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第七話 イキトシイケルモノⅡ / 2



 ウチは座ったまま馬車の中央に立てられた柱に縛りつけられる形で監視されていた。

 周りには四人の鎧を纏った男が囲い座り、目の前にはモロウが睨みを利かせて座っている。

 彼等は武器を所有していなかった。先を行く馬車に乗る仲間に預けている。それはここに縛り付けて監視している者に自分達の武器を奪われない様にという意図であろう。おまけにこの狭さで剣何ぞ振り回せる訳がないだろうし。


 何故この時代に馬車なのか、男共に前後挟まれたまま学園の外に出たウチは遠目に映るそれを見て疑問を抱いた。しかし目の前で柱の上に大きな刃を装着した事で理解できた。ギロチンなんだろう。

 暴れればあれがウチの頭上から落ちてくる。成程、現代車の車高ではこれが十分な威力を持つ為の高さが確保できないのか。

 そう言う魔法がかかっているのか、一般人はこの馬車の横を通っても誰一人意識せず素通りしていた。その割に馬車隊の後ろから車が突っ込んでくるなんて事もなかった。


「やけに落ち着いているんだな。腕は平気か?」


 知らない景色を目に収めているとモロウが呆れ口調で言う。腕の止血は自分一人で出来たんだが、それだけでは駄目だと言われ応急処置の鎮痛と血脈確保を施してくれた。腕の連結は彼女等でも無理だと言われた……まあ馬鹿なウチが素で鏡の足元に腕一本丸々置いて来てしまったんだから、どうにかなってもどうにもならなかったけどな。手術を受けられるような大金は用意出来やしない。


「大体の奴は手錠かけられた時点で落ち込むものだ。ましてや君みたいな年齢なんて特に」

「慣れてるから」

「ほう、手癖悪いガキだったのか」

「いや……悪いのはおつむだな。犯罪なんてした事ない」

「……ああ、先程の女とそうやって楽しんでいたのか。やめとけ、女同士だなんて」


 うるせえ


「母親だよ。ウチの母親がそう言う趣味なのさ。悪い子は縛って殴って脳味噌開花させる、いい趣味だ」

 モロウは一度深く瞼を閉じるが再度開いた時はやはり睨み目に戻っていた。

「同情はしないぞ」

 その言葉自体が同情しているって事実の裏返しじゃないか。

「別に」


 周りの男達はウチの言葉が聞こえていないみたいにただただそこに座り続けていた。辛うじて揺れに対する反射と瞬きで生存が確認できる。

「先程の話、完全に信じる訳にはいかないが、その男に狙われているとか言うのも加味して特別な牢屋にぶち込んでやる。安心しろ、あそこは安全だ」

「……ありがとうございます」

 これから投獄されるっていうのに感謝するのはおかしな気がするが一応言葉にしておく。

「ただ、先客が一人だけいる。忠告だ、あいつとはあまり関わるな。もし君がお天道の下を歩ける真っ当な人物であるとしたら、あいつと関わってはいけない」

「そんな危険なんですか? 安全って言っていたじゃないですか」

「外からの襲撃には確かに安全だ。だがあの女はあの監獄の癌なんだ。しかしあいつの牢屋を他に移す訳にはいかないからな。それだけは覚悟してくれ」

「別に……どうせ捕まった身ですし」


 鏡の話を信じるなら、ウチはもう真っ当には生きられないんだろう。だけどあの鏡と一緒に歩く事だけは勘弁ならなかった。それくらいなら、ウチは今から向かう暗闇にて果てるという未来を選ぶさ。真っ暗なんだ、何も見なくて良い。

 最高じゃないか、最悪にな。




 そこは思っていた以上に小さな施設だった。こっちが勝手に想像していた建物に対して大分縮小を効かせなければいけない程の小ささだ。それでも高い壁には蔦が這い渡り、鳥達がウチを見降ろしていた。周りには何も無く、植物に囲まれた天然の要塞だった。無論守るのは塀の中の者ではなく塀の外の者だろうがな。

「暫らくここに収容させてもらう。悪く思うな、君が起こしたとされる事件は魔法使いの間でも大きな波を立ててしまうだろう。故に君には誰一人接触が許されない。わかるな?」

「薄らとは」

 世の中には変わった奴がいる。例えば殺人狂を集める収集家とかな。そりゃそうだ、ウチは自分でやった訳ではないが、あの学園の頂点に勝ってしまった事になっているんだから。そんなウチをどうにかして盗み出したい奴がいる事くらい理解できる。魔道を進むならより強力な杖が欲しくなるってもんだ。


 ウチは再び前後を兵士に挟まれ施設の中へと連れていかれる。幾つか扉を潜り数人とすれ違う。誰もが鎧を纏っていた。異風景、まさにそれ。

 つまりここは一般的な監獄ではなく、魔法使いを収容する所なんだろう。それ専用に作られた施設である事は漂う気配ではっきり理解できる。中に生い茂る植物の隙間から何かがこちらを観察している気がした。嫌だね、まったく。


「服を着替え、金属を全て外せ」

 小さなロッカールームに通されそこで指示が出される。ウチの横にはモロウしかいないが前後の部屋には屈強な兵士が待ち構えているのだろう。ウチが女だからモロウだけなのかもしれない。

「これはお前の為に言っておく。金属は絶対に外しておけ」

 どういう意味だろうか。強く言われる理由が分からないが大人しくその指示に従い服を脱ぎ始める。片手だけでの作業は思っていた以上に難しかった。

「下着も外せ。中のワイヤーも危険だ」

「……本当に女に興味ないんですよね?」

「おふざけはやめろ。命にかかわる事なんだ」

 彼女のまじめな顔から察するに何かあるらしい。ここは大人しくしておこう。


「終わった」

「これで全部か?」

 彼女はウチが脱いだ服をチェックする。

「武器は所有してなかった様だな」

 元々犯罪者じゃないからな。いや、火事場泥棒はしたのか。

「では次の部屋へ進め」

 そう言ってウチの肩を押す。ウチはそれに従い次の部屋へと続くドアを開けた。


 それは経験の無い感覚だった。


「ここって?」

 その部屋自体は小さな部屋だ。いや長細いから例えドアが二つだけだとしても廊下といって差し支えないかもしれない。ドアの左右の凹んだスペースには二人の兵士が構えていた。


「もう一度だけ言う。あちらの扉を開ける際には金属を持ち込むな」

 随分としつこい。

「何が起きるんですか?」

 ウチが質問するとモロウはウチの心臓辺りを指差す。

「簡単だ。金属検査だ」

 簡単と言っているモロウの眉間には、その言葉とは不釣り合いな暗さが塗られている。嫌な予感しかしないなこりゃ。

「もし持ち込むと?」

 さし出された指と心臓の間に手で壁を作る。さし続けられているとなんだか気持ちの悪い物が腹に生まれてきたのだった。魔法使いに心臓を注視されるというのは気持ちの良い物じゃない。

「妖精に食われる。その人物がだが」

 ああ、やっぱりか。とてもじゃないがあの扉の向こうに金属を調べるおじさんが構えているとは思えないもんな。禍々しい気配が漏れ出ていた。

(しかし妖精か……なら泣いて詫びなくてすむかな)


 実はウチは一つだけ金属を身に隠し持っていた。鏡から貰った指輪だ。これを手放す事は出来なかった。


 好きだった、そうウチは告げた。


 でもまだあいつの事は気になっていた。


 嫌いになった訳ではないのだから。


 でも言葉にしないとウチはいつまでもあいつを見てしまいそうだったんだ。


「では、進め」

 ウチは鏡の言葉を信じてそのまま足をゆっくりと進める。


 妖精なら大丈夫なはずだ。あいつはそういう商品だって自慢げに言っていた。


 だがもしこの先に待ち構える妖精がこれを嗅ぎつける様な存在だったら……。


「どうした?」

「いえ」


 足が止まった。正直怖かった。


「もしかして持っているのか? 正直に言え。私は失望するが、だからと言って待遇が悪化する様な事はない」

 このモロウという人物は変に誠実な女だな。出される言葉が一々自分を物語っている。

「…………」


 どうする……


「いえ……平気です。あんな事言われちゃったんでちょっと怖気づいただけですよ」

 手の肉に爪を押し入れる痛みを契機にウチの答えが出た。能動的に発言した覚えはなかった。

「そうか、ならば行け」


 出てしまったのなら仕方ない。

 そう観念してウチは無い覚悟を決めて再び足を動かす。

 一歩進む度に重い空気を押しのけるのを肌が感じ取る。

 指がドアノブに近づくと吸われるという錯覚を覚えた。


 いけない、本当に危険な奴だこれは。


 しかし触れてしまった手前、その次の手首を捻るという動作をしなければならない。

 鼻で呼吸を整えると手首に力を込める。

 カチャリ、小さな音が立つ。

 押したつもりはないがドアは自然に面積を狭めていった。

 ドアの先は暗闇だった。何も見えない程の暗黒。


 だけどわかる。確かにいる。


 恐る恐る天井の方へと目をやると、そこには数え切れないほどの目があった。

 可視の状態で無いのに、ウチの脳はそこにあると察する。

 その全てがウチを見ていた。その全てがウチを裁判にかけていた。

 牙を立てて良いのか駄目なのか。そんな原始的な判断。


 大丈夫……妖精なら大丈夫……


「どうした? 魔法学園の生徒が妖精を見た事が無いとは思えんが」

 後ろからのモロウの冷静な言葉が私を抜ける。

「学園にいる様な可愛い物じゃないですよこれ」

 明らかに発せられている殺気が風となってウチの首元を涼める。


 それでも手放す気にはなれなかった。

 これがあいつとの最後の繋がりな気がして、

 これを外したらあいつと二度と会えない気がして、

 そんな事になるくらいなら死んでも良いかなって思えた。


 自分から切った繋がりのくせに、最後の一本になると惜しみだす……情けない女だな。


「室内で流れる案内に従え」

 ウチはそれを耳に入れると無数の殺人者が待つ暗闇へと進んで行った。






 まず最初に出されたのは意外にもホットミルクだった。

「これは?」

「飲め、おかしな物は入っていない」

 モロウは何処となく安心したという顔を見せる。ウチが死んだところで彼女に何ら損失が無いのにおかしな話だ。

 口に温かい優しさが広がる。甘い、二つの意味で。

「本当ならあの部屋を通らせる前に機械で金属判定をしておくのだが、さっき教えた女に全部壊されたんだ。だからもし隠し持っていてそのまま黙っている様だったら、そこでその者の人生は終わりだ。もう何人死んだか分からん。まあ脱獄の為に用意した手段で自分の首を掻っ切るのだから可哀相とも思わんが」

「機械なんて買い直せばいいんじゃないんですか?」

「妖精の認識から外れた金属を使った機械じゃないと駄目なんだ。だからそう易々と入手できない」


 なるほど、どうやら鏡がくれたこの指輪は特に貴重な金属で作られているらしい。


 でも正直おかしな気もする。そもそもあの部屋を通るまでは金属自体の持ち込みはまだ許されているのだから、なんだったら手で持てるサイズの探知機を作らせればいいだけじゃないのか。小さければそれだけ使う材料も少なく済むだろうから。それに兵士だってしっかり鎧を纏っているんだし。まあいい、そんなこと考えてもウチには何らメリットが無い。

「で、これからウチはどうすれば?」

「簡単だ、君は牢屋の中で生活しているだけで良い。労働等はやる必要は無い」

 この狭い施設の中に作業場があるか疑問だったんだが、どうやらそもそもここでは労働は無いらしい。留置所という形なのだろうか。だが留置所の割に中々に厳重さが目立つ。特別施設、そういう単語がやけに似合っていた。

「後は取り調べに応じる事。一応言っておく、ここでは普通の社会での権利等は通用しない。守られていると思ったら大間違いだ」

「へえ……じゃあ鏡が言っていたのは相当に現実濃厚ってことなんですね」

「…………」

 モロウはウチの目からあからさまに視線を逸らす。余程鏡の言葉が彼女にとって毒になっているのだろう。信じていた正義が揺らいでいる苦みがありありと表れていた。

「あまり喋るな。言ったはずだ、ここでは権利等も限られている。場合によっては君の状況が悪化する事も考えられる」

「あーそりゃ怖いですね」

「……まあいい。とにかく今から牢に行こう。お姫様とのご対面だ」

 拳をウチの頬に叩きつけたくなったのだろう、モロウは辛うじて人ではなく壁を叩く事で怒りを発散した。室内に大きな音が響く。この女は非常に煽りがいがあるな。

 手に持っていた兜を再び着けるとついて来いという手振りを見せる。

 ウチは少しだけ緊張していた。どんな化け物がこの施設の中で飼われているのか見当もつかないのだから仕方ないだろう。これだけ警戒されている化け物、見てもいないその姿を恐れてしまう。

「武器は持たないんですか?」

「……ふっ、獣が怖いか?」

 彼女はいつの間にか武器を手にしていなかった。

 ウチの少しひよった言葉に意地悪く笑みを浮かべているのが兜の隙間から容易に把握できる。いや、やり返してきたと言うべきか。さっきまでこっちがいじめていたのだから好い仕返しの機会だと思ったのだろう。

 そう言えば妖精の部屋を越えた後に出会う兵士はもう金属の鎧を着ていなかった。剣も身に着けていない。持っているのは棍棒と杖、身を守るのは剣道の胴の様なプラスチックの防護着くらいだ。余程徹底されているのか……。

「一体何がいるんです?」

「女だ」

「それは聞いていますって。さっきから異様に金属にこだわるじゃないですか」

 このままだともしかしたら牢屋の格子すら木で出来ているんじゃないだろうか。日本のかつての牢屋と同じく、木の棒を組み合わした代物だ。

「この牢獄のお姫様は地球錯誤なんだ。金属を操って色々と細工をしてしまう、怖い怖いお姫様……危険極まりない猛獣だ」

「へぇ……」

「君も知っているだろう、金属は人を表わす。アレは金属と金属を入れ変えたり、人と金属を入れ変えたりしてしまう魔法を得意としている」

 得意としている……? 少し言葉に違和感を覚える。地球錯誤って言うのは元魔師、つまり鏡みたいに魔法その物を埋め込まれて地上に零れ落ちてきた者をさす言葉であって、得意とかそういう言葉を使う相手ではない。ハサミを指差して「これは物を切るのが得意な道具です」と言う説明をする様な物だ。ハサミは物を切る為に生まれてきた道具、それ以外の目的で使用される方が少ない。

「ほう、しっかり勉強してるんだな」

「まあ」

「でも悪いな。これ以上あの女に関して教える訳にはいかないんだ」

 ここまで話しておいて情報と言うノートを閉じられてしまった。次のページには一体何が書かれていたのだろうか。ウチが見てしまったらいけない物なのだろうか。

「鎧、平気なんですか?」

 そう言えばさっきから気になっていたのだがモロウ自身は絶対に鎧を外したりはしなかった。金属と人を入れ変えるというのだからその鎧も危険の種になるんじゃないのか。

「この鎧は彼女の魔方にも対抗できる。安心しろ」

「へぇ」

 なるほど、特別な物なのか。道理で他の兵士と違う物を着けているわけだ。配給品とは違う。

 そういや鏡と対峙している時にやけに兵士達がモロウの鎧を注視していたな。恐らく宝級の逸品なんだろう。どう見ても若い彼女がそれなりの地位にいるのはこの鎧の御蔭なのかもな。


 階段を下りて行くと急に獣の臭いがし始めた。比喩ではなく実際に獣の臭いが満ちている。

「本当に人が入ってるんですよね?」

「ああ、この臭いか。安心しろ、これはお姫様の臭いではないさ」

「なら良いんですけど」

 先に進むとそこには不思議な光景が待ち構えていた。木で出来ていると想像していた格子は実際には半透明な何かで出来ていた。鍵の部分は流石に内部構造が見えないようにと完全に白くなっているが、それ以外は薄らとした透明を保っている。通過する際にさり気なく触れてみると滑りは悪く、また水晶とは違った質感だった。きっと金属以外で耐久性に優れた物として選ばれた材質なんだろう。樹脂って奴だろうか。周りの石造りの壁などから大分時代がずれたそれは、きっと後から急に設置された物なのだろう。施工の雑さが滲んでいた。

「そろそろだ」

 モロウは足を止め覚悟を決める時間を与えてやろうとこっちを見る。覚悟も何も、ウチはただ従うしか出来ないのだから意味の無い物だった。いや、むしろより近い気配を受け取ってしまう事で恐怖心が増長されてしまっていたのかもしれない。

 彼女は楽しそうに鼻を鳴らすと再び歩き始めた。


「やあお姫様、ご機嫌いかがか?」


 そこにいたのは大きな獅子と小さな少女だった。

 獣の臭いはこの獅子が原因か。佇んでいる様から人の命を聞く人工魔と見受けられる。


「……まあまあ」


 寝ているのかと思われた少女は目を閉じたまま声を上げる。

 褐色の肌に藍白の髪の少女は透明な檻の中に閉じ込められていた。そしてその檻の前に獅子が行儀よく鎮座している。

「モロウ家に代々仕えている人工魔だ。可哀相な事に今はこんな狭い所に閉じ込めてしまわなくてはならない」

 モロウが言うにはこの獅子はこの少女を監視するためにここに連れられてきているらしい。他の人工魔では少女の暗示魔法で再起不能にされてしまうのだとか。

(おいおい、そんな奴の前にウチを置くのかよ)

「その後ろの人間は?」

「彼女は君と同じく暫らくここで過ごしてもらうお客様だ。変な事をしてくれるなよ」

 その言葉を聞くと少女は含み笑みを浮かべた。ゾクリと背筋に冷気が這う。

「初めてね、人間が目の前に置かれるだなんて」

「……聞こえていなかったのか? 手を出すなと言った。出したら貴様の刑が重くなるどころか、最悪の場合も考えられるぞ。いいな、絶対に彼女におかしな真似はするなよ」

「ふふ……でも話し相手なら良いんでしょ? 退屈なのよ、そこの猫ちゃん」

 モロウは少女の猫発言にピクリと肩を張る。ほんと徴発され易い単純な人なんだな。

「この子はそこらの人工魔とは違う由緒正しい子だ。絶対に命令に従う優秀な獅子であり、私が貴様の言葉に反応してやるなと命令してある。からかっても怒り狂ったり、煽てられて芸などしたりしない」

「へぇ、ならお前が命令すれば芸もできるのね。サーカス団にでも貸して出稼ぎさせてやるといいよ。こんな所にいても何の役にも立たないだろうから」

「……キュレンカ・ヘイセベエル、おふざけが過ぎるぞ。監獄のお姫様らしく丁寧な口を使っておくれ。でないと私とて間違いを起こしてしまうかもしれない」

「マーレード・モロウ、その手がこの顔に触れた時点でお前の正義は崩れる事になるぞ」

 ……いかんねこりゃ、最悪の雰囲気だ。正直ご当人たちに任せてウチはここから一度脱却したいもんだ。まあ捕まっている身なんだから無理なんだろうけど。

「……まあいい。私には既に刑に服している者を相手にする時間は無いのだ。次の罪人をしょっ引かなくてはならんからな」

 モロウはそう言って力を込めてウチの腕を引く。間違いなく八つ当たりだったが刺激しない様に閉口しておこう。こっちの獅子さんの目が更に覚めてしまうと困るしな。

 樹脂の牢屋に乱暴に押し込められたウチにモロウは少しだけ声を和らげて伝える。

「最早こいつと一緒に寝起きを共にする事が刑罰の様な気もするが、先程言った通り君の身の安全の為だ。我慢してくれ」

「了解」

「取り調べの際にはここに兵が来るから大人しく従う事、いいな?」

「了解」

「それから……君は日本人か?」

「ん? そうですけど」

「ベッドは嫌か?」

 驚いた、そんな選択の自由があるのか。

「別に平気ですよ。学園じゃベッドですし」

「そうか。ならいいんだ」

 やっぱり、根は優しいんだなこの人は。

 そんな優しさを感じている横でまた褐色肌の少女がモロウを挑発する。

「日本ですって? ねえ知ってるモロウ、日本には猫の皮を剥いで楽器にする風習があるよ。もしかしたらそこの猫ちゃんの未来は日本の楽器かもね」

「……そう言う安い挑発には乗らん」

 いやいや乗ってる、乗ってるって。格子を握る腕が筋収縮で震えているのが明らかだった。この人の胃は穴だらけなんじゃないだろうか。

「ここには見張りの兵はいないがそこにある紐を引いてくれれば一応武装兵は駆け付ける。こいつのまやかしにかかられては困るのでな、人ではない者が常にこの部屋を監視する」

 つまりそれがこの獅子か。

 落ち付いた所で獅子を横から観察する。明らかに人工と分かる肉付きをしている。野生の獅子とは違って異様に盛り上がった筋肉は殺傷能が相当高い一撃を繰り出すんだろうな。おお怖い。

それにしても紐か……何て前時代的な呼び出し装置だよ。金属に対する制限がここにも働いているのか。そう言えば監視カメラすらここには存在しない風に見える。はたしてそんなんで監獄として役に立つんかねぇ。

 いや待てよ、もう一つ監視するのに適任の奴がいたな。格子の隙間を通り抜けてしまえる奴、妖精だ。さっきから誰かに監視されていると感じるのはきっと視認できない奴がここにいるんだろう。視認できないなら牢屋のお姫様も操る事が出来ないのかもしれない。

 もしかしたら金属探知機の理由は妖精かもしれないな。誰にも視認できないなら金属を知らない内に壊してしまうのかもしれない。だから根本対処となる認識されない金属を使った物でしか置いておけないのか。人が出入りできる施設なら透明な妖精なんて易々と出入りできるだろうし。例え兵士を襲う程の力がなくても、動かない金属を壊す事くらいなら出来てしまうだろう。ロッカーも随分穴だらけだったし、ありえそうだ。

 モロウが敢えて監視者を獅子と直接示さなかったのも、変に誠実な性格の所為か。

「妙な動きをしたらこの子が動く。はっきり言って私以外の者の命令は聞かない。だから私がいない間に君がちょっかい出して噛まれても助けられる人間はいないから気をつけろ。まあ噛みつかれた時点で呼び出しの紐をひけずに命が終わるだろうが」

 だろうねぇ。宙を睨んでいる獅子は何一つ動きを見せていなかった。呼吸の動きすらない為生きているのかすらわからない。

「とにかくこの格子から外に手を出さない事だ」

「了解」

「うむ。それと、用はそこで足せ」

 モロウはウチの後ろを指差す。……振り返るのが怖かった。何故かというと、入ってきた時の記憶を頼ると、その方向にある物体と言ったら用途の分からないただ立てられた小さな板だけだったからだ。つまり……その板の向こうに穴があってそこでトイレを済ませと言う事なのだろうか。

「恥ずかしいだろうがこれは規則だ。君が犯した罪の重さを考えればこれくらい……っとそうだったな、君は否認している身だったか」

 肝心な事を忘れてもらっては困るんだけどね。

 それにしても……こんな板切れ一枚で何が守られるのか。周りに器物が無いって事は水洗ですらないだろうし……って待て……紙は何所だ?

「あの、紙は?」

「ああ、忘れてた」

 おいおい、しっかりしてくれよ。このまま出て行かれたら暫らく地獄を味わっていた所だったゾ。

「直ぐに持ってくるさ。それと、気になるなら消臭剤くらいはくれてやるが、どうする?」

「頼みます、切に」

「そうだろうな。君くらいの歳では仕方ないだろう」

 うんうんとモロウは頷く。と言うかあんたも然程歳違わないだろうよ。

「では大人しくして待っていろ。それと最初だけ水を持ってくる。以降は食事時に食事と一緒に支給されるからそれを調節して飲め」

「了解」

 ウチの頷きを確認したモロウは一度ヘイセベエルとか言う少女の方を睨むと、舐められぬようにと堂々と言った姿で出て行った。

 椅子の代わりになりそうな段差に腰を下ろすとチロチロと周りを観察してみる。横は見たくない、そこにあるトイレが本当にただの穴だけなのかを知るのはもうちょっと時間を置いてからでも遅くないはずだ。

 ここは辛うじて洗面台が在るだけのただの箱部屋だった。いや壁の一部は壁とすら言え無い格子だが。洗面台の下部から生えているパイプも金属では無かった。蛇口が無い……渡されるペットボトルの水でどうにかしろと言う事か。きっとこの少女が入ってくる際に取り除かれたんだろう、蛇口の名残はあった。

いや待て、ベッドが無いぞ? さっきの言い方からしてベッドが用意されるはずだったがそんな物何処にも無かった。おいおいちゃんと持ってきてくれるんだろうな……。

「ねえ」

 ウチが頭を抱えていると『ねえ』と言う音が聞こえた。

 ねえ、なんてこっちの国ではあまり聞かない呼びかけ方だったので首が痛い程に前へと勢いよく顔を向ける。

「はい」

「これからよろしくね」

「……日本語、できるんですね」

 正直驚いた。褐色肌の少女はその風貌に似合わずはっきりとした発音で日本語を喋っていたのだ。

「ふふ、あたしは特別だからあらゆる言語が使えるよ」

「そうなんですか」

 特別、まあそうなんだろうな。こんな施設に詰められるんだ、特別という言葉が付きまとう人物だろうよ。ウチの場合は濡れ衣だけどな。

「これからよろしくね。あたしはキュイ」

 キュイ、それがこの少女が呼んで欲しい愛称か。

「ウチは星井加々美。加々美で良い」

 相手の幼さに触れると自然とため口に走ってしまう。

「加々美ね、分かった」

 キュイという少女はその幼さに似合った笑みを浮かべる。だが気になったのはいつまでも閉じられたままの瞼だった。魔眼なのか、それとも生まれつき開かないのか。前者だった場合は目の前に姿を晒すのは不味い。だがもし魔眼だった場合、そもそもウチは彼女の前に連れて来られないだろうから安心して良いはずだ。

「加々美、あいつが戻ってくるまでにちょっとお話してよ」

「お話?」

「そう、色々知りたい」

 ああウチの事を語れって事か。そうだな、これから暫らく一緒の空間で過ごすんだ、こっちの情報を伝える代わりにあっちの情報を手に入れて、何が危険かを知っておかなくちゃだな。

 まったく、面倒なこった。






 投獄から三日たった。その間二度ウチは牢屋から連れ出され尋問室にて事情を説明させられた。尋問する人は随分と年を取った老人だったが、その後ろには何故か常にモロウが仁王立ちしていた。暇じゃないんじゃなかったのか。

 老人は紙に私の発言を一文字たりとも改変せずに紙に映す。その為発言の度に間が生まれ酷く時間がかかった。まあこっちは他にする事が無いのだから別に構わないのだが。それに幸いにも彼の腕の動きは素早かった。

 それよりもボールペンを握る老人の手の傷が気になった。昔は色々と動きまわって来たのだろう、明らかに普通の生活をしていないと語る傷の多さだ。叩き上げって奴か。


 尋問の後は常にモロウがウチを牢屋まで連れて来た。ウチの背中を押して牢屋に投げ込むと、彼女はいつも最後に部屋全体を見渡してから出て行く。キュイの方だけは見ていなかった気もするが。

 この数日、キュイはウチの事を訊き出そうとしてきた。どういった経緯でここに連れて来られたのか、どういう生まれなのか、学生生活の事、日本の事、何でも訊いてきた。粗方応えるとキュイは満足げに口を曲げる。本当は犯罪者相手にべらべらと個人情報を並べるだなんて自殺行為だろうから避けるべきなんだろう。だけれど、どうせ今回の事件の所為でウチの名前さえ知っていれば後でちょっと調べれば何でもばれてしまうのだから、今更気にする事ではなかった。狭い狭い世界なんだ。

 そんなキュイに対してこっちからも質問をぶつける。ウチが本当に何でも応えたからだろうか、彼女は意外に口を易く動かした。まあ大物らしいから後々足跡を消す手段なんて幾つも知っているのだろう。

そしてキュイはどうやら生まれつき目が見えないと知る。自分では瞼が開いているか閉まっているかもわからない為、目に異物が入らないようにと強制的に閉じる手術を受けたらしい。また、彼女がウチの知る世界からかけ離れた世界を歩いてきたらしいとも知る。まあそれはお互い様か。

「ねえ加々美、あんたってこれからどうなるの?」

「知らない、としか答えられないね」

「ふーん。本当に何も分からないのね」

「残念ながらこういった状況についての知識は学園じゃ教え込んではくれないのさ」

「へー、一番大事なのにね」

 いや、それはおかしい。

「やっぱり牢屋に入れられ慣れているのか?」

「あたし? ……そうだね、今回が初めてではないかな」

「そうかい。ここはいつから?」

 キュイは自分では見られない指を動かして月日を数える。しかし答えは曖昧だった。

「分からない。覚えてない」

「じゃあきっと長いんだな」

 ウチが外に出されるのに対して、彼女はこっちの知る限り一度も外へと出される事は無かった。しかも狭い空間である牢屋の中でも更に限定した領域だけで時を過ごしていた。体も一日に一回渡されるお湯を使って自ら清拭(せいしき)し、髪もプラスチックのバケツに頭を突っ込んで洗うしかないという扱いだった。ウチは一応外に出してもらえるのでその際にシャワールームを借りる。監視付きだが。

 そんな扱いにも関わらず彼女はお湯を使って体を清める際に随分と楽しそうに歌う。歌詞と言う形ではなく音で歌うと言った歌だったが、やけに楽しくするのでこっちまで綺麗にされている錯覚を覚えた。また当然体を清める為には裸にならざるを得ず、相手がこちらの動作を知る事が出来ないのを良い事に、褐色の綺麗な肌を初めて目の当たりにするウチは好奇心からじっくりと鑑賞させてもらった。少し骨の浮いた水滴伝う褐色肌には、まるでこちらを惹きつける魔法がかかっているようだった。目を離す事が出来なかった。気持ち悪いと言われると思うが、それがここでの唯一の娯楽みたいな物だった。視覚と聴覚を満たす、わずかな時間の娯楽だ。

 だが三日目、毎度ウチが彼女のその儀式の間だけ完全に黙るからか、不思議に思ったキュイは一体何をしているのかと言う答え辛い質問をした。「見てる」なんて馬鹿正直に言える訳もなく、何もしてないと答えるしかないが、状況的に本当はとっくにばれているのだろう。彼女の質問がおちょくる様な口調だったのが何よりな証拠だった。ウチはそれで酷く恥ずかしくなり、見えていないと知っていながらもそっぽへと顔を反らした。


 最初はお喋りな印象を受けた彼女だが、一日中喋っている訳ではなかった。むしろ口を閉ざし活動を停止している時間の方が長かった。何を考えているのかと尋ねると、彼女は「夢を見ているの」とふざける。起きていながら夢を見られるなんて魔法ができるなら是非ウチにもかけて欲しいものだ。夢に溺れられるなら現実逃避としては最上級じゃないか。だがそれよりも気になったのが、目の見えない彼女が「見る」夢だ。これは不快にさせるだろうから訊く事は出来ないが、世界を見た事の無い人の夢とは一体どんな物なのか非常に気になった。


 モロウからは猛獣と聞いていた少女は、実際に前にしてみると綺麗な猫だった。檻の中に既に収まっているからか、同じ肉食でも大分印象が違って映った。

「へえ、じゃあそれで今まで生計立てていたのか」

「生計立てていたというか、そうやって生き延びてきたって感じ。あたしにはそれしか術が無いから」

 彼女は所謂闇社会の住人とのことだ。学園で学んだ「魔」と言う種族を守ることで金を稼いでいる。人間の敵である魔を守るって事は、完全にそれは人類に対する反逆行為だ。

「キュイは凄腕なんだな」

「まあね。こんな体だけどそれなりに役に立つの。多分加々美を相手にしたら三秒で消せると思う」

「おおこわ」

「あたしは一対一なら絶対に負けない自信がある」

 そうは言っても現に彼女は負けているからここにいるはずなんだがねぇ。

「なら今回はどうして捕まったんだ?」

 キュイは揉んでいた足首から手を離すと自分の閉ざされた目へと指を移す。

「目を失っちゃったの」

「目? もともと……いや」

 あぶね、自分の危うさに呆れるゾ。なに自然に相手の危険領域に爪先突っ込もうとしてるんだか。あいつじゃあるまいし。

「そう、もともと見えないの。だから目が必要なの」

「それって使い魔かい?」

「いや、そんな物では死臭漂う川は泳げないよ。必要なのはもっと確かな物」

「人間か」

「勿論」

 つまり彼女は仕事上相方となる人物を失った、恐らく捕まったか殺されてしまった為に動くこと叶わず、彼女も捕まってしまったという事なのだろう。

「肉を肉と判断できる人が必要」

「どういう意味だい?」

「肉を食べ物として判断するんじゃなく、肉をただ肉と判断する人が良いの」

 うーん、いまいち分からん。

「冷酷になれる人、冷静な人」

「ああ……」

 肉って人間の事かよ。つまり人間を肉として見て、それを死に追いやる事に抵抗を感じない冷酷な奴が欲しいって事か。えらく厳しい世界なんだな。

「当たり前。常に血が流れる世界だよ」

「想像できないね」

 想像したくないね。

「でも実際にある世界だから。それにあたしにとっても住みやすい世界」

「修羅の世界だ」

「修羅?」

「潰し合いの世界って事だな」

「それはどんな世界でも同じことでしょ」

「まあ、ね」

 目の見えない少女、そんな彼女は一体どうやってそんな世界で生き延びてきたのだろうか。

「そうだ、ここから金属が消えたのってキュイが原因なんだろ?」

「まあね。あいつ、あたしが金属魔法得意だからって事でここに閉じ込めたの」

 あいつってモロウの事だろうか。

「不覚だった。まさかあたしに懐かない金属があるだなんて思ってもいなかった」

「あの鎧は特別な物らしいな。魔法が通じないとか言ってたゾ」

「うん、身を以て経験した。不思議な感覚だったよ。触る事が出来ない、そんな」

 ウチになんとか察してもらおうと身振りまで加えてキュイは語る。だけれど、そもそも他の金属を操るという術を持たないウチにそんな事言われても余る話だ。

「ここにはいつまで閉じ込められる予定なんだい?」

「多分一生ここ」

「マジか……」

「マジ?」

「ああ、本当かって事」

 勝手に日本語が達者だと思っていたキュイは、こちらの想像と違ってところどころを漏らしていた。「マジ」だなんて、現代の言葉を知っていれば普通耳にしたはずなんだがなぁ。言っちゃ悪いがこの少女が教科書から言語を学んだとは考えにくく、誰かから口頭で学んだと推測していた。

「そういや日本語どうやって知ったんだい?」

「……秘密」

 おいおい気になるゾ。今まで何でもあっさりと答えてくれた彼女は初めてウチの言葉に手を翳した。どうやら普通の学習方法ではなさそうだ。

 彼女は立ち上がると部屋の奥へと移動した。そこは彼女にとって寝床となる区間らしく、そこにいる間はウチのどんな問いかけにも応じてくれない。

 今回はこれ以上話したくないというアピールなんだろう。ウチも閉口するしかなかった。






 それから数日、もう話す事もなくお互いに静かに過ごす時間が増えた。本なんかは貸出してくれるので多少自分を誤魔化す事は出来たが、元々読書は好きじゃないのでただ文字に逃げているだけといった形だ。それに片手を失った為に、読み辛くてしょうがなかった。


 尋問も既に終わったらしく、ウチは放置され続けていた。日に三度の食事と一度のシャワータイム、これじゃ飼われているって感じだ。



 本にすら飽き始めた頃、慣れというのだろうか、いつの間にかウチは大胆になり過ぎていた。平気で鏡から貰った指輪を指で弄る様になっていたのだった。勿論他人から見える様にはしていないが、それでも大変に危険な行為だった。ましてや獣と獣を横にしているこの状況ではそれは愚の骨頂だった。


 この隠し場所はモロウ達も気付かないだろう。普通は肉の間に隠したりなんてしないからな。そう、ウチは千切れ飛んだ腕の断面に指輪を隠していた。そして毎度肉を切って取り出す。そんな行為を何度も繰り返していた。自分でも気が狂ってるとしか思えん。唱える物も止血の魔法だから獅子もこちらを睨んだり、主を呼び出したりはしなかった。怪我人が唱えるなんて当たり前だからな。


 ずっと閉じ込められていた上でそんな狂行をするものだからウチから次第に冷静さが零れ抜けてしまって行くのは仕方のない事だった。




 更に大胆になったウチは、とうとう寝ている間、ずっと掌の中で握り続けるという蛮勇さをも手に入れてしまっていた。



 ある日、突然大声で起こされたウチは思わず手中のそれを放り出してしまう。

 それを目の当たりにしたモロウは兜の中でどんな顔を作ったのだろうか。ウチはそんな事を考える前に転がってゆく指輪を飛び付く様に追いかける。しかしその指輪は私だけではなく一匹の獣と一人の獣を目覚めさせる。

 獅子は初めて動きを見せてその前足を格子の隙間に滑り込ませる。

 しかしそれよりももう一方の獣の動きの方が速かった。


 ソレは小さな金属音を聞きつけるや否や、飛び起きて、開かない目をこちらに向けたと思うと、次の瞬間にはウチの目の前に立っていた。


 信じられない事だが、

 本当に一瞬で目の前に現れたのだ。


 多少の自由のある空間の中にいてもあんなに行動範囲の狭かった檻の中の獣は、小さな金属を嗅ぎつけると、途端にその行動範囲を広げた。


 目の前に立つ少女を見上げる。

 ウチは既に彼女に狩られてしまったのか。

 体が動かなかった。


「貴様あああああああ!」

 少女の向こうではきっとモロウが怒り狂っているのだろう。だけどウチの目は盲目の獣から離れる事は出来なかった。


「良い物、持ってるね」


 ソイツは一言だけそう零すとウチの腹を正確に蹴りあげた。

 痛み、それは感じられた。だけど込み上げてくると予想した吐き気は起きなかった。その前にウチの意識が殺がれたからだ。


 最後にウチの脳味噌が認識したのはキュイの足がウチの顔に向かってくるという光景だった。





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