番外681 修繕と改造と
魔石の質を確保するためには半端なところで割れないように丁寧に採掘する必要があるそうで。ヴェリト達も別に専門分野で慣れているというわけではないので、採掘作業にはまだもう少し時間がかかりそうだ。
「補強のお陰で精神的に落ち着いて作業できるのは良いな」
と、ヴェリト達は顔を見合わせて笑っていたが。
地上はどうかと言えば俺やエレナ達の作業も進んでいる。
俺は地上の拠点となる家屋造り。エレナ達はベヒモス親子をこの遺跡の主と定め、契約魔法を組み込んだ呪法の護りを施すというわけだ。
「例えば……内部の者に危害を加えない――この場合はお二人に、という事になります。それを宣誓する事で遺跡の結界内部に立ち入る事ができ、その宣誓を破ると呪法が発動する、というわけですね。発動条件が『自らの宣誓を破る事』になるわけですから、かなり強力な効果を作用させる事ができます。代わりに、そうやって宣誓して立ち入った相手に対してお二人から攻撃するのも、呪法の効果を失う事になってしまう、と思って下さい」
カドケウスが様子を見に行くと、エレナがベヒモス親子に対して、防御呪法について説明していた。親ベヒモスは「要するにこの遺跡に立ち入り、何らかの形で役立てるならば、我らも来訪する者も、互いに約束を守らねばならない、という事だな」と首を傾げる。
「そういう事になるな。因果応報が呪法の正しい在り方故に、平和的な場所を構築しようという皆の想念が呪法を強固なものにする。従って……結界外部からの攻撃や示威的な包囲に対しても強力な対抗呪法を発動させる事ができるというわけだ」
パルテニアラが笑って補足説明する。因果応報か。それを無視すると歪みが生まれて術者自身への反動があるわけだが、そこをザナエルクは逆用する方法を取っていたわけだ。
因果応報という観点で見ると、ティエーラを支配しようとしたエルベルーレ王達が王都ごと異空間――魔界に飲み込まれたのも皮肉というか何というか。
ともあれ、ベヒモス親子はその提案に納得したのか呪法防御の構築に同意してくれる。しっかりとした呪法防御も構築されるだろう。
さて。では俺は俺の仕事に集中しよう。
元々の伝統的なエルベルーレ風の建築様式が魔界の気候に合っているかと言えばそうではなかったとの事で、パルテニアラ達も結構苦労したそうだ。
初めは呪法で対策をし、家屋を新造する際は素材から作り替えたりしたそうで。今造っているのはそうした創意工夫の後に生まれた、魔界版エルベルーレ風建築という事になる。
壁は漆喰で、屋根は広めに。水はけを良くして雨への対策も取る。風雨に湿気対策ができている家。案外日本家屋も向いているかも知れないな。
漆喰の寿命は長い方だがそれも適切なメンテナンスをすればの話だ。人がいなくなって久しいエルベルーレの遺跡は長い年月を厳しい風雨に晒されて民家に土台しか残っていない。城や外壁が残っているのは、石造りであることと、元々エルベルーレが呪法王国だったという事もあり、呪法による守りをきちんとパルテニアラが施していたからだ。
そんなわけで、運搬用ゴーレムがシリウス号から降ろしてくれた資材を使って、拠点を構築していく。時々起こる激しい天候の変化にも耐えられるようにしっかりと漆喰壁にも構造強化を施し、防風壁も形成。内部も俺達が過ごしやすいように魔道具を設置するなど、色々工夫を施しておく。
侵入経路を限定し、メダルゴーレムを組み込んで避難用の隠し通路を造る事で有事に際しては防衛しやすく、退避もしやすい間取りにする。その上で使いやすい厨房、みんなで過ごせる大食堂、広々として大人数で入れる男女別の浴槽、搬送しやすい所に配置した医務室、手狭にならない程度の個室、たっぷりと収納できる倉庫等々……拠点として使いやすく、過ごしやすいようにと色々と工夫を凝らした邸宅だ。
「よし。こんなものかな」
いつものように設備を使う面々に意見を求めたりしながら魔道具を敷設して、邸宅風の拠点が出来上がる。拠点としての機能を詰め込んだので大きな邸宅になってしまったが、まあそれは仕方ない。
「防犯性や防衛能力が素晴らしいな。居住性は――門外漢だから多くは論じられないが……うむ。良い物だと思う」
拠点内部を見てテスディロスが頷く。傭兵経験があるテスディロスに太鼓判を押してもらえるなら色々安心だな。
「拠点造りは結構場数も踏んでいるからね」
テスディロスに笑って返しつつ、続いて調査を兼ねて城の修繕と補強に向かう。
呪法の構築も終わり、後は発動だけ、という段階だ。
その前にパルテニアラ、シーラ、セラフィナ、コルリスと合流し、一緒にあちこち城の中を回って、危険な物が残されていないかを確認していくわけだ。
その都度崩落しそうな場所があれば修繕して補強という具合で対応する。当初より予定していた調査も兼ねているが……ベヒモス親子が安心できるような場所にしてやりたいからな。
城の内部は崩落して瓦礫が積もっている場所もあるが、結構広々としている。仔ベヒモスも自由に移動できるからか、俺の見回りと修繕についていきたいと言って、親ベヒモスは苦笑しながらも「面倒を頼む」と笑っていた。親ベヒモスにはかなり信用してもらえた感じがあるな。
そんなわけで変わった魔力反応がないか。危険な仕掛けが残っていないか等に注意しながら、城を見て回る。
崩落した箇所を一旦ゴーレムにしてから元通りの形に修復する。仔ベヒモスも楽しそうにそれを見て目を輝かせていた。
「この辺の天井も危ないよ」
「それじゃ、亀裂を埋めて構造強化しておこう」
崩れそうな場所をセラフィナが感知し、そこを補強しながらあちこち見て回る。
「ん。壁に隙間」
「おお、確かにここには王族用の隠し通路があったのう」
といった調子でシーラとパルテニアラの協力で隠し通路も発見した。年月が経っているので隠し通路も機能しなくなっているし、隙間ができていたり、そもそも魔界以前に造られた通路なので継ぎ接ぎだったり通路が崩落していたりという具合だった。
結論から言えば……パルテニアラの言うとおり、危険な物品は残っていなかった。
当時の余裕はそれほどなかったから見落としが無いかと言われると自信がない、とパルテニアラはそう言っていたが……魔界の扉からそこまで距離も離れていないという事で、危険物は残さないようにきっちりと処理している事が窺えた。
朽ちた家財道具に調度品、あまり危険性の高くない魔道具。それらの残骸は見受けられたが、そもそも一度パルテニアラ達がエルベルーレ王から攻め落としている場所だからな。
魔道具に組み込まれていた魔石にはまだ使えるものもあって、金属素材も固め直してしまえば資源にできるが……まあ、これはこれで歴史的な価値もある貴重な物だと思うので、雨風の当たらない区画に丁寧に並べて置いておくのが良いだろう。
そうやって作業と見回りを終わらせて広場に戻ってくると、ディアボロス族も採掘を終えて、地下から顔を出し――。
「え? 屋敷が建ってる……?」
「拠点を用意すると言っていたが、あれを造ったのか……?」
と、目を瞬かせていた。
「まあ、ベヒモス親子と共用で使える事になったからね。折角ならきちんとした物を造ろうと思ったんだ」
「……なるほどな」
ヴェリトは苦笑いを浮かべながら頷いていた。バロールの作った猫車にも魔石が満載されて、採掘もしっかりできたという印象だ。
他種族の風習は分からないから、もしかしたら変な事を勧めているかも知れないが、と前置きしつつ、埃やらを綺麗にするために入浴してきてはどうかと言うと、ヴェリト達はそれは助かる、と嬉しそうに笑うのであった。