第二話 『ニーナ・クリーステル』
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わたしが死を覚悟したとき──
周りが紫色の光に満たされた。
これはお爺さまの魔法。時空転送の魔法だ。
助かる──わたしたち、助かるの?
顔を上げて、お爺さまを見ようとしたことまでは覚えている。
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頭が痛い………。ガンガンする。どうしたんだ。ヤマゲンのせいか?
そういえば今朝、ヤマゲンにボディープレスくらったっけ。いつもあいつはほんとに。後先考えないやつだ。
《 そ のひとは あなたの なに? 》
ん、あ? ヤマゲンか? 同級生だ。知り合って間もないが、けっこう馴れ馴れしいやつで、毎日のように絡んでくる。
《 いや なの? 》
別に嫌じゃないけど、あいつ、いつも無茶やって、後で自分自身の行為を反省して落ち込んでるんだ。見てると、何故だがイライラする。
《 どう して? 》
いや、自分でもわからないんだけど。落ち込んでいるあいつを見ると、居心地が悪いんだ。
《 ふーん 》
ふーんってなんだよ。
《 そ のひとに いつもどおりに あかるく いて ほしい のね 》
え? そうなの? いや、そうか。そうかもな。
《 なにも してやれない どう したら いい のか わからない から いや なんだ 》
うーん。そうなのかな。
《 そうよ 》
なんでわかるんだ?そんなこと。
《 だって わたし こころ の なか みえる ちから ある 》
心の中が見える力? なんだそれ? おまえ誰だ?
《 わた し は ニーナ・・・ ニーナ・クリーステル 》
ニーナ・クリーステル?
《 はい アルカー・エクサーラおうこく だいいちおうじょ です 》
えっと……なに? 夢なの? なんなの? 頭打っておかしくなったの? なに? アルカー・エクサーラ王国って。聞いたことねーよ。それに王女とか。
あはは……RPGのやりすぎかな。そんなにやっているつもりはないんだけど。
《 いえ あなた は せいじょう です 》
早く目を覚まさないとな。てか、なんで寝てるんだ?
《 すみません わたしが あなたに ぶつかった せい です 》
ぶつかった?
《 わたしが ここに とばされて あなたに ぶつかりました 》
えっと・・・
《 わたしのしたじき に なって あたまを うたれた ようです 》
下敷き?
ズキンッ!
急激な頭痛に襲われた。
何かを思い出そうとしたときに、記憶喪失のシーンのときによくある、あの頭痛なのか? 実際に自分が体験するとは思ったことなかったけど。
何かが降って来たんだ。なんで思い出せないんだろう?
《 あ それ は わたしが けしました 》
消した? え? なんで?
《 みられたくないもの でしたから 》
観られたくないものってなに?
《 …… 》
ん?
《 ゆっくり と めを あけていきます 》
すっと目が開くと、陽光が眩しかった。
しばらく目を瞬いていると、逆光の中に人の顔らしきシルエットが浮かび上がった。
視線の先には金髪の少女がすぐ近くで俺を見降ろしている。陽光に目が慣れてくると、その顔立ちがうっすらと見えてきた。目は碧くすごく綺麗だ。外国人? 顔立ちから推測するに、同い年ぐらいに見える。
状況から察するに、これは膝枕というやつか。
その子の顔の前にある、2つの膨らみは大きかった。
これはこのまま堪能したい気持ちもありながら、恥ずかしいのですぐに起きたい気持ちもある。この2つの感情の間で葛藤している間に、頭を膝の上からコンクリートの上に丁寧に降ろされた。
仕方がないので起きようとしたら、ズキンっ!とまた、頭痛がした。
《 しばらくは ゆっくり うごいたほうが いい です 》
おそらく目の前の女の子の言葉なんだろうけど、耳ではなくこころに直接語られているように感じた。
《 はい そのとおりです あなたの こころに かたっています 》
合ってたようだ。あ、いや。やっぱり頭打って幻聴が聞こえているのかもしれない。その可能性は捨てられない。
《 げんちょう では ありません 》
目の前の女の子は、真剣な表情でこちらを見つめていた。口は動かさずに。
《 このせかいの ことばは まだ はなせません 》
彼女は思案しているような感じで、恐る恐る伝えてきた。
《 あなたの きおく から じょうほうを いただきながら いしの そつう を はかって います 》
なんか難しい話になってきた。俺はこんな難しいことは、わからない。だからたぶん、これは夢ではなく現実なんだろう。自分で創りだした夢が、自分の理解を超えることはないと、思うから。
《 わたしは ことばを つたえているのでは ありません 》
彼女は、顔を近づけて
《 わたしは おもいを あなたの こころに つたえています 》
やっぱり、さっぱりわからない。一瞬告白かと勘違いしそうになった。が、どう考えても告白の文脈じゃない。それに、いきなり合ったばっかりの外国人の女の子に、俺が告白されるなんてことは、到底有り得ない。
《 はい 》
肯定された……
や、まあ、そうだろうけど……そんなズバッと言わなくても……
頭痛がだいぶ収まったので、立ち上がろうとすると、この女の子と手を繋いでいることに気づいた。
いままでずっと手を繋いでいたのか? 恥ずかしくなってとっさに繋いでいた手を離す。
と、慌てて彼女は手を強引に繋ぎなおした。
え? なに? なんなの? もしかして?
《 ちがいます 》
否定された……
《 しんたいに ふれてないと この コミュニケーション が せいりつ しません 》
どうもそういうことらしい。つまり、身体に触れていれば、口で喋らなくても意志が疎通できるということなのだ。
いま起きている事柄は、現実なんだと認識しようと思う。まあ、幻覚でもいいんだけどね。それはそれで面白そうだし。
そういえば、いま何時だ?! やべ! 確か、昼休みだったけ? どのぐらい時間経ったのさ?
腕時計をさっと見る。午後の授業はすでに始まって、二十分ぐらい過ぎていた。
「ごめん。授業始まってるし、もう行くわ。」
さくっと別れを告げて立ち去ろうとしたが、彼女はその手を離さず付いてきた。
えっと、こういう場合はどうすれば? とりあえず本人に聞いてみよう。そうしよう。
「えっと、俺に何か用ですか?」
うーん。なんか場違いのセリフのような、すごく突き放したような、すごく冷たいような言い方に聞こえてしまいそうな。ちょっと自分の発言が不安になったので、彼女の様子を窺った。
彼女のその顔は疲労によってひどくやつれているように見え、碧い瞳は恐れと怯えの色をして震えていた。
そして、その掴んだ腕をギュッと握りしめ………
声を押し殺して泣き始めた。