番外668 門が開かれる時
見送りの為の昼食会はバイキング形式で賑やかなものだった。王城の料理人だけでなくフォレスタニアの使用人達やコウギョクも手伝いに来ていて、バリエーション豊かな料理を用意しているという印象だ。
配膳用のテーブルに配置された王城の使用人達が料理を取り分けてくれるという仕様で、まあVIPばかりなので、そのあたりでセキュリティも確保しているのだろう。
こうした形式にしたのは自由に挨拶回りに行けるように、という配慮である。挨拶回りといっても知り合いばかりなので俺も気軽だし。
というわけで探索に備えて腹を満たしつつ、皆と話をしてモチベーションを上げていく。料理は手も込んでいて美味だが、腹持ちがよく体力のつくものといったチョイスがされているようで、そういった配慮もありがたい。摺り下ろしたガーリック等の臭いは生活魔法で消す事も可能なので、女性陣にも好評だ。
食事をとって一段落したところで、みんなが次々声を掛けに来てくれる。
「魔法の鞄に入る程度なら大丈夫とお聞きしていました。邪魔にならないなら、是非護符を持っていって下さい」
「同行は難しいが、せめてもと思ってのう」
と、ユラやゲンライが陰陽術や仙術関係の護符を持ってきてくれたりした。その他、国元で手に入ったという触媒や魔石、宝石、怪我や病気を治す薬やポーション等々……皆が見送りの餞別を持参しているようだ。
触媒や魔石は現地で加工して使えるようにという配慮だろう。質の良い素材であれば状況に応じて対応の幅が増えるからな。
宝石に関しては触媒になる他、現地での物々交換や資金の調達も想定しているらしい。確かに……通貨を持ち込むよりは対応の幅も増えるかな。
魔界に暮らす種族の価値観は不明だが、宝石も触媒や魔道具の素材に使えたりもするので全く役に立たないということはないだろう。
「ありがとうございます。助かります」
「何、この程度お安い御用だ」
「確かに。国元を留守にできない以上は、これぐらいの協力はな」
「必ず……皆で揃って生きて帰ってくるのだぞ」
お礼を言うとファリード王やレアンドル王、イグナード王は俺の手を取ったりしてからそんな風に言ってくれた。デメトリオ王やコンスタンザ女王も真剣な面持ちで頷いている。
「各地に伝わる丸薬やポーション……。色々と興味深いものがあるわね」
「テオドール公はポーションが自作できますからね。その穴埋めになるようなものを、と考えていたところがあるわね」
ローズマリーが感心したような声を漏らすと、オーレリア女王が答える。
一時的に生命反応を消して体温を落として仮死状態に見せかける事ができるとか、振りかけた物が暫くの間見えなくなる魔法薬だとか。中々面白い物が揃っているようだ。これらも状況に応じて使っていけばいいだろう。
「羽根や糸に鱗に墨……。色んな種族の方々が触媒を持ってきて下さっているようですね」
「これらについては今の内に妾とエレナの手で、呪術の類が当人のところにいかないよう、きっちりと処置を施しておくとしよう。魔界に持ち込むわけだからその方が皆も安心であろう」
エレナとパルテニアラが、みんなの持ってきてくれた素材や触媒の数々を見て、そんな風に言った。
そうだな。ハーピーの羽根、オリエや小蜘蛛達の糸、鬼の血。マーメイド、セイレーン、魚人族の鱗、スキュラの墨等々――。各種族自身が何か役に立てばと自前の素材や触媒を用意してくれたという印象だ。
人間における爪や髪が呪術に用いられるのと同じように、これらの物をそうした用途に使う事も可能ではあるのだが……パルテニアラが言及したように、処置を施す事でそうした目的には使えないように、単純な素材や触媒としての役割に限定させる事ができる、というわけだ。
「手間をかけてしまうな。何かの折に役に立ってくれれば良いのだが」
「何。然程の手間ではないぞ。すぐに出来る」
「貴重な品々ですからね。皆さんの想いに沿うような用途で使う事をお約束します」
エルドレーネ女王の言葉に俺とパルテニアラがそう答えると、各種族の族長達や御前、オリエといった面々も笑って頷いてくれた。
「では、始めます」
そうしてみんなの見ている前で、エレナがパルテニアラと共に術を施す。物品を置いてマジックサークルを展開。提供してくれた当人との呪術的な繋がりを断ち切る術というわけだ。この辺も呪法王国であるベシュメルクならではの術と言えるだろう。マジックサークルの中に置かれた品々が燐光を帯びて、そしてその光も落ち着く。
「できました」
「これで安心ですね」
エレナの言葉にグレイスが微笑み、マルレーンがにっこりしながらこくこくと首を縦に振る。そうして処置の終わった品々をローズマリーが魔法の鞄の中に収納していった。
「ティエーラ様とコルティエーラ様の加護に乗せれば、私達の加護も届くはずです」
「我らも無事に再会できる事を願っている。十分に気を付けるのだぞ」
「気をつけてね……!」
「武運長久を祈っておるぞ」
と、マールやラケルド、ルスキニアにプロフィオンと、精霊王もそんな風に声を掛けてくれる。フローリアやノーブルリーフ。アンバー、フラミア、ラムリヤ、ティールの仲間達といった動物組にロベリアや花妖精達……そうした面々ともハグをしたり握手をしたり――別れを惜しむ。
「既に私が力になれる事の範疇を超えているが……無事を祈っておりますよ」
「ティエーラ様や四大精霊王に祈れば――我らの想いも届くと信じている」
父さんと両手で握手し、七家の長老達にも代わる代わる抱きしめられる。
「どうか――お願いします。無事に帰ってくる事を祈っております」
クェンティンも丁寧に頭を下げて、魔界に関する事をお願いすると、そう言った。
「はい。必ず無事に戻ってきます」
俺もそう言って、笑って応える。
挨拶回りや餞別の受け取りも終わり……十分に別れを惜しんだところで、いよいよ出発の時間だ。
転移港からシルヴァトリアに向かったというカバーストーリーを用意しているので、今回は迎賓館からクラウディアの転移魔法で迷宮内に直接飛ぶわけだ。
「テオドール。皆の言葉を再度重ねるようになってしまうが……重々気を付けるのだぞ」
「はい。探索に関しては細心の注意を払います。皆と共に探索を終えて、陛下と再会できる時を楽しみにしています」
メルヴィン王と言葉を交わし――皆の見守る中で、クラウディアが転移魔法のサークルを展開した。
「では――行きましょうか」
「ああ、行こう」
真剣な面持ちで見守る皆の顔。転移魔法の光に包まれて――そうして一瞬後には浮遊要塞に到着していた。
「ん。それじゃ点呼と確認」
シーラがそう言って、まずは同行者が全員揃っているかを確認していく。
「全員揃っていますね。予定外の巻き込み等も無く、問題ないようです」
アシュレイが巻き込みについても確認して報告してくれた。ティエーラの他、ガブリエラと護衛のスティーヴン達を含む、後詰めの面々も門を開くところまでは一緒だ。ティエーラが許可を出しているのでガブリエラ達の帰還に関しても問題はない。
シーカーやハイダー達は先に要塞側で待っていてくれた形だ。オペレーターである防衛ティアーズ達の案内の元、みんなで浮遊要塞の内部を移動していく。
そうして、魔界の扉が置かれている区画に到着する。ライトアップされた水路と光る花々と水晶が彩る……見た目は庭園のような場所だ。友好的な種族を歓迎する意味合いもある。
まず扉を開く前に、この区画の少し離れた所に天幕――ベースキャンプを設営する。
資材のほとんどはシリウス号に積んであるが、医療品、保存食の一部をベースキャンプに置いておく事で、後詰めのメンバーが区画内で待機しやすくしたり、魔界から撤退して来た時に対応しやすくなるというわけだ。
ここにもハイダーを一体配置しておく。門が開いている状態なら魔界の拠点側に配置したハイダーから即座に情報を受け取れるから、門を潜らずともやり取りが可能というわけだ。
ベースキャンプ側のハイダーに伝言を残しておく事で、俺達も門を開けた状態ならルーンガルド側からの情報や伝言、連絡を受け取れる。
「毛布に水生成の魔道具に、ポーション、マジックポーション。こんなところかしら」
事前に用意していた天幕を張り、資材を一つ一つ確認。ステファニアが目録を見て満足げに頷く。
「よし。それじゃあ、いよいよか」
そう言うと、皆の表情も真剣なものになる。
「うむ。では――久方ぶりに門を開くとしよう」
「はい、パルテニアラ様」
「お任せください」
パルテニアラの言葉に頷いたエレナとガブリエラが、魔界の門と向かい合う。
台座の上で鎮座している魔界の門。見た目は門と言っても石材で作られた四角い枠だ。斜めになって浮かんでいるので菱形の枠というべきだろうか。枠の内側は――向こうの景色が見えているが、その景色は常に陽炎のように揺らいでいる。
前まで進んで行き、二人がパルテニアラの見守る中、門に向かって祈りを捧げるような仕草を見せた。
「我らに連なりし始祖の築きし大いなる封印よ。今こそ我らここに希わん」
胸の前で手を組んで、目を閉じてエレナとガブリエラが詠唱を重ねる。文言が進めば魔界の門が光を放ち、その胸のあたりに刻まれているであろう刻印が光を放つ。同時に。魔界の門もまた全体が光を帯びて、その光量を強めていく。
幾重にも重なった封印の術式が少しずつ解れて――四角い枠の内側に見えている景色が変化していく。揺らぐ陽炎の向こうに黒い穴が口を開けて、濃密な環境魔力が流れ込んできた。
「ああ……。この先が……」
「魔界――に造った地下施設、のはずだ」
ガブリエラの言葉に、パルテニアラが静かに言う。
エレナとガブリエラを庇うように前に出て魔法の明かりを灯し、それを門の中に送り込む。陽炎の向こうに、いつぞやベシュメルクの王城地下で見たような石造りの広間が見えた。
その光景にパルテニアラは静かに頷く。どうやら、地下施設は健在のようだ。視線を向けると、その認識で間違いない、というようにパルテニアラは更に頷く。開いた時に黒い穴に見えたのは向こうに照明が灯っていないからだろう。伝わってくる濃密な魔力だけは見通しが良くなっても変わらないが。
では……まずはシーカーを送り込み、向こうの状況を探って安全確認をするところから始めよう。