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番外675 陰に潜む

「巨獣は――普段ディアボロス族や他の……言葉を話せるような種族を積極的に襲ってきたり、捕食したりするのかな?」

「いや……。そういう話は聞かないな。あの見た目と巨体だから目撃されても近寄る馬鹿はいないし、そもそもあれにとって、小さい種族は食いでがないから興味がないんじゃないか?」


 ……なるほどな。ベヒモスにとって人間型の生物は食欲をそそられないか。或いは特定の種族の魔物を捕食しないと食事にも意味がないとか……思っている以上に知恵があって、知的な生物への攻撃は報復があるので避けているとか……。まあ、生態については憶測の域を出ないな。


 ともかく、幼体の傷が癒えればベヒモスの親子はこの場所を後にしてくれるかも知れない。そうすれば今後も動きやすくなるだろう。生態系への影響を考えると、中々ベヒモスのような巨大種は排除すればいいというものでもあるまい。

 あの炎の巨大蛇が増え過ぎるなんてことになれば、それはそれで問題だ。


「少し……城でやる事ができた。バロールについて行ってくれるかな。魔法生物型の魔道具で、俺と意識が繋がっているし、姿を隠す魔法も使える」


 俺の言葉を受けてバロールが目蓋を閉じて、正式なお辞儀をするように挨拶すると、ヴェリト達は、少し虚を突かれたような表情をしていた。


「何をする気なんだ?」

「あの幼体を治療してくる。仲間の時間稼ぎにも限界があるから、先に行ってくれ」

「お前は……大丈夫なのか?」

「いざとなったらそれなりに戦えるし、地面に潜る術もあるから問題ないよ。バロールと一緒にいてくれれば、後で俺や俺の仲間達とも合流できる」


 まあ――地下区画に案内するわけにはいかないが。


「……分かった。実際に俺達より遥かに腕が立ちそうだし、俺達では巨獣には敵わないだろうからな。信じるしかない。だが、お前も怪我をしないように気を付けてくれ」

「ああ。ありがとう。そっちも気を付けて」


 ヴェリトとそんな言葉を交わす。そうしてバロールと共に彼らは走って行った。崩れた城壁部分を乗り越えるのに補助が必要かと思ったが、その必要はないようだ。畳まれた翼を広げると意外に大きく、一気に城壁を乗り越えて、その向こうの斜面――眼下に広がる森へと滑空していく。後は――バロールに土魔法でシェルターでも作ってもらい、そこで待機していれば大丈夫だろう。


 俺は、このままベヒモス幼体の治療に向かう。事情を説明して、もう少しだけ時間稼ぎを頼むという内容の連絡を入れると、オズグリーヴからも任せておいて欲しいという旨の返事があった。


 では――遺跡の内部で治療を済ませてきてしまうとしよう。幼体を少し驚かせてしまうかも知れないが、多少は仕方がないと割り切ってもらうしかない。


 隠蔽フィールドを纏ったまま城の奥へと飛行していき、仔ベヒモスの近くまで移動する。こちらには気が付いた様子もない。外の様子を窺いながら、どこか不安げに喉を鳴らしていた。

 身体は幼体とはいえかなり大きいが……角も鋭い牙もなく、顔つきにも険がないというか。割とつぶらな目をしている。成体のベヒモスは体毛も一色だったが、仔ベヒモスは身体に斑模様があったりして、これは保護色になっていたりするのだろう。


 傷を負っているのは右の後ろ脚だ。小さな傷を中心に膨れ上がっていて、炎症を起こしているのか膿んでいるのか……あまり良くなさそうな気配だ。


 まず、最初に――強めの封印術を使ってしまう。

 気付かれていない内ならば意識の外から封印術を発動させる事ができるからだ。封印術が発動する時の、光の鎖が絡む光景も隠蔽フィールドで幼体の目に届かないようにする。


 術式が効果を表すと仔ベヒモスの四肢から力が抜けて、転びそうになる。それを――風魔法のクッションで受け止めてからレビテーションで宙に浮かせる。

 仔ベヒモスは少し驚いたように手足を動かしていたが、種族由来の膂力や何かしらの能力は封印術が抑えているし、レビテーションで身体を浮かせているのでどこにもとっかかりがない。


 目を丸くして手足を動かし、声をあげようとする仔ベヒモス。しかし外までは鳴き声が届かないように、周辺を風魔法で覆っている。パニックを起こしてしまう前に――精神を落ち着かせる闇魔法と共に、翻訳の魔道具を使って語りかける。


「心配しなくていい。危害を加えるつもりはないんだ。怪我をしているようだから、それを治してあげたい」


 姿を消したままでそう言うと、仔ベヒモスは目蓋を何度か瞬かせ、声を上げた。

 精霊? どこにいるの? といったような意思がその鳴き声には込められている。ベヒモスは――精霊を感知しているわけだ。まあ、精霊と思ってもらっていた方が話も早いか。


「そんなようなものだよ。このお城に昔住んでた友達がいてね。ちょっと用事があってここに来たら、困っているのを見かけたからついでにと思ってね。驚かせたくないから、治療が終わったら姿を見せるよ」


 そう言って仔ベヒモスの肩のあたりを軽く撫でると、鎮静の術の効果もあってか、大人しく頷いていた。よし……。では治療を始めよう。


 まず怪我の種類、状態等を詳しく見る為に仔ベヒモスの身体に触れて循環錬気を行う。魔界の生物との循環がどんな影響を起こすか未知数なので、まずは身体の外に体内魔力を放出、外部で混ぜ合わせて魔力が変質しないか細かく観察する。

 ふむ。どうやら大丈夫そうだな。混ぜ合わせた循環魔力は活性化している。変異対策の魔道具も作動しているし、滅多な事は起こるまい。


 安全性を確認したら次の段階。魔力の流れを見て傷の状態を診ていくわけだが――。


 なん、だ? これは? 炎症を起こしたように膨れ上がったその内側に、何か別個の魔力反応があった。改めてライフディテクションを使うと、違う生命反応の輝きがそこには潜んでいて。


「寄生型の生物……?」


 封印術と循環魔力を操り、痛みを和らげながらそこに潜んでいる「何か」に圧力をかけて行く。内から外へ。魔力の流れで圧力を作り出しながら一気に押し出してやると、黒いタールのような何かが小さな傷口から体外へと勢いよく放出された。


 一瞬スライム状の生物かと思ったが――鳴き声のような悲鳴を上げて飛んでいき、柱にへばりついたかと思うと、不気味に蠢いて獣の頭部のような形状を見せた。

 鬣のような触手を蠢かせ、柱から飛んで仔ベヒモスに向かってくるそれに、あまり良くない性質の気配を感じる。邪精霊だとか、そうした陰に生きる存在特有の魔力というか。


 シールドで防ぎながら火魔法を叩き込んでやると、割とあっさり撃墜する事ができた。炎の中で身体をのたくらせ、やがて動かなくなる。生命反応の輝きも消えた。


「魔界の生態系って言うのは、本当にまあ……」


 今のは魔法生物ではなかった。こんな生き物が野生にいる、というわけだ。感染経路は不明だが、仔ベヒモスに聞けば怪我をした時の状況も分かるかも知れない。

 知識を得た以上は同じような事が起こらないように、しっかり対応したいところだな。仔ベヒモスもこれには流石に驚いたらしく目を瞬かせていた。

 ともあれ……原因を排除したわけだから、治療の続きと行こう。


 傷口を念入りに。それから念のために全身をもう一度確認。

 筋肉や骨に異常が残っていないか。寄生生物の別個体や残滓等が残っていないかを細かく見て、それらが無い事を確認してから傷口をアシュレイの術式を封入した魔道具で消毒。魔力の流れを整え、炎症を治療。傷口にポーションをかけてきっちりと治療を行う。


「痛みはどうかな? 立てる?」


 一通りの治療が終わったところで封印術を解いてそう尋ねると、仔ベヒモスはやや恐る恐るといった様子で床に降り立ち、後ろ足の具合を確認していたが……やがて嬉しそうに声を上げた。痛くない。ありがとう、というような意思が声から伝わってくる。


 それは何よりだ。オズグリーヴにももう大丈夫と連絡を入れると「では撤退します」というそつのない答えが返ってきた。


「姿を見せるよ。っとと」


 と、仔ベヒモスにも姿を見せてやると、甘えた声を出されて顔をこすりつけられてしまった。

 ふむ。十分に知性が高いようだし、これは上手くすれば親ベヒモスとも交渉可能、だろうか?

 まあ、駄目だったらコンパクトリープと幻術を使って逃げる、という事で良いのではないだろうか。

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