0(プロローグ)
暴力的なシーンがあります。
この小説は大体が人物による目線です。読みにくいところが所々にあると思いますがご理解下さい。
挿絵も今後挿入して行きますのでご注意下さい。
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深夜の公園は死体で埋まっていた――――
彼女は思う。常識から外れた力を持つものは何故、平穏に暮らすことができないのか。
彼女にとって力は呪いでしかなかった。
死んでいたはずの人間がむくりと起き上がる。
彼女は知っていた。明けない夜もあるのだということを……
▽▽▽▽▽
教師の声をかき消すように大きなチャイムが鳴る。
「よし、今日はここまで。日直」
日直の号令とともにクラスの大半は廊下へ飛び出す。食堂で並ぶよりは、廊下で徒競走を行う方が好みなのだろう。バタバタという雑音を聞きながら、私は荷物を持って屋上を目指す。廊下から覗く全ての教室が生徒の大半を失っていた。それだけ食堂に吸い寄せられる人達が多いということだ。
屋上への階段を上がると扉は半分開いていた。いつもは閉まっていて私以外にこの金属の板を開ける人などそうそういないもんだ。どうやら先客がいるらしい。
この学校の生徒は何故か屋上へ寄り付かない。別に、禁止されているはずはないのだけれど。
扉の枠を潜ってまだ少し肌寒い空気に身を投じると、一点だけいつも通りで無い部分があった。屋上のフェンスに、胸に届くくらいの艶やかな黒髪をした少女が寄りかかっていた。
「お待ちしておりました」
私の足音を聞いていたのだろう、少女は振り向きざま、そう言った。
彼女の顔は美の象徴のような顔をしていた。切れ長のややつり目がちな目、その中の青の瞳、それを隠すように長く伸びた睫毛、形のいい頬骨、白い肌故の神秘さ。その全てが綺麗だと思えた。見た瞬間に目に焼きつけられる様な美貌と言うのだろうか。高校生とは思えない大人びた雰囲気を持つ人だった。
「ここで待っていればお会いできると思いましたので」
そう言いながらこちらに向かって歩いてくる。その歩みは一歩一歩がゆっくりで私はその間ずっと彼女の蠱惑的な瞳に惹きつけられ、体が固まってしまっていた。
「な、なんですか?」
辛うじて出た言葉は情けなく風にさらわれていった。見たことのない人であるのは確かだ。あんな綺麗な顔を見たら女である私でも忘れられないと思うから。
「その前に……貴女が尼土有さんですか?」
「そうですけど」
どうやら人違いではないようだ。誰かと勘違いされているという線も否定できなかったため少しだけ安堵する。こんなに印象深い人によって行われる人違いはどう考えても凶器であるから。
「良かった。貴女のクラスメイトに一応は確認したのですけど、違う人だったら恥ずかしいですものね」
「はぁ」
(この人少しかわってるなぁ)
「貴女に訊きたいことがあるんです。最近変な物を見ませんでしたか?」
(おまけに変わったことを言ってくるし)
「変なものって? UFOとかですか?」
「ええ。でも、どちらかというとUMAかしら。または限りなく人間に近い何か」
UMA、確か未知なる生物のことだっけか。どこぞの雪の中の大男とかそんな感じの。勿論私は見たことなど一遍たりとも無い。こんな平和な土地で奇っ怪な生き物などに出会うはず無いのだから。それに限りなく人間に近い何かなんてそれこそ人間と見分けつかないんなら答えようがないじゃないか。
「見てないと思いますけど。この町に何か出てきたんですか?」
おかしな事を訊かれたが一応話に乗ってみる。流石にその場で話を切るのは初対面では失礼であろうから。しかし彼女はそんなことを考えていないようで、
「いえ、何もなかったらそれでいいのです。それより、今からお食事ですよね?」
と、即座に話を転換させたのだった。
「まあそうですけど」
「お近づきの印に一緒にここでお食事にしません?」
「はあ……」
何だろう、私はこの人のよくわからない力に押されっぱなしで、ただただうなずくことしかできない。
「えっと、私、あなたのことを知らないんですけど」
そう、確かに私はこの人に会ったことは無いはずだ。だけど随分彼女は私に対して馴れ馴れしい。ここまで来ると私も相手のことを知りたくなるというもんだ。一体 さっきから親しげに話しかけてくる貴方様はどちら様なんでしょうか、ってね。
「あら、私としたことが自己紹介もしていなかったなんて。私、一色朱水ともうします。できれば下の名前で呼んでください。尼土さんと同じ二年生です」
……とんだ自己紹介だ。不貞不貞しいは言い過ぎだが、これ程までに堂々とした自己紹介をする人は今までに出会ったことがない。初対面でいきなり自分の呼び方まで指定してくるとは。
「あ、はい。それじゃあ朱水さんで」
でも、よく分からないけどそれは彼女の雰囲気に合っているんだと思う。『御嬢様』と言うような雰囲気を仕草の端々に持っている彼女には、さっきまでのような言葉は異様に似合っていた。だから私はそれを受け入れその言葉に従ったのだった。
私は朱水さんに誘われるがままにフェンスに背中を預けて冷たいコンクリートに座った。
朱水さんは授業などに関する、いわゆる当たり障りの無い話をしていた。私はこの状況についていけず適当な相槌を繰り返すことしかできない。先程から何回か述べてきたが、本当に初対面である。だから私の反応も仕方ないことだと思う。しかし相手はそんなこと気にせずまるで静かな木陰で本のページをすらすらと捲る読書の様に、私に言葉をつらつらと浴びせてくるのだ。だがしかし私を無視して話を進めるでもなくしっかりと私の反応をその魅惑的な瞳で確認しつつ、私の反応が大きい話題をさり気なく抽出しているようだった。
私にわかることは彼女、朱水さんは凄く話上手だって事だ。
朱水さんは私のことを気に入ってくれたのか、「朱水って呼んでください」と言ってきたので、私も有でいいと言った。その頃には私も朱水さんに慣れ、お喋りも自然にできるようになっていたと思う。慣れたというのはその目線にである。彼女はしゃべる時は必ず私の顔をじっと見つめてくるもんだからたまらない。赤面せず、声と手が震えない程度に慣れるまでには時間をしばらく要したのだった。
食べ終わってパンのビニールをまとめていると朱水さんが、もとい、朱水がじっと空を見ていることに気がついた。
「何を見ているの?」
そう言うと、彼女はどことなく愁いをふくんだ顔をしながらそっと呟く様に言う。
「私、お友達と呼べる人がいないのですよ。みんな私のことを特別扱いして。だから貴女の様な人は貴重です。普通に接してくれていますから」
普通に接していたかは自分では分からないがそんな顔をされてしまっては私には口ごもるしかできない。何かおかしな返しをしてこの空気を壊したくないという願望が私にはあった。お姫様みたいなその雰囲気を出されてしまっては非力な私は空気に飲まれるしかなく、もう完全に朱水という人物に惹かれてしまっていた。
それにしても特別扱いだって? この人、少し変だけど、むしろみんなから好かれるタイプなんじゃないかな?
「あのっ」 「えっと」
二人の言葉の始まりが重なり合う。お互いに何かを言葉にしなくちゃと思っての現象だ。
「朱水からでいいよ」
朱水は私の目を一度観察するように目線を合わせると、顔を伏せ手を拳にして思いを吐き出すように言葉を連ねた。行儀良く膝に置かれた握りこぶしは微かに震えていた。
「はい。私、貴女と友達になりたいです。貴女みたいな人、他にはいませんもの」
あまりに急すぎる展開だったが、既に惹かれてしまっていた私には抵抗の余地はなく、その魅力的な彼女の言葉に操られるように頷いていた。不思議な気分……でも全然嫌じゃないんだもん。
「ふふ、私だって友達全然いないよ。こんな私でもよければ」
友達になろうよ、そう私の口は言葉を発した。本能のままにそう言った。
もちろんです、と朱水は微笑みながら返してくれた。うわっ、私なんて比べ物にならないくらい女の子らしくて可愛い。
「それにしても随分丁寧な口調だね。無理にとは言わないけど、もう少し砕けた言葉遣いでもいいと思うよ」
先程から気になっていた彼女の口調について言及してみる。いくら初対面だからと言ってそこまで丁寧な口調になる必要はないと思う。ましてや同級生とあらばね。
「ですがお父様の方針だそうで、この口調で話すようにと育てられましたので」
「ふうん、大変だね」
『お父様』か。朱水は本当にどこかのお嬢様なのかな。
「で、有さんは?」
「有でいいって。私も朱水って呼ぶんだから」
「はい、そうでしたね。有は何を言いかけたの?」
「えっと、聞いちゃまずいのかもしれないけど、特別扱いって……」
「……私、両親がいないんです」
朱水はそう呟く。私に聞かせるためというよりは自分で確認するため、そんな感じだった。瞼を閉じて少し困ったように言う。だが決して悲哀の表情ではなかった。
「ごめん、そういうのは人に話さないほうがいいんだよね。これじゃ早速友達失格だなぁ」
その顔に微かな不穏を感じ取った私は、少し戯けたように返した。こんな時どういう事を口にすればいいか経験浅はかな私には思いつかなかったのだ。
「いいえ、かまいませんわ。むしろスッキリしました。友達として素晴らしいことだと思います」
そう言って朱水はまた可憐に微笑んだ。その顔に私は同性ながらもドキリとしてしまった。でもわかってる、彼女は全然気が晴れていない。その目の曇りが教えてくれていた。
「うん……私も同じだからわかるんだ。今はお母さんの妹さんと暮らしているの」
「…………そうですか」
朱水はただ下を見てそう言った。彼女は一体今何を考えているのであろうか。
風が私たちの間を通り抜けていく。灰色の上、青い空に浮かぶ青い瞳は私を見てはいなかった。
――――予鈴が鳴り響く
昼休みの終了が告げられた。
「もう時間ですね。今日は楽しかったです」
やっと向けられたその目は再び温かさを取り返していた。
「うん、それじゃ」
またね、その言葉が私の口からは出なかった。いや、出し様がなかった。
今までに友達と呼べる存在がいなかった私なんかがそんな大それたことを言っていいのか、勝手にまた会いたいなどという意味の言葉を告げていいのか、そんな事が脳裏にぽつりと浮かんだのだ。そんな他人にとっては些細なことでも私の勇気は怯んでしまった。
朱水は私が無言で立つ様を見届けるとゆっくりと立ち上がり、身だしなみをしっかりと整えこれまた静かに歩いて校舎へ続く扉へと歩いて行った。
私もそれに従い目の前で揺れる艶やかな黒髪の先端を目で追いながら歩く。
すると扉の前で彼女は振り返った。
「明日もここに来てもいいですか?」
それはまるで答えを確信しているような自信に満ちた顔だった。
「うん!」
嬉しさのあまり全力でうなずいてしまい朱水に驚かれたが、私の心は頭上にある空の様に晴れやかだった。
そうして二人だけの昼食会はお開きになった。
その日から私達はお昼を共にするようになり、本当に友達と呼べる存在になっていった。二人きりの昼食会はまだ何所かぎこちないが私はその時を待ち望んで 毎朝の通学路を歩むのだった。
朱水と知り出会ってから一週間が過ぎた。
私は初めて友達というものを手に入れたのだが、そのことにより生活ががらりと変わる……なんてことは無かった。
そのことを朱水に話してみたら、
「それは私達の相性がよすぎるからでしょう」と、微笑みながら返された。
その言葉はしっくりこなかったが何となく納得できそうだった。その微笑みの威力に考えを押し付けられている様な、そんな感じ。
結論:美人って言うのは得だね