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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第一話 出会いと自壊 / 1〜2




 新しい「いつも通り」の日常が進んでいた。下駄箱の外にはさっきまで雨が降っていた名残の水溜りがぽつぽつある。昨日、随分前に本を注文した店から注文品が届いたとの電話があり、私事につきあわせては悪いと思い、朱水とは廊下で別れた。雨が止んでいる間に済ませたいので水が跳ねるのを気にせず急いで走る。いつもの道を外れ、隣町の大きな本屋へと向った。




 私、尼土有は呪われている。かなり運命的に。他人の考える、当たり前の生活というのを絶対に送れないという呪い。それは私にある「力」が原因となっているのかもしれないと、私は考えている。誰にも打ち明けていないのは自分にも理解しがたい能力だからだ。
 最初に自分の力を感じたのは確か十三歳の頃か。あれは公園で起きた些細な事故であった。学校から家へと帰る途中の道、すぐ隣の公園で行われていた野球で放たれたホームラン級の硬球が、私の頭目指して降りかかってきた。それからしばらくの間の記憶が私にはほとんど無い。だが、救急車で運ばれた私に怪我は一つも見受けられなかった。医者は奇跡という言葉を連発していたが、私はその「奇跡」をこの目で見た気がした。ほとんど無い記憶の中で微かに覚えている事がこれだった。襲いかかる硬球は私の目の前で何かにあたり、跳ね返ったのだ。当然そこに居合わせた人々は私に球が直撃したのだと思っただろう。だが実際、私は無傷だったのだ。
 あれ以降、願うと私を取り囲むかのように壁を作ることができるようになった。それはまるで水晶のように綺麗に輝いている薄い膜であった。

 その日から私の生活は変わってしまった。他人とのかかわりというのが極端に減ったのだ。
 私の何かが変わったと言うなら、あの壁のようなものしかないのだと思う……




 予約した本を受け取り、家に帰ろうと道を歩いていると、グシャリと何か柔らかいものがつぶれるような音が聞こえた。それだけだったら私は何も気にせず通り過ぎただろう。
 だが私は聞いてしまったのだ。唯一の友達である人の声を。決して聞き間違えることのない声を。
 私はその声に誘われるかの様に薄暗い路地裏へ歩んでいった。



「朱水?」






 この世には人の常識を遙かに超える生物がいる。私、一色朱水もその一種で、『魔』と呼ばれる。
 その存在自体は実はどうと言うことはない。人間は認識していないが彼らの知る由の無い生物がこの世には多数存在しているのだ。何より問題なのは我々の外見が人間と酷似していることだ。もし私達が人間からかけ離れた姿をしていたら、魔の中に人と共に生きようなどという危険きわまりない選択をする者もいなかっただろうに。
 ここらの一族の現頭首であるのは私だ。それはこの血族の宿命とも言える。なに、この国では魔は力ではなく血によって地位の優劣を決めるというのが 昔からの仕来りだ。(もっとも、力であっても私は他の魔に引けをとりませんけどね)
 最近この町で流れの者が私の領地を荒らしている。偵察に出した配下の見習いは二人が行方不明で一人が死亡という結果になった。最近の見習いは実戦を経験する機会が少ないからと言ってなめてはならない。だからどうも今回の流れ者は純粋に強いということになる。配下の者達はこれ以上跡取りを失いたくないと言うし、 敵はこの町に根を張ったようなので、これ以上の放置は一族の面子に関わる。今現在、一族の中で一番力があるのは私である。よって、頭首でもある私が直々に討滅にあたることとなった。

「爺、明日から例の流れの退治にあたります。手配は確実に進めておいて下さい」




 討滅を始めて幾日がたった頃、商店街で異常な感覚を覚えたので気配を隠しつつ様子見をしていると、本屋から同じ学校であろう女生徒が出てきた。
 薄らと青色を帯びた長い髪を後ろで少しだけ束ね、他の髪はそのまま垂らしている。その姿を見た瞬間……脳内に何かが走り回った。それは初めての感覚であったが嫌な気分ではなかった。だが同時に得体の知れない不安が彼女を見ているとわき起こる。

 何よりも私の目を惹きつけたのはその目だった。冷たい目、しかしその中に母性の表れのような緩やかな温もりを感じた。まるで初秋の海の様だ。冷たく暖かい。
 私はどうしても彼女のことが知りたくなった。
  そう、一色朱水は彼女を見ただけで虜にされたのだ。


挿絵(By みてみん)


 お昼休みになった。朝は昨日の女生徒を確かめるために、下駄箱で待つという初めての経験をした。あんなに恥ずかしいと感じたのは久しぶりだろう。だがその甲斐あって彼女が同じ2年生で、4組の2番だというのがわかった。

 さて、4組の前まで来たがどうしましょう。

 私は人間にあまり慣れてはいけないという頭首の掟を破っている。しかしそれでも友達は作らずにやってきたし、恋人など以ての外であった。自分が日本人の目から見るとかなりの美人とされることはわかっている。男性から好意を真剣に述べられたこと(告白というのだろう)も多々ある。だが私は種族が違う。無論、拒否の一手だ。そんな私が興味を持った彼女は何者だろうか。


 さあ、進みなさい朱水!


    「え…いないのですか?」

 なんてこと。先ほどの勇気は無駄になりましたとさ……。
「ううん、休んでいるわけじゃないよ。いつも昼休みになると教室を出てっちゃうし、何所にいるかも知らないだけ。誰か知ってる?」
 対応してくれた女生徒は周りの女子達にも聞く。
「そういやあの子の事、私達ってあまり知らないよね。別に嫌いじゃないし、むしろ可愛いほうだよね? なんでかなぁ」
一同はお互いの顔をそれぞれ合わして訊き合うが答えは出ないようだ。
「えっと、彼女の名前は何というのですか?」
いつまでも彼女達のにらめっこ大会を見つめているわけにはいかないのでせめて名前だけでも聞き出す。
「へ? 尼土さんだよ。尼土有さん。知らなかったの?」



       瞬間、世界が止まった



「ん? どうしたの、一色さん?」
「いえ、何でもありません。そうですか、あの方が尼土さんでしたか」
「何だ、知ってたんじゃん。にしても意外だな。一色さんがこんなに話しやすいなんて。私、一色さんはお高くとまっているんだと思ってたよ」
 彼女はなぜか私の手をとって握手を求めてきた。その手を優しく握り返すとさらに不可解なことに黄色い声が教室のいたるところからわき起こった。
「ふふ、ただ人と話すのが苦手なだけですよ。では、ありがとうございました」
「え、あ、うん、じゃね。あ、尼土さんに言っておこうか?」
「いえ、私から会いに行きますので結構ですわ」

 教室から出ると廊下はしんと静まり返っていた。この静けさが今の私には丁度適していると思えた。
「尼土か……。これも宿命なのかしらね」





 玄関の扉を開けて数分待つと智爺がいつも通り足音も無く現れる。
「お帰りなさいませ。今日も討滅に?」
その手には水の入ったグラスがおさまっていた。
「いえ……。ねえ爺、今日初めて学校に尼土の娘と思われる女性が通っているのを知ったわ」
「……何と。ふむ、運命というのはわからない物ですな。して、如何なさいます?」
「とりあえず明日接触してみます。危険性は否定できませんが力を発揮する前にこちら側にとりこもうと思っています」
「良いのですか? その方が事実を知ってしまったら辛いことになるかと……」
智爺の言葉を聞きたくないかのように私の口は勝手にその言葉を遮った。
「言わないで! あれは私だって望んだ結果ではないのです!」
「失礼しました。私はお嬢様の考えなら何所までもついて行く所存です」
「そう、それで良いのよ。疲れたわ、今日は夕食はいりません」
 そう言い捨てて歩き出した私の前に進路を断つように智爺が邪魔に入る。
「先ほどの言葉を撤回させていただきます。私はお嬢様をいつまでも見守りたいと思っていますので。このようなときこそ食事をちゃんと取るべきですぞ」
「ふふ、そうね。智爺の言う通りね」


 夕食が終わって自分の部屋に戻るとすぐに智爺がドアをノックしてきた。
「何かしら?」
「先ほど新崎(にいざき)様から連絡がありました」
「警察から? 珍しいわね」
「例の流れ者の使いが昨日、商店街の路地裏にて二十代の男性を襲った、とのことです」
 商店街ねぇ。確かにあのような場所で事件を起こされたりしたら、いくら警察でも直接ここに文句を言ってくるでしょうね。
「幸い、命を取られたわけではない様です」
生きている、ですって?
「待って! その人間は一般人なのでしょう?」
 襲われた人間が生きているというのは正直危険だ。支配などを受けている可能性があるからだ。だから死体として出てくるのは体格などが恵まれず、使いとするのに有益とは思えない者ばかりである。それに、支配した人間を容易く人間の前に出すことはない。それはその地の魔を多大に挑発することになるからだ。
「はい。ショックの所為でしょうが未だ昏睡状態との模様とのことです」
「ならどうして魔の仕業だとわかったのです?」
「御存知の通り新崎様はこちら側のお方です。ですので被害者に残されたかすかな魔の気配を感じ取れたとのことです」
「……わからないわ。敵は何を考えているのでしょうか。確認のためにまた明日、商店街に寄ってきます」
「お気をつけて。もし返り血など浴びてしまった時はご連絡ください」
智爺は一礼してからドアを音もなく閉じる。それを見届けてから私はベッドへと身を投げた。
「こうも出来事があると眠りが恋しくなるのね」
私はその姿のまま浅い眠りへと滑り落ちていった。何も感じることも思うこともない幸せな時間へと。





「やはりまだ人は少ないですね」
 今日は例の女生徒の行き先を調べるため、いつもよりかなり早く登校した。廊下に立って魔の残り香を探ってみると、4組から屋上へと繋がっているのがあった。

 その残り香はあまりに微かであった。なるほど道理で初めて見かけたときに魔だとわからなかったわけだ。人混みの中では感じ取ることが難しいほどに淡いものであった。学校の様な生徒で埋まる場所や商店街の様な人々が交差する場所ではこのようなものを非意図的に感じ取ることなど無理であろう。

屋上……あそこならば話すのにも丁度いいはず。できれば誰もいない状況で彼女と初顔合わせをしたかった。

さて、意外と早く探査が終わったので、自習でもしていますか


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