番外665 呪法王国からの助っ人
ヴィアムスの門出から数日――。ヴィアムスのスレイブユニットからの話によれば深みの魚人族の集落での生活は中々良いもののようで。
スレイブユニットとは別行動中なのでヴィアムス本体は気軽に集落を出て行動できるというわけではないが……本体が集落にいるという事は、漁の間、守りを任せる事ができるので、深みの魚人族の皆からは結構喜ばれているらしい。
深みの魚人族の集落は割と安全な方ではあるが、凶暴な魔物とも完全に無縁な生活というわけではない。
だがそこでヴィアムスが集落の守りとしているだけで戦力は大きく上がるし、その分だけ漁に出る人員を増やす事もできるようになる。集落に残る者も漁に出る者も安心というわけだ。
磁石付のチェスだとか耐水性のカード、魔法楽器を餞別として持っていってもらったのだが、これらは漁が終わった後に集落の面々と楽しんだりもしているそうで。大人達、子供達共に仲良くなっているという話である。
とまあ……ヴィアムスの新生活は順調という事で、俺達も安心して魔界探索の準備を進める事ができた。
探索に必要になりそうな物品の備え。変容への対策。資材、建材の積み込み、保存食を含めた食料品の備蓄……。思いつく事は全てやった。
後は実際に魔界探索を実行に移すだけだ。準備は万端にするけれど、魔界の性質を考えれば、ただ先送りにしていて良いというものでもないからな。
というわけで不在の間の体制作りもできているし、メルヴィン王やジョサイア王子と話し合い、実際に出発する日取りも決まって――その日付も段々と近付いてきた。
シリウス号は事前に造船所を離れ、迷宮奥に移動。何時でも召喚や転移で魔界へ移動可能な準備だけをしておく。
召喚魔法に応じてシリウス号が迷宮奥の浮遊要塞――アルクスの守る区画に現れる。
要塞の外部に作ったシリウス号用の台座に、ゆっくりとアルファが船体を降ろしていく。要塞を防衛するティアーズ達が着陸しやすいようにとマニピュレーターをもう少しこっち、というようにジェスチャーを送ったりしてくれて、きっちり台座に停泊させる事ができた。
「これで……前準備は全て完了といったところですね」
グレイスがその様子を見て言う。そうだな。造船所ではシリウス号の幻影が停泊しているが、後はハリボテを作って台座の上に停泊させておけばいい。
その上で俺達は転移門を使い、少しばかりシルヴァトリアに旅行という名目で不在にし、魔界探索に向かうというわけだ。
「こうして間近に迫ってくると……今から緊張してしまうところもあります。私は巫女ではありますが……実際に魔界を見たわけではありませんし」
エレナは神妙な面持ちで胸のあたりに手を当てる。
「ルーンガルドに比べれば過酷な環境よな。それでも、ベシュメルクの民はあの地で暮らし、生き延び……そして帰ってくる事ができた。妾達の時は魔力嵐から逃れるために魔界に留まらざるを得なかったが、今は危険を感じれば撤退する事も可能ではあるからな。後は……当時の知識がどこまで通用するかだが」
エレナの言葉にパルテニアラは思案を巡らしながら答えた。そうしたパルテニアラの言葉はエレナの緊張を解すためのものではあるだろう。
「撤退ができる事を考えれば幾分かは楽――というのはやや楽観的かも知れませんが、知識や情報が足りない状態とは比べ物にならないでしょう」
「確かにな」
俺の言葉にパルテニアラは小さく笑い、要塞に同行しているみんなも頷く。
パルテニアラ達の魔界からの撤退以後についてだが……王や巫女が代替わりしたりする度、魔界側の封印の維持を目的に門を開き、封印に異常がないかの様子見をする、という事は行っていたらしい。
初期では魔界の門の施設を変異した魔物が襲ってきたりと……実際に危険が伴ったので今の形式に落ち着いたのだとか。
ザナエルク以外の代にも何度か今後の為に調査範囲を広げてみるべきだとか、魔界の資源を役立てるべきでは、という意見が持ち上がった事があるそうだが、前者は必要性を認められながらも危険性が高いという事で見送りになり、後者の場合は――危険性は勿論の事、歯止めが無くなるからと王や巫女、重鎮達は自制してきたそうだ。
ところがザナエルクが王位を継承して魔界に対しての野心を露わにしてからはあの有様で、扉を開く事のできるエレナが出奔して行方不明になっていたから、当然そうした確認も滞っているという状態だ。
今の所パルテニアラが感知できる範囲での異常はないらしい。
魔界の門はベシュメルクの血族に刻まれた呪法と巫女達の祈りの力が封印の維持や修復に繋がっている。
だから要である魔界の門そのものは劣化しない……が、その周辺の設備、施設となるとそうはいかない。その辺りの修繕と拠点としての拡張も今回の魔界探索においては目的の一つ、というわけだ。
まあ……迷宮による防衛設備であるとか探索班の戦力であるとか、ここまで好条件が揃った事は過去に無かったとの事だ。
探索の好機であるとも言えるので、過去の負の遺産がないかを確認し、その他の危険性もしっかりと情報収集して、それらの要因があればきっちり解消なりをしたいものである。
シリウス号の要塞への配置を終えてみんなと共に迷宮奥から戻る。探索への出発も近いという事でクェンティンやガブリエラ達、ベシュメルクの面々が訪問してくるとの事だ。
出発当日は俺達の見送りに各国の王達も顔を揃えるそうであるが、まあ……ベシュメルクは当事者だからな。魔界探索に同行してくれる面々もいる。
転移港へ向かうと最初にクェンティンとコートニー、デイヴィッド王子が姿を見せる。続いてマルブランシュ侯爵と青いカラスのロジャー、ガブリエラ。そしてその護衛のスティーヴン達が転移の光と共にタームウィルズにやってきた。
「おお、これはテオドール公」
「こんにちは、皆さん」
ベシュメルクの面々を迎えて笑顔で挨拶をする。
「ガブリエラ殿下。お久しぶりです」
「はい、エレナ殿下。ご無沙汰しております」
「久しぶり、スティーヴンお兄ちゃん」
「みんな元気そうで嬉しい」
「二人もな。顔を見て安心した」
エレナとガブリエラが言葉をかわし、カルセドネとシトリアも嬉しそうにスティーヴン達に再会の挨拶をする。
「デイヴィッド殿下もご無沙汰しております」
コートニーに抱かれて手足を動かして楽しそうな声をあげているデイヴィッド王子である。挨拶をすると指を軽く握られてしまった。うむ。
「デイヴィッド殿下は――少し背がお伸びになられたのではありませんか?」
「ふふ。お陰様で」
ステファニアがデイヴィッド王子を見てそう言うと、コートニーも微笑みを浮かべて応じる。そうだな。前よりデイヴィッド王子も大きくなっている。
「ミンナ、久シブリ!」
と、ロジャーもティール達と再会して嬉しそうだ。ティールもまたフリッパーを動かして声を上げていた。
というわけで馬車に乗ってフォレスタニアに移動する。
「ああ、ちなみに南西――ヴェルドガル王国から見れば南東部ですな。あの地域の人員増強も滞り無く進んだことをお伝えしておきますぞ」
馬車の中でマルブランシュ侯爵が教えてくれる。南東部――。つまり魔人達の隠れ里があった地域だ。隠れ里の防衛戦で環境に変化があったから、魔力溜まりに異変が起こっても対処できるよう、デボニス大公とベシュメルクの首脳陣に人員と監視の増強をお願いしていたというわけである。
デボニス大公も既に人員の増強等を進めてくれているそうなので、魔力溜まりのその後に関しては一先ずこれで態勢が整ったと言えるだろう。