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第一話 出会いと自壊 / 3〜4



 あの日から私達は友達となった。あの時自分が何故あのようなことを言ったのか思い返しても理解できない。だがこの関係は良いと思う。

 初めての同世代の友達が選りにも選って尼土家というのは皮肉か。否、だからこそなのかもしれない。

 もし神というのがいるのなら、この出会いは必然だとおっしゃるのだろう。互いに傷物だから嘗めあって生きろとでもおっしゃるのでしょう。


 ええなんて皮肉、片割れは自分が傷を負っていることにさえ気付いていないのだから





「ごめん朱水、今日は先に帰るね」

「あら、私も今日は用事があって一緒に帰れないと言うつもりでしたの」

「そっか。偶然だね」

じゃあね、と有は手を大きく振りながら階段を駆け下りていった。あんなに急いでどこへ行くつもりなのだろうか。気になりはしたがまずは自分の用事を済まさなくてはならない。


 そう。今日は本当に用事がある。最近、おとなしかったはずの敵は急に勢力を伸ばしてきた。やはり人間を支配するタイプだった。しかし操られた人間がすることはただの破壊行動のみ。メリットなど考えられないその行為に、配下の者達はある程度までの措置だけを実行することを決定した。操られた人間を剪滅し、 新たな犠牲者を出させないよう監視の目を増やすとのこと。私には特別反対する理由は無い。措置は確定だ。今は被支配体を剪滅することに優先度が移行している。今日は商店街に置かれた被支配体を狙う。


 智爺に学校から車で運んでもらい商店街へとやってきた。人間達は周りで何が起きているかを知らないため商店街は未だ活気だっている。


「ここね」

 路地裏に入りしばらく歩くとやや広い更地があった。どうやら周りの小さなビルに囲まれている所為で皆から忘れ去られているような空き地であった。太陽がこの場所を見守るをやめたのか、異様な暗さだった。違う、作為的な薄暗さだった。ビルの屋上近くには陽光の当る部分があるが、その下からは膜でもあるかの様に不自然に光が切り取られている。

「あら、下品な匂いね」

 血の臭いしかしない。風も通り抜けない様な場所だ、臭いと相まってむさ苦しさしか感じられない。

「それに粗末な結界ですこと」

 辛うじて音と臭いだけは外へと漏らさないような結界内に、死者が七・八体転がっている。むろん死者というのは人間としてである。使者としてはむしろ丁度いい塩梅(あんばい)になっているだろう。


 誰が考えたのか、魔によって使役された死者を使者と呼ぶ。


「まだ寝ているふりを続けるのですか?」

 その声を聞くと、使者達は意外と俊敏に起きあがった。

 数は七らしい。もっとも、この私にとって使者などという雑魚は数をそろえたところで無駄である。人間界ではいかに素人であっても、ある程度の体つきと運動神経さえあれば、数がそろうと玄人相手でも十分障害に成り得る。だがそれは魔には適用されない。魔は存在にこそ力を秘める。人間のように筋肉などの肉体に力を秘めているのではない。魔の優劣を決めるのは体つきではなく存在なのだ。よって如何に人間が大きく育ちようが、所詮は人間。同じ人間にとっては怪物のように思えても、魔にとっては鼠と同じで、障害には成り得ない。

 (もっとも、式典兵器のように存在を格段に引き延ばしたり、神器のように存在そのものである武器を持たれたりすると私でさえてこずるでしょうがね)





 風となり、鞭となり、槌となり空間を破壊していく。使者達の腕が届くやいなや、手先から一瞬で灰となり腕そのものが消えていく。

「その程度の存在で私と対等に渡り合おうなどと思わないで下さい」

 そう、これが魔の優劣の差だ。脆弱な魔は強大な魔に触れることさえかなわないということがある。既に四体は字のごとく塵になった。

「些細よ、貴方」

 もう一体、心臓の辺りに指が触れるとそこが陥没し、次の瞬間穴となり、その穴は胴体の全てを取り入れた。残った五片も勝手に消えていく。

「あら、潔い。これなら後始末の必要がないですね」

 だが朱水はこの圧倒的優位な状況で一抹の不安を覚えていた。いくら雑魚同然の使者とはいえ数に限りがある。そのことを考えてさえいないような、この使者達の使役主は一体何者なのだろうか。このようなことは今まで無かった。普通は撤退を命ずるものだ。

「もっとも、逃すつもりは更々ありませんけどね」

 そしてまた一体……


「さて、残りは貴方だけ。それと、主さん? ほかの六体と同じくこの者が塵になる前に伝えたいことは無くて? この使者を通じてこちらを覗いているのでしょう?」

「…………」

 だが使者は主の代わりに言葉を発することはなかった。

「ふん」 (言うことが無い? いえ、そもそも主とは繋がってないのかも知れない。だったら撤退するそぶりも見せないのも納得できる)


 …………カツン


私の耳が何かを聞きとり、体の動きを止めた。

「っ!」

 何者かの足音がしたような? 気配を読み取り、耳をそばだてようとした時



 「朱水?」



 その声は空き地を囲っているビルの壁に響いた。







 「朱水?」


 薄暗い空間にはやっぱり朱水が立っていた。でも、一人じゃないみたいだ。男の人が二人いる。朱水の前に一人、私の足下に一人…………何だろう、足下にいる人はこっちを血走った目で睨んでくる。



挿絵(By みてみん)



「いけない! 有、逃げて!」

 ……へ?

 次の瞬間には私の制服が破れたことが視認出来た。

 白い制服が赤く染まってゆく…………血?

「つっ! え……な、何?」

 私はどうしたのか。いつの間にか水たまりの中に倒れていた。


 …………(あか)


 痛い? 痛いのかな? まるでテレビを見ている様…………

 痛覚はとっさの出来事に麻痺してしまったのか、脊髄に来る棘の様な寒さしか感じられない。

 男の人がこっちに歩んでくる。映画で見たゾンビみたいな歩き方で。

「━━━━━━」


 ……やだ。来ないでよ…………


「来ないでよォォォ!」


 瞬間、頭の中が  白く  なった


▽▽▽▽▽


「何……アレ?」

 有が襲われたのを見て動かなくなった頭が、その光景を認識して急速にもとの活動を再開し始める。

 目の前の薄暗い空間に、淡く光る膜のような物が出来ていた。それも有を囲う様に。

「有、なの?」

 再開した頭の思考でも追いつかないくらいの突然さであり、優雅さであった。

(綺麗……)

 

 使者が壁に向かって突進する。ガンという大きな音を立てたが壁は微塵も動かない。その音を聞いて私はようやく動けるようになった。


 震えが止まらない。それは恐怖か、不安か、歓喜か……

「よくも、有を!」

 壁にぶつかって怯んでいるその背後から背中を穿つ。

(許さない!)

 私は力の一部を解き放った。一瞬で使者は消える。無論、無にすることは出来ない。どんなにこの小さな存在を消し去りたくとも、零にすることは世界の法則上不可能だ。だからせめて、決して蘇りはしないよう原子レベルまで細かく『破壊』した。

「ッシ!」

 その勢いで振り返り様の一閃、空気そのものを一瞬にして『破壊』した。それに巻き込まれたこちらに飛びかかっていた使者は凝縮し、足下に転がり落ちた。それを踏みつけながら睨めば、また灰となり風にながれる。

「還りなさい」


▽▽▽▽▽


「…………ン?」

 ここは何所だろう。天井が近い。それにかすかに揺れているように感じる。

 視界はまだかすかに赤い。

  え? 紅い?


「目が覚めたのね、有」

 優しい口調……誰だっけ……とても大切な人だった気がする……

「大丈夫ですか? まあ、貴女の体ならあの程度の出血では大丈夫だと思うんですけどねえ」

 大、丈夫? 何で心配されているんだろう?

「有?」

 朱水が覗き込んでいた。心配そうな綺麗な顔が目の前にある。……どうしよう。ナンかドキドキしてきた。

「ちょっと、有。急に赤くならないでくれないかしら。心配しているんですからね」

「心配……? それにここは?」

 私の顔を見つめていた朱水は私の唇にそっと触れると何かを吹き飛ばすように軽く息を吹き出して微笑んだ。

「ここは私の家の車の中です。今は私の家へと向かっています」

「……何でだっけ?」

朱水は私のおでこを優しくなでてくれながら優しく告げる。

「今は疲れているのでしょう。家は直ぐですからそこで話をしましょう」

 そう言うと朱水は顔を前に向け目を閉じてしまった。


 私はただ朱水の凛とした顔を見ていた。


 五分もしないうちに車が止まった。横になっている間は気づかなかったが、運転手さんがいるのは当然だろう。私は本当に疲れているみたいだ。でも……何故?

 ドアを開けてくれた運転手さんは背広で白髪な初老の男性だった。まさに定番といえる恰好である。小さな丸眼鏡を掛けていないのが非常に悔やまれる。

「ちょっと、有? ボ〜としているわよ?」

「え、あ、うん。平気」

「尼土様、少し御体に触れますがよろしいですかな? 車から出るにはその疲労では難しいでしょうから」

「あ、へ、平気です。ほら」

 車から出て元気よく地面に立ったところを見せようと振り返ったが、体から力が抜けそのまま地面に座ってしまった。

「あれ?」

 そのまま起き上がる力が出せず座りこんでいると朱水が車から出てきて立たせてくれた。

「やはりまだ体の方が不安定ね」

「うん、そうみたい。でも何も覚えてない……私何してたんだっけ」

「すぐに思い出すことになるわ。記憶が曖昧なのは自己防衛の証よ。記憶から貴女を守っているのでしょう」

 そう言いながら玄関らしいところまで肩を抱いて連れてきてくれた。

「おっきいね……」

 その家の大きさに私はただただそう言うことしかできなかった。ひたすらでかいのだ。

「ふふ、そうね。でも住み慣れると案外狭くも感じるわよ」

 そして朱水はこちらに振り返り私の手をとってお芝居の様に仰々しく言ったのだった。


「歓迎しますわ、尼土有さん。あら、この家に招くからにはこう言った方が良いのかしら? 尼土家の主様、ようこそおいで下さいました。歓迎いたしますわ」


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