番外661 魔法生物達の絆
造船所の一角には管理施設という事で建物が作ってあるのだが、会議室に移動してみんなで魔界探索に関する作戦会議を進めていく。
「ふうむ。門が置かれているのは地下。妾が同行するからには術式を維持したまま拡張する事もできよう。シリウス号を召喚し、停泊させておける空間も作れるのではないかと思う」
「であれば、シリウス号を召喚する分には問題も無さそうですね」
パルテニアラが顎に手をやりながら言うとエレナも微笑む。そうだな。魔界の門は向こうも同じようにパルテニアラがいるなら移動させる事も可能だ。
地下ならば更に掘り下げてスペースを拡張するなどして、仮に地上に出にくい状況だったとして拠点構築が可能というわけだ。
「一先ず門を開けた状態でシーカーを送り込んで安全を確認。安全そうであれば魔界への人の移動。地下施設と地上部分の確認をして、その状況に応じて拠点整備とシリウス号の召喚が前後する形になる……かな」
魔界に移動してからの流れはこんなところか。
「ふむ、資材の手配は――順調か。魔界探索用の装備については?」
管理施設の窓から造船所の作業風景を見たパルテニアラが尋ねてくる。
窓の外ではベシュメルク側が組んでくれた予算で用意した建材や資材を、ゴーレム達がシリウス号に積み込んでいく光景が見える。これらは魔界での拠点造りに使うわけだ。
「かなり進んでいますよ。同行予定の面々の分は動物組や魔法生物組も含めて出来上がり、現在は予備を用意しているところですね」
探索に際してはまず何を置いても魔界の環境による変異を防がなければならない。
パルテニアラの協力でその為の術式は既に教えて貰っているので、後はそれを身に着けるタイプの装備品に落とし込めばいい。
例えば腕輪型とベルトのバックル型といった具合に、同行者に応じて二種を用意してある。交互に魔石に魔力をチャージしていけば魔力切れという事態も防げるというわけだ。
またネレイド族の協力もあり、シリウス号からの位置を示すビーコンの他にも貝殻で片割れの位置が分かるペアリングの魔道具も用意している。
様式の違う二種の探知法ということで保険としての意味合いを考えるなら、探索に際しては安全度も高くなったと言えるだろう。
他に作ったものとしてはサバイバルセットだな。
種火、水生成、浄化、光球といった幾つかの生活魔法や火球魔法、治癒、解毒、体力回復の術を一つの魔道具に組み込んだ代物を作った。タブレット型で発動したい魔法のマークに触れれば良い。将来的には通信機と合体させたいところだな。
これは魔法が使えない面々に支給される。魔力消費型なので使いたい放題というわけではないが、仮に遭難した場合でも生存率を上げる事ができる。
シリウス号自体にも変異を防止するための防御呪法を組み込み、船ごとの召喚や転移が可能なようにしてある。
そして現在は資材の積み込み中。それが終われば十分な食料品を手配し、いよいよ出発、という事になるか。まずは期限を短く区切り、探索の結果がどうであれ期限いっぱいを目安に魔界の状況を伝達。その後、状況に応じて探索の延長をするか、一旦戻って改めて第二陣の探索を行う、等の検討をするといった流れになるだろう。
「準備万端という印象ですが……。私が連絡を取った時期は少し間が悪かったですな。準備を中断させてしまったのでは?」
一つ一つ進捗状況を確認していると、オズグリーヴがそんな感想を漏らす。
「いや。俺としては寧ろ、資材を積み込んだ後や探索に出発した後じゃなくて良かったとは思うけどね。元々、十分な準備を整えてから出発するつもりでいたから、準備期間は長めに見積もっていたし」
「ふむ。それなら良かったですが」
オズグリーヴはそう言って目を閉じた。オズグリーヴもまた、魔界探索に参加する予定だ。パルテニアラからベシュメルクの事情についても聞かされているからな。オズグリーヴは……その時はこう答えた。
「我らもまた新たな過ちを犯し、必要のない苦しみを広げた身。そのような者が誰かの罪を裁く等と言えるわけもない。ましてや、その場で事態を収拾しようと戦ったのであれば……それは罪人では無く、英雄に他ならないはず」
月の民とベシュメルクに因縁があるというのは分かったが、自分が怒る筋合いの話ではない、という事らしい。いずれにしても過去の因縁が残っていて危険が及ばないよう、魔界の探索を行って不安要素を排除しておくべき、という意見には賛同してくれたが。その事もあって、オズグリーヴもまた魔界に同行するという事になったわけだ。
魔界が今になってこちら側に危険を及ぼすのは看過できない、という事だろう。俺と協力関係にあるというのもそうだが、余計な混乱は共存の道を模索する上ではマイナスだろうしな。
まあ……魔界探索においてもオズグリーヴの協力が心強いのは間違いない。
造船所で魔界に転移してからのあれこれについて話し合いを重ねる。そうして、それが一段落した頃合いに造船所に深みの魚人族の長老レンフォスと戦士長ヴェダル、ブロウスとオルシーヴという面々が姿を見せた。
魔人達の隠れ里から戻ってきたという事もあり、ヴィアムス本体は瞳の守護者として深みの魚人族の集落に落ち着く、という事になるわけだ。
転移で気軽に行き来できるというのはあるが、送別会的な催しはしてやりたいし、その辺の段取りを整えるという事で、日取り等を決めようと面会の予定を組んでいたわけである。
「よくぞ参られた」
「これはヴィアムス殿」
造船所の施設から迎えに出てきたヴィアムスに、相好を崩して応じる深みの魚人族の面々である。
「待っていましたよ。どうぞ、こちらへ」
「丁度お菓子も焼き上がりました」
レンフォス達を施設内に案内すると、にこにことしたグレイスも厨房から顔を出してそう言った。というわけでお茶と焼き菓子を頂きながら話をする。
「まあ……我々としてはテオドール公が不在になる折には、ヴィアムス殿のスレイブユニットにタームウィルズやフォレスタニアに待機しておいてもらう、というのも後詰めや連絡役として有効なのでは、とも考えておりますが」
「確かに。何か有事があった際に伝達が早くなり、我らも迅速な援護や支援ができると思えば、ご恩をお返しできる機会もありましょう」
その話し合いの中でレンフォスが言うとヴェダルも静かに頷き、俺やヴィアムスの意見を聞きたいと視線を向けてくる。
「深みの魚人族の皆さんが承知し、ヴィアムスも同意しているのなら異存はありませんよ。瞳の所在と守護に関しては約束通りではありますから」
そう言うとヴィアムスも答える。
「私としては既に隠れ里に同行させてもらうという要望を通してもらった。この上更に自分の要望ばかりを求めるつもりはないが……深みの魚人族の恩返しに貢献できるというのであれば否やはない。まあ……集落とフォレスタニアと……両方に住む人達と継続して交流できるというのは何というか……私ばかりが贅沢をしている気がしてしまうが」
「ヴィアムス殿にとってはタームウィルズやフォレスタニアは生まれ故郷のようなものでしょう」
「うむ。我らが集落を大切に思うのと同じようなもの。そこを疎かにしてはテオドール公の恩義に顔向けできますまい」
ブロウスとオルシーヴがそう言うと、レンフォス達も首肯する。
「では――留守の間の事は頼むぞ」
「ヴィアムス殿が後詰めなら安心ですな」
「うむ。任された」
マクスウェルやアルクスはヴィアムスとそんな会話を交わして、アピラシアもうんうんと頷いていたりする。魔法生物友達というか何というか、仲が良かったりするからな。
「ヴィアムスが留守中の後詰めや連絡役に回ってくれるのなら、心強いのは確かだね」
俺からもそう言うと、魔法生物組は嬉しそうに核を明滅させたり笑顔になったりするのであった。