。
「家同士を繋ぎ、子を成す道具としてでなく、一人の女として見ていただける事が、嬉しいのです」
その言葉を聞いて、俺の中にわずかに残っていた理性が吹き飛ぶ。
そして俺は、於大を抱きしめたまま、押し倒した。
また賛否分かれそうな展開で申し訳ありません。
作者の性癖ではありませんので、その点は誤解無きよう、お願い申し上げます(切実)。