騎士のその後
二部構成です ①タクトの話 ②エリーの話
騎士のその後 ① 続編というか蛇足です
昼休みの屋上。
いつもならチラホラいる弁当を食べる生徒が今日はいない。
居るのは土下座をする一人の男と、三人の女生徒。
「……拓斗のばかっ!幼稚園の時、お嫁さんにしてやるって言ってたじゃない!」
「センパイ、それってただの子供の冗談じゃないですかぁ?
お兄ちゃんは美羽とず~っと、二人で暮らすんだよね?パパとママも喜んでくれるもん」
「長谷川、君にとってお互いに高め合っていける相手が誰だか、分かってるでしょ?
部活でも私生活でも、君を一番わかってあげられるのは私だよ」
「はあ!?一つしか歳違わないのに、なに上目線なわけ?」
「お兄ちゃ~ん、美羽こわ~い!」
「ぶりっ子って、まだ絶滅してなかったんだ。リアルはキモイな」
三人の女生徒は文字通り姦しく喧嘩を始めてしまった。
(ああああ……。何で俺の周りはこんなんばっかなんだあ!)
タクトは地面に額をこすりつけ土下座する。
「本当にすまなかった。俺には一人を決められないんだ!
ハーレムなんて自分で言う最低野郎だ。俺の事なんて放っておいて、新しい奴を見つけてくれ!!(そして俺を解放してくれ!!!)」
「……ハーレム発言は許してあげる。
その代わり、三人とお試しで付き合ってみれば良いじゃん。その上で一人に決めてくれていいよ」
まあ選ばれるのは私だけど、と幼馴染がつぶやく。
「え!?いや、それは……」
(俺には他の選択肢はないのか!?)
「……それとも、他の誰かが良いとでもいうの、長谷川」
迫るマネージャー。
「お兄ちゃん、まさか五組の柏原じゃあないよね?」
目を潤ませる義妹。
「い、いやいやいやいや!?」
三人とも目が据わっている。
(マズイ! 何がって聞かれるとよくわからんが、とにかくマズイ気がするっ!!)
ギギィ~。
修羅場の空気お構いなしで、屋上の扉が開けられる。
タクトが目だけを動かして見た扉付近は、生徒で鈴なりだった。
(昼休みなのに誰も来ないと思ったら傍観か! そしてこの空気をぶち壊してくれた天使はだれですか!?)
「やあ、二年二組の長谷川君」
生徒会長が良い笑顔でやって来た。
(天使じゃなかった! どっちかっていうとあの付く方だった!!)
三人の女生徒は戸惑っている。
タクトと生徒会長の接点が見えないのだろう。
(俺にも見えねえ!!)
「マズイ事になる前に、説明をしておこうかと思って」
(やっぱり天使ですか? 生徒会長!)
「長谷川君と柏原さんの件は、偶然によるただの事故です。
長谷川君は金輪際柏原さんには関わらないので、ご心配なく」
(あれ? 俺、生徒会室でそんな約束したっけ……)
正直あの時の事は記憶があいまいだ。
「え~。そんなの、柏原さんの方がお兄ちゃんに寄ってきたら、意味ないじゃないですかぁ」
「あはは、ないない。絶対にない。瑛莉は長谷川君に全く興味が無いからご心配なく」
生徒会長は手を振りながら軽く返す。
(エリ? 何で呼び捨て……)
「如月君、一年の柏原さんとは知り合いなの?」
マネージャーも気づいたようだ。
「うん。子供の頃からうちの道場に通っててね。家族ぐるみの付き合いなんだ。
高校まで追いかけてきてくれたから、本格的に今口説き中なんだ」
(何なんだ、微笑んでるだけのはずなのに俺の感じるこの悪寒は!!)
「悪いけど、長谷川君に話があるから、二人にしてもらえるかな?」
生徒会長の惚気にあてられた三人は、素直に屋上から出ていく。
開いた扉の奥はやっぱりギャラリーが鈴なりだ…。
「さて」
振り返った生徒会長は、笑ってるのに悪魔に見えた。
「は、はい」
タクトは声を裏返させてしまった。
「釘を刺しに来て良かったよ。君のつまらないハーレムに瑛莉を巻きこまないでくれ。
俺もまだ口説き途中だからね、そんなに余裕無いんだよ。
こんな事で逃がすつもりはないけど、拗れたら、根に持つよ?」
(あ、こっちが本性なんですね、生徒会長)
「あの~、ギャラリーに聞かれまくってますけど」
「いいんだよ、公認にしたいから。俺はこの学校には後一年しかいられないから。
卒業した途端、煩わしい馬鹿が出てくるなんてごめんだ」
(エリー、お前、とんでもないのに追いかけられてるぞ……)
「という訳で、今後一切瑛莉の半径三メートルには近づかないように。
もちろん、名前呼び捨ても禁止だ。特に接点も無いんだし、可能だよね?」
まるで心の声を聞かれたようで、タクトはビクッとしてしまった。
「……返事は?」
「はいいっ!!」
気が付いたら、また土下座をしていた。
彼のハーレム問題はまだまだ解決しない。
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騎士のその後 ② 正当な後日談(笑)
私は門前で任王立ちをしていた。
気分は道場破りの武者修行だ。やった事はないが。
「あれ、瑛莉ちゃんじゃない! 久しぶり、綺麗になったわね~」
「ひゃいっ! お久しぶりです、久深ねえ」
後ろから声を掛けられて、思わず飛び上がってしまった。
彼女は如月久深さん。久にいの5歳上のお姉さんだ。
「どうしたの? 今日はお稽古の日じゃないよね。ま、とりあえず上がってよ」
促されて、一緒に玄関にお邪魔する。
玄関前で三十分以上立っていた事は、内緒だ。
「お邪魔します」
「ただいま~! 母さん、久士、瑛莉ちゃん来てるよー」
久深ねえが台所に向かって声をかけてくれる。
パタパタとスリッパの音と共に、おばさんがやってくる。
「お帰りー。瑛莉ちゃんもいらっしゃい。久士まだ稽古中なのよ。御免なさいね」
「いえ、特に連絡もせず来てしまったので。稽古が終わるまで待ちます。
あの、出来れば外で待ちたいのですが……」
「えー!! ダメダメ! 今日はめずらしく定時で上がれたから瑛莉ちゃんに会えたんだよ。
お姉さんとお話ししようよ。ほらほら、居間で待ってて! 着替えてくるから」
「うう……はい……」
ぐんぐんと背中を押されて、逆らう事も出来ず。居間の座布団の上に収まってしまった。
「その制服可愛いよね。ずるいわあ、同じ高校なのに私の時はただの紺のブレザーだったんだよ。何で卒業した途端、スカートチェックとかにするかね。七年の差って、痛いわ」
「はは、チェック柄は確かに可愛いですよね。私の友人も制服の可愛さで決めたって言っていました」
「だよね。ま、私は家から一番近いってのが理由だったんだけども!
と・こ・ろ・で!! 久士との仲はどうなっているのかな? お姉さんにちょっと話してみ?」
久深ねえがにじり寄ってきた。まさにそれこそ、私がここにいる理由なのだが。
私が口を開こうとしたところで、上から声が降ってきた。
「姉さんには関係ないだろ。人の事より、自分の事をどうにかしたら?」
後ろを向くと、すぐ後ろに久にいが立っていた。シャワーを浴びたばかりなのか、まだ髪の毛が少し濡れている。
「いらっしゃい、瑛莉」
「あ……う……」
まずい! あんなに脳内シミュレートを繰り返したというのに、動悸が邪魔をする。
言葉がうまく継げない。
「夕飯出来るまで、部屋に行こうか」
そう言って、久にいは私の手を引いて居間を出る。
「うわ、なあにその態度。あんたの子供の頃からのあれやこれやばらしてやるわよ~」
という久深ねえの叫びをスルーして、久にいはずんずん進んでいく。
しっかりしろ!! 押しかけたのは私の方だ。
質問してすっきりするって決めたではないか! 動悸の原因をサッサと取り除かねば。
苦手なものは先にやっつける! それが私のモットーだ。
部屋に入った所で、意を決して話し掛ける。
「久にい!!」
「……呼び方」
「ぐっ……。久士さん! 質問があります」
「なあに、瑛莉」
既に日が落ちかけた部屋の中は、薄暗い。久にいが部屋のスイッチへ手を伸ばす。
ええい、騎士の心がけはどこに行った私よ。有言実行あるのみ!
「この間のキスは、普通のですか。濃いのですか?」
……久にいの動きが、びしっと止まった。
・・・・・・・・・・・・・
事の起こりは二日前。
友人の愛宕と、ファミレスで新作デザートの研究に勤しんでいた時だ。
恥ずかしながら長谷川の一件により、久にいと付き合うこととなった私は、定期的に愛宕より事情聴取を受けていた。
そのあまりの手腕に私はいつも丸裸にされた気分になる。『落としの愛宕』と命名したら、『取調室の鬼』がいいと返された。
そんな愛宕が言ったのだ。
キスにも色々種類がある、と。
・・・・・・・・・・・・・・
「えっと、今までの事は全て愛宕さんって子に報告済みってこと?」
久にいが若干、頬を引きつらせている気がする……。
「ううん、違う。お付き合いし始めた、とかデートに行ってきた、とかは知ってるけど」
「そっか。じゃあどうしてそんな話になったの」
勧められて、久にいの隣のクッションに腰を下ろす。家自体は純和風の家屋だが、家内はリフォームされており、久にいの部屋はフローリングにラグの洋風だ。
「愛宕がキスにも多種多様な種類と様式があり、明確に区分化されている、と語り始めて。どれに当てはまるのか聞かれたんだけど、分からないって言ったら宿題にされた」
ネット調べはNGだと言われた。二日間自分で考えてみたが、答えが導き出せるはずもなく。恥を忍んで久にいに聞きに来たのだ。
こんな事で煩わせるのも申し訳ないので、稽古が終わるまで外で待つつもりだったのだが。
結局部屋に上がり込んでしまうなら、事前連絡した方が良かったかと反省する。
「一応援護射撃なのか? いや、ただ単に遊んでるだけって可能性大だな。ま、俺は助かるけど」
???
久にいが何かブツブツ言っている。
「久士さん?」
久にいがこちらに体ごと向き直り、ポンポンと自分の膝を叩く。
「瑛莉、おいで。とりあえず、前回までの復習をしようか」
あうう……。何だかめちゃくちゃ機嫌がいい?
「えっと、スカートなので、膝の上だとちょっと」
「大丈夫、誰も見てないよ?」
そっと手を引かれたので、自分から膝の上に乗る。
久にいは、押しは強いがいつも強引なことなんてしない。最後のギリギリは私に委ねられている。それが嬉しいような、ずるいような、恋に関する感情は複雑怪奇で困る。
今にも触れてしまいそうな距離で久にいが囁く。
「これは、付き合うことになった時のキス」
ちゅ……と、音を立てて、軽く唇と唇が触れる。
久にいの身体はしなやかに見えるのに、思いの外固い。固いのに、くっ付いていたくなる。それとは逆に唇はとても柔らかい。不思議だ。
「これは、初めて瑛莉から好きって言って貰った時にしたキス」
上唇を唇で食まれる。そのままそっと舌でなぞられる。端に軽く口づけ下唇に移る。
私自身は何もしていないのに、血圧は鰻登りだ。
顔を少しだけ離し、久にいが私の目を覗き込んでくる。その目には真っ赤な顔で情けない顔をした私が映っている。
「ふふ、真っ赤だね。林檎みたいだ、食べていい?」
久にいは、余裕で笑っている。
いつも久にいにやられっ放しの私だが、元来負けず嫌いなのだ。
私の頭で某ドラマの決め台詞が浮かぶ。
「やられたらやり返す。倍返しだ!!」
私は久にいの耳に噛みついてみた。
もちろん、歯を立てずに唇で甘噛みだ。久にいは一瞬ビクッとなった。
はむはむして、満足したところで解放する。参ったか! と思っていたら。
「じゃあ、八倍返しで」
との声と共に耳朶を舐められた。同じように甘噛みされる。
「ひいいい」
乙女にあるまじき悲鳴が漏れた。
ふふ……と耳元で笑われた。息がかかって余計に耳が刺激される。肌が粟立った。
両頬を掌で覆われ、見つめられる。その瞳の色がいつもと違う気がした。
「煽ったのは瑛莉のほうだよ」
口開けて? と言われ、よく考えもせずに唇を開けると、深く深く口づけられた。
訳がわからず混乱し、逃げようとする腰を片腕で引き寄せられる。
でも、より近づいた久にいの鼓動が自分と同じくらい逸っていて、少しだけ体の力が抜けた。
そっか、久にいも私と一緒なんだ。
置いてけぼりじゃない。
うれしい。
ぎゅっとしがみついて、嵐みたいなどきどきを受け入れた。
それからは、あんまりよく覚えていない。
「おいこら、青少年ども~! 夕飯だぞ~」
そんな久深ねえの声と、豪快にドアを叩く音に我に返ると、何故かラグに倒れ込んでいた。
久にいは、私の上に覆いかぶさるように倒していた体をゆっくりと起こしながら、クソ姉貴……と悪態をついている。
「お~い!! 聞いてる~? 瑛莉ちゃん無事か~い!!」
久深ねえ、結構大音量だ。
「は~い!! 聞いてます! すぐ行きます」
私もついつい大声で答えてしまった。
あれ?
久にいが静かだ。
「久士さん、いこう?」
「ああ、うん。……ちょっと用事を思い出したから、先に行っててくれる? すぐ行くから」
用事? 今ごろ?
「うん? わかった」
そのまま立って、ドアに向かおうとすると、久にいに止められた。
「鏡を見てからにした方がいいよ」
苦笑いしながら、ごめんね? と言われた。
いつの間にかブラウスのボタンが第二まで外れている!? 気づかない……だと!
唇も少し腫れていたが、これはどうにもならん。
乱れた着衣を直し、久にいに向き直る。
「久士さん。次は負けません!」
「いつから勝負になったの。それに、俺の方が負けっぱなしだよ?」
久にいは、困ったように笑っている。
「ああそうだ、愛宕さんの冗談には答えなくっていいんだよ。二人だけの秘密だ」
「!! はい!」
部屋のドアを開けると、久深ねえが待っていた。
久にいが遅れる旨を伝えると、訳知り顔で頷いた。
「青春に障害は付きものよね~。楽しいな! 私はこれからも自分を犠牲にして弟の障害を演じて見せようぞ……くくく……」
何かのキャラだろうか? 久深ねえはとっても楽しそうだ。
ふむ。姉弟仲が良いのは、いい事だ。
そんなこんなで、久にいと私は充実したお付き合いをしている。
将来はわからないけれど、道場もいいかな、なんて思う私は色ボケなのだろうか。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
特にこの後続いたりする予定はないです。主に筆力不足によりorz
以下、人物紹介です。
幼馴染(2年)・義妹(1年)・マネージャー(3年) ハーレム三人衆
ちょっぴり執着系。しかし、学校という閉鎖空間のせいも大きい。
ハーレム解散の筈だったのに…あれぇ?
如月久深 久士の姉
剣道有段者。社会人となってからは封印している。最近彼氏と別れた。ラブラブな弟カップル(弟にのみ)に爆発しろ!と思ってる。姉弟仲は普通。瑛莉をかいぐりするのが好き。
愛宕 瑛莉のクラスメイト
友人。冗談はちょっとしたおせっかい。実際に事細かに内容を語られたら、彼氏いない歴イコール年齢の愛宕はあわてる。
瑛莉の両親(出てませんが)
SPから道場の師匠への変更に大賛成。命の危険がない職業になりそうでほっとしている。
しかし父は、思いのほか娘が早く攫われそうで焦っている。