番外651 大暴動の後に
魔獣が倒れると同時に、暴走状態になっていた魔物達の精神干渉も解けたのだろう。あちこちで魔物同士の潰し合いになったりしていた。遠隔攻撃ができる面々が外から追撃したりしているが、魔力溜まり近辺の魔物は元々凶暴な性質。
魔物同士の潰し合いに終始していて、こちらに構っている暇はない、といった様子であった。それを見て、甲板に立って氷弾の弾幕を張っていたティールが、一旦射撃の手を止めてこちらを見てくる。
そうだな。このまま一方的に攻撃するというのもな。里の中まで入り込んでいた魔物は撃退し終わって、主戦場は周囲の森となっている。
俺達としてはそのまま魔物達同士の潰し合いという、カオスな状況になった戦闘の終息を待ちつつ、まずは怪我人に治療を施し、結界を張り直す、というのが良いだろう。
そうした考えを通達すると、みんなも魔物達の興味を引かないように幻術を利用したりしながら撤退してくる。
クラウディアが魔道具を使って一時的な結界を展開してくれた。では、この間に諸々済ませてしまおう。
「俺は大丈夫だけど二人が手傷を。みんなの怪我は?」
「私達は――大丈夫です」
点呼をして全員の怪我を確認し、グレイスが返事をしてくる。
「ではやはり、オズグリーヴさんとテスディロスさんが一番酷い怪我のようですね」
と、アシュレイが真剣な面持ちで言った。戦闘が終わった事で住民達も甲板から覗きこむようにして……二人の怪我の様子を心配そうな顔で見ている。
二人は最初に魔獣に対して時間稼ぎの囮になって、戦況を見て本格的な戦闘に移行し、そのまま俺と共に押し切ったという形だが……魔人にとっては本当に相性の悪い相手だったという印象がある。
「俺の怪我は大したことはない。先にオズグリーヴの方を頼む」
「では、オズグリーヴさんはこちらへ。封印術を使ってから治癒魔法を使えば、僕達と同じように術式が作用しますので」
「なるほどな……。では、厄介になる」
土魔法で作った即席の椅子に座ってもらい、封印術を施すのとほぼ同時に一番重い脇腹の傷に、アシュレイが治癒魔法を用いる。封印術が効果を示すと脇腹から血が零れたが……即座に治癒魔法がかけられ、出血も止まって傷口が塞がっていった。一番重い傷を治したら次に細かな手傷を治療していく。
骨や内臓に損傷がないか等、循環錬気で調べて予後が悪くならないように諸々の状態を確認。
「どうやらこれなら大丈夫そうですね」
俺からそう言うと、甲板から覗きこんでいた里の面々がほっとしたように息をつく。
俺達に深々と一礼してくる者もいて……オズグリーヴは里の者に尊敬されたり慕われたりしているというのが分かる。魔人化解除で改めて振り返ってみても、オズグリーヴは住民達からそう思って貰える振る舞いをしてきたという事なのだろう。
オズグリーヴの治療が終わればテスディロスの番だ。分体の包囲攻撃を受けた時に正面と背後の攻撃をそれぞれに引き受け、割とその時に無茶をしたらしい。ダメージ覚悟で足を止め、瘴気の槍をスパイク状に作り出し迎撃したとの事で、肉を斬らせて骨を断つを地で行く戦い方だったようだ。
そんなわけで、オズグリーヴ程の大きな傷はないものの、テスディロスもあちこちに手傷を負っていた。同じく封印術を施してから傷を治療していく。
「治癒魔法が馴染むまで、暫くは封印術を維持しておくのが良いようです」
「承知した。だが、結界の張り直しについては?」
「いずれにしても瘴気結界の仕込みは回収しますから。新しく通常の防御結界を張ってしまいましょう」
そう答えるとオズグリーヴは納得したように頷く。
怪我人の有無の確認やその治療が終わって状況も落ち着いたところで、ティエーラ達にもお礼を言う。
「ありがとう。みんなが力を貸してくれたから、助かったよ」
「ふふ、それは何よりです」
「うんっ、みんな無事で良かった……!」
と、微笑むティエーラとその言葉に頷いて明るい笑顔を見せるルスキニア。うんうんと頷く他の精霊王達である。
「みんなも、ありがとう。お陰で里の人達も守れた」
他の面々にもお礼と労いの言葉を伝えると笑顔で頷いてくれた。ヴィアムスもアルクスも、里を守れて嬉しそうな様子だ。本体の横でスレイブユニットも内心を示すように笑顔になっていたりして。
そんなわけでまだ警戒は必要なものの、するべき仕事を進めていく。
広場の下に隠した荷物も蓋になっていたヒュージゴーレムを退かして回収できるようにする。運搬用ゴーレムで甲板に運んでもらって、後は各々の荷物として船室等に運んで貰えば良いだろう。
「ありがとう……!」
「オズグリーヴ様達の事もそうですが……荷物の事もお礼を言います」
そう言って荷物を受け取った里の住民はお礼の言葉を口にしたり、改めて深々とお辞儀をしたりと、喜んでくれている様子だった。
幻術で被害を抑えていたとはいえ、やはり家屋にはある程度被害も出ていたりするのだが……。襲撃の規模から見れば最小限ではあるか。
後は……やはり戦いの後始末をしなければならないな。撃退最優先だったので剥ぎ取りに関しては二の次で動いていたが、まあ、ゴーレムを動員して素材を回収できるものは回収。そうでないものは魔石の抽出等をして、処理をしてから埋める等の後始末をしなければなるまい。人里離れているからこれが原因で疫病が発生して広まったりという事はないとは思うが。
里周辺の森の木々が薙ぎ倒されてしまっているので、後始末用のスペースとして使えるか。
そうして通常の結界を張り直し、瘴気結界の魔石を回収したりしていると、魔物同士の激突も終息した様子であった。シリウス号のモニターで見る限りでは、勝負がついて縄張りに戻っていくという動きを見せているので、これで一先ずは状況も落ち着いたと言っていいだろう。
「今後の事ですが……魔力溜まりの均衡が崩れての渡り、というのは大丈夫なのですか?」
オーレリア女王が首を傾げて尋ねてくる。
「あれはどちらかと言うと、強者に負けた魔物の行き場が無くなって起こる結果ですからね。今回は頭数が減って、残った者の縄張りにできる場所が増えている状態ですから……まあ、その心配も低いのではないかと思います」
体内に魔石を持つ魔物にとって、環境魔力が豊富な場所というのはそれだけ魅力的な場所、という事だ。中心部の独占をしようとしている魔力溜まりの主に追われたわけではないのに自分から離れるという事はないだろう。念のために、デボニス大公やベシュメルク側で隣接する地域の監視強化と一時的な人員の派遣をしてもらえば事足りる、と思う。場合によっては俺から後始末に動いても良いしな。
さてさて。では戦いの後始末だ。ゴーレムメダルを使ったり、自前の魔力でゴーレムを増産したりして、手早く進めていくとしよう。
里の外での作業は、クラウディアの魔道具で結界壁を構築して安全確保をしてからだ。薙ぎ倒された木々もウッドゴーレムに作り替えて無駄なく利用。破壊された里の外壁や家屋を直すのにも再利用できるだろう。
後から里を頼ってきた魔人が一時的に身を置けるようにということで、家屋はそのまま残しておくというのが良いだろう。その上で、里の広場に石碑等を立てて伝言する事で、里の住民がタームウィルズやフォレスタニアに移住したという事を明確にしておく。
それから……魔獣は変異個体であるから種族として定着しているものではないだろうが、今後の経過も一応暫くの間は観察しておく必要もあるだろうしな。