番外698 巨獣と服と
そして――魔界への再出発に向けて諸々の準備も整う。魔界に向かうにはフォレスタニア城から浮遊要塞へと転移で飛べばいいだけなので何時でも出発可能だ。
出発前に迎賓館の玄関ホールにてメルヴィン王達が俺達を見送りしてくれる。
「再度の出発か。此度は魔界。余の名もヴェルドガルの名も知られておらぬし、隔絶されておる故、あまり力になれぬのがもどかしいな」
と、メルヴィン王は目を閉じてかぶりを振る。
「そんな事はありませんよ。陛下のお話も書状の内容も、今後動きやすくなるものでしたから、助かっています」
魔界の住民の感性であるとか、俺達の行動に自由が利く書状の文面であるとか。こういった面で色々サポートしてくれるのはありがたい。
「私もこうした面で卒なく立ち回れるように精進したいものだ。ともあれ、留守中の諸事については任せてくれ。私も折に触れ、テオドール公が動きやすいように力を尽くすつもりだ」
ジョサイア王子がそう言って真剣な表情でこちらを見てくる。
留守中の諸事か。例えば貴族間での俺やフォレスタニアに関する動きだとか、そういった諸々の出来事に対処してくれるという事なのだろう。ジョサイア王子は公爵家と大公家の調整役も担ってくれたからな。
「ありがとうございます。陛下と殿下のお二人に助けて頂けるのは心強いです」
そう礼を言うとジョサイア王子は笑顔で頷いた。
「話を聞く限り、魔界は私の特性を受け継いだ部分もある様子。私達の加護がテオドールの力になる事を願っています」
ティエーラが静かに言う。
「実際に魔界を見て、俺もそれは感じたよ。確かに物騒な所だけどティエーラの想いは念頭に置いておく」
そう答えるとティエーラは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、穏やかに笑った。
「ふふ。貴方は……そういう子ですね。ありがとう」
コルティエーラも明滅して気持ちを伝えてくれる。ティエーラとしては……自分の身の安全を優先して欲しいという事なのだろうけれど。
魔界を探索する前は変異点を物騒な物だと思っていたし、ティエーラ自身も魔界については知らずにいたが……あれが魔界への適応を促す為のものだったとするなら、それはティエーラの性質を反映したものに他ならない。人だけではなくその他の種族も含めてティエーラはその行く末を見守っている。魔界に生きる者達についてもそれは同様なのだろう。だから……その事を忘れずに行動したいと思う。
そうしてヴィンクルや四大精霊王、ヴィアムス、スティーヴンやガブリエラ。工房の面々、フォレスタニアの武官、文官、使用人達、アドリアーナ姫、オルディアやレギーナ、ロヴィーサにキュテリア、イングウェイ。隠れ里の面々、水竜親子やマギアペンギン達……。後詰めのみんなや事情を知っている顔触れと言葉を交わす。
コルリスの見送りにはアンバーも姿を見せていて、別れを惜しむようにハグしていたりして。中々和むものがあるな。
「それでは行きましょうか」
「お気をつけて……!」
そうしてみんなに見送られて――俺達はクラウディアの転移魔法の光に包まれて浮遊要塞へと飛んだのであった。
浮遊要塞に停泊させているシリウス号に追加の食糧等の荷物を積み込んだ後で要塞奥へ移動。パルテニアラとエレナが魔界の門を開き、それを潜って再び魔界の地下区画へ。魔界の濃密な魔力を肌に感じる。
「先程のティエーラ様とのお話で何となく思ったのですが……やはり魔界の風景にしても、こうした濃い魔力にしても、ここで魔界の人達が生きていく為に意味のある物なのかも知れませんね」
グレイスが目を閉じ、宙に漂う魔力に触れるように軽く手を伸ばして言う。
「それはある、かも知れないね」
魔界の環境魔力はグレイスに相性が良いようだからな。ティエーラの性質に関してはグレイスの方が身近に感じるのかも知れない。
「地下拠点やその周辺で異変は?」
と、アルクスが出迎えに来てくれた改造ティアーズ達に尋ねると、揃ってマニピュレーターを左右に振って「異常無し」「大丈夫だった」というようにリアクションを返してくれる。うむ。
ティアーズ達とそんなやり取りをしながら、まずは人員がきちんと全員揃っているか確認。続いてはシリウス号の召喚だ。
浮遊要塞から地下拠点の台座にシリウス号を召喚し、要塞側のティアーズに密航者の有無を確認してもらい、通信機への連絡をもらう。
「どうやら大丈夫そうだ」
「では――問題がないようですので扉を一旦閉じますね」
アルファも甲板から顔を覗かせ、問題ない事が確認されたところでエレナがそう言って魔界の扉を閉じた。ここまでで一段落だな。
「さて。ここからはどうしたものかな?」
「そうですね。まずは地上にシリウス号を召喚して、ベヒモス親子に会いに行きましょうか」
パルテニアラの質問に答える。ディアボロス族には予防の魔道具を用意してくる他、ベヒモス親子の様子を見てくるとも伝えてあるしな。それに加えて、実際遺跡の居心地がどうかなど、アルディベラとエルナータに聞いてみたいというのもある。
迷彩フィールドを展開してシリウス号を待機。周辺の状況を確認しながら移動して地上にてシリウス号を召喚する。みんなで乗り込んで確認の点呼をしたら遺跡に向けて出発だ。
エルベルーレ遺跡の広場にシリウス号を停泊させる。
ベヒモス親子の姿が見当たらないが――狩りに出かけたのだろうか。いや、それにしては前に狩った巨大蛇がまだ残っているが。鮮度を保つ術をかけたから、まだ食うのには困らないはずだ。
「おお、テオドール達か」
と、そこに声がかけられた。翻訳の魔道具を通しての声ではあるが。そちらに目をやると、瓦礫の陰から身長3メートル程の美女が姿を現した。角が生えていて……ディアボロス族ともギガース族とも言えない姿ではあるが、角の形に見覚えがある。腰のあたりに女の子がしがみついていたりして。その子も見た目の幼さの割には背丈が結構あるな。
「……アルディベラとエルナータ?」
「ああ。教わった人化の術を試していたのだが、上手く変われているかな?」
「変、じゃない?」
二人が尋ねてくる。
「二人とも、もう術を使えるようになったんだ。うん。きっちり変わっていると思う。俺達より少し体格が大きいのは大した問題じゃないと思うし」
「そうか。それなら良かった」
俺の返答にアルディベラが笑う。エルナータも嬉しそうな笑顔でこちらに駆けてきた。
人化の術には得手不得手があって、完全に人間の姿に変われる者もいれば一部に特徴が残ってしまう者もいる。ベヒモス親子の場合は後者で、角や身長に特徴が残っているな。
「何故お前達が衣を纏うのか疑問に思っていたが、この姿になって色々合点がいった。皮が薄い上に弱いからなのだな。とりあえず土魔法で足裏や身体を保護できるように試行錯誤していたところなのだが……まだ少々動きにくくてな」
アルディベラが言う。なるほど。二人は石のスーツのようなものを身に付けているが。
「簡易で良ければ木魔法で服を作るよ」
ビオラが同行しているなら衣服を仕立てる事もできたのだがな。木魔法を駆使する形でも木綿に近い繊維で構成した衣服であるとか樹脂で構成した靴等を作る事はできる。
そんな風に提案すると、エルナータがアルディベラを見上げる。
「ふふ、そうだな。テオドールの作ってくれる服には興味がある」
そんな娘の反応にアルディベラはにっこりと笑って頭を撫でる。エルナータは嬉しそうに表情を明るいものにした。では、決まりだな。
「それじゃあ採寸をしましょうか」
「着替えのお手伝いもします」
「髪型も弄ってみたいわね」
クラウディア、アシュレイ、ステファニアがそう言うと、女性陣は楽しそうな笑顔を見せるのであった。