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異世界の王様  作者: 池崎数也
第四章
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第九十八話:情報

 義人が行うべき仕事の中には、当然ではあるが謁見も含まれる。

 これは町や村の有権者であったり、困窮している民であったり、はたまた旅の商人や楽士であったりと様々だ。しかし、国王に謁見を望んでもそれがすぐさま叶うのはごく稀である。

 最初は下の役職の者が話を聞き、必要と判断されれば、もしくは火急の報告ならば国王のもとへと話が通される。これは謁見を望む全員の話を聞いていたのでは時間がいくらあっても足りないからだ。他にも、謁見を望む者の素性を確認したり、持ち込まれた話の内容が取るに足らない可能性もあるので、その選別も兼ねている。

 もっとも、中には“例外”が存在することもあり、この日義人のもとへと訪れた人物はその例外に該当する人物だった。


「ヨシト王におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「あー、そんな堅苦しい挨拶は良いって。ほら、顔を上げてくれ」


 定型的な挨拶から始めた人物は、商人のゴルゾーである。様々な理由から、“非公式”な謁見ならばすぐに叶う人物だ。

 そんなゴルゾーを前に、義人は苦笑しながら右手を振った。するとゴルゾーは義人の言葉通りに顔を上げ、鷹のような目を僅かに細めて苦笑を返す。


「いえ、一国の王を前にそのような振る舞いはできませんので、はい」

「一国の王って言っても、ここは謁見の間じゃないしな。カグラも他の臣下もいないし、堅苦しく考えなくて良いさ」


 そう言って、義人は肩を竦めた。

 現在二人がいる場所は、義人用の執務室である。いつもならばカグラもいるのだが、政務のことで他の文官と話し合う必要があるため席を外していた。ゴルゾーはまるでそれを見計らったように訪ねてきたのだが、義人がそれを尋ねると首を横に振る。


「偶然でございます、はい」


 どこか胡散臭い笑みを浮かべながらの返答だったが、それを指摘しても意味がないと判断した義人は話を先へと進めていく。ちなみに、サクラはゴルゾーにお茶を出すために新しい湯飲みを取りに行っている最中で席を外している。


「まあいいや。それで、今日は何の用なんだ? 何か変わったことでもあったのか?」


 ひとまずゴルゾーを椅子に座らせ、義人も自分がいつも使っている椅子へと腰を下ろす。ゴルゾーは恐縮そうな態度で椅子に座ると、傍にあった袋を手に取った。


「今日はお城のほうで注文されていた『魔計石』を納品しにきたのですが……少々、お話したいと思うことがありまして、はい」


 ゴルゾーが袋の口を開けると、水晶に似た無色の石が義人の視界に入る。


「魔法隊の方で使うのか? ……で、話したいことって?」


 なんとなく袋の中に手を突っ込み、『魔計石』をつかんで引っ張り出す義人。そしてお手玉のように手の中で(もてあそ)んでいると、『魔計石』の色が徐々に変わっていく。ゴルゾーはそれを無感動に眺めながら、義人の問いに対して口を開いた。


「まずはレンシア国とハクロア国の争いに関してですが、しばらくは小康状態が続きそうです」

「ふむふむ……ちなみに、期間はどれくらいだと思う?」

「短くて三ヶ月。長くて一年といったところかと。もっとも、現状が急変するような事態が起こらなければの話ですが」

「そんなところか。面倒な事態が起こらなければ良いんだけどな」


 薄緑に染まった『魔計石』を眺めながら、義人は眉を寄せる。

 カーリア国にも情報を探るための諜報部隊が存在するが、その規模は小さく、国内だけで手一杯の状態である。そのため、入手できる他国の情報は量も質も実に心もとない。義人としては諜報部隊をもっと大きく、そして多くの正確な情報を手に入れられるようにしたいが、一朝一夕でどうにかなるものでもなかった。

 そこで、ゴルゾーの出番である。カーリア国一の商人としての情報網を使えば、“それなり”の情報を手に入れることができる。以前からゴルゾーの情報を買っていた義人だが、レンシア国から帰国して以来、他国のことにもなるべく注意を向けるようにしていた。


「何か変化があったらすぐに教えてくれ。(うち)の近くで物騒なことがあったら(たま)らないしな」

「御意にございます。しかしながら、(わたくし)めの本分は商人でございますので……」


 義人の言葉に頭を下げ、同意を示すゴルゾー。しかし、その後に続いた言葉に義人は苦く笑う。


「わかってるよ。でも、もうしばらく頑張ってくれないか? 諜報関係の人材が育つにはまだまだ時間がかかるし……報酬はちゃんと払うからさ」


 義人とゴルゾーの関係は、基本的にギブ&テイク。ゴルゾー自身にもこの国への愛国心や忠誠心はあるが、それだけで信頼するにはやや弱い。義人としては金を抜きにして純粋に信頼したいところだが、立場上そうもいかないのが現状だった。もっとも、護衛もつけずに一対一で対談しているあたりに信頼の色も透けてはいたが。

 それに何より、ゴルゾーは生粋の商人である。信用が第一になる商人ならば金を払って依頼する限りは安心できるだろう。ゴルゾーは代々商人の家系であり、長年に渡って築き上げてきた信用を壊すような真似はしない。報酬を受け取る限りは、出来得る限り最大の成果を出す。それが、ゴルゾーという人間だった。


「でも、危険な橋は渡らなくて良いからな?」


 だからというべきか、義人は思わずそんな言葉をかける。ゴルゾーは商人としての情報網を使っているものの、下手すれば他国の警戒網に引っかかる可能性もある。それを危惧しての言葉だったのだが、ゴルゾーは義人の言葉に対して僅かに笑みを深くした。


「心得てございます。しかし、出来得る限りは最上の品を届けますのが、商人としての私の信条でございまして」

「……いや、質の良い情報が手に入るのは嬉しいけど、そこは頷いてくれよ」


 危険な橋を渡るなと言っているのに、ゴルゾーは何でもないと頷かない。


「相応の手当てをいただいております。ならば、その金額の分は応えるべきでしょう?」

「そりゃ依頼する側としては嬉しいけど……いや、ゴルゾーがそれで良いならいいさ。他に何か話はあるか?」


 それは情報も商品だという、商人としての意地か誇りか。期待通りの働きを見せてくれるゴルゾーを前に義人はそれ以上話を続けることはせず、話題の転換を行う。するとゴルゾーもそれに乗り、すぐさま違う話題へと転じた。


「この国の中の話ですが、現状の税率では生活が苦しい者がまだ多いようで……他国と比べて、商業の発達に関して差が開いていく一方に思えます」

「う……税率は六割だもんなぁ。七割から引き下げたとはいえ、それでもまだまだ高いか。横領や無駄遣いをなくしたけど、さらに一割引き下げるのは簡単じゃないな」

「はい。お城の事情は“そこまで”存じませぬが、もうしばらく時間がかかるかと」


 嘘くせえ、と内心で呟きながらも、義人はゴルゾーの言葉に頭を抱える。


「秋に納めてもらった年貢の量から考えても、なんとか国の運営がやっていけるってところだしな。さてさて、どうするかねぇ……」


 呟きながら考えに耽る義人だが、すぐさま妙案が浮かぶはずもない。農業や商業を発展させようにも、一朝一夕で成しえるものでもないのだ。そんな義人を見たゴルゾーが口を開こうとすると、それを遮るようにノックの音が執務室に響く。


「はい、どうぞー」


 ノックに対して義人が投げやりに入室の許可を出すと、一拍置いてからサクラが扉を開けて執務室へと入ってくる。相変わらずのメイド服姿で右手にはお盆を持ち、その上には新しい湯飲みと急須、そして茶請けの菓子が乗っていた。


「失礼します」


 サクラは一礼すると、扉を閉めて義人達のもとへと歩み寄る。どこかで(つまづ)かないかと内心で心配する義人だったが、そんな心配を他所にサクラは盆に乗った湯飲みへとお茶を注ぐ。


「どうぞ、ヨシト様」


 そう言って、サクラが湯飲みを差し出す。中に注がれたお茶からは湯気が立ち上り、それを見た義人は頬を緩めた。


「ありがとう。やっぱり、寒いときには温かいお茶が一番だ」

「ふふふ、そうですね。ゴルゾー様もどうぞ」

「ありがとうございます」


 義人の言葉に小さく微笑み、サクラはお盆に乗せていた湯飲みをゴルゾーへと差し出す。湯飲みを受け取ったゴルゾーは礼を述べ、湯飲みを口をつけてゆっくりと傾けた。


「美味しいですね、はい」


 その言葉を最後に、沈黙が訪れる。義人は無言のままに茶請けの菓子に手を伸ばし、ゴルゾーは何かを考えているのか、目を細めたままで一点を見据えていた。

 そしてふと、そういえばと前置きしてからゴルゾーが口を開く。


「ユキ様が作られた服と女性用の下着ですが、他国で売れそうな気配がありまして」

「……ごめん、途中からよく聞こえなかった。何だって?」

「ユキ様が作られた服と女性用の下着ですが、他国で売れそうな気配がありまして」


 一言一句違えずに、真顔で同じ言葉を繰り返すゴルゾー。義人は耳に指を突っ込んで軽く掻くと、首を

傾げる。


「よし、オーケー。もう一回」

「ユキ様が作られた服と女性用の下着ですが、他国で売れそうな気配がありまして」


 三度、ゴルゾーは真顔で繰り返す。義人は自分の耳が正常であることを確認すると、頭痛を堪えるように片手で顔を覆った。


「いや、悪い。ゴルゾーが何を言っているのかはわかるんだけど、意味が理解できないんだ……というか、いつの間にそんなことを?」


 以前から優希が手作りで服飾類を作成していたことを思い出す義人だったが、作ったその後までは気にしていなかった。精々身近な人物が使っているのだろう、という程度にしか考えいなかった義人だが、どうやら話が違うらしい。


「ユキ様は、元々ヨシト王が居られた世界の服を参考に作ったと仰っていまして……異世界の意匠を取り入れた服ならば好事家の目にでも留まるかと思い、他国で商いを行う際に持っていってみたのです。しかし、これが思ったよりも好評でして。下着のほうも、他国の貴族の婦人方に好評をいただきました」

「そうなのか? でも、優希は売るほどに大量の服や下着を作ってたのか?」


 いつの間にと眉を寄せる義人だが、それを聞いたゴルゾーは不思議そうな表情を作る。


「はい。ヨシト王にも許可はもらっているとお聞きしておりますが……」

「許可? ……そんなの出したっけ? サクラ、ちょっと優希を呼んできてくれるか?」

「かしこまりました」


 義人の頼みに、サクラはすぐさま頷いて応える。そして執務室から退室すると、三分も経たない内に優希をつれて執務室へと戻ってきた。


「義人ちゃん、呼んだ?」


 呼ばれた優希は、傍に小雪を従えながら不思議そうな表情で義人を見る。


「ああ、呼んだ。ちょっと聞きたいんだけど、優希は作った服とかはどうしてるんだ?」

「服? 下着とかも? それだったら使わない分はゴルゾーさんに渡してるよ」


 義人の問いに対して、優希は不思議そうな表情を崩さないままにそう答える。その間に小雪は義人の傍へと移動し、一メートルを超えた体躯で甘えるようにのしかかった。


「キュク、キュー」

「ちょ、重っ!? こ、小雪はちょっと大人しくしててくれ。それでさ、俺って何か優希に対して許可を出してたっけ?」


 義人に構ってほしいのか、のしかかりながら鳴き声を上げる小雪。義人はそんな小雪をなだめつつ、優希との会話を続ける。


「許可……あ、うん。ほら、前に下着を作ってた時にもらったよ。それで洋服とかも一緒に作ってたんだけど……駄目だったかな?」

「いや、駄目ってわけじゃないけどさ。そういえば出してたっけ……」

「それがどうかしたの?」


 以前の記憶を引っ張り出し、納得する義人。優希はそんな義人の様子に首を傾げる。


「それが、優希が作った服や下着が他国で売れそうだってゴルゾーから聞いてね。それで話をしているうちに、優希の話になって」


 説明をするように義人が答えると、優希は軽く頷いてゴルゾーへと目を向けた。


「そうなんだ。ゴルゾーさん、どうだったの?」

「好評でございました。つきましては、新しい服などがありましたら買い取らせていただきたいのですが……」


 ゴルゾーは優希の言葉に商人としての顔を覗かせ、それを見た優希は困ったように微笑む。


「いくつかあるけど、あまり量はないよ?」

「私としてはまったく構いません。では、買い取り額に関してですが……」


 義人とサクラを脇に、商談を始める優希とゴルゾー。義人は二人の声を聞きながら、自分が今着ている服へと目を落とす。

 着ている服は優希の手によって作られたものだが、日常で使う分にはまったく支障はない。手縫いで作られているので少し縫い目が粗いところもあるが、気になるほどでもなかった。タグも縫い付けられており、『MADE IN YUKI』と書かれているのはちょっとした冗談だろう。

 義人は少し温くなったお茶を軽く飲み干し、ため息を吐く。


「やっぱり、元の世界の知識を一番有効利用しているのは優希だよなぁ」


 それだけを呟いて、目の前で行われている商談に目を向けた。他国で売れるのならば、輸出品として正式に採用するのも良いかもしれない。

 そんなことを考えながら、商談に加わる義人であった。


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